手作りチョコ

〜written by ひいらぎ〜




一月も半ばを過ぎる頃、久しぶりにマヤと真澄は共に過ごす時間を得た。

とは言っても、一日中デートというわけではなく、夕食を共に・・・の程度だったが、

それでも二人にとっては幸せなひとときだった。


その帰り道、別れるまでの時間を引き延ばすためにどちらからともなく歩いて帰ろうという話になり、真澄はマヤに、

「ではお嬢さん、参りましょうか?」

と言って肘を突き出し、マヤは顔を真っ赤にしながらも、

「はいっ!」

と言って嬉し恥ずかしそうに寄り添い腕に腕を重ねた。


腕を組んで歩く・・・

ただそれだけのことなのに、二人ともこれ以上の幸せはないといった面持ちで、幸せのオーラを振りまいて歩いていた。


夜の繁華街。

我こそはと、いろんなお店のショーウィンドウ、ネオンの光、街路樹に飾られた電飾が光り輝き、歩く人の目を惹き付けようと

していたが、自分たちだけの世界へすっかり入り込んでしまっている二人にはそれすら目に入らないようだった。




が、しかし。

あるお店の前で、はたとマヤの足が止まり、ショーウィンドウの中をまじまじと見つめた。

「ん? どうした?」

俺もつられてそのショーウィンドウを覗いてみる。

「綺麗・・・もうすぐバレンタインデーなんですね・・・。」

マヤはいろんな含みを持たせたような、それでもって少しため息混じりの声で言った。

「綺麗? 美味しそう、の間違いじゃないのか?」

ついそんなことを言ってしまう。

俺の悪い癖だ。

マヤはいつものようにプクッと頬を膨らませて、

「もうっ、またそういうことを言う・・・。」

と、予想通りの反応をしていた。

それがまた可愛いから、ついついからかってしまうのだが、マヤはそうとは知っているのだろうか?

そんなことを思い苦笑しつつ、

「すまない、長年の癖でつい、なっ。年が明けたばかりと思っていたが、もうそんな時期なんだな。早いものだ。」

などとしらじらしくも言ってみる。

口ではそう言いながら、実は、もうすぐバレンタインデーだと言うことはしっかり認識していたのだから。

マヤとつきあい始めるまでには、そういうことには関心の「か」の字も心によぎったことはなかったが、しかし、今は違う、断じて。

もっとも、バレンタインデーだからチョコレートが欲しいと言うわけではなく(マヤがくれるものは何をも拒みはしないが)、イベントに

こじつけてマヤとの接点を作りやすい・・・と言うのが俺の本心だ。

つい顔がにやけそうになるのを必死でこらえながら、何か言いたそうな顔をしているマヤの次の言葉を静かに待った。


「速水さん、今年は・・・どんなチョコレートが欲しいですか?」

突然どんなチョコレートを?と具体的なことを訊かれても・・・それ自体はそれほど好きというわけでなく、むしろ甘い物は

苦手な方で、でもマヤがくれるものだったらなんでもいいのだが、バレンタインデーだからと言うのなら手作りチョコがいいに決まって

いると思ったり、いや、それよりも、いっそ・・・


「チョコレートより・・・君が欲しい。君が食べたいな。」

俺はマヤの耳元へ顔を寄せ、一番の願望をそっと囁いた。

「なっ・・・///////。」

またまた想像通り、マヤは真っ赤になって絶句している。


可愛い・・・。


実のところ、すでに身も心も一つになってはいたが、マヤはやはり何ともウブで、俺の欲求を余すところなくぶつけるにはまだ

相当時間がかかりそうで、それなら、じっくり時間をかけて自分好みの女に仕立て上げるまで、と思っていた。

ただ、そうした機会があまりに無いだけで・・・今日だって明日のマヤのスケジュールを思うと素直に送り届けるより他はないし・・・

そう思ったら、つい本心が口を割って出てきてしまった。


「もうっ・・・速水さんったら、答えになってませんよ。バレンタインデーには丁度舞台公演が入っていて、忙しくて逢えないかも

しれないから早めに用意したいし、あんまり甘い物は好きじゃないですよね? だから、ウイスキーボンボンとか、そういうヤツの方が

いいのかな〜なんて。」

と、必死に落ち着きを取り戻そうとしながら、マヤはこちらの様子を伺いながら話して来る。

「うん? ウイスキーボンボン? そんなムズカシイの、君には作れないだろ?」

「はぁ? あったり前じゃないですかっ、当然お店で買うに決まってるでしょ!」

「なんだ、今年は手作りじゃないのか?」

「えっ? 手作りがいいんですか? 去年ので懲りたんじゃ・・・。」

「そんなこと言った覚えはないぞ、君にもらえるモノはなんだって嬉しいんだ。手作りならなおさらだ、それが例え失敗作でもな。

去年から一年も経ったんだ、少しは上達してるだろ。」


「じょ、上達って・・・。練習なんかしてませんよ。そんな暇ないし、元々そういうことは苦手なんですから。」

「とにかく、どんなチョコレートがいいかって訊いてきたのは君だからな。それなら答えは一つだ。手作りチョコが欲しい。どうだ?

これなら答えになってるだろ?」

俺は正直な気持ちを、茶目っ気混じり、かつ、ちょっと意地悪気味に言ってみた。


「・・・・ずるい。」


言いたい放題言われてどんどん顔が曇っていったマヤが、うつむき加減にぼそっと呟いた。

「え? 何が。」

突然ずるいと言われても、なんのことだかさっぱり見当もつかない。

問いかけながらマヤの顔をのぞき込んでみたが、マヤは顔を上げず、俯いたまま小さな声で訴えてきた。

「だって、どうしてあたしだけプレゼント手作り要求されるんですか?あたしだって高価なモノもらうより、速水さんの手作りのモノって

もらってみたいです。」


「お、俺の手作り・・・か?」

俺は少し動揺した。

マヤは、何か思いついたようで、すっと顔を上げると俺の目をじっと見つめてきた。

「じゃあ・・・一つ条件があります。あたし、今年も手作りチョコ頑張りますから、ホワイトデーには速水さんもあたしに手作りチョコを下さい。

ね、約束して。お願いっ、いいでしょ?」


「・・・・・・。」

どんなチョコレートが欲しいかと訊かれたから答えたのに、何でそんな条件が付くんだ?と少々不満を感じないでもないが、

マヤの出した条件・・・なかなか意表をついたお願いだ・・・俺におねだりなんか、なかなかしないマヤの頼みではあるし・・・。

「・・・・よし、判った。」

売り言葉に買い言葉・・・ではないが、ついうっかりマヤの真剣な眼差しにそそのかされて、また、ほとんどされたことのなかった

おねだりについ嬉しくなって、よく考えてみればとんでもないお願いに、気がつくとOKしてしまっていた。

俺がすぐにしまったと渋い顔になっているのを尻目に、マヤの方はと言うと、満面の笑顔で、

「やった〜!! よーし、がんばっちゃうもんね〜。約束破っちゃイヤですよ。」

などといいながら喜んでいた。

そんなマヤの無邪気に喜ぶ姿を見ていたら、

『まあ、いいか・・・なんとかなるだろ・・・マヤに手作りチョコを貰うためだ。』

などと思いながら、

「安心しろ、俺は約束は守る男だ。」

と、これまたいつもの調子でだめ押ししてしまった。


ああ・・・。

我ながらマヤを思う気持ちは半端じゃないな・・・とため息混じりに苦笑する。

そこまでして欲しいのかと、人が訊いたら呆れるような話だが、俺は今年もマヤからの手作りチョコが欲しいという思いに、それほど

までに執着していた。






数日後・・・

本屋の店頭に並ぶ、数々の手作りチョコの本に目がとまると、あたしはため息をついた。

去年のバレンタインデーには、不器用を自覚し、また初めてであることも充分承知の上で果敢にも手作りに挑戦し、見事なまでの

失敗作にリボンを掛けて速水さんにプレゼントしたのだった。


速水さんは、

「マヤ、君のくれるものはどんなものだって嬉しいよ。更に手作りとはね、感激だ。」

なんて、極上の笑顔で御礼を言ってくれたけど、あたしは嬉しさと同じくらい、情けない気分を味わっていた。

今年はもう少し、らしいものをプレゼントしたい。

『一年経って少しは上達しただろう?』などという他愛ない冗談にも、負けん気がくすぐられる。

出来ることなら、あっと驚かせたい。

けれど、あたしに早々いい考えが浮かぶはずもなかった。


手作りチョコレート・・・。

単に型にながして、と言うモノでさえ、あたしにはなかなか難しい。

同じ大きさにそろわないのだ。ちょっとでも複雑な形だと歪んだり。

大きなハート型一個、ですら金型から取り出すときに割ってしまったり・・・。


何か、いい方法はないのかしら? 簡単で、インパクトのある・・・・

そんなことを考えながら、何気なく取ったティーン向けの雑誌をぱらぱらとめくっていると、


『私、こんなの作りました!!』

という大きな見出しと共に、手の込んだ手作りチョコレートの特集が載っていた。

それぞれ、素人とは思えない技術の高さ、あるいは奇抜な形、奇抜な材料、あの手この手と好きな彼を思いながら必死に作った

『乙女の恋心の結晶』とでも言うべき手作りチョコレートの作品の数々が作り方と共に紹介されていた。


『こんな風に作れるなら苦労しないよね〜。』

と、それでも、何か参考になることが書いてあるかも・・・と、なんとなくページをパラパラとめくっていると、それは、いきなりあたし

の目に飛び込んできた。


「!!」


あまりのインパクトの強さに目が点になり、たじろいでしまった・・・

が・・・心はもう、その記事に完全に釘付けになってしまっていた。

『これ、いいかもしれない・・・もし、作れたら・・・問題は、型よね、型としては単純よね? 型さえ手に入れば、なんとか頑張れば・・・

うん、きっと速水さんをびっくりさせられる!』

あたしは確信すると、意を決して早速レジへその本を持って行った。





数日後。


やる気満々で雑誌を買い、指定の材料を買い込んで、いざ・・・と意気込んでみたものの、最初の不安材料であった肝腎の

『チョコの型』をどうするかで止まってしまっていた。

よく似た形の小さいサイズのものを買ってきて試しにやってみたが、どうもしっくりこない。

『なにこれ?』状態だった。

試作を目の前にして、何度もため息をついた。

「はぁ・・・やっぱりあたしには無理だわ。でも、諦めきれないし。ああ、もう何日もないわ・・・。」

バレンタインデーまで、あと一週間だった。



次の日。

今日は、次の舞台の衣装あわせや、それに必要な特殊メイクの型どりの日だった。

てきぱきと、必要な型取りを特殊メイク師さんが行っていく。

この、特殊メイク師さん・・・不破千鶴さんというのだが、とっても話し上手、聞き上手で、とってもリラックスできる、安心して全てを

任せられる、素敵な人だった。


今日も得意の話術であたしを惹き付けながら、手はてきぱきと仕事を進めていた。

次々と、型ができあがっていくのを、上手いな〜と思いながらぼんやりと見つめていると、ふとチョコレートの事が頭をよぎった。


『・・・そうだ、不破さんに相談してみよう!』

思い立ったらすぐ行動のマヤである、作業が終わるころを見計らって彼女にに声を掛けた。

「あの、不破さん・・・ちょっとお願いが・・・・。」

「ん? どうかしたの、マヤちゃん?」

「えぇっとですねぇ・・・実は、かくかくしかじか、こそこそごにょごにょ・・・。」

あたしが、事の次第を説明すると、不破さんはさも愉快そうに大笑いしながら、

「ご、ごめんね、こんなに笑っちゃって、くっくっくっ・・・。面白いこと思いつくわねぇ。いいわよ、まかせて!」

と、あたしのお願いを快く聞き入れてくれた。



そして。

あたしはルンルン気分だった。第一段階の悩みが解消された。

一番の不安材料だった『型』を手に入れることができたのだ!

帰宅途中の電車の中でそっとバッグの中の紙包みをのぞき込む。


『むふふふ。やった、やったわ〜。相談するのは恥ずかしかったけど、でも、でも、一番確実な方法だったわよね?

これで、後は楽勝よっ!!』(←ホントか?>作者)


あまりの嬉しさに思わずガッツポーズを決めた拍子に、鞄が膝から転がり落ち、危うくもその大事なモノを公衆の面前に

曝しそうになる・・・

あぶないあぶない・・・思わず冷や汗をかいた。


そして、家に帰り着くなり、あたしは早速作業に取りかかった。

慎重に、作業に集中している最中に電話が鳴る・・・


「あ、電話・・・は〜い、ちょっと待って〜」

あたしは慌てて受話器を取った。

「はい、あ、不破さん? どうしたんですか? え?チョコレート?」

不破さんが、心配して電話をかけて来てくれたのだった。

「あのねマヤちゃん、あれから考えたんだけど、ホワイトチョコレートの他にね、・・・・」

「・・・わあ、それ、グッドアイディアですね、でも、あたしにできるかなあ? あ、でも早速やってみます!」

あたしは、受話器を置くなり机の上に放り出したままになっていたバッグから財布をひったくるように取り出すと扉に鍵を

かけるのも忘れて外へ飛び出した。




足りなかった材料をどっさり買い込んだあたしは、悪戦苦闘を繰り返す。

何度も何度も。

大量の無惨な失敗作を口へ放り込みながら、

『今度こそ!』

と、あたしは寝る時間も惜しんでチョコ作りに没頭した。


だって・・・バレンタインデーまであと数日しかない!!






努力の甲斐あって、マヤはなんとか納得のいくものを作り上げることができた。

マヤは、苦心の作であるそのチョコレートを慎重にそっと箱に入れ、ふんわりとしたピンクの和紙で巾着型に包み込み、上部を

深紅のリボンで結んで・・・そしてカードを添えて、更にペーパーバッグにそっと入れた。

机の上にそれを置くと、マヤはしばらくそのペーパーバッグを見つめていたが、だんだん完成した喜びがわき上がってきた。


『できた・・・できたわ! 速水さん、喜んでくれるかしら?』

そう思ったとたん、今度は不安と期待でドキドキしてきた。

『さあ、もう行かなくっちゃ。』

マヤは、身の回り品の入ったバッグを無造作に肩にかけると、ペーパーバッグを愛おしげに大事に両手に抱えて家を出た。


大都芸能本社・社長室を目指して・・・。




その日もマヤのスケジュールはあいにく一杯で、また、速水の方も終日仕事がぎっしりで、早朝のほんのひとときになんとか

時間の都合をつけた。

短い時間ではあったけれど、それでも久しぶりに逢えるのは嬉しかったし、真澄はマヤがどんなチョコを持ってきてくれるのかを

ドキドキワクワクしながら待っていた(そんな、隠そうとしてもも隠しきれない彼のニヤけた顔を秘書たちは微笑ましく、かつ半分

あきれ顔で見守っていた)。


そして真澄の元へ水城が朝の珈琲を持って来た。

「社長、珈琲をお持ちしましたわ・・・クスッ。」

机の前で書類に目を通しているようなふりをしていた真澄であったが、

ウキウキ顔の、しかし、マヤが早く来ないかとソワソワし、それを見られたと慌てて落ち着いたフリを取り繕おうとする様子につい

ガマンできずに笑ってしまった。

「あ、ありがとう。ど、どうかしたか?」

「いいえ、別に。」

サングラス越しに目が合うとばつが悪そうな顔をする真澄。

水城の心の中は、もう笑いで一杯、吹き出し大笑いしそうになるのをガマンするのも限界かと思われたそのとき、


コンコン・・


「社長、北島マヤ様がいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか?」

外から秘書が尋ねてくる。

「あ、ああ、通してくれ。」

真澄の声はうわずっていた。

マヤがいつものように遠慮がちに入ってくるのと同時に水城は笑いを必死に噛みこらえながら、

「おはよう、マヤちゃん、社長がお待ちかねよ、ミルクティーでよかったわね?」

とマヤに声をかけた。

必要最低限のことだけ口にしたつもりだったが、

「余計なこと言うな。」

真澄は幾分顔を赤らめて言い、マヤは、

「あ、すぐに帰りますから・・・。」

と言いながらやはりポッと赤くなって俯いてしまった。


水城はその様子がおかしくて、これ以上笑いをこらえきれないとばかりに足早に部屋を出て行った。

「お、おはようございます、速水さん、お忙しい中すいません。」

相変わらずぎこちなく他人行儀な挨拶をするマヤ。そんなマヤを見たとたん、実にリラックスした気分になっていた真澄は優しく

微笑みながら、

「おはよう、マヤ。こっちへおいで・・・待ってたよ。」

という。

真澄の笑顔にマヤの緊張は幾分ほぐれ、微笑みを返しながらふわふわと真澄の方へ歩いていくと、真澄は椅子から立ち上がり、

少し強引にマヤを引き寄せ抱きしめようとしたが、そのとたん、

「わっ、ダメ、壊れちゃう!」

とマヤが思わぬ大きな声をだしたので、真澄はびっくりして手が止まった。

真澄の強引な動きが止まったのにほっとしたのか、マヤは改めてにっこりと微笑むと柔らかな目線で真澄を見つめ、大事に抱えて

いたペーパーバッグを両手で差し出すと言った。

「はい、これ。バレンタインデーに・・・ご希望の手作りチョコレートです。」

恥ずかしそう見つめてくるマヤの瞳に鼓動が高鳴るのを感じながら、真澄は努めて冷静を装って言った。

「ありがとう。嬉しいよ。」

実は、それだけを言うのが精一杯だった。


「一生懸命作ったんですよぉ、あ、でも、開けるのは家へ帰ってから一人でいるときにして下さいね。」

早速開けてみようと思った矢先に、マヤがそれはダメだという。

「え? 今ここで開けちゃいけないのか?」

『開けたいのに・・・この場で開けて、例えどんな失敗作が入っていようとも、満面の笑顔で手作りを頑張ってくれた御礼を言いた

いのに、それがダメだなんて。』

真澄は少し憤慨した顔を見せる。

なのに、マヤは慌てて、

「そ、それは絶対ダメです。ここで開けるっていうのなら、あげられません!」

そう言うと同時にマヤは今差し出したばかりの包みを取り返そうと手を伸ばした。


が、そう簡単に頂いたものを取り替えされて堪るかと、真澄もさっと包みを抱きかかえた。

「何をそんなに慌ててるんだ? 皆に見られると恥ずかしいような代物なのか?」

俺が探りを入れると、

「・・・そうです。」

と、真っ赤になりながらマヤが答えた。

「あはははは、また失敗したのか、相変わらずだな。いいじゃないか、みんな君の腕前は了承済みだろ? 」

「失敗したんじゃありません!」

「なら、いいじゃないか。」

「絶対、絶対、絶対、ぜった〜いダ・メ・で・す!」

「そこまで言われると、余計に今開けたくなるじゃないか。」

そういいながら、俺は立ち上がるとマヤには届かない高さに手を挙げてリボンをほどき包み紙をはがし始めた。

「ダメって言ってるのにぃ〜!!」

マヤはもう真っ赤になって、泣き出しそうな顔をしている。

『何故だ? これ以上はまずい・・・か?』

真澄は、まじまじとマヤの顔を見つめた。


「・・・一体何が入っているんだ? チョコレート・・・だろ?」

「そうですけど・・・とにかくうちに帰ってからにして下さい、ね。」

マヤの真剣な訴えに、今ここで開けるのはまずいと感じ始めた真澄は、

「判ったよ。ガマンする。あ〜あ、帰るまでお預けか。今すぐ帰りたいよ。」

とせめてものぼやきを呟くように言った。

「ごめんなさい。でも、ここでは・・・・ダメなの。」


丁度そこへ水城がミルクティーを持って部屋へ入ってきた。

「なんだか、言い争いが聞こえたような気がしたのですけれど・・・マヤちゃん、真澄様にどんなチョコレートを差し上げたの?」

「そ、それは・・・・ひ、秘密・・・です。」

「家へ帰ってからだそうだ。マヤは、今ここで開けて欲しくないらしい。」

オーバーなくらい残念そうに言う真澄。そんな様子に水城はまたまた必死に笑いをこらえながら、

「まあ。マヤちゃん、今年も失敗してしまったの?」

とマヤの方を見つめる。

「あぁっ、もうっ! 水城さんまでそれを言う・・・・」

「あ、あら、(違ったのね)ごめんなさい。」


それなら、どういう理由なのか?と速水と水城が考え始めてしまい、部屋の中は急にシンとなった。マヤはいたたまれなくなって、

「あ、もうこんな時間、行かなくっちゃ。じゃあ速水さん、失礼します。チョコは・・・必ず帰ってから・・・夜、帰ったら電話しますから!」

と言った。

「ああ、判った判った、待ってるよ。気をつけていけよ。」


そうして、マヤはあわただしく部屋を出ていった。



マヤと水城が部屋を出て行き一人になった真澄は、ペーパーバッグを見つめながら思った。

『約束はしたものの、そんな約束守れるか?!こういう約束とは破るものだ(←『俺は約束は守る男』だったのではなかったか?>作者)

・・・分かりゃしないじゃないか、今見なければ、一日中気になって気になって仕事にならん!!』


真澄は勝手な理屈をつけて包みに手を伸ばす・・・。

確か、カードも入っていたな・・・。そっちから見てみるか。

紫のバラの描かれた小さなカードを開くと、かわいらしい字でちょこちょこと書いてある、愛しい人からのメッセージ・・・



                    
大好きな速水さんへ


バレンタインデーに、心を込めてチョコレートを贈ります。

型を取るときはちょっとお手伝いしてもらっちゃったけど

あとは頑張って作りました。

お互い忙しくてなかなかゆっくり逢えないけど、

これでガマンしてね。              

                        マヤ





『型を取る・・・? これでガマン・・・?』

文面に、何となく引っかかるモノを感じながらリボンに手をかけた。


『絶対帰ってから開けてね・・・』

マヤの真剣に訴えていた声や顔が頭をよぎる。

しかし、それも真澄の逸る思いをを止めることはできなかった。。

真澄は頭の中のマヤを振り払うと、リボンの端を引き、包み紙をほどき、そっと箱の蓋を開けた。


『うぅっ!! こ、これは・・・まさか、まさか・・・』

驚きつつも、真澄はさっき読んだカードと箱の中身を見つめ思考をフル回転させていた。そして、一つの答えに確信を持った。


「!!!!!!!!!!!!!!!」


行き着いた答えがあまりに衝撃的で、声を出すこともできず、真澄の思考はそこで止まった。






しばらくして水城が今日の仕事の打ち合わせをすべく、真澄の部屋のドアをノックした。しかし、いくらノックするも返事がない。

仕方なく、失礼します、と言って部屋へ入り、彼女が目にしたものは、

箱の中身を凝視しながら鼻血がボトボトと垂れているのにも気付かずに固まっている真澄の姿だった。


「しゃ、社長っ、どうなさったのですか?」

水城がそういいながら、真澄に駆け寄ろうとすると、その声にはじかれたように真澄は急いで箱の蓋を閉じると机の上に置き、

その上にガバッと覆い被さった。

「な、なんでもない、なんでもないんだ、気にするな。」

そういいながら、まだ、突っ伏したまま固まっている・・・重症だ。


「なんでもない、気にするなですって? それは無理というものです、そんなお姿を見せられたら誰だってびっくりしますわ。鼻血で

血まみれですわよ。」


「え? うわっ、なんだこれは・・・・。」

水城の声にやっと我に返った真澄は自分の目の前の状況に慌てまくっていた。

『マヤちゃんはこうなることを予想していたのかしら?』

そんなことを思いながら、

「マヤちゃん、しきりに帰ってからって念を押してましたのに、お開けになったんですね、包みを。一体何が入っていたんですの?」

水城はちらりと横目で真澄を見ながら言った。

不幸にも目線がバッチリ合ってしまった真澄はうろたえながら、必死に懇願する。


「チョコレート・・・に決まってるだろ。頼む、マヤにはここで開けたこと、内緒にしといてくれ。」

そんなこと言われてもねぇ・・・と水城に真澄をちょっと意地悪してやりたい気持ちがうずうずと湧いてきた。

「さあ、どうしましょう? 本当にチョコレートだったんですか? 本当のことを教えて下さったら黙っていましょうかしら?」

「だから、チョコレートだっていってるだろ! それ以上は言えんっ!!・・・頼むからそれ以上聞き出そうとするのは勘弁してくれ、

何か他のことで埋め合わせするから、頼む・・・。」

こんなに必死に頼む真澄を水城は見たことがなく、これ以上彼から聞き出そうとするのは得策ではないと思われた。


「仕方ないですわね。判りましたわ、では、せっかくですからよく考えさせて頂いて、何かいいことを思いついたらお願いを聞いて

頂くことにしますわ。」


水城は、何とも物わかりがいい風に答え、それを聞いた真澄は、

「ありがとう、恩に切るよ・・・。」

と、安堵の表情を浮かべて、椅子の背に深くもたれかかって大きなため息をついた。


「さあ、もうあまり時間がございません、まずはそのスーツ、着替えて頂かなくては・・・、それから・・・。」

「ああ。そうだな。」

今日一日分の体力を全て使い尽くしてしまったかのようにけだるそうな真澄だったが、そんな彼にはお構いなしに、水城は、気分を

仕事モードに切り替え、いつものようにてきぱきと真澄にスケジュールを話ながら替えのスーツを用意したり・・・・、いや、頭の片隅

では、箱の中身を探る方法を懸命に考えていた。






一日の仕事をようやく片付け終わったのは、夜11時にもなろうかという頃だった。


真澄はよれよれと重い体を引きずって帰宅し、今は自分の部屋のソファーに沈み込むように体を預けてぼんやり天井を見つめていた。

手には、自分の鼻血で少し汚れてしまった、マヤから貰ったチョコレートの入った箱を抱えている。

『疲れた・・・。マヤが言うとおり、帰るまで開けるべきではなかった。』

真澄はかなり後悔していた。

今朝の失態を思うと頭痛すら感じてくる。

いや、そればかりではない。開けてしまったが為に、今日一日チョコレートを誰かに見られはしないかと気が気ではなかった。

一日中張りつめていた気が一気に抜けて、もう立ち上がる元気もない・・・。


「はあぁぁぁ〜。」

大きなため息をつくと、箱を見つめ、そっと蓋を開けてみる。

『よくも、こんなものを・・・。』

いろんな感情が渦巻いて、押し寄せて、それがまた鼻血になって出口を求めかけたとき、

携帯・・・マヤからの着信音が鳴った。


「あ、速水さん?こんばんは。マヤです。あの、チョコレート・・・どうでしたか?」

「・・・・・。」

「速水さん?」

「ああ、見たよ・・・ありがとう・・・全く君にはいつも驚かされるよ。完敗だ。君のスゴイ発想には恐れ入ったよ。」

「ああ、あれね、本屋さんで立ち読みしてたら、雑誌に載っていたんです。

私も最初は、すごくびっくりしたんですけど、あの・・・」

少し、マヤが言葉につまる。真澄はは、優しく促した。

「なんだ?」

「あのね、あの日、速水さんが、チョコレートより、そのぅ・・・君が・・食べたい・・・なんて言うから、これなら一石二鳥かな〜なんて

思って。」


「・・・・そうだったのか。」

真澄は意外にもマヤがそこまで考えてこれを作ってくれたのかと思うと感激で胸が熱くなった。

「うん、でもね、私不器用だから型を作るのが難しくて諦めかけたんだけど、丁度特殊メイクさんに舞台メイクの型どりして貰う日

があって、そのときにこれだ〜って思って、頼み込んで胸の型取って貰っちゃった〜。」

マヤは、開き直ったのか、あっけらかんとした口調で話すが、真澄は、はたと心配になる。


「おいっ、その特殊メイク師って、男じゃないだろうな?」

「違いますって〜。そうだったらちょっと恥ずかしくて頼めないモン。」

「ならいいが。」


しばらく沈黙・・・。


「頑張って作ったんですから、ちゃんと食べて下さいね。」

「どうしようかな?食べたい気もするが、毎日君の替わりに眺めていたい気もするし。実にリアルだよな。先は・・・ストロベリーチョコか?」

「・・・やだ、恥ずかしい・・・。」

「こんなもの贈っといて今更恥ずかしいはないだろ? 決めた。当分は君と思って眺めてるよ。」

「・・・・・・・・。」

マヤが、電話の向こうで赤面しているのが手に取るように感じられて、真澄の顔はますますほころんだ。


そのあとも取り留めのない話をしばらく続けたが、

「もうそろそろ切りますね、明日また早いですし。あ、速水さん、約束忘れないで下さいね、3月14日楽しみにしてますから。」

と、マヤに言われ、真澄は一気にクールダウンした。とりあえず

「判ってるよ。こんなものを貰ってしまっては、俺も頑張らないとな。」

などと言ってはみるものの、早くも気分は憂鬱になっていた。


「じゃあ、お休みなさい。」

「ああ、お休み。」

そう言って電話を切ると、大きくため息をついた。


『さて・・・どうしたものか。これに対抗するには・・・・まさかナニの型を取るわけにもいかないし(ぎゃ〜〜〜、お下品でした(←作者))、

バナナでも真似て・・・はっ、何を考えてるんだ俺は。別に、形にこだわらなくてもいいじゃないか! よし、俺は味で勝負だ! だが、

そんな事に時間を割いている暇が俺にあるのか? 一ヶ月なんてあっという間だぞ!・・・・ああ、なんてことだ、俺ともあろうものが、

マヤのチョコレートに、たかがチョコレートごときにこんなに翻弄されるなんて・・・。』


真澄は、嬉しかったはずのバレンタインデーを恨めしく思わずにはいられなかった。




マヤが持ってきたチョコレートで朝から一騒動あったその日は本当に忙しく、分単位の打ち合わせが山のようにあり、水城はほとんど

真澄のそばから離れることができなかった。

当然、箱の中身を探ることはできず・・・。


『全く、どうしてこんな日に限って長時間の会議がないのかしら? いつもなら真澄様が会議室にこもっていらっしゃるうちに大抵の物

は探し出せるのに。これじゃあ探りを入れられないじゃないのよっ。』


つい、そんなことを思ってイライラしてしまう自分に気付き思わず苦笑する。

何度もチャンスを窺ったが、ついに覗き見ることは叶わず、真澄は箱を大事そうに抱えて帰ってしまった。

『あ〜あ。とうとう持って帰られてしまったわ。残念だわ・・・・。』

水城は落胆した。が、まだ諦めたわけではない。

『何か、他に知る方法は・・・何か手がかりはないかしら・・・。』


なかなか諦めきれない彼女の思いが天に届いた・・・かどうかは定かではないが、

後日、思いもよらぬ人(不破さん)からマヤの作ったチョコレートの話を聞き出すことができ、あの時見た真澄の反応を大いに理解した。


『あはっ・・・・マヤちゃんったら・・・・なかなかやるわね。』


水城は、舌を巻く思いだった。



おわり









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