CLOVER

〜想いを風に乗せて〜E








雲の切れ間から月が見え隠れしていた。

とてもひっそりと・・・・滲むような鈍い光を放ちながら。


実際にはずいぶん前から姿を現していたのに、それは長居する太陽の光に呑まれ、全く目立たない

存在として大地を見下ろしていたのであろうか。


やがて空の色は時間に追われ、確実に夜の色に塗り替えられていく。

そうして加速していく暗闇の中、確実にその姿は明るさを増し、人々の目に映し出されていく・・・。







風にさらわれてしまったシロツメクサは、すでに手の届かないところへと消えていた。

マヤはチラリと目で風を追いかけるようにして、小さな溜息を漏らす。



(・・・・あなたを心から愛しています・・・・)



あと少しで言葉になってしまいそうだった。

でも、言わずに押しとどめていた。

まるですべてが終わってしまったかのように心に穴が開き、冷たい風が胸に充満している。



どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・。

目の前にいる真澄の表情を確かめるのが怖くて、マヤは顔を向けることすらできずに立ち尽くす。



きっと彼は困っているのだろう。

意味ありげな態度を示してしまったことに対し、激しい後悔がマヤの脳裏を渦巻いていた。


彼は感情的な言葉を目の当たりにし、”そんなつもりじゃなかった”などと心の中で慰めの言葉を捜して

いるのかもしれない・・・。




喉がカラカラに渇いている。


――”せめて舞台の上のあたしを好きでいてもらえてよかった”――


とんでもない言葉を口にしてしまったと気づき、今更ながらに体中に緊張が走っていた。


――ドクン、ドクン、ドクン――


こんな時ばかり、風が静まり返ってしまい、心臓の音がうるさく響く・・・。



” バラを贈りつけたことに深い意味など何もない・・・・ほかに何がお望みだ?チビちゃん? ”

彼が最も口にしそうな言葉が頭に思い浮かび上がり、心は棘が突き刺さったかのように疼きだす。


・・・・そんな言葉を受けるくらいなら、両耳を塞いでしまいたい・・・。


いっそ、いつものように、おどけて冗談にしてしまおうか・・・・。


マヤは俯き、強く強く瞳を伏せた・・・。




・・・ところが・・・・


予想に反し、すぐに彼の言葉が出されることはなかった。


そしてその代わりに・・・・ほのかなタバコの香りと強い腕の力を全身に感じ、目を見開いてしまう。





(え・・・?え・・・・??)


目の前が何も見えなくなっている。





・・・・抱きしめられていた・・・・。


・・・・すっぽりと閉じ込められていた・・・。


・・・その広い胸の中に、強く強く。


気が遠くなりそうなほどに強く・・・。



マヤの額は今、一ミリの隙間もないほどぴったりと彼のワイシャツへと押し付けられている。





「・・・・愛している・・・」

まるで囁くかのような、かすれた彼の声が耳元に伝えられていた。


――ドキン――


マヤは目を見開き、滲む視界でその言葉の意味することを必死で思考する。


(アイシテイル・・・・?アイシテイル・・・・・って・・・・・)


言葉にならないマヤの代わりに、真澄は言葉を続けていた。


「・・・君を・・・君だけを・・・愛しているんだ・・・」


「・・・嘘・・・よ・・・そんな事・・・・・・・」


「嘘じゃない。からかっている訳でもない・・・信じて欲しい。・・・俺は・・・君に一生憎まれたままでいる

思っていた。手に入ることはないと思っていた。だから・・・勧められるままに結婚も決めた。・・・それが

幸せだと思い込むようにしていた・・・」


「・・・・・・・・」


・・・・自分よりも遥か上方にある彼の唇からは、早口で捲くし立てた言葉が吐き出されている。

マヤは、その一つ一つの言葉を ぼんやりとした意識の中で受け止める。

飛び出したい言葉が上手くまとまらず、喉元でとどまったまま・・・。


「・・・・・・・・」


「君の気持ちをはっきりと知りたい。本当に俺は恨まれてはいないのか?君は・・・君は俺のことを・・・・」


「・・・速水さん・・・あたし・・・・」


興奮気味に問いただすような口調の真澄の言葉をつなぐように、マヤは口を開いた・・・。


「愛しています・・・・速水さんを・・・・!あたしは知っているから・・・他の誰も知らなくても・・・あたしは

あなたの優しさを知っているから!」


「チビちゃん・・・・!」


「それに、あたしはずっとずっと・・・紫のバラの人だって分かる前から速水さんが好きだった・・・惹かれて

いたの・・・・・気づかないフリをしていただけで・・・きっと・・・・心のどこかであなたを愛していた・・・」


真澄は大きな息をつき、愛しそうに何度もマヤの頭に頬を押し付け、首を振った。


「信じられない・・・・!俺の願いはとっくに叶っていたとは・・・」

彼の息遣いが、ぴったりと寄り添う体から伝わってくるのが分かる。彼がこれほど近くにいるという事実を

改めて実感する。


(速水さん・・・速水さん・・・速水さん・・・・!!!)

心は思考能力を失い、ただひたすら彼の名前を繰り返し叫んでいる。



彼との間に立ちふさがっていた見えないガラスは、すでに消え去っていた。

いや、実際には初めからそんなものはどこにもなかったのだ・・・。

互いが勇気を出せずにすれ違い、踏み込めないと決め付けたラインを敷いていただけ・・・。


マヤは、自分の背中に回されている真澄の手の温かみを知り、安らぎを感じる。

傷だらけで無理をしていた心が温かいもので満たされ、細胞の一つ一つに新しい息が吹き込まれたかの

ように熱を帯びるのが分かる。


こんな11も年下の、演劇以外に何も取り柄のない自分を彼が愛しているだなんて・・・。ずっとずっと想い

が通じ合っていたなんて・・・。


(夢をみているみたい・・・・)

まるで高熱で体がフラフラしているかのように、体に力が入らなくなっていた。


(あ・・・・)

・・・・・・更に、体中の力が抜かれるようにふわりと体が浮いた感覚が走った。


(速水さん!!!)


・・・ふいに力任せに顔を上に向けられたマヤは、深い深い真澄の瞳の輝きを目にし、それに吸い込まれる

ように目を閉じた瞬間、唇を奪われていたのだった・・・。









決して手の届かないと思っていた彼の唇が自分の唇と触れている・・・。

普段は、冷ややかで決して誰も寄せ付けようとしない、鋭い眼差しを向けて周りを圧倒している彼が!

マヤは信じられないという思いで彼の想いを受け止める。


・・・その口付けは、今までずっと隠し続けていた本心をすべてぶつけるかのように激しく、それでもマヤを

気遣うように甘く、優しさを秘めたものだった。


(速水さん・・・・!!)


呼吸の仕方が分からなくて、どうしたらいいのか分からずに目が回りそうになっている頃、ようやくゆっくり

と唇が離され、マヤは小さく吐息を漏らす。


肩が震え、足元がおぼつかず、倒れてしまいそうなマヤの体を真澄はしっかりと支えてくれていた。



「・・・しばらく・・・待たせてしまうかもしれない・・・」


「・・・え・・・・?」


ふいに切なそうに呟く彼の言葉をぼんやりと耳にしたマヤは、まるで一瞬の夢から覚めたようにして体を

離すと、ゆっくり顔を上げた。


そこには、僅かに険しさを抱えた表情を見せる真澄。


「俺には、片付けなければならない問題があるからだ。必ず・・・必ず決着をつける。だから・・・どうか待っ

ていてくれないか・・・」


「!!!!!!」




――”片付けなければならない問題”――


夢心地であったマヤは、その言葉にハッとし、息を呑む。

現実的に彼が抱えているであろう問題が一瞬にして脳裏に広がっていたのだ・・・。


彼の起こそうとしている行動がどれほど重大で、今後の彼に影響を与えていくであろうかということは、

マヤとて、よく理解できることであった。

彼の立場を考えたら、これ以上の幸せを求めることなど許されない気がした・・・。


けれど・・・・彼に抱きしめられるぬくもりを知ってしまった自分には、もう想いを止められる自信など、

どこにもなかった。自分と同じように愛してくれている彼が、他の人と結婚してしまうなんて事があれば、

どうなってしまうか分からない・・・・。


それでもマヤは、自分さえ我慢できれば彼を救えるのではないか、彼がさまざまな問題を抱えなくて済む

のではないかと、ひたすらに気持ちの整理をつけようとする・・・。


彼を苦しめたくない・・・。

どうすればいい・・・・・?


「・・・・あたしは・・・・・・」


「俺はもう、自分を誤魔化して生きていくなど、たくさんだ・・・」


困惑しているマヤの脳裏に、真澄の言葉がストレートに伝えられていく。


「・・・・・・・・」


「待ってくれるか・・・?もちろん俺は・・・君が待てないと言っても・・・自分でけじめはつける。誰が何と

言っても俺の気持ちは変わらない・・・」

真澄がマヤの背中側に回した両手に、一層強い力を込めた・・・。


マヤは、その言葉を体にゆっくりと染み込ませると、無理をして繋げようとしていた言葉たちを胸の奥底

へと追い遣った。


”――自分を誤魔化して生きる――”


彼がそうしてしまうという事は、自分もそうだということ。

そして、自分がそうすることは、彼が・・・・・。


「・・・速水さん・・・・・」

マヤは覚悟を決めたように、小さな拳に力を込めた。


(・・・あたしは信じられる・・・)


どんなことがあっても、この先ずっとずっと、彼がいれば大丈夫だって・・・。




マヤは真澄の胸の中で、声には出さずともその答えを大きく頷くことで表していた。














先ほどまで吹き荒れていた風は穏やさを取り戻し、二人の帰り道には静けさが取り巻いている。

並木道には、規則正しく外灯の光がずっと先まで続いていた。


マヤは、この公園に向かっていた時にあれほど落ち込み、嘆きそうであった自分を思い、信じられない

気持ちを抱えながら足を進めていた。


「そうだ・・・紫のバラ、欲しいと言っていたな・・・今から用意しようか・・・・」

少し押し黙っていたマヤに対しての真澄の言葉だった。


「えっ?あ、あれは・・・その・・・2番目の願いのようなものだったから・・・・・」

マヤは慌ててモゴモゴと口を動かす。 そう、先ほどまでの自分は、まさか一番目の願いが叶うとは

思わず、それならばせめて彼から正体を明かしてもらい、紫のバラを贈ってもらえたら・・・と思っていた

だけなのだから。


「そうか・・・じゃあ、君が紅天女を手にした時に用意すると約束しよう・・・。その時は・・・抱えきれないほど

の紫のバラの花束を持っていくよ・・・」


「うん・・・・・」

(ありがとう・・・速水さん・・・・)

マヤは、彼の言葉を噛み締めるようにして大きく頷いた。



「ところで・・・君の一番目の願いはなんだったかな・・・」

分かっているくせに、今更ながらにとぼけたフリをする真澄に、じんわりとしていたマヤはハッと息を呑んだ。


「!!!!!!!」

数分前まで互いに強く抱き合い、そして唇まで重ねてしまった事が妙に恥ずかしく思い出され、マヤは真っ

赤になって言葉を失ってしまったのだ。


(い、いじわるっ!!やっぱりこの人ってば・・・あたしをすぐにからかって!!!!!)


「これは、いつも目に付くところに堂々と飾れるようにするよ・・・」

チラリと視線を絡めた真澄は、自らのスーツのポケットを軽く叩き、そう呟く。


「・・・・・・」

・・・・マヤはますます顔を赤らめてしまった。

先ほどの泣きはらした顔での心の告白も、何もかもが恥ずかしくてたまらない・・・。


「・・・ど、どうぞご自由に・・・・」

それだけ告げるのが精一杯だった。

赤らめた顔を見られるのが恥ずかしく、マヤはひたすら、黙々と足を進めていく。





「・・・・マヤ・・・・・」


――ドキン――


突然、名前で呼ばれてドキリとしたマヤは、どうにか平静を装い、そっと背後を振り返ってみる。


「・・・は、はい・・?」


・・・そこにいる真澄は、いつの間にか近くに咲いていたシロツメクサを一本、手にしていた。


「さっき飛ばしてしまっただろう・・・?今日の記念に・・・持って帰るんだな・・・」


「・・・・え?・・・あ、はい・・・・」


マヤは怪訝に思いながらも、それを静かに受け取る。



そして、再び二人が歩き出した時、そっと真澄が口を開いた。


「・・・シロツメクサにも花言葉があるんだ・・・知っているか・・・?」


「え、そうなんですか?あたし、知らないけど・・・・」


「俺も知らなかった・・・今、そこの木の脇の立て札に書いてあったよ・・・・」


「ええーー?そうなんだあ・・・で・・・・花言葉は・・・なあに・・・?」


・・・なぜか、真澄はすぐに答えようとはしなかった。


(速水さん・・・・?)


「・・・君が受け取ってくれてよかったよ・・・」


(え・・・?なにそれ???)


「だ、だから何?????なんなんですかっ??」


「・・・今度教えるよ・・・」


「もうっ!!!!!」





二人のにぎやかな会話は、再び風を呼び起こしたのだろうか・・・木々のざわめきが大きくなっている。




咲き乱れたシロツメクサの花々は夏の風に揺られ、彼らが立ち去った後も、暗闇で美しく、白く輝き続けて

いた。









(おわり)












あとがき

うわーーーーー!すいません、ありがち〜なお話ですねえ・・・トホホ。

ちなみに、シロツメクサの花言葉は「わたしのものになってください!」ですって(ニヤリ)


いつの間にか40万ヒット、ありがとうございました。。。

こんなズルズルとイライラするお話にお付き合いくださった方々に感謝!

これからもどうぞよろしくお願いしますvv


ふわふわ





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