−ふたりの距離を縮める(?)もの−

written by こゆり〜




マヤと真澄が付き合いだしてしばらくたった頃、マヤが今まで住んでいたアパートを出て、新しいマンションに引っ越した。

真澄はマヤの様子を伺いに、こっそりと新しい部屋を訪れた。


「どうだ、住み心地は?」

「住み心地はけっこういいです。夜景がとてもきれいに見えるの。でもちょっと広すぎて寂しいかなぁ。」

真澄は部屋に入ってコートを脱ぐと、少し身震いをした。
 
「なんだか寒くないか、この部屋。」 

ただ風が当たらないというだけで、屋外とあまり変わらないような冷たい空気が部屋には漂っている。

「うん。エアコンあるけど、乾燥しちゃうからあんまり好きじゃないんです。」

「そうだな。ノドを痛めたらまずいからな。加湿器でも置いたらどうだ。」

「うーん。なんか人工的で好きじゃないから。」

「あのストーブだけではなかなか暖まらないだろう。」

真澄はリビングの壁際に置いてある小さな電気ストーブを見て言った。

「そうですね。石油ストーブのほうが暖まると思うけど、なんだか怖くて。」

「そうだな、確かにマヤには危険だな。」 

真澄は少しからかうように言った。

「あー速水さん、また子ども扱いする!」

頬を膨らませたマヤの様子に真澄は優しく微笑みながらマヤの肩を抱いてソファに腰掛けた。

肩に真澄の手の暖かさを感じるとすぐにマヤの顔は綻んでいく。

「・・・えっとね、こたつを買おうと思って。」

「こたつ?」

「こたつなら危なくないでしょう?それにけっこう暖まりそうだし。上にかける布団を羽根布団にしたら軽くて気持ちいいと思うの。

ほら、電気屋さんでパンフレットたくさん貰ってきたの。」

マヤはソファの上に置いてあったパンフレットの束をとり、真澄の膝の上にバサッと置いた。

「こたつか・・・」

真澄はこたつを頭に思い浮かべた。

(確かに危なくないし、この部屋まだ家具が少ないからいいかもな。)

「よし、俺が引っ越しお祝いにプレゼントしよう。」

「ほんとう!うれしい!」

ふたりはそれぞれパンフレットをめくっていった。

そしておのおのパンフレットを見ながらさまざまなことを頭にめぐらせた。



〜マヤ〜

こたつにはやっぱりカゴ盛りのみかんよね。

そういえばこの前いただいた紫の薔薇が入っていたカゴ、かわいかったなぁ。 

あれをこたつの上に置こう。

みかん買ってこなきゃ。そうそう、甘栗も。

そういえば、おせんべいをこたつの中に入れたら、ぱりぱりとしてすごくおいしくなるってこと速水さん知らないよね。

教えてあげよう。

あ、でも速水さん足が長いから、こたつ小さかったらきついかなぁ。 

うん!買うなら少し大きめのこたつよね!


〜真澄〜

こたつといえば、ふたり一緒に布団に入っているようなものじゃないか。

布団の下で手を握るのもいいな。

こうして肩を抱くのもようやく自然にできるようになったし、そろそろ次の段階に・・・

少し足を伸ばしたら、マヤの足に触れることできるぞ。

そして上手くいけば、さりげなく“ナ・ダ・レ・コ・ミ”・・・ふっ 

さりげなく、さりげなく・・・いや、こたつが大きすぎるとさりげなくできない。

よし!買うなら少し小さめのこたつだな!


「これなんかどうですか?」

「これがいいんじゃないか?」

マヤと真澄が同時にそれぞれ自分の持っているパンフレットを指差しながら言った。

マヤと真澄はお互い見せたものを覗きこみあう。

マヤが指したのは
余裕で8人ぐらい入れそうな長方形のこたつ。
真澄が指したのは
ぎりぎり4人が入れるぐらいの円形のこたつ。


マヤが指し出したパンフレットのこたつの写真を見て真澄は硬直した。

(こんなに大きくてしかも長方形、もしココとココの対面で座ったら、今以上に距離が離れるじゃないか。だめだ、絶対にだめだ!)

「マヤ、これは大きすぎるだろう。」

真澄は自分の心の興奮を宥め、自分の決して言葉には出すことのできない欲求を微塵とも出さないようにさりげなく言う。

「えー、でも速水さんが入ったらちょうどいいと思うんですけど。それにこっちは小さすぎますよ。速水さんが足伸ばしたら、足が出ちゃいます。」

真澄はマヤが自分と一緒にこたつに入ることをあたり前のように言ってくれたので、うれしさのあまり一瞬自分の興奮を忘れかけ、

目尻がだらしなく下がりそうになった。

しかし、マヤとの距離を一挙に縮めてくれそうな真澄にとって輝かしい道具をみすみす逃すわけにはいかない。

「マヤ、俺といるときはともかく、ひとりのときこんな大きなのは必要ないだろう。動かすのも大変だし。」

「う、ん・・ひとりでは大きすぎるけど・・・あのね、たまにオフのときなんかつきかげのみんなとごはん食べたいと思って。」

「ここでか?」

「うん、こたつでお鍋とか。お鍋ってたくさんの人で食べたらおいしいでしょう。」

「ああ、そうだな。鍋は多人数のほうがおいしいな。」

真澄はついマヤの希望するこたつに賛成するような言い方をしてしまった。

(違う!こんなこと言ってはだめだろう、速水真澄!さりげなくコトを起こすためにはこんな大きなモノ認めるわけにいかないんだ。)

真澄は頭の中で自分に叱咤する。

(しかしここまで小さいと、わざとらしくてマヤに怪しまれるかな。なにごともさりげなくしなければ・・・)

自分の指したこたつの写真を見て少し気弱になった真澄はパンフレットを食い入るように眺め始めた。


「舞台で共演している人たちもよぼうかなぁー」

パンフレットに集中していた真澄はマヤが言っていることを聞き逃してしまった。

「うん?何だって?誰をよぶって?」

「舞台で一緒の人たちも招待したいと思って。いつもお世話になっているから何かお礼をしたいんだけど。

手料理でもてなしとかしてみたいけど、私、お料理下手でしょう。でもお鍋ならなんとかなるし、みんな楽しめると思うの。」

(舞台で共演・・・)

真澄はマヤが舞台で共演している出演者たちの面々を思い浮かべた。

他の人には爽やかな笑顔にうつるらしいが、真澄にとってはおもしろくない笑顔の持ち主の姿が真澄の頭の中によぎった。

(まさかあの男も・・・桜小路のやつもよぶわけではないだろうな。いや、マヤがよばなくてもあいつなら、のこのことついて来かねん。)

桜小路がマヤの部屋に入ることを考えると怒りがこみ上げてくる。

(あいつのことだ。ちゃっかりマヤの横なんかに座ったりするに違いない。)

マヤの隣は、真澄がやっと手に入れることのできた真澄だけに許された席のはずだ。

(あいつの足がマヤに触れたりしたら・・・)

真澄は桜小路の足がマヤの足に触れることを想像し、パンフレットを持つ手がぶるぶると震えそうになる。

(やはりこんな小さなモノではだめだ!!)

真澄は再びパンフレットを穴があくほど見つめ始めた。


「やっぱりこれがいちばんいいけど・・・」
 
一通りパンフレットを見終わったマヤは、最初に希望したこたつの写真に見入っていた。

「でも、これ高すぎますよね、プレゼントしてもらうのに。私ってば何も考えずに自分のことばっかり。ごめんなさい、速水さん。」

そう言って謝るマヤはなんともいじらしくてかわいい。

(マヤ、何でも欲しがっていいんだぞ。こんなモノ10個でも20個でも買ってやる。君が望むものはなんでもあげたい。金はいくらかかってもかまわん。)
 
滅多に、というよりもまったく欲しいものを言わないマヤが何かを望んでくれると、真澄はとてもうれしくなり、どんなことでも叶えてあげたいと思う。

それに決してケチではないし、マヤにもケチだとは絶対に思われたくない。
 
しかしそう思いつつも、真澄の目はパンフレットの下にあるマヤのほっそりとした足に釘付けになっていた。
  
(やっぱり捨てがたいよなぁ、このこたつ・・・)

真澄は未練たらたらと小さな丸いこたつの写真を眺めてしまう。


真澄は嫉妬と見栄と欲求の渦の中にどっぷりと浸かってしまった。

そして真澄は、自分がやきもちを妬かずにすみ、傍から見ればどうでもいい見栄を満足させ、さりげなくふたりの距離を縮めてくれて、

しかもマヤが大喜びをするモノを求めてしつこくパンフレットをめくっていった。

(水城くんか聖にでも頼んで、もっとカタログを持ってきてもらうか・・・)

と考えながら。


マヤの部屋に新しいこたつが入るのはまだまだ先のこと・・・



(おわり)

 

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