〜written
by ともとも〜
「こんにちは!山下のおじさん、おばさん、お久しぶりです!」 「まぁまぁ、マヤちゃん!いらっしゃい!いつもテレビ、見てるわよ。」 「ほんとに、えらく有名になったもんだねぇ。あの、暴れん坊のマヤちゃんが!」 別荘番の山下夫妻が マヤを出迎えながら口々にしゃべりだす。 「あははっ!その節はホントにご迷惑ばっかりかけちゃって、、、」 以前、この軽井沢の別荘を訪れたときのことを思い出し マヤは照れ笑いを浮かべる。 「そうそう、アノ後の片付けは大変だったよ!」 茶化すようにそういって 大笑いする山下に、マヤは顔を赤くする。
そんな時、紫の薔薇の人に招待され この別荘へとやって来たのだった。 そしてここで 三重苦の感覚を掴む為に耳栓と目隠しをして過ごし、(その結果、この別荘は多大な被害を 被ったのだったが)役を掴んだマヤは オーディションを勝ち抜き、ダブルキャストの姫川亜弓を抑え 見事、 助演女優賞を獲得したのだった。 (そう、、ここで初めて紫の薔薇の人に会ったんだわ、、) 目も見えず、耳も聞こえない状態だったマヤには もちろんその顔すら見ることは叶わなかったが、その分、 あの時抱きしめられた感覚は今もマヤの体に残っているのだった―――。
真っ赤になってそう言うマヤを 可笑しそうに見つめながら 「それを聞いて安心したよ。」 と山下は大笑いする。 「せっかく、軽井沢に来たんだから 思い切り楽しんでいっておくれよ。」 「はいっ!」
ちょうど、マヤの夏休み中に取れる最後のオフが決まると同時にその招待状は届いたのだった。
「電車の切符まで同封してくれるなんて、あいかわらず素敵なファンだこと。」 水城はそういうとフフッと笑った。 マヤにとっては永年の大切なファンだが 事務所にしてみればどこの誰ともわからない人間の別荘への招待 など警戒するのが普通であろう。 だが、マヤは水城の反応にたいして不信感をいだくこともなく ただ紫の薔薇の人の好意を喜んだのだった。
雑木林のなかの遊歩道をのんびりと歩く。 どこからか野鳥の鳴き声が聞こえる。 さわやかな風が頬をなでていく。 野鳥のさえずりに誘われるままに歩いていくと かすかに水音が聞こえるようだ。
「わぁ、、」 目の前に美しい滝が現れた。 「きれ、、い、、。」 雑木林に囲まれたそれは、豊かな水量をたたえながらどどぅという振動とともに勢いよく流れ落ちてくる。 マヤはしばしその美しい流れに見とれていたが、ふと思いたち サンダルを脱ぐと そっと水に足を浸してみた。
白いサマードレスの裾をつまみ上げ、一歩一歩、、 冷たい水と小石の感触が素足に心地よい。
マヤは裾が濡れない様に注意しながら 少しだけ腰をかがめると、じっと水面に目を凝らす―――。
「きゃっ!!」 グラッ バッシャーン!! 突然 後ろから声をかけられ、驚いた拍子に足を滑らせたマヤは思い切り水のなかにつっこんでしまった。
「はっ、速水さんっっ!?」 マヤは全身から水を滴らせながら 慌てて立ち上がる。
ぴったりと張り付いたドレスのせいで いつもにまして華奢で頼りなげなその姿はさながら水の妖精のようで、 速水はしばし声もなく見つめる。 と、わずかにうかびあがった下着のラインに気づき 急速に現実世界に呼び戻される。
少し上ずった声で速水は呼びかけると右手を差し出した。 マヤは真っ赤になりながらも差し出された手を無視すると ザバザバと水しぶきをあげながら速水から少し 離れたところで水辺にあがった。 みるみるマヤの足元に水溜りができる。
他に気の利いた言葉もみつからず速水は繰り返す。
マヤはくるっと速水に背をむけるとスカートの裾を少し持ち上げ、両手でぎゅっと絞った。 水がポタポタと足元に滴り落ちる。 いきなり目の前に白いふくらはぎをさらされた速水は、顔が赤らむのを感じ 思わず目をそらす。
そういうと 少し乱暴にマヤの腕を掴み 足早に歩き出す。
速水にひっぱられバランスをくずしながらもマヤは抗議する。 (なんだって、こんなところに来てまでコイツと関わらなきゃならないのよっ!?)
速水はマヤのあまりの無防備さに思わず声を荒げる。 そんな姿を人目にさらすということがどういうことかこの子はなんにもわかっちゃいない! どんなヤツの目にはいるかわかったものではないというのに!
ごちゃごちゃ言うマヤを無視して乱暴に助手席に押し込める。
そう言うと、トランクから取り出してきたタオルをマヤの頭の上に放り投げる。
しかし、、、我ながら思いっきり突っ込んだものだとあきれてしまう。 さぞや、速水もバカにしているだろうと チラッと運転席を見ると、じっとこちらを見つめる瞳に出くわす。 ドキンッ どこか熱を帯びたようなその視線に マヤの鼓動が早まる。
あわてて視線を前方にむけると 速水は静かに車を発進させた。 たいした距離ではなかったので ほんとにあっという間に別荘に到着した。
マヤは一応素直に礼をいうと車から降りようとした。
(じょーだんじゃないわ!せっかくのお休みなのに誰がコイツなんかとっ!)
速水は手早くなにかをメモするとマヤに差し出した。 ?
ブロロロ、、、
マヤがなにかしゃべろうとしたときには すでに速水の車は小さくなっていた。
そこには 速水のものらしい携帯の番号が走り書きされていた。 (ふんっ!なにが 気が変わったら、よ!) マヤは手のひらでメモをクシャと握りつぶすと ゴミ箱へと放り投げようとした。
心の中で、なにかがひっかかる、、。 いったい、なんだろう、、、?
「なんだ?」
結局、マヤはあのあと速水に渡されたメモの番号に電話をかけたのだった。心の中に引っかかった、あること を確認するために、、、。 マヤはナイフとフォークをカチャンと置くと、一呼吸おいてからしゃべりだした。
まずは、当たり障りのない質問をする。
マヤは少し俯くと頭のなかを整理する。 (速水さんは、毎年 軽井沢に来ている、、。そう、ということは当然去年の夏も、、。) マヤはゴクンッとつばを飲み込むと顔をあげ、いっきに核心にふれる。
マヤの真剣な表情に ただならぬものを感じながらも、なんのことかとっさにわからず速水は聞き返す。
だって知ってたんですか?」
一瞬、速水に動揺が走る―――。
くれたじゃないですか!」 軽井沢にはそれこそたくさんの別荘がある。なのに、速水はどうして、、まさか、、、、
急に大声で笑い出した速水にマヤは食って掛かる。
速水はさも可笑しそうに少し肩を揺らしながらまだ笑っている。 「もーっ!なにがそんなに可笑しいんですかっ!?」
別荘番の連絡先を書いたメモがあっただろう。それで少し調べさせてもらったまでだ。」
からな。」
勢い込んで尋ねるマヤに速水はそっけなく答える。
我ながらなんとも苦しい言い訳に、速水はわずかに背中に汗をかきながらも平静を装う。
そうだった、、、、以前にもそう言われていたのだ。詮索はするなと、、、。 (それなのにあたしったら もしかして速水さんが何か知ってるんじゃないかって、ついムキになって、、、。 もう少しで、紫の薔薇の人の気持ちを踏みにじってしまうところだった―――。)
だが、今ここで真実を告げることは 速水にはできなかった。 劇団をつぶし、さんざん恨まれるようなことをしてきた男が 彼女の心の支えのひとだなどと、そんなことが あってはならないのだ。そう自分に言い聞かせながら、ただ黙ってマヤを見つめる、、、。
いつまでも俯いたままのマヤがさすがに心配になり そっと声をかける。
マヤの瞳がわずかに潤んでいる、、、。その表情に胸が苦しくなる。 が、なんとかいつものポーカーフェイスを装うと マヤの目のまえの皿を指差した。
やっと少し笑顔を浮かべたマヤにほっとしながらさらにからかってみる。
やっといつもの調子がでてきたマヤがベーッと舌を出して見せる。
「それでこそチビちゃんだ。」
少し溶けかけたデザートを突っつきながら はやくも次はなにをオーダーしようかと思いを巡らせる。 そんな子供っぽい思考が手に取るように伝わってきて 速水は忍び笑いをもらす。 バカ正直で、真っ直ぐで、純粋な少女。 この子といると心が安らぐ、、、。 少しヒヤッとした場面はあったものの、すっかりデザートに真剣にとりかかっているマヤに 速水はいつもの 安心感を覚えるのだった。
マヤを別荘まで送り届けた速水は思いついたように口にする。
ブロロロロ、、
小さくなる速水の車にむかってマヤは大声で叫んでいた。
マヤは諦めたようにフゥッとひとつタメイキをもらすと、満天の星が煌く夜空を見上げた。
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