彼女と彼の夏休み 〜はじまり〜

〜written by ともとも〜





「こんにちは!山下のおじさん、おばさん、お久しぶりです!」

「まぁまぁ、マヤちゃん!いらっしゃい!いつもテレビ、見てるわよ。」

「ほんとに、えらく有名になったもんだねぇ。あの、暴れん坊のマヤちゃんが!」

別荘番の山下夫妻が マヤを出迎えながら口々にしゃべりだす。

「あははっ!その節はホントにご迷惑ばっかりかけちゃって、、、」

以前、この軽井沢の別荘を訪れたときのことを思い出し マヤは照れ笑いを浮かべる。

「そうそう、アノ後の片付けは大変だったよ!」

茶化すようにそういって 大笑いする山下に、マヤは顔を赤くする。



――― 一年前の夏休み ――――


マヤは“奇跡の人”の役作りに悩んでいた。

そんな時、紫の薔薇の人に招待され この別荘へとやって来たのだった。

そしてここで 三重苦の感覚を掴む為に耳栓と目隠しをして過ごし、(その結果、この別荘は多大な被害を

被ったのだったが)役を掴んだマヤは オーディションを勝ち抜き、ダブルキャストの姫川亜弓を抑え 見事、

助演女優賞を獲得したのだった。


そして、、、

(そう、、ここで初めて紫の薔薇の人に会ったんだわ、、)

目も見えず、耳も聞こえない状態だったマヤには もちろんその顔すら見ることは叶わなかったが、その分、

あの時抱きしめられた感覚は今もマヤの体に残っているのだった―――。


「今回は、お休みで来させていただいたので もうあんなことにはなりませんから、、、。」

真っ赤になってそう言うマヤを 可笑しそうに見つめながら

「それを聞いて安心したよ。」

と山下は大笑いする。

「せっかく、軽井沢に来たんだから 思い切り楽しんでいっておくれよ。」

「はいっ!」



今回の軽井沢の訪問も やはり紫の薔薇の人からの招待だった。

ちょうど、マヤの夏休み中に取れる最後のオフが決まると同時にその招待状は届いたのだった。





    

    あなたの出演されている大河ドラマをいつも楽しく
    拝見しています。
    お仕事も お忙しいでしょうが、もしお休みが取れる  
    ようでしたら、わたしの軽井沢の別荘にいらっしゃい  
    ませんか?
    昨年の夏、いらっしゃったあの別荘です。 
    今年はお稽古ぬきで 軽井沢の夏を満喫されては     
    いかがでしょうか?
    あなたの ご都合のよいときをお知らせ下されば        
    いつでも、別荘番のものがお世話いたします。           
      


                  ――――あなたのファンより――――



    

水城に相談すると、意外なほどあっさりと了承してくれた。

「電車の切符まで同封してくれるなんて、あいかわらず素敵なファンだこと。」

水城はそういうとフフッと笑った。

マヤにとっては永年の大切なファンだが 事務所にしてみればどこの誰ともわからない人間の別荘への招待

など警戒するのが普通であろう。

だが、マヤは水城の反応にたいして不信感をいだくこともなく ただ紫の薔薇の人の好意を喜んだのだった。






山下に薦められ、マヤは散策に出かけることにした。

雑木林のなかの遊歩道をのんびりと歩く。

どこからか野鳥の鳴き声が聞こえる。

さわやかな風が頬をなでていく。

野鳥のさえずりに誘われるままに歩いていくと かすかに水音が聞こえるようだ。


そのまま遊歩道にそって進んでいくと、、

「わぁ、、」

目の前に美しい滝が現れた。

「きれ、、い、、。」

雑木林に囲まれたそれは、豊かな水量をたたえながらどどぅという振動とともに勢いよく流れ落ちてくる。

マヤはしばしその美しい流れに見とれていたが、ふと思いたち サンダルを脱ぐと そっと水に足を浸してみた。


「つめたっ!」

白いサマードレスの裾をつまみ上げ、一歩一歩、、

冷たい水と小石の感触が素足に心地よい。


「ほんとにキレイな水、、、。おさかなとかいるかな?」

マヤは裾が濡れない様に注意しながら 少しだけ腰をかがめると、じっと水面に目を凝らす―――。



「チビちゃん?」

「きゃっ!!」

グラッ バッシャーン!!

突然 後ろから声をかけられ、驚いた拍子に足を滑らせたマヤは思い切り水のなかにつっこんでしまった。


「おいっ!大丈夫か!?」

「はっ、速水さんっっ!?」

マヤは全身から水を滴らせながら 慌てて立ち上がる。


その瞬間、時間が止まる―――


ぐっしょりと濡れた真っ白なサマードレスを身体に纏わりつかせ、水の中に佇む少女。

ぴったりと張り付いたドレスのせいで いつもにまして華奢で頼りなげなその姿はさながら水の妖精のようで、

速水はしばし声もなく見つめる。

と、わずかにうかびあがった下着のラインに気づき 急速に現実世界に呼び戻される。


「、、おい、大丈夫か?早く上がってこないか!」

少し上ずった声で速水は呼びかけると右手を差し出した。

マヤは真っ赤になりながらも差し出された手を無視すると ザバザバと水しぶきをあげながら速水から少し

離れたところで水辺にあがった。

みるみるマヤの足元に水溜りができる。


「大丈夫か?」

他に気の利いた言葉もみつからず速水は繰り返す。


「だっ、大丈夫ですっ!!それより何で速水さんがこんなところにいるんですかっ?」

マヤはくるっと速水に背をむけるとスカートの裾を少し持ち上げ、両手でぎゅっと絞った。

水がポタポタと足元に滴り落ちる。

いきなり目の前に白いふくらはぎをさらされた速水は、顔が赤らむのを感じ 思わず目をそらす。


「そんなことより早く着替えないと、いくら真夏とはいえカゼをひくぞ。」

そういうと 少し乱暴にマヤの腕を掴み 足早に歩き出す。


「ちょ、ちょっとなにするんですか!?」

速水にひっぱられバランスをくずしながらもマヤは抗議する。

(なんだって、こんなところに来てまでコイツと関わらなきゃならないのよっ!?)


「すぐそこに車を止めてあるから送ってやる。」


「そんな、、、いいですよっ!歩いてもたいした距離じゃありませんから!」


「ばかをいうな!そんな格好で!!」

速水はマヤのあまりの無防備さに思わず声を荒げる。

そんな姿を人目にさらすということがどういうことかこの子はなんにもわかっちゃいない!

どんなヤツの目にはいるかわかったものではないというのに!


「は、速水さん!シートが濡れちゃ、、きゃっ!」

ごちゃごちゃ言うマヤを無視して乱暴に助手席に押し込める。


「ほんとにもーっ!いっつも強引なんだからっ!」


「うるさいっ!少しはひとの言うことを聞けっ!」

そう言うと、トランクから取り出してきたタオルをマヤの頭の上に放り投げる。


マヤはぶつぶつ文句をいいながらも さすがにこのままではまずいと思い、タオルで髪や顔を拭った。

しかし、、、我ながら思いっきり突っ込んだものだとあきれてしまう。

さぞや、速水もバカにしているだろうと チラッと運転席を見ると、じっとこちらを見つめる瞳に出くわす。

ドキンッ

どこか熱を帯びたようなその視線に マヤの鼓動が早まる。


「な、なんですかっ?」


「いや、、なんでもない。」

あわてて視線を前方にむけると 速水は静かに車を発進させた。





「着いたぞ。早く着替えて来い。」

たいした距離ではなかったので ほんとにあっという間に別荘に到着した。


「あ、ども。ありがとうございました。」

マヤは一応素直に礼をいうと車から降りようとした。


「チビちゃん。」


「はい?」


「せっかく、こんなところで偶然にも会えたんだ。あとで夕食でも一緒にどうだ?」


「へ?、、い、いえ、結構です!」

(じょーだんじゃないわ!せっかくのお休みなのに誰がコイツなんかとっ!)


「フッ、、まぁそう邪険にするな。」

速水は手早くなにかをメモするとマヤに差し出した。


「気が変わったら電話しろ。じゃあな、チビちゃん。」

ブロロロ、、、


「あ、あのっ、、」

マヤがなにかしゃべろうとしたときには すでに速水の車は小さくなっていた。



シャワーをあび、人心地ついたマヤはさっきのメモをもう一度見直す。

そこには 速水のものらしい携帯の番号が走り書きされていた。

(ふんっ!なにが 気が変わったら、よ!)

マヤは手のひらでメモをクシャと握りつぶすと ゴミ箱へと放り投げようとした。


が、、その手が止まる。

心の中で、なにかがひっかかる、、。

いったい、なんだろう、、、?









「あの、、速水さん、、。」

「なんだ?」


その日の夕刻、二人は湖畔のレストランで向かい合っていた。

結局、マヤはあのあと速水に渡されたメモの番号に電話をかけたのだった。心の中に引っかかった、あること

を確認するために、、、。

マヤはナイフとフォークをカチャンと置くと、一呼吸おいてからしゃべりだした。


「速水さんは、どうして軽井沢にきてたんですか?」

まずは、当たり障りのない質問をする。


「あぁ、毎年 この時期にこっちでパーティを開いているんでね。夕べがそのパーティだったんだ。」


「毎年、、、そうですか、、。」

マヤは少し俯くと頭のなかを整理する。

(速水さんは、毎年 軽井沢に来ている、、。そう、ということは当然去年の夏も、、。)

マヤはゴクンッとつばを飲み込むと顔をあげ、いっきに核心にふれる。


「どうして、知ってたんですか?」


「なんのことだ?」

マヤの真剣な表情に ただならぬものを感じながらも、なんのことかとっさにわからず速水は聞き返す。


「今日、速水さん あたしを別荘まで送ってくれたでしょう?どうしてあたしがお世話になってるのが あの別荘

だって知ってたんですか?」


!!!

一瞬、速水に動揺が走る―――。


「だって、変じゃないですか!あたしはなんにもいってないのに速水さんは迷わずあの別荘にあたしを送って

くれたじゃないですか!」

軽井沢にはそれこそたくさんの別荘がある。なのに、速水はどうして、、まさか、、、、


「ハッハッハッハッ!なんだ、そんなことか。」

急に大声で笑い出した速水にマヤは食って掛かる。


「そんなことって、、!」


「ハハハッ、、あぁ、失礼。」

速水はさも可笑しそうに少し肩を揺らしながらまだ笑っている。

「もーっ!なにがそんなに可笑しいんですかっ!?」


「すまんすまん、それにしても俺も見くびられたものだな。」


「え?」


「大事な商品がどこでなにをしているかぐらい、把握していなくてどうする?」


「それじゃ、、」


「あぁ、水城くんからちゃんと報告を受けたよ。君の大事なファンからお誘いがあったとね。招待状と一緒に

別荘番の連絡先を書いたメモがあっただろう。それで少し調べさせてもらったまでだ。」


「、、、、、」


「いくら君の大事なファンからの招待とはいえ、さすがにどこかわからないところに行かせるわけにはいかん

からな。」


「じゃっじゃあ 速水さんは紫の薔薇の人が誰なのか知ってるんですね!?」


「、、いや」

勢い込んで尋ねるマヤに速水はそっけなく答える。


「えっ だって調べたんでしょ?」


「俺は君の居場所を把握するために調べただけだからな。」

我ながらなんとも苦しい言い訳に、速水はわずかに背中に汗をかきながらも平静を装う。


「、、、そう、、ですか、、。」


「それに、、、その人も匿名で招待してくるんだ。きっときみにも詮索されたくないんじゃないか?」


「!!、、、、、そう、、ですよね、、、。」

そうだった、、、、以前にもそう言われていたのだ。詮索はするなと、、、。

(それなのにあたしったら もしかして速水さんが何か知ってるんじゃないかって、ついムキになって、、、。

もう少しで、紫の薔薇の人の気持ちを踏みにじってしまうところだった―――。)


すっかりうなだれたマヤの様子に罪悪感を覚えながらも どうすることもできない自分がもどかしい。

だが、今ここで真実を告げることは 速水にはできなかった。

劇団をつぶし、さんざん恨まれるようなことをしてきた男が 彼女の心の支えのひとだなどと、そんなことが

あってはならないのだ。そう自分に言い聞かせながら、ただ黙ってマヤを見つめる、、、。


「チビちゃん、、」

いつまでも俯いたままのマヤがさすがに心配になり そっと声をかける。


「はい、、」

マヤの瞳がわずかに潤んでいる、、、。その表情に胸が苦しくなる。

が、なんとかいつものポーカーフェイスを装うと マヤの目のまえの皿を指差した。


「ほら、きみの大好きなデザートが溶けてしまうぞ。」


「も、もーっヤダ!速水さんたら!」

やっと少し笑顔を浮かべたマヤにほっとしながらさらにからかってみる。


「好きなだけオーダーしていいから機嫌を直せ。」


「言われなくってもそうしますよーだっ!」

やっといつもの調子がでてきたマヤがベーッと舌を出して見せる。


プーックックッ

「それでこそチビちゃんだ。」


「ふんっ!」

少し溶けかけたデザートを突っつきながら はやくも次はなにをオーダーしようかと思いを巡らせる。

そんな子供っぽい思考が手に取るように伝わってきて 速水は忍び笑いをもらす。

バカ正直で、真っ直ぐで、純粋な少女。

この子といると心が安らぐ、、、。

少しヒヤッとした場面はあったものの、すっかりデザートに真剣にとりかかっているマヤに 速水はいつもの

安心感を覚えるのだった。







「ごちそうさまでした。」


「どういたしまして、俺も君と過ごせて楽しかったよ。」

マヤを別荘まで送り届けた速水は思いついたように口にする。


「ところで、君はあさって東京に帰るんだったな。」


「はい、そうですけど。」


「じゃあ、明日はこのへんを案内してやろう。」


「えっ!け、結構ですっ!!」


「フッ、、じゃぁ、また明日な。おやすみ、チビちゃん。」

ブロロロロ、、


「ちょ、ちょっとーっ、なんで勝手に決めていっちゃうのよ―――っ!!」

小さくなる速水の車にむかってマヤは大声で叫んでいた。


あぁ、、またしてもアイツのペースだ、、、、。


「、、もうっ!」

マヤは諦めたようにフゥッとひとつタメイキをもらすと、満天の星が煌く夜空を見上げた。





それは

     彼女と 彼の

            夏休みの は じ ま り ――――

おわり





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