みんな酒のペースがあがり、陽気になりつつあった。
真澄は取り皿にオニギリを大切にキープし、桜小路に見せ付けるように食べ始める。
『ふふん・・・指をくわえて見ていやがれ♪』
桜小路は悔しそうにチラチラと真澄の口元を見続け、唇を噛み締めた。
「ん?何だ?その欲求不満の表情は?・・・顔が欲しがっているぞ・・・」
「ボ・・・ボクは・・・別に!!!」
桜小路は顔を赤らめて視線を外した。
マヤは、2人が食べている間もずっと視線を絡ませて怪しい会話を囁きあっているのが不安でたまらない・・・。
そして彼らは互いにガンガン酒を注ぎあい、お互いを潰すことに没頭し始める。
『速水社長・・・・これだけ飲んでも平気な顔をしているなんて・・・!!』
『ふふん・・・若造め・・・俺を酔い潰そうとするなんて1000年早い!!』
「・・・・・・」
・・・マヤは、そんな2人の様子を近くで見守る事しかできない。
『・・・さっきからずっと2人の世界だわ!!あたしが入る隙間もない!!』
「おい!そろそろカラオケでもやろうか!!」
・・・誰かがそう叫んだ。
みんなが賛同し、携帯用のモニターとカラオケマイクが2個用意されていく。
「これ、ボクが持って来たんだよ!最新版のモニター付きのカラオケさ♪アウトドアでもバッチリだろう?アハン☆」
桜小路は自慢げにそう言った。
・・・実は、桜小路は今日、マヤと歌をデュエットするつもりで張り切っていた。 真澄が花見に参加するとは思わなかったので、
ひたすらマヤと肩を並べて歌うことを目標に練習を積んできたのだ・・・。
『・・・こうなったら無理やり作戦実行だ! 曲は、【世界中の誰よりきっと】さ。前にマヤちゃんが好きだって言ってたし♪』
桜小路は酔いが回りフラフラした足取りでマイクを2つ掴むと、サッと曲をセットした。
「じゃあ、ボク歌います〜!!デュエットしちゃいま〜す!相手は、マヤちゃ〜ん!!」
「え?あたし?やだやだ!!うそおお〜!聞いてないわよお〜!」
それを見た真澄はギロリと桜小路を睨みつける。
『くっ!!マヤとデュエットするだと?冗談じゃない!!!!』
・・・しかし、そう思いながら固まっているうちにイントロが流れ始めてしまった・・・。
「あたし!!恥ずかしいし!!」
マヤが泣きそうな声でそう叫んだ。
桜小路は無理やりマヤを連れ出そうとして手を差し伸べている。
「さ、早く!マヤちゃん!」
『桜小路め〜!こうなったら・・・・!!』
真澄は桜小路が差し伸べた手を掴むと、おもむろに腰をあげた。
「・・・じゃあ、代わりに俺が歌おう・・・」
「!!!!!!」
桜小路だけではなく、その場の全員が一気にフリーズして息を呑む展開になった。
『な・・・何が悲しくて速水社長と歌わなくちゃいけないんだよおおおお!!』
桜小路はショックでマイクを落としそうになったものの、後には引けない状況になっていた。
「すげえ・・・うまいじゃん!速水社長!!桜小路のハモりも!!!」
「速水社長の歌・・・初めて聴いたけど・・・いい声じゃん!!」
2人が歌い始めると、彼らの周りではどよめきが起きるほどになっていた。
2人の歌唱力は抜群で、ぶっつけ本番で歌うことになったとは思えないレベルである。
そしてそれは、歌っている本人達も感じ始める。
『こいつ・・・相当練習しやがったな・・・』
『速水社長・・・歌を聴いたのは初めてだけど・・・上手すぎる!ボクの存在が薄くなってしまう!!』
・・・心とはうらはらに、驚くほど息の合ったデュエットだった。 2人はマヤに思いを告げるかのように心を込めて歌い続けのだ。
熱くなった2人は酒のせいもあったのか、ついついライバル心を失い、気付いたら調子に乗って胸に手を当てながら熱唱していた。
「〜い〜つで〜もォ〜♪」
2人が歌い終わると、全員が惜しみない拍手を繰り返し、大絶賛の嵐が起きた。
・・・世界中で一番嫌いな者同士が歌う【世界中の誰よりきっと】は最高だった・・・。
心の奥底では2人とも『なんでコイツと歌わなくちゃいけないんだよ!!!』と思っていたはずなのに・・・。
「もしかして、いつも2人で練習したんじゃないのお?」
誰かが言った冗談が、マヤの胸にはグサリと刺さる。
『速水さん・・・あたしが前にカラオケに行きたいって言ったら、恥ずかしいからって断ったクセに・・・!!!』
そして、今日の為にカラオケの練習三昧だった桜小路も気が抜けて呆然と立ち尽くしている。
『うっうっうっ・・・こんなハズでは・・・。せめてボクの熱い想いはマヤちゃんに届いたのだろうか・・・』
泣きたい気持ちになった桜小路は、次なる作戦を実行に移すことに決めた。
彼はコッソリと用意してきたアコースティックギターを取り出すと、スタンドマイクまでセットし、パンパン、と手を鳴らす。
「よし!次はギターを弾きながら歌っちゃうよ!曲は、【TRUE
LOVE】。ボクの熱いハートを届けます!!」
「ええ〜?また桜小路君の歌〜?」
ブーイングが起こっているのも無視して、桜小路はマヤへの一直線な愛を歌に乗せて熱唱しはじめた。
「・・・花見なのに、ずいぶんと地味〜な歌だなぁ、オイ・・・」
黒沼の突っ込みにも気付かず、自分の世界に入り込んで歌う桜小路・・・。
ところが、彼が想いを込めて熱唱しているにも関わらず、マヤは全然歌を聴いてなかった。
・・・今はそれどころではない状態なのだ。
マヤは、自分の隣に戻ってきた真澄に、恐る恐る声をかける。
「・・・速水さん・・・なんか・・・今日・・・ヘンですね・・・」
「ん?そうか?・・・せっかくの花見だからな。たまにはいいかと思って・・・」
「・・・・・」
マヤはそっと下を向いた。
「・・・・でも、いくら花見だからって・・・やっていい事と悪いこと、あります・・・」
彼女が唇を噛み締めながらそう言ったので、真澄は必死で思考した。
『・・・俺のカラオケが気に入らなかったのか?もしかして本当は歌いたかったのか??』
「悪い・・・歌いたかったか? 」
「・・・・違います!そんな事じゃなくて!・・・分かっているんでしょ??」
マヤが膝の上でワナワナと手を震わせながらそう言ったので、真澄はますます混乱してしまう・・・。
『な・・・何を怒っているんだ?・・・・もしかして・・・あからさまに桜小路に対して冷たい態度をとってしまったのが原因なのか!?』
真澄には、他にはそれくらいしか原因が思いつかない。
とりあえず彼は謝ってみることにした。
「マヤ・・・すまない。・・・どうも・・・桜小路を目の前にすると、ついつい・・・」
「!!!!!!」
マヤの頭の中は大パニックだ。 ・・・ああ、やっぱり速水さんは・・・
「あたし・・・よく分かりました。・・・速水さんが桜小路君をどう思っているのか・・・」
冷たい口調で言葉を吐き捨てるマヤ。
それによって更に勘違いした真澄はますます頭を抱えてしまう。
『やっぱり、あいつの事が原因で怒っているのか・・・』
確かに桜小路の事はこの世で一番嫌いである。
しかし、マヤにとっては大切な友人なのだ。彼女はやさしい子なので、そんな心の狭い俺に愛想がつきてしまったのだ、と。
「マヤ・・・本当に申し訳ない。本能のままに行動しすぎてしまったようだ・・・これからは気をつけるよ。」
「・・・・・」
2人の間に、重苦しい空気が流れていた。
『ああ・・・実は俺がかなりセコくて心の狭い人間だということをマヤに感づかれてしまった・・・。なんとかしなくては・・・』
『速水さんが・・・速水さんがあたしを求めてこないのはこういう理由だったんだ・・・』
お互いが悶々としながら時を過ごしていると、桜小路がヨロヨロしながら戻ってきた。
「マヤちゃん!ボクの歌、聴いてくれた?」
「・・・・あ、ごめん、聴いてなかった!」
『ガビーン!!!!!!』
桜小路は、あまりにショックだったのか、それとも単に飲みすぎだったのか・・・・急に体をグラリとさせると、へナヘナと座り込む
ように崩れ落ちた。
「きゃああっ!桜小路君!大丈夫!?」
「おいっ!!」
そして、更に運が悪いことに・・・・ダラリとした桜小路の体は、真澄の膝の上に覆いかぶさるようにして横になった・・・。
『げっ!!!桜小路!!てめーーー!!俺の膝にもたれやがって!』
真澄は瞬時に両手で投げ飛ばしてやろうかと思い、ハッと思い直して行動を止めた。
『だ・・・だめだ!ここでまた桜小路に冷たくしたら、ますますマヤに嫌われてしまう!!』
・・・そう考えた真澄は、青筋を作りながらも必死でこの状況を耐えることにした。
「いやはは・・・飲みすぎだな・・・仕方ない、このままにしておくか・・・」
「!!!!!」
全員が白目になり、言葉を失うほどに異様な光景が広がった。
人目を惹くほどに綺麗な顔立ちの男の膝に、これまたモテそうな顔の若い青年が寄り添うようにしているのだ。
みんなの脳裏に『ボーイズラブ』とか『やおい』という言葉がグルグルと回り始めていた。
「あ、あたし・・・気分悪くなったので、先に帰ります!」
マヤは突然サッと立ち上がると、クルリと背を向けて靴を履き、ゆっくりとその場から駆け出した。
一瞬の事で訳が分からずに出遅れてしまった真澄。
「おいっ!待ってくれ!」
ようやくそう叫び 『マヤを追いかけなければ』 と思った。
真澄は、マヤが見ていなければ桜小路などどうでもよいので、思いきり彼の頭を膝からすべり落とした。
ゴン!!
派手な音がしたようだが、振り返る気も全くない真澄。
マヤを見失わないように、酔った頭をフラフラさせながら、花見会場を後にした。
「マヤ!本当にさっきから何を怒っているんだ?」
真澄はマヤに追いつくと、腕を掴んでそう問いただした。
「全部です!今日の速水さんの行動にです!」
マヤは頭の中が真っ白になり、本当に怒っているのか、不安なのか、自分でも訳が分からなくなっていた。
「だから・・・謝ったじゃないか。」
「謝って済む事じゃないです!あたしの気も知らないで・・・」
マヤがズンズンと歩いていくのを無理やり静止させ、言葉を続けた。
「じゃあ・・・どうすればいいんだ?・・・俺は・・・君を愛している。 だから・・・君の大切な友達は、俺も友達だと思いたい。
しかし、気持ちの問題はそう簡単にはいかないんだ・・・分かるだろう?」
マヤはポロポロと涙をこぼし、真澄の言葉の意味を考えていた。
「でも・・・ひどすぎます。こんなの・・・ひどい。」
「・・・これからは・・・友達だと思えるように努力するよ・・・約束する。」
真澄は、あの桜小路を友達だと思うなんて背筋が凍りつくほどに寒い行為だと思いながら、マヤを落ち着かせる為にそう言った。
そしてマヤは、真澄の言葉を聞きながら、じっと下を向いたままで頭の中を整理していく。
『たとえ・・・たとえ速水さんに変な趣味があっても・・・あたしは・・・速水さんが好きだから、別れることなんてできないわ!!』
マヤは、顔をキュッと上に向けると、精一杯に真澄を見つめ、潤ませた瞳で呟いた。
「速水さん・・・あたしも速水さんが好き。その気持ちに変わりはないわ・・・」
「マヤ・・・」
マヤは、ためらいがちに、何かをふっきるように言葉を出した。
「だから・・・速水さん・・・あたしの事が本当に好きなら・・・今日はあたしを帰さないで・・・」
「●×☆▽◎★!!!!!」
真澄には、全くもって意味不明な展開であった・・・。
もしかしたら、マヤは酔っているのかもしれない・・・。こんな大胆なセリフを言うなんて・・・。
いや、もしかして俺が酔って妄想しているのか?・・・どっちでもいい・・・こんなにおいしいチャンスを逃す手は他にない!!!!
真澄は、震えるマヤの体を強く抱きしめていた。
「ど・・・どういう事かよく分からんが・・・・俺も君を帰す気がなくなってきたよ・・・」
そう告げると、マヤの気が変わらないうちに・・・と、いそいそとタクシーを呼びつけた。
『うーん・・・なんだか分からんが、今日はツイてるぞ・・・』
『あたし・・・速水さんが若い男の子に目移りしないように魅力的な女になってみせるわ!!』
まだ勘違いしたままの2人であったが、真澄にとっては最高の夜を迎えられそうな予感がした。
一方、桜小路は・・・マヤに膝枕をしてもらっている夢をみながら、幸せいっぱいでブツブツと寝言を吐いていた。
「フフフ・・・I LOVE YOUは優のYOU〜・・・」
それを聞いていた周りのみんなは呆れ顔で様子を見守る。
「あ〜あ・・・桜小路くん、酔い潰れると案外情けないのね・・・」
「でも・・・速水社長とのツーショットは案外似合っていて怖かったよな・・・。それと、2人のバトルはいつ見ても最高!。」
全員が大爆笑しながら、花見は盛り上がっていく。
「若旦那と桜小路のイケナイ夜も見てみてえナ〜! よし、俺も膝枕してやるぞ〜桜小路!!」
黒沼はベロベロに酔っぱらい、じりじりと桜小路の近くに体を寄せた。
「速水社長と桜小路くんは絵になったけど、黒沼先生はなあ・・・」
「なんか、あんまり綺麗な世界じゃないよなあ〜」
みんなは気持ち悪そうに見守っている。
黒沼は、本当に桜小路を手元に引き寄せ、頭を持ち上げると自分の膝の上に乗せてやった。
「マヤちゃん・・・・」
桜小路が嬉しそうに笑ったのを見て、ますます調子に乗る黒沼。
「サクラコウジク〜ン、スキヨ♪」
・・・思いきり裏声を使ってマヤの声マネをし、桜小路の耳元で囁いた。 そして、酒臭い息を吐きながら、桜小路のほっぺたに
生温かいキスの嵐をする。
「うええええ・・・!!」
周りのみんなは気持ち悪そうに彼らから遠ざかっていたが、桜小路は幸せそうだった。
・・・どうやら、彼は夢の中でマヤとのハッピーエンドを迎えていたらしい。
・・・真澄とマヤが、その頃どんな熱い夜を過ごしていたのかも知らずに・・・。
・・・全く起きる気配のない彼はニンマリと笑い、黒沼の手を掴むと、スリスリと頬擦りをしながら、大きな声で叫んだ。
「ボクも好きだよ!アハン☆」
・・・もちろん、その場にいるみんなは転げまわって笑い続けた。
後日談
・・・週刊誌のスクープでこんな記事が載った。
【速水氏、男も女もどっちもイケる?】 という題名で大きく載せられていた写真は、花見会場での桜小路が膝にもたれている姿、
そして、真澄とマヤが固く抱き合う姿など数枚であった。
「な、なんで俺が桜小路と噂を立てられなければならんのだぁぁぁぁ!!!」
真澄は、まだマヤの誤解に全く気付いておらず、この記事で吐き気がするほど嫌な気分になったものの、桜小路に対しては
なるべく冷たく当たらないようにしよう、と、無理やり心に誓うしかなかった。
「嫌だわ・・・速水さんと桜小路くんの写真!!・・・悔しいけど、似合ってる!」
マヤは、真澄との夜を過ごしてもなお、不安は尽きなかった。 真澄が男も女もオッケーな体質だったら・・・と思うと気が気でない。
「花見の写真!!もううんざりだ・・・。ボクは気付いたら黒沼先生の膝の上だったよ・・・アハン・・・」
桜小路は、花見の事を思い出すだけで立ち直れないほどに落ち込んでいた。
桜の季節が来ても、桜小路の季節は来なかったのだ・・・。
・・・3人の愉快な関係は、今後もエンドレスで続きそうな予感がする。
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