彼女の夏休み 〜いらだち〜 後編

〜written by ともとも〜



「あら、マヤちゃん。もう社長のお話は終わったの?」

秘書室に顔を出したマヤに水城が声をかける。

「水城さんっ!」

「な、なあに?」

マヤの剣幕に思わず目を丸くする。

「速水さんって、どーしてあたしのすることなすこと全部にケチつけるんですかっ!?」


(あらあら、、、真澄さまったらまたマヤちゃんを怒らせたのね。)

「いったい、どうしたの?」


「だって、、だって、、、あたしはただクラスメイトに勉強を教えてもらってただけなのにっ!!」


(やっぱり、、、、昨日のことね。)

こまったものだと水城は思う。

(まったく、、普段はこわいくらいに冷静な方なのに ことこの子のこととなるとご自分をコントロールできないのねぇ、、)

そんなふたりを見るのが、最近の水城の楽しみになっている節もあるのだが。


「まぁまぁ、マヤちゃん 落ち着いて。ね?」

そういって、若い秘書に飲み物を頼むと水城はマヤを椅子に座らせる。

「きっと、真澄さまはあなたのことを心配なさっているのよ。なんといってもこの世界に入ったばかりなんですもの。」

「それは、、、、そうかもしれないけど、、でもっ!お休みのことまで口出しされたら息がつまっちゃうわ!」

たしかにマヤの言うのももっともだ。しかし、速水の心情を思うとなんといっていいやら さすがの水城も困ってしまう。


(私もおもしろがってばかりいちゃだめね。)

「わかったわ、マヤちゃん。私からも社長にちゃんとお話しておくから、、、ね?」

運ばれてきた紅茶をすすりながら、マヤはコクンとうなずく。


「どう?少しは落ち着いた?」

「はい、、、あの、ごめんなさい。水城さんのせいじゃないのにあたしったら八つ当たりして、、」

興奮のおさまってきたマヤは申し訳なさそうに俯く。

「ふふっ、いいのよ。少しでもマヤちゃんの気が晴れれば。それも私の仕事。」

やさしく微笑む水城にマヤもやっと笑顔を取り戻した。




「真澄さま」

速水のデスクにコーヒーを置きながら水城は口を開いた。

「なんだ。」

水城のいいたいことが察せられ、わざと無愛想な声を出す。

「あまり、細かいことをいうとマヤちゃんに嫌われますわよ。」

「ふ、、ん、なにを今更。どうせ俺はもともと嫌われてるさ。」

自嘲気味にいう速水をみて 水城はやれやれとため息をもらす。

「また、そんなことおっしゃって。あの子のことは私にお任せください。真澄さまに頭ごなしにいわれては あの子だって

反発してしまいますわ。」

「あぁ、わかっている、、、。」

そう、わかっているのだ。 わかっていて やってしまうのだから我ながら始末が悪い。


(、、、重症ね、、)

水城はこれ以上いっても無駄だと悟り、そのまま社長室を後にした。


次のオフの前日、マヤは携帯片手に悩んでいた。

(別にいいじゃない?オフになにをしようとあたしの勝手なんだから!)

そう言い訳を考えるそばから速水の顔が浮かぶ。

(ふぅ、、どうしよ、、)

しばらく悩んだ末、マヤは意を決して携帯を開いた。

ワンコールであわてて切る。なんだか悪いことをしているようで落ち着かない。

まもなく、マヤの手のなかで携帯が鳴った。

「もしもし」

“あ、北島さん?電話くれたよね。”

「うん、ごめんね、すぐ切っちゃって。」

“いいんだって。俺がそうしろっていったんだから。で、どう?明日お休みとれそうなの?“

「うん、、そうなんだけど、、」

“オッケー!じゃ、こないだのとこで、、”

「あ、あの、葉山くん!」

“え?”

「あのあの、ほかにも友達さそって皆で一緒にしない?」

“、、、、、、”

「あのっ、もしもし?」

“、、やっぱ、俺さそったの迷惑だった?”

「えっ、そんなことないよっ!そうじゃないんだけど、、」

“じゃぁ、どうしたの?急に”


マヤはなんと言ったらいいのかわからず口ごもる。

“、、ごめん、なんか俺、北島さんのこと困らせてるみたいだね。”

「!!そんなことないっ!あたし、すごく楽しいし助かってるもん!」

“ほんとに?”

「うん!もちろん!」

“じゃぁ、明日、、いい?”

「うん!」


携帯を切ったマヤは、ふぅ、、と息をはく。

(勉強するだけなんだから!別に悪くないもん!)

そう、自分に言い聞かせながら。



「やっほ〜い!」

「ごめんなさい!また遅れちゃって。」

マヤは肩で息をしながら、葉山のそばに立ち止まった。

「俺が早すぎたんだよ。じゃ、いこっか。」

「うん、今日もよろしく!」

空いた席を探しながら葉山が話しかける。

「どう?あのあと、課題進んでる?」

「ぜ〜んぜん!!やっぱ、一人だと全くやる気が起きなくて。」

「じゃぁ、俺も少しは役に立ってるのかな?」

苦笑するマヤに笑いかける。

「ほんと、感謝してます!」

マヤも少しおどけて見せる。

「よーし、今日もがんばりましょー!」

ポンと葉山に頭をたたかれ、つんのめりそうになりながら笑顔を返した。


結局その日は、図書館の閉館まで粘り、ずいぶんとはかどった。

葉山の提案で、あまり休みのとれないマヤのためにできるだけやっちゃおうということになったのだ。

途中、息抜きに外のベンチでジュースを飲んだり、おしゃべりしたり。思いのほか楽しい時間を過ごしたマヤ。


そして、別れ際に葉山が思い切ったように話し出す。

「北島さん、次の休みは、、、」

「うん、まだ決まってないの。でも、もう大丈夫!

あとは何とか自分でやるから。そう葉山くんに甘えちゃ申し訳ないし。」

「そんなことはいいよ。っていうかさ、もしよかったら、、、」

「なぁに?」

「次の休みには 映画でも行かない?」

「え?」

しばらく、ぼんやりと葉山を見つめるマヤ。

「い、いや、勉強ばっかも、、さ。たまにはどうかなと思って、、、。」


(これって、これって、、、もしかして、、、)

ようやく頭が動き出し、と同時にぽっと頬を染める。

「えーっと、えっと、、、」

「別に今すぐ返事くれなくていいよ!またさ、休み取れそうなら電話してよ、ね?」

「う、うん。」

「じゃぁ、またね!」

そういって同じように赤い顔をして走っていく葉山の後姿をマヤは呆然と見送っていた。




「どうしたの、マヤちゃん?ぼうっとして。」

翌日、撮影の合間にジュースの入った紙コップを持ったまま 一向に口をつけようとしないマヤに水城が声をかける。

「え?あぁ、水城さん、、。」

「少し疲れたのかしら?ごめんなさいね、あまりお休みが取れなくて。」

「ううん、そんなことないです。」

そういいながら、一口ジュースを飲み込む。

「なにか、悩み事?」

「う〜ん、そんなんじゃないんですけど、、、」

こんなこと、水城にいったら怒られるかもしれない。

でも、別に悪いことしてるわけじゃないんだし、嘘つくのもいやだし、、、

「あの、水城さん、、。」

「なぁに?」

「あの、、、あ、速水さんには内緒にしてもらいたいんですけど、、」

そう前置きして マヤは葉山に映画に誘われたことを伝えた。

「やっぱり、いけないことなんでしょうか?」

おずおずと尋ねるマヤをやさしく見つめながら水城は口を開く。


「そうねぇ、、まぁそのくらいならスキャンダルになるほどのことでもないでしょうけど。マヤちゃんも高校生だし、デートくらい

したい気持ちはわかるわ。」

「デ、デートなんてそんなんじゃないんです!!ただ、勉強や仕事の息抜きにってさそってくれただけなんですから!」

真っ赤になって否定するマヤを微笑ましく思いながら水城は続ける。


「でもね、マヤちゃん。あなたにそんな気はなくても相手の男の子はどうかしら?」

先日の速水と同じことを言われ、マヤはなにも言えなくなる。

昨日の葉山の様子を思うと、そんなんじゃないとは言い切れないかもしれない、、、。

「ね、マヤちゃん。マヤちゃんはその子のことどう思ってるの?」

「どうって、、、親切だし、話もしやすいし、、」

「それは、好きってこと?」

「それは、、、」

水城のストレートな質問にマヤは改めて自分の気持ちを考える、、、が、よくわからないというのが本音だった。

「仮に、彼が本気でマヤちゃんに好意をだいてるとして それにマヤちゃんが答えるのだとしたら 事務所としては歓迎

できないわね。」

ただ、一緒にいて楽しい。でもそれが異性として“好き”かと聞かれたら答えは“NO”である気がした。


「もし、マヤちゃんにそんな気がないんだったら、それはそれで彼にあまり期待をもたせるのも可哀想なんじゃないかしら?」

たしかに水城の言うとおりだ。

でも、、、、こういうことに不慣れなマヤは結局どうしていいかわからないのだった。



「、、で、チビちゃんはデートの誘いにのるつもりなのか?」

突然、後ろから声をかけられ、二人は驚いて振り向いた。

「真澄さま!」

「速水さん!」

二人同時に叫ぶ。

「な、なんですかっ!速水さんたら、盗み聞きするなんてひどいっ!!」

「誰が盗み聞きだ。くだらんことをいうな。たまたま視察に来たらきみの大声が聞こえてきただけだ。」

「うそばっか!!あたし、そんな大声出してません!ねっ、水城さん!?」

こともあろうに速水に知られ、動揺して真っ赤になりながら反論する。

「そんなことはどうでもいい。で、どうするんだ?」

不機嫌そうな速水の低い声音にひるみそうになりながらもマヤは食って掛かる。

「だからっ、あたしのことはほっといてくださいってばっ!」

「そうはいかん。売り出す前に商品に傷がついちゃたまらんからな。」

「真澄さま、またそんなことを、、」

また始まったと、水城はなんとかとりなそうとする。が、

「きみもきみだ。もっと、ちゃんと言い聞かせてもらわなくては。あまりこの子を甘やかしてもらっては困るな。」


(まっ!ほかのタレントにはこんなことまで直に指図なんてなさらないのに。)

とんだとばっちりを食らってさすがの水城もあきれてものも言えない。


「なによっ!水城さんはなにも悪くないわよ!速水さんってば、口うるさすぎですっ!」

「なっ、、!」

「もう、あたしのことはほっといてください!」

そういうとマヤはその場から駆け出した。

「おい!こら、待ちなさい!」

「真澄さま!いいかげんになさってください!」

水城にピシャッと言われ、速水はハッと冷静さを取り戻す。

「水城くん、、。」

「真澄さま、いったいどうなさったのです?新人女優ひとりにそこまで関わるなんて 真澄さまらしくありませんわね。」

少し皮肉をこめた水城の言葉に、

「彼女は金の卵だからな、ほかの商品とは違う。」

そういって少し目を逸らす。


「、、、それだけかしら?」

「当たり前だ、ほかになにがある?」

「さぁ、それはご自分の胸に聞いてみたらいかがですか?」





「あーっもおっ!!なんなの、アイツッ!!」

怒りのあまり 涙まで出てくる。

「もうやだっ!こんなの!」

でも、、

自分のせいで水城が責められるのはもっといやだ。

それに、そこまでして葉山と映画に行きたいとも思わなかった。

もちろん映画を見るのは好きだが、マヤにはまだ特定の男の子と付き合いたいというような願望自体ないのだった。

そんなことより、すこしでも演技の稽古をすることのほうが今のマヤには大切で なにより楽しいことなのだ。

やはり、葉山の真意はわからないものの 自分の正直な気持ちは伝えたほうがいい。

そう考えたマヤは、ポケットから携帯を取り出した。





―――数日後―――

「マヤちゃん、明日のオフは結局どうするの?」

やさしく問いかける水城に、ニッコリ笑って答える。

「明日は ひとりでのんびりすごそうと思って。」

「じゃぁ、彼のことは、、」

「あたしの気持ちはちゃんと伝えましたから。」



マヤは葉山を公園に呼び出したときのことを思い出す―――。



「ごめんなさい。急に呼び出したりして。」

「いや、それはいいけど。どうしたの?」

「うん、、あのね、葉山くん、、。」

「もしかして、映画のこと?」

マヤの様子を見て察したのか、葉山から切り出してきた。

「う、うん、あのね、誘ってもらったのはうれしいんだけど、、あの、、」

なんといったらいいのか、マヤが言い淀む。


「俺さ」

「え?」

マヤが顔を上げると、真っ直ぐに自分を見つめる葉山と目が合う。

「俺、北島さんのことずっと好きだったんだ。」

「葉山くん、、」

「俺、きみの出てる大河ドラマ見てすごいファンになって、でも、きみは仕事がいそがしくてあまり学校でも会えなくて 

まともに話もしたことなかったし、、。やっと、勇気だして声をかけることができて ちょっと強引だったけどきみと二人で

すごす時間も持てて、それで、、、、それで、ドラマとは全然違う普段のきみにふれて もっと、、好きになった。」

「、、、、、」

「でも、わかってたんだ。きみが俺に特別な感情を持ってるわけじゃないって。そりゃそうだよな、まともにしゃべったこと

もなかったんだから。」

少し寂しそうな笑みを浮かべる葉山。

「ごめんなさい、あたし、、、葉山くんがどうっていうんじゃなくって、、今、全然だれかを好きとかないし、ただお芝居のこと

で気持ちがいっぱいで、、」


葉山はクスッと笑うと

「ホント、北島さんってそんな感じだよね。でも、他に好きなヤツがいないんなら まだ俺も諦めるのは早いかな?」

「えっ?」

「なんてね。いいよ、北島さんは気にしないで。こう見えても 俺けっこうもてるからさ、そのうちほかに彼女とかできるかも

しんないしさ!あっ、また勉強したくなったらいつでも遠慮なく声かけてよ。じゃぁね!」


葉山はつとめて明るい声でまくし立てるようにそういうと 手を振りながら駆けて行ったのだった―――





「マヤちゃん、はいこれ。」

ぼうっとしていたマヤの目の前に水城が何かを差し出す。

「は?あ、なんですか?」

見ると それはいま話題の芝居のチケットだった。

「わぁっ!これ 見たかったんです!いただけるんですか!?」

「えぇ、真澄さまからのプレゼントよ。」

!!

マヤは出しかけていた手をあわてて引っ込める。


「真澄さまも反省なさっているのよ、きっと。」

「、、、そうかしら。」

眉をひそめながらマヤは小さな声でつぶやく。

「えぇ、このチケットもご自分でお渡しになればいいのに なんだかマヤちゃんに会うのが気まずいみたいで。」

水城は思い出し笑いを浮かべながらマヤにチケットを握らせた。

「ふぅ〜ん、、」

なんだか信じられないというふうに少し口を尖らせながらも 目はチケットに釘付けになる。

最高の役者陣、きっと素敵な舞台にちがいない。

(アイツからのプレゼントっていうのが気に食わないけど、チケットに罪はないわよね。)

そう割り切るとマヤはちゃっかりチケットを受け取ることにした。


「よかったわ、マヤちゃんが受け取ってくれて。本当に真澄さまも悪気はないんでしょうけど、なんだかマヤちゃんのことは

とても気になるらしいのよねぇ。」 

「そんなにあたしって危なっかしいのかしら?」

マヤはさも心外だというふうに頬をふくらませる。


「それは、きみがいつまでたっても子供だからしょうがないだろう。」

!!!

またしても二人は同時に振り向き、声を上げる。

「真澄さま!」

「速水さんっ!!また立ち聞きしてっっ!!」


「だからっ!誰が立ち聞きだ!君たちこそひとのことを噂するときはもう少し周りに気を配ったらどうだ?」

「速水さんこそ、こそこそ人の周りをうろつくのやめてくれませんっ!?」

「なっ、、」




やれやれ、またはじまった、、。




付き合ってられないわといわんばかりに苦笑すると、水城はそっとその場を後にした。




おしまい





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