彼女の夏休み 〜いらだち〜 前編

〜written by ともとも〜



「北島さん!」

一学期最後の日、予想通りの成績表を眺めながら ため息をついていたマヤが振り向くと、そこには同じクラスの

男子生徒が立っていた。

(、、え〜っとたしか、、、)

あまり出席できていないうえに、男子とはほとんど会話を交わすこともないマヤはとっさに名前も思い浮かばない。

「どうだった?」

彼はマヤの見ていた成績表をツンツンと指さしながら尋ねてきた。

「あっ、あははっ!!」

マヤはさっと後ろ手に隠しながら 笑ってごまかす。

「やっぱりなぁー!でも、仕方ないよね。北島さんは売れっ子だから。」

そういって笑う、その笑顔はけしてイヤミではない屈託のないものだ。

「そんな、、、あたしホントに勉強って苦手なの、、。」

そういいながら、マヤはやっと彼の名を思い出した。

葉山 涼―――成績はいつも学年でトップクラス、その上スポーツもそつなくこなす彼はクラスでも人気者だ。

憧れている女子も多いらしい。

もっとも、マヤはそういうことには鈍感なのですぐに名前も浮かばなかったのだが、、、。


「ねぇ、北島さんはこの夏休みも仕事で忙しいの?」

「うん、まぁ、、」

「そっかー、そうだよね。でも、たまには休みもあるんだろ?」

「それは、まぁ、、」

葉山がなにを言いたいのか 見当もつかないマヤはただ問われるままに答えていたが、、


「じゃぁさ、北島さんの仕事が休みのときに一緒に勉強しない?夏休みの課題とかさ。」

「はぁ、、、、え、えぇーっ!?」

そういう展開になるとは予想もしていなかったマヤは驚いて思わず大声を出す。

「別にそんなに驚くようなことかなぁ?」

そういいながら葉山は楽しそうに笑う。

「でっでもっ、あたしなんかとじゃ、ぜーんぜんはかどらないってか 葉山くんのジャマになるだけだよ!」

「はっはっはっ!そんなこと自信満々に言われてもなぁー。」

「だって、ほんとのことだもん!」

真っ赤な顔のマヤを愉快そうに見つめながら、葉山はこともなげに続ける。

「とりあえず、明日とかはどう?」

「へ?明日はオフだけど、、」

葉山の勢いに釣られてついバカ正直に答えてしまうマヤ。

「じゃぁちょうどいいね。あした、一時に図書館で待ってるよ。じゃあね!」

そういうと、マヤの返事も聞かずに走り去っていった。



(いったい、どういうことだろ?)

今まで、ほとんど口もきいたことのない人、しかも男の子から誘われるなんて、、、。

もちろん、高校生ともなれば、彼氏のいる子はたくさんいる。

しかも、デートに誘われたわけでもないのだからそう驚くほどのことでもない、、、はずなのだが なにせ、

演劇以外のことにはほとんど無関心だったマヤにとっては一大事だ。

しかし、、、

マヤの今学期の成績はほんとにひどかった、、、。

おまけに出席日数もギリギリなので、出された課題もチンプンカンプンのものが少なくない。

それに、休み中も当然仕事は詰まっている。

とてもじゃないが、一人ですべての課題をこなすのは不可能だ。

そんなマヤにとって、葉山の提案は実のところ かなり魅力的なものだった―――。





「きったじっまさーん!!」

散々迷った挙句、思い切って図書館へとやって来たマヤに葉山は大きく手をふる。

「よかったぁ〜!もしかして来てくれないんじゃないかと思ったよ。

俺、昨日かなり強引だったからさぁ。」

そういいながら、うれしそうに笑う葉山。

「そんな、、でもほんとにいいの?あたしは、教えてもらえるのはうれしいんだけど、、」

「もちろん!だって俺がさそったんだもん。」



館内は空調が効いていて快適なせいか、思ったよりたくさんの学生たちがいた。

「北島さん、こっちこっち。」

ほどよく空いた机を陣取り、葉山が手招きする。

「う、うん、、」

図書館などほとんど利用したことのないマヤはなんだか場違いな気がしながらも葉山の前の椅子に腰をおろす。

「じゃぁ、始めようか。北島さんはなにが一番苦手なの?」

「う〜ん、、数学と物理と英語と、、っていうかほとんど全部、、」

マヤが真顔でそう答えると、葉山は愉快そうに噴出した。

「プッ!!なんか北島さんって、ほんとドラマのイメージと違うよね。」

たしかに、今演じている伯爵令嬢はきりりと勇ましく、かつ利発な少女だ。

素のマヤとは180度違うといっていい。

「なんか、、イメージ壊しちゃってゴメンナサイ。」

マヤは申し訳なさそうに俯くと葉山はあわてて、

「あっ、こっちこそごめん!そんなつもりじゃなくって、、ていうか普通っぽいきみも結構俺は好きだな。」

「えっ、、?」

「あっ、いや、好きっていうのはその、、ほらっそういうギャップがいいんじゃない?」

そう、ごまかすように言葉を繋げる。


ゴホンッ 

どこからか、非難めいた咳払いが聞こえ、葉山は急に声のトーンを下げる。

「じゃあさ、北島さんが一番苦手そうな数学からやっつけちゃおう。」

「う、うん、そうだね。」

そういってテキストを開く。

「、、、、、、」

いきなり、????モードのマヤ。

葉山はクスッと笑い、ごそごそと机に広げたものをまとめると マヤの向かいの席から隣に移ってきた。

!?

「このほうが見やすいから。」

そういって、マヤの手もとを覗き込んできた。

ドキッ

いつもスタッフや共演者など年上の人たちばかりに囲まれていて、同世代の男の子と仕事抜きでこれほど接近した

ことはほとんどないマヤにとっては なんとも落ち着かない状況である。

「あ、あの〜」

「ん?あぁ、これはね、、」

マヤの戸惑いにも気づかない様子で、葉山はスラスラと問題を解き始める。

「ここにさ、これをあてはめるんだ、でさ、、」

はじめのうちは勉強に集中できないでいたが、葉山の丁寧な解説ですこしづつ理解できるようになると 

もともと人懐っこい性格のマヤはいつの間にかすっかり彼に打ち解け、色々自分から質問するようになってきた。

「あっわかった!!これって、、」

「そうそう、それでいいんだよ。」

「うわ〜っ!自分で解けちゃった!!ウソみたい!!」

公式にあてはめるだけの問題だが、その公式を使えばいいということに気づいただけでもマヤにしてみればたいした

進歩である。

「ね?簡単だろ?」

「ん〜、簡単とはいえないけどね、まぁなんとか、、」

苦笑するマヤ。

「大丈夫!俺が責任もって最後まで面倒みるよ。」

「ホント!?わぁー!ありがとう!!」



「葉山くん、今日はホントにありがとう!すごく助かっちゃった!」

結局、夕方まで二人は図書館で過ごした。

さすがにそのくらいで夏休みの課題をすべてこなすことはできなかったが、かなりアドバイスしてもらったので随分

はかどったのは事実だ。

自分ひとりではこの五分の一、、いやそもそも勉強などしようという気にもなれなかったに違いない。

「どういたしまして。よくがんばったね。

ねぇ、なんか腹減らない?なんか簡単に食ってこうよ。」

「うん、そうだね。」




(、、あれは、、、!)

移動中の車の中で書類をめくっていた速水がふと窓の外に視線をやると、、

ちょうどマヤと高校生ぐらいの少年がファーストフードの店に入っていくところだった。

「、、、、」

「あら、マヤちゃん?」

隣に座っていた水城が速水の様子に気づき、その視線の先を追って思わず声をあげる。

「真澄さま、、?」

食い入るように窓の外を見つめていた速水はハッと我に帰る。

「あ、あぁ、、、フッ、、ちびちゃんもたまの休みで羽を伸ばしているようだな。」

そういうと やや乱暴な手つきで再び書類をめくりだした。


「ね、北島さん!次の休みってもう決まってるの?」

「う〜ん、、今のところ10日後になってるけど急に変わることもあるから、、」

「そっか、、、。じゃぁさ、次の休みがちゃんと決まったら連絡してよ。また、一緒に勉強しよう!」

「え、、」

「北島さんも忙しいんだから休みは有効に使わないと 課題こなすの大変だろ?手伝うよ、ってか俺でよかったらだけど、、」

「あたしは助かるけど、、でもホントにいいの?」

「いいもなにも俺からさそってんじゃん!!」

ほっとしたようにニコッと笑う葉山にマヤも思わず微笑みを返す。

「じゃぁ、これ!俺んちの電話番号。あ、でも親とかいっからかけにくいかなぁ。

、、そうだ!北島さんの電話番号教えてよ。一回鳴らして切ればいいから。で、番号確かめて俺の方から折り返すよ。」

「うん、わかった。あたしの番号はっと、、」

マヤはごそごそと鞄の中を引っ掻き回すと携帯を取り出す。

「へぇ、北島さん携帯持ってんだ。いいなぁ。俺なんか親がうるさくて持たしてくんないんだ。」

「あ、これはお仕事用にって事務所から渡されてるの。」

マヤはなんとか自分の番号を呼び出すと、メモして葉山に渡す。

「はい、これ。」

「うん、ありがとう!じゃぁ、だいたい10日後くらいだね。電話、待ってるよ。」

「うん。」

そのあとも二人はたあいない話で笑いあった。



社長室に戻った速水は持っていた書類をデスクにほうり出すと ソファに深々と腰を下ろしタバコに火をつける。

どうにも落ち着かない。

さっきチラッと見たマヤの横顔、自分にはけして向けられない屈託ない笑顔、、、。

(たかがあれしきの事、スキャンダルの火種にもなるまい、、)

そう思ってみても、いらつく気持ちは治まらない。

タバコをふかしながら マヤのスケジュールに目を落とす。

そして おもむろに電話に手を伸ばすと内線ボタンを押した。

“はい”

「あぁ 水城くん、すまないが明日 北島マヤの撮影が終わったらここへ連れてきてくれないか。」

(ほらきた)

そう思いながらも水城は淡々と答える。

“はい、かしこまりました。おそらく午後七時ころになるかと思いますが、、”

「何時になってもかまわん。よろしく頼む。」

そういって受話器を置くと、速水は深い息をひとつついた。



「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様、マヤちゃん。じゃぁ、申し訳ないけど最後の一仕事、よろしくね。」

「あ、、、そっか。今日は速水さんに呼ばれてたんですよね。いったいなんだろ?」

マヤは少し眉間にシワを寄せながら、あれこれと呼びつけられた理由を勘ぐってみるが特に思い当たることもない。

「ねぇ、水城さん。あたし、またなんかやっちゃいましたっけ?」

水城は 不安そうに話しかけるマヤを安心させるように微笑むと

「大丈夫よ。真澄さまもちょっとマヤちゃんの顔が見たくなっただけなんじゃないかしら?」とおどけてみせた。

「え―――っ?なにそれぇ〜!?変な冗談はやめて下さいよ!!」

マヤはいかにも不愉快そうに顔をしかめた。


コンコン

「失礼します。真澄さま、マヤちゃんを連れてきました。」

「あぁ、入りたまえ。」

「し、失礼しますっ。」

水城はマヤだけを社長室に残し、

「では、、」といって秘書室へと戻っていった。

速水はデスクの椅子から立ち上がると、ソファに腰掛けながらマヤにも座るように促す。

「どうだ?チビちゃん、仕事のほうは順調なようだが、、、」

「はいっ、おかげさまでっ」

つっけんどんに答えるマヤをじっと見つめながら速水は言葉をつなげる。

「それはなによりだ。ところで、もう高校は休みに入ったんだったな。」

「はい。」

「夏休み中の予定はなにかあるのか?、、、といってもほとんど仕事だろうが、、」

「はぁ、べつに仕事以外はとくに、、、」

「そうか、なら今度のオフにはがんばっているご褒美にどこかに連れて行ってやろうか?」

「は?」

突然の速水の申し出に 素っ頓狂な声を上げてしまった。

なにを言われるかとドキドキしていたマヤは、まさかそんなことを言うために呼び出したのではないだろうにと訝しげに

速水を見つめる。

「たしか再来週にオフがあっただろう。ちょうど俺もその日は何週間ぶりかのオフなんでね。」

「なっ、なんだってせっかくのお休みにあなたと出掛けなきゃならないんですかっ!?」

プーックックッ、

「おいおい、随分な言われ様だな。それともなにか?ほかに約束でもあるのか?」

わずかに探るような響きで問いかける。

「別にっ!!、、あ、、」

マヤは昨日の葉山との約束を思い出し、口元に手をあてる。

その様子にすかさず速水がたたみかける。

「なにもないならいいだろう。」

「あっありますっ!!あたしにだって約束のひとつやふたつっ!!」

「ほう、なんだ?」

「なんで、いちいちお休みの予定まであなたに言わなきゃならないんですかっ?」

プイッっと横をむくマヤに、なおも速水は言葉を続ける。

「オフとはいえ大都のものには変わりない。とくにきみは目を離すと何をしでかすかわからんからな。」

カチンッ

「速水さん!いいかげんそうやって子供扱いするのやめてもらえませんっ!?

あたしだってもう高校生なんですからねっ!」

「そう、きみはまだ学生だ。仕事以外にもやるべきことはたくさんあるだろうな。」

「も、もちろん勉強だってちゃんと葉山くんに、、」

ハッ!!

時すでに遅し、、、、、

「はやまくん、、ね、、、。」

「な、なんですかっ!?」

言うつもりのなかったことをつい速水の誘導につられてしゃべってしまった自分に腹をたて、見る見るマヤの顔は赤くなる。

「いつのまにボーイフレンドができたのかな?」

からかうつもりが、どこかいらだった雰囲気が声音に滲んでしまう。

「そ、そんなんじゃありません!ただのクラスメイトで、、」

「で?」

マヤはいつになく冷たい視線を感じながらも必死で言葉を続ける。

「それで、、、夏休みの課題を手伝ってもらってるだけです。」

「、、、、なるほどな。」

そういうことかと納得するものの、心の中の不快感は増すばかりだ。

「しかし、きみには仮にもテレビにも出演している大都の女優だという自覚はあるのか?」

たいしたことではないとわかっていながら、一言釘を刺さずにはいられず口にする。

「友達と図書館で勉強するのがそんなにいけないことなんですか!?」

ムッとしてマヤは言い返す。

「いけなくはない。だが、いくらクラスメイトとはいえ 男と二人きりで会うのはいただけないな。」

もはや、速水は不機嫌さを隠そうともせず吐き捨てる。

「そんなのおじさんの発想でしょ!?今時、中学生だって二人でデートくらいしますよーだっ!!」

「なんだ、もうデートの約束までしてるのか?」

考えるより先に口が動いてしまう。

こんなことは速水にとって初めてだった。

「だから!それは一般論ですってばっ!そんな約束してません!!」

フゥ、、と深いため息をつくと、しばし沈黙する速水。

そんな速水をいまいましげに見つめながら、マヤは次の攻撃にそなえて身構える。

「今は、、、そうかもしれん。きみにそんな気はないのもわかった。

だが、相手の男はどうなんだ?」

「え?」

思わぬ速水の言葉が一瞬理解できず、マヤは口ごもる。

「どうせ、向こうから声をかけてきたんだろう?」

「え、えぇまぁ、、」

「ということは、むこうはきみのことを憎からず思っているということになるな、、、」

タバコに手を伸ばしながら速水はじっとマヤの反応を見つめる。

「?それって、、、」

葉山くんがあたしのこと、、、ってこと?

「そ、そんなことあるワケないじゃないですかっ!」

顔を真っ赤にしながら否定するマヤ。

「なぜ、そういい切れる?」

「なんでって、、だって葉山くんは、かっこよくて人気者で女の子にも凄くもてるんですよ!?」

「だから?」

「だ、だから、あたしなんか相手にするわけないじゃないですか!」

(もうっ!なんであたしがコイツにこんな言い訳めいたことを言わなきゃならないのよ!)

「そんなことはわからんぞ。“伊達食う虫も好き好き“というからな。」

おもしろくもなさそうに速水は手にしたタバコに火をつける。

「なんですか、それっ!?失礼なっ!」

ブツブツ文句をいうマヤの言葉などまるで耳にはいっていないかのように、速水は少し顔を背けてタバコの煙を吐き出す。

(まったく、、なにをやっているんだ、、、)

そもそも、自分はなぜ今日、彼女を呼び出したのか。

昨日、見かけた少年のことを探ってどうしようというのか。

だいたい、こんな駆け出しの女優になぜこの俺がこんなにも気をわずらわされなければならないのか―――。

全てが曖昧だ。

結局、そんな自分にイライラしているのだった。


「ちょっと、速水さん!聞いてますっ?」

いきなり黙り込んだ速水にマヤはおもわず声を荒げる。

「あ、あぁ、聞いている、、。」

ハッとして目の前のマヤに焦点を合わせる。

マヤはかなり興奮しているようでさらに顔を赤くしている。

「お話がそれだけなら あたし、失礼します!」

そういって立ち上がると、速水の返事もきかずに社長室を飛び出した。




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