社長の計画 3

〜written by ぱんだ〜








隣で寝息を立てる恋人の髪をさらさらと梳いていく。


初めての夜は真澄の想像や計画とは少し違っていた。

「コト」はそれなりに大変だったし、マヤに無理をさせてしまったような気がする。気遣ってやる

ような言葉もうまく出なかったし自分の気持ちを伝えたいのに上手く表現ができなかった。


それでもマヤは何度も真澄の名を呼び、「大好き」と涙を流した。

もう十分だった。





眠りにつく前に二人はたくさん話をした。

出会った頃の話、お互いを想った時の話・・・今となっては全てがキラキラしている。


そして会話が少し途切れた後、マヤが思い出したように口を開いた。


「里美さんの話なんですけれど。」

人生で一番幸せな夜にどうしてまたそんな男の話を聞かなければいけないのかと真澄は少し

不機嫌になった。


「いいよ、もうその話は。」


「いえ、聞いて欲しいんです!」

マヤが力強く言うものだから真澄はその続きに耳を傾けなければならなかった。


「里美さん、今の撮影が終わったら彼女と結婚するんですって。その報告だったの。結婚を決め

たら一番に報告するって随分前にスタジオで偶然会った時に約束しててね、それで。」


他の女性と結婚するという男に嫉妬するのは如何なものかと思うがそこまでマヤと親しく話をした

のかという事実に真澄は少しショックを受けた。


「その約束をしたのって速水さんと初めて手を繋いで歩けるようになった少し前のことなの。速水

さんは仕事が大変な時なのに私は何もできなかった・・・あの時のこと。」


紫織との婚約解消に関しては様々な障害が発生した。会社の経営もさることながら紫織への

配慮も大きな問題となっていた。数々の困難を乗り越えて二人の関係を公にできるまでには

随分と時間がかかった。


「隣のスタジオに里美さんと彼女がいたの。私に彼女を紹介してくれてね、幸せそうな話を聞い

ていたら、涙が出てきちゃって・・・ちょうど速水さんに会えない日が続いていたからとっても寂しく

なっちゃって。私が突然泣き出したから、2人ともびっくりして私の話を聞いてくれたの。」

マヤは部屋の天井をまっすぐ見たまま話を続ける。


「そしたらね、里美さんが言ったの。『マヤちゃんが寂しいのと同じくらい、いやその何倍も速水

社長は恋しく思っているよ。だけどたまには言葉にしないと速水社長も同じように不安になって

いるんじゃない?』って言われてね、ああそうだなって思ったの。私はいつも言葉が足りないって。

― で、最後にね『マヤちゃんは本当に速水社長が好きなんだね』って言われたから思わず『うん、

大好き!』って言っちゃって。しまった!と思った時には二人とも大笑い。それでずーっと、からかわ

れてたの。」

当時を思い出すかのようにマヤがクスクスと笑い出す。


「今朝ね、電話でその話になってずっと速水さんのことでからかわれて。これから二人で温泉に

行くって言ったら更にいろんなこと言われて。『君は男心がわからなさそうだから速水社長も大変

だなあ』とか散々よ?・・・そんなこと沢山、里美さんに言われちゃったから今日はいっぱい意識

しちゃって。それが逆に速水さんを傷つけたりしていたみたいで・・・やっぱり私は男心がわからない

んだなあって反省した。」

マヤは真澄の体にぴったりと寄り添いイタズラっぽく笑う。



「こんな私でも一緒にいてくれますか?」

マヤは真澄の顔を真っ直ぐに見つめた。


今夜見たどの星よりも輝いた瞳に真澄は降参する他なかった。

「当たり前だろ?嫌だと言ってもずっと一緒だ。」



どうしてこんなにもつまらない嫉妬をしてしまったのだろうか。大人の仮面を被っているけれど、

こんなにも自分は小さい。

真澄の頭の中にスケジュール表はもうなかった。



― いいんだ、マヤとならばどんな時間でも幸せだ。 ―


ひとしきりじゃれた後、マヤから規則正しい寝息が聞こえてきた。


「君にはかなわないよ。」


真澄は一晩中、マヤの寝顔を見ていたかった。











2日目 10:00 宿を出発


予定ではそうだったけれど、少し早めに宿を出た。

女将に浴衣を返し、二人で「また来ます。」とお礼を言うと女将は嬉しそうに笑った。


「速水様、素敵な恋人をお持ちでお幸せですね。」


「ええ、とても幸せです。」

少しも照れることなく真澄が答えた為マヤの方がまた真っ赤になってしまったので女将は声を

出して笑った。


女将との別れを惜しみつつ、二人を乗せた車は出発した。

それを見送る雪村みちるのことなど、幸せな二人にはちっとも気がつかなかった。


今日予定よりも早く出発したのは朝食の席で「あの滝を近くで見たい!」とマヤが何気なく漏ら

した一言からだ。

真澄が作成した「しっぽり計画」にはそのコースは入っていなかったがそこは融通の利く男、

速水真澄である。マイナスイオンだけにマイナス思考を改善するのも良し、と多少オヤジギャグ

を心で感じながら、滝見物を提案した。



銀杏や紅葉に囲まれたその滝は圧巻でまるで絵葉書の中に入ってしまったかのような錯覚を

起こす。


「速水さん、写真撮りましょう!」

マヤが携帯電話を手に真澄を招く。


「最近、覚えたばかりだから上手に撮れるかな・・・?」

誘っておきながら悪戦苦闘するマヤの手から真澄はスッと電話を取るとマヤの肩を抱く。


「これは自分撮り機能っていうのが付いているんだ。だからこうやって。」


カシャリ。

紅葉と滝が綺麗に収まる構図で見事にツーショット撮影に成功した。


「すごーい。速水さんって何でもできるのねっ。」

嬉しそうに画面を眺めるマヤを見つつ、真澄は提案する。


「よし、じゃあその画像を俺の携帯に送ってくれ。ここをこうやって・・・」

マヤに教える口実に真澄はツーショットの画像をゲットした。

数あるマヤの「お気に入り顔」セレクションの中でも今回は一段と良い笑顔だ。おまけにその隣

には自分がいる。

(そして、自分もちょっとしたキメ顔で写りもバッチリだ!)





次の目的地に向かう車中でもマヤは嬉しそうに携帯電話の画面を見つめる。


「へへ。麗にも送っちゃった。」

マヤの笑顔に蛇行運転になりそうな真澄は何とか持ちこたえながらも頬だけは緩んでしまう。


「また冷やかされるぞ。」

などと言ってはいるものの世界中に画像を配信したい気持ちでいっぱいだ。


”さやかに送ったのは返ってきちゃった”とマヤが言うので目的地に到着すると真澄はマヤから

携帯電話を預かった。


「おそらく電波の悪い所だったんだろう。もう一度送ってみるか。」


真澄はアドレス帳に目をやった瞬間、思わず右口角がニヤリとあがってしまった。

<さやか>の上には<さくらこうじくん>のアドレスが保存されているではないか。


― よし、桜小路にもついでに送ってやれ!! ―


イタズラ心に火がついた真澄はさやかのメールと共に桜小路にもメールを送信した。

先ほど浴びたはずのマイナスイオンはもろくも真澄の嫉妬心にはじかれたようだ。













11:00 ガラス工芸店到着


カワイイお土産やさんに行きたいというマヤのリクエストでこの店を選んだ。以前、秘書室の女性

たちが雑誌を見ながら「行きたい!」と連呼していたのを思い出したのだ。

今まで気にも留めていなかった女子社員の会話も、今となっては耳をそばだてて聞いてしまう。

マヤと同年代の女性社員の意見は真澄にとっての何よりの情報源だ。


予想通りマヤは目を輝かして店内を見て周り、散々悩んだ後、いくつかの紙袋を手に戻って来た。


「お待たせしました!」


真澄は満足気に持っていたタバコをもみ消すと上着から箱を取り出し、マヤに差し出した。


「え?私に!?」


事前の調査でこの店は予約制作ができることを知っていた。真澄は予め、店主に話をつけマヤ

へのプレゼントを受け取ったのである。


「キレイ・・・」


箱の中にはガラスで作られた紫のバラ。光にかざすと角度によってキラキラと色を変える。


「さ、行くぞ。」

目をウルウルさせて喜ぶマヤを見ていたらまたよからぬことを考えてしまいそうだ。

真澄はマヤの背中を押して車中に戻った。









14:00 出発


もっとゆっくり過ごしていたかったが互いのスケジュールの関係で早めに帰宅することにた。

昼食を取った後、真澄は水城からの電話対応に忙しそうだったし、2人がこんなにも長い時間

過ごすことができたなんて奇跡に近いのだ、と、寂しかったけれどマヤもそれに応じていた。


車中では午前中に送った真澄とのツーショット画像への返信が続々とマヤの元へ届いた。コメント

を読み上げながら笑い続けるマヤをこのまま連れ去ってしまいたい気分になる。もうすぐ戻る日常

に真澄もマヤと同じように寂しい想いをするのだった。


「こんなに長く一緒にいられて本当に楽しかった。だけどその分、お別れはさびしいね。」


「しっぽり計画」ゴール地点であるマヤの自宅近辺にさしかかると、マヤは窓の景色を見ながら

ポツリと呟いた。


マヤと一緒にいると、どんどん我儘になっていく。

昔は言葉を交わすだけでも満足だったのに、会うたびにもっと一緒にいたい、離したくない、と

真澄は思ってしまう。 ゴールに到着したらしばらく会えない日々が続くのは覚悟しなければ

ならない。今の想いは照れくさくて言葉にすることなどできない真澄は少しだけ遠回りして彼女

を送った。


「残念だが、到着だ。君も疲れただろう、今夜はゆっくり休みたまえ。」


「・・・うん。速水さんもお仕事頑張ってくださいね。それと・・・」

マヤは手持ちのバッグからそっと包みを取り、真澄に差し出した。


「俺に?」


見覚えのあるラッピングは午前中に立ち寄ったガラス工芸品店のものだ。真澄が丁寧に包みを

開けると、手のひらに乗る大きさの灰皿が現れた。


「速水さん、ヘビースモーカーでしょ?体のこと心配だからこの大きさで収まるくらいに減らして

ください。」

まるで昨日見た流れ星のようにキラキラと輝くそれは真澄の心を温めると同時にマヤを帰す決心

を鈍らせる。


「ありがとう。」

真澄はマヤを引き寄せ軽く唇を合わせた。

その刹那、住人と思われる年配の女性が真澄の車を覗き込み、ハッとした顔でその場を去る。


「どうしよう、今の同じ階の噂好きのおばさんだ!あーん、ここに住みづらくなる・・・。」

マヤがオロオロと慌て始めた。


「なら、俺と一緒に住めばいいだけだ。それも永遠に。」


「!!!」


一瞬で真っ赤になったマヤをからかっていたかったが、真澄の元に水城から催促の電話が鳴り

響く。本当にタイムアップだ。


「じゃ、これは早速今日から使わせて頂くよ。」


真澄が灰皿を斜めにかざすとマヤは嬉しそうに頷いた。


マヤは真澄の車が見えなくなるまでずっとそれを見つめていた。







           ―――――――――――――――――――――





社に戻ると現実に引き戻される。


それでもマヤからのプレゼントの灰皿を抱えた真澄はいつになく上機嫌だった。


― ああ「週間幸せ者大賞」があったら俺はぶっちぎりで大賞だ!! ―


今にもスキップしそうな足どりでロビーに向う社長を確認した所属俳優は柱の影から太い眉を

ひそめる。


― ど、どうしてマヤちゃんと社長が・・・そうだきっと騙されているんだ。純粋なマヤちゃんに、

酷いよ、酷いよ社長!! ―


マヤから(正確には真澄から)送られてきた仲睦まじい2人の画像を穴があくほど凝視した。

どういうことなんだ、一体どういうことなんだ!!という無駄に熱い想いを胸に新ドラマの打ち

あわせのために大都芸能を訪れた桜小路は一番会いたくない男をロビーで発見してしまった

のだ。


恐ろしすぎるほどの殺気を感じたためか真澄がふらっと振り向くと、そこには青い顔をした、彼に

とっては一番会いたい男が目にとまった。


「これはこれは桜小路くん。今日は打ち合わせか?頑張りたまえ。」

これまでに見たこともないようなビッグスマイルで真澄は桜小路の肩を叩いた。


「あ、あの・・・社長とマヤちゃんって・・・」

恐怖を覚えるような笑顔に桜小路がおののく。


「あ、ああ君のところにも送ったのか。仕方ないなあ、マヤは。」

桜小路の携帯電話を一瞥すると真澄はヤレヤレと困った表情を浮かべた。


「内緒にしておいてくれよ。」

真澄は小声で桜小路に耳打ちをし、不敵な笑みを浮かべて元の場所に歩き出し、絶望的な

桜小路の姿を確認しながらエレベーターを閉めた。


ー ちょっと意地が悪すぎたか。 ―


形だけ反省はしてみたものの真澄の中に罪悪感は微塵もない。人は幸せになると誰にでも優しく

したくなるなどという一般論はこの男には通用しないのだ。


しかし、頭に花を咲かせながら溜まった決裁書類を超特急で片付けている社長には気味が悪い

ながらも秘書室の者たちには助かっていた。


理由を知る水城だけが複雑な笑みを浮かべ、自分の携帯電話を開く。


そこにはこれ以上ないくらいの幸せな顔を浮かべた上司とその恋人。



<件名:温泉に行ってきました>

水城さん、お疲れ様です。

今回は速水さんのお仕事の調整ありがとうございました!

マヤ




マヤが送った画像は水城の元にも届けられていた。



「頑張って調査した甲斐があって良かったですこと。」




何でもお見通しの優秀な秘書はお土産の菓子袋をあけながら再び笑みを漏らした。





おわり






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送