社長の計画 2

〜written by ぱんだ〜







14:45 宿に向けて出発


「速水さんっ、綺麗だね。どこを見ても紅葉が綺麗だから見る所、迷っちゃうよ!」

窓に張り付くようにマヤがはしゃぐ。

くるくると変わる表情をこのまま見ていたかったが、運転手としてはそうも言っていられない。


― いよいよ宿に到着だ。ああ夜が近づいてくる!!! ―


純粋にマヤと過ごす幸せな時間を楽しむ自分と、ヒマさえあれば今夜の計画で頭がいっぱいに

なる自分。

某少女まんがのヒーローは「人の心を読める」能力を持っていたが、そんな能力をマヤが持って

いなくて本当に良かった、などと相変わらず訳のわからぬことを考えてしまう真澄。


「こんな綺麗な紅葉を見ながら温泉に入れるなんて、本当夢みたい!」

真澄の心など読める訳のないマヤは隣にいる男の心の内は1ミリも分かっておらず宿への到着を

心待ちにしていた。


一方、大都芸能において堂々と迷うことなく決裁してきた真澄もマヤのことになるとついつい悶々

としてしまう。初めは楽しくマヤと過ごす夜を妄想していた真澄も不安の波に押し寄せられ、胃の

痛みさえ伴ってきた。


― 大丈夫だ。速水真澄ともあろう者が何をビビっている!! ―


無邪気に笑うマヤとは対照的に真澄の悶々は体の隅まで侵食していったのだった。










16:00 宿に到着


ほぼ定刻通りに宿に到着した。

我ながら完璧な時間配分だと、真澄は心の中でガッツポーズをとった。

この温泉宿は真澄が何年も前から行きたいと思っていた宿だ。客室はすべて離れになっており、

部屋の中に露天風呂を完備している。近くに流れる川の音が心地よく、四季おりおりの景色と

食事が楽しめる。

それなりに高価な宿泊料ではあったが大都芸能社長には全く無問題だ。

「こんな所にマヤと二人で来られたら」と長年思い続けた宿は想像以上に素晴らしかった。


チェックインを済ませると、女将は敷地の一番奥にある部屋を案内した。部屋までの道のりで

マヤは女将と楽しそうに話をしている。気さくで雰囲気のある女将もこの宿のまた魅力の一つ

だった。


「夕方6時半にお食事をお持ち致しますのでどうぞおくつろぎ下さいませ。 あと、マヤさん、

後ほどまた・・・」


品の良い女将は一礼すると母屋に戻って行った。



― 食事まで2時間半か・・・ この2時間半で・・・ ―

真澄が入り口でブツブツとタイムスケジュールをおさらいしている間マヤは大ハシャギで部屋を

まわっていた。


「すごいっ。お部屋からこんなに紅葉が見られるなんて!」

「速水さんっ、滝が見えます!」

「わっ、このお茶菓子も美味しそう〜。」


隅から隅まで部屋をチェックし歓喜の声をあげるマヤ。真澄は目を細めながらマヤの後を追った。


「きゃあー、こんなに大きな露天風呂、一人で入るのは勿体ないですねっ。」


「ああそうだな。一人で入るのには・・・っておい!!」


マヤは真澄と一緒に入ることなど考えていない。真澄のツッコミも聞こえないほどはしゃいでいた

マヤは、間髪いれずに畳かける。


「じゃあ、一番風呂は速水さんに譲ります!私はさっきの女将さんの所へ行く約束をしたので

速水さん、ゆっくりしていてください。」


「おい、マヤ!」

まさに妖精パックのようにマヤは真澄を残して消えて行った。


― 何だ?どういうことだ!?ここまで来て何でこうなる!?君の心は今どこにあるのだ? ―


心のポエムを読むことしか出来ない真澄を誰が責めることができよう。



しばらく白目で立ち尽くした後、真澄は寂しく一人で露天風呂に入った。


赤と黄色が並ぶ大パノラマ。

真澄の台本では〔照れながら両隅に身をおきながら温泉につかり、紅葉を楽しむうちにいつの間

にか二人は隣でしっぽり寄り添う〕計画になっている。


それがどうだ。

多少の抵抗は予想していたというものの、真澄を取り残し部屋を出て行くとは何事だ。

寂しさを通り越して真澄は堪らなく怒りが込み上げてきた。



真澄が温泉からあがってきた後も、マヤは一向に戻ってこない。

朝の電話にしろ、今回にしろ、どうしてマヤは自分のことを忘れてしまうのだろう、やはり今日の

旅行は独り善がりだったのではないか、俺は何をやっているのかと、真澄はいつものようにマイ

ナス思考の海で一人泳ぎするしかなかった。


それでもあまりにも戻りが遅いマヤを迎えに行こうかと立ち上がった時、コンコンと遠慮気味に

ノックする音がした。


「はい?」


「あ、あのマヤです・・・」

今にも消えそうな声でマヤが答える。


「ここは君の部屋なんだから入ればいいじゃないか。」

こみ上げた怒りが真澄の声を平坦にさせる。


「やっぱり、怒って・・・ますよね?」

引き戸越しに聞こえる声はますます小さくなっていく。このままここで話していても何も始まらない

と、真澄は無言で戸を開けた。


「!」

そこにはほんのりと顔を朱に染めた浴衣姿のマヤが立っていた。


「あ、あの・・・ここに到着してから女将さんに相談して・・・速水さん、私の喜ぶ事たくさんしてくれた

から、私も同じように速水さんの喜ぶ顔が見たくて、それを女将さんに言ったらいいアイデアがある

って母屋に呼ばれたの。そしたら浴衣を貸して頂いて、髪も結ってくれて、その前に温泉も入らせて

もらったりしたら時間かかっちゃって・・・何も言わないで女将さんの所に来たって言ったらみんなに

”それは彼、怒ってるわよ!”って驚かれて、ああ、なんで私ってこうなんだろう、って・・・」


マヤの言葉は最後まで聞くことができなかった。

真澄がたまらずマヤを胸に閉じ込めたからだ。


「温泉に入ったんだろ?冷えると良くない。」

真澄は後ろ手で引き戸を押さえ、マヤを室内に招きいれると抱きしめた腕を一層強めた。そして

マヤの額に軽く唇を寄せ、身をかがめてマヤの視線に合わせる。


「・・・速水さん?」


「どうだ?君が望んでた喜ぶ顔なんだが。」


湯上りの頬が一層朱に染まったマヤは至近距離の真澄の顔に耐え切れなくなり視線を落とす。

女将が用意した浴衣は深い藍色の渋めのデザインだった。幼い容姿のマヤには似つかわしく

ないかのように見えるが、返ってそれがマヤの色香を十分と漂わせ、魅力を十分に引き立たせて

いる。結い上げられた髪はわざと後れ毛を出しながらもうなじのラインが艶かしい。


どうしてこんなにも愛しいのだろう。

数分前までの怒りが、今はこんなにも喜びに満ち溢れている。

真澄は両手でマヤの頬を包み込み、静かに唇を重ねた。

自分の計画とはまるっきり違っていたけれど、それとは比べ物にならないくらい幸せだ。

もう完全にしっぽりムード全開である。


ここはタイムスケジュールを繰り上げて二人の世界にダイビングしてしまおうか・・・

・・・などと脳内コンピューターがフル稼働している時だった。


コンコン。

「お食事お持ち致しましたぁ〜。」


良いムードを壊すかのようにすっとんきょうな声が耳に入った。

真澄の胸に収まっていたマヤは慌ててそこから離れ、いそいそと奥へ逃げ込んだ。


― くそっ。いい所だったのにっっ。 ―

とんだ邪魔が入ったおかげでスケジュール通り食事の時間となった。


「こちらは松茸のお吸い物になりまして・・・」

ひとつひとつ小鉢に彩られた宿自慢の食事にマヤはしばし感嘆の声をあげていたが真澄としては

先ほどのマヤの感触が体に消えず悶々と理性を保つのに必死であった。


「・・・以上でっすっ。」

邪魔をされたこともあって食事係の声がどうも勘に触る。 一度そう思ってしまうと彼女の不自然

な前髪や、この宿には似つかわしくない雰囲気も全て鬱陶しい。早く下がれ、と言わんばかりに

沈黙を続けていると向かいのマヤが「あっ!」と声をあげた。


「雪村さん?雪村みちるさんっ??」


― 雪村みちると言えば聖の人生における「とんでもなかったシーン:ベスト5」にランキングして

いた「空気の読めない女」の雪村みちるか!? ―


自分の代わりにオーデションを見守っていた影の部下がしきりに語っていた伝説の女優の登場

に真澄もマヤもその場で固まってしまった。


「・・・!き、北島マヤさん・・・?」


昨年、これ以上、芽が出ないと芸能界を引退したという彼女は、つい1ヶ月程前にこの宿に就職

したのだと言う。

なるほど、聖の言う通り、なかなか空気の読めない女だ。

気まずい空気が流れる中、仲間に呼ばれたみちるはいそいそとその場を去って行った。


「さ、せっかくだから頂こうじゃないか。」

良いムードを壊したのは痛かったが、おかげで真澄の理性は十分保つことができた。

慣れない手つきでマヤがお酌をしてくれたことや、何でも「美味しい!」と感動しながら口を動かす

マヤを見ながらの食事は真澄にとってパラダイスであった。







「ね、速水さん。今夜は近くで花火大会があるんだって。宿から見える秘密のポイントを女将さんに

教えてもらったの。一緒に行きませんか?」


マヤの提案に真澄は大いに賛成して食事を終えると二人は庭を散策した。

秋の夜風が冷たいことも幸いして二人はごく自然に寄り添い、真澄が描く理想のムードそのものを

作ることができた。

遠くに見える花火にマヤは大喜びし、真澄も久々に心が洗われる思いがした。


しかし、花火も終盤にさしかかると、タイムスケジュールが脳裏を駆け巡り肩を抱く力も一層強まっ

てしまうのだった。



― いよいよだな。待ち続けたんだ、この日になるのを!!! ―



秋の夜空に放たれる大きな花火を見ながら真澄は決意を新たにした。












21:00 部屋にて



どの花火が綺麗だったとか、あの星は何と言う名前だとか、真澄にとっては頭がまわらないような

話をしながら二人は部屋に戻って来た。


「!!!!!」

一歩踏み入れるとそこには布団が2つ綺麗に並べられている。


― 落ち着け、落ち着くんだ、真澄! ―

普段は冷静沈着な鬼社長が心臓の早鐘を押さえるのに必死だということを誰が信じるだろうか。


「な、なんか恥ずかしいですね?」

沈黙を破ったマヤの声があまりにも固かったのが却って真澄の気持ちを落ち着かせた。

大丈夫だ、マヤは自分を想ってくれている。 何も恐れることなどはないのだ。


「外に出て冷えただろう。一緒に温泉につかろう。今夜は星も綺麗だ。」


「・・・で、でも・・・。」


「ハハハ。大丈夫だ、外は暗いから恥ずかしがることはない。じゃ、先に行くぞ。」

ポンポンと頭を叩いて真澄は浴室へ歩き出した。これぞ、前もって考え出した「ノーとは言わせ

ない、言い逃げ作戦」である。


― ここまでムードある雰囲気は何度かあった、きっと大丈夫だろう。しかしあの浴衣の帯を

スルスルと外すのもまた一興だったな・・・フッ、まあそれはあとでいい。夜はまだこれからだ。 ―



カラカラカラ・・・


控えめな音が背後で聞こえる。


「絶対に見ないで下さいね。」

消えるような声でマヤが呟く。 ぽちゃりと水面が揺れる音を確認して横を向くと、タオルに身を

包んだマヤが隅に寄り、真っ赤な顔で下を向いている。

純粋なマヤのことだ。ここまでの事でさえも相当な勇気が要ったことだろう。その健気な姿を見て

真澄はどうしたら良いのかわからなくなった。


秋色の絨毯さながらの景色は夜になるとまた別な美しさを醸し出す。

満天の星空に横には愛しい恋人・・・真澄の胸はこれ以上ない程に温かいものでいっぱいになる。


「たまには都会を離れてみるのもいいな。こんな星空、何年ぶりだろう。」

いろいろ考えてきたセリフはあったけれど、そのリストには載っていなかった今の素直な気持ちを

呟くように夜空に吐いた。


「本当に綺麗ですね・・・」

同じようにマヤは呟き、二人とも何も言わずにしばらく星を見た。

静かに時が流れ、心が軽くなる。


「あっ・・・!!」

流れ星を発見した二人は同時に声を出した。


「あんな一瞬なんだもの、願い事は無理でしたね。」


「そうだな。」

真澄とマヤは顔を見合わせて笑い合った。


「でも、もういいよ。俺の願いは叶ったからな。」


「え?速水さんの願いって何だったんですか?」

湯煙が邪魔でマヤの顔が良く見えない。


「教えてやるからこっちにおいで。」

おずおずと近寄って来たマヤに真澄はそっと耳打ちをすると、予想通りマヤは恥ずかしさで下を

向いてしまった。


「幸せすぎて怖いくらいだ。」

夜空に輝く一番明るい星を見つめて真澄が呟いた。


「私もです。」

マヤも同じように言葉を重ねた。










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送