〜written by ぱんだ〜
14:45 宿に向けて出発
窓に張り付くようにマヤがはしゃぐ。 くるくると変わる表情をこのまま見ていたかったが、運転手としてはそうも言っていられない。
なる自分。 某少女まんがのヒーローは「人の心を読める」能力を持っていたが、そんな能力をマヤが持って いなくて本当に良かった、などと相変わらず訳のわからぬことを考えてしまう真澄。
真澄の心など読める訳のないマヤは隣にいる男の心の内は1ミリも分かっておらず宿への到着を 心待ちにしていた。
としてしまう。初めは楽しくマヤと過ごす夜を妄想していた真澄も不安の波に押し寄せられ、胃の 痛みさえ伴ってきた。
我ながら完璧な時間配分だと、真澄は心の中でガッツポーズをとった。 この温泉宿は真澄が何年も前から行きたいと思っていた宿だ。客室はすべて離れになっており、 部屋の中に露天風呂を完備している。近くに流れる川の音が心地よく、四季おりおりの景色と 食事が楽しめる。 それなりに高価な宿泊料ではあったが大都芸能社長には全く無問題だ。 「こんな所にマヤと二人で来られたら」と長年思い続けた宿は想像以上に素晴らしかった。
マヤは女将と楽しそうに話をしている。気さくで雰囲気のある女将もこの宿のまた魅力の一つ だった。
後ほどまた・・・」
真澄が入り口でブツブツとタイムスケジュールをおさらいしている間マヤは大ハシャギで部屋を まわっていた。
「速水さんっ、滝が見えます!」 「わっ、このお茶菓子も美味しそう〜。」
マヤは、間髪いれずに畳かける。
速水さん、ゆっくりしていてください。」
まさに妖精パックのようにマヤは真澄を残して消えて行った。
真澄の台本では〔照れながら両隅に身をおきながら温泉につかり、紅葉を楽しむうちにいつの間 にか二人は隣でしっぽり寄り添う〕計画になっている。
多少の抵抗は予想していたというものの、真澄を取り残し部屋を出て行くとは何事だ。 寂しさを通り越して真澄は堪らなく怒りが込み上げてきた。
朝の電話にしろ、今回にしろ、どうしてマヤは自分のことを忘れてしまうのだろう、やはり今日の 旅行は独り善がりだったのではないか、俺は何をやっているのかと、真澄はいつものようにマイ ナス思考の海で一人泳ぎするしかなかった。
ノックする音がした。
今にも消えそうな声でマヤが答える。
こみ上げた怒りが真澄の声を平坦にさせる。
引き戸越しに聞こえる声はますます小さくなっていく。このままここで話していても何も始まらない と、真澄は無言で戸を開けた。
そこにはほんのりと顔を朱に染めた浴衣姿のマヤが立っていた。
から、私も同じように速水さんの喜ぶ顔が見たくて、それを女将さんに言ったらいいアイデアがある って母屋に呼ばれたの。そしたら浴衣を貸して頂いて、髪も結ってくれて、その前に温泉も入らせて もらったりしたら時間かかっちゃって・・・何も言わないで女将さんの所に来たって言ったらみんなに ”それは彼、怒ってるわよ!”って驚かれて、ああ、なんで私ってこうなんだろう、って・・・」
真澄がたまらずマヤを胸に閉じ込めたからだ。
真澄は後ろ手で引き戸を押さえ、マヤを室内に招きいれると抱きしめた腕を一層強めた。そして マヤの額に軽く唇を寄せ、身をかがめてマヤの視線に合わせる。
女将が用意した浴衣は深い藍色の渋めのデザインだった。幼い容姿のマヤには似つかわしく ないかのように見えるが、返ってそれがマヤの色香を十分と漂わせ、魅力を十分に引き立たせて いる。結い上げられた髪はわざと後れ毛を出しながらもうなじのラインが艶かしい。
数分前までの怒りが、今はこんなにも喜びに満ち溢れている。 真澄は両手でマヤの頬を包み込み、静かに唇を重ねた。 自分の計画とはまるっきり違っていたけれど、それとは比べ物にならないくらい幸せだ。 もう完全にしっぽりムード全開である。
・・・などと脳内コンピューターがフル稼働している時だった。
「お食事お持ち致しましたぁ〜。」
真澄の胸に収まっていたマヤは慌ててそこから離れ、いそいそと奥へ逃げ込んだ。
とんだ邪魔が入ったおかげでスケジュール通り食事の時間となった。
ひとつひとつ小鉢に彩られた宿自慢の食事にマヤはしばし感嘆の声をあげていたが真澄としては 先ほどのマヤの感触が体に消えず悶々と理性を保つのに必死であった。
邪魔をされたこともあって食事係の声がどうも勘に触る。 一度そう思ってしまうと彼女の不自然 な前髪や、この宿には似つかわしくない雰囲気も全て鬱陶しい。早く下がれ、と言わんばかりに 沈黙を続けていると向かいのマヤが「あっ!」と声をあげた。
いた「空気の読めない女」の雪村みちるか!? ―
に真澄もマヤもその場で固まってしまった。
したのだと言う。 なるほど、聖の言う通り、なかなか空気の読めない女だ。 気まずい空気が流れる中、仲間に呼ばれたみちるはいそいそとその場を去って行った。
良いムードを壊したのは痛かったが、おかげで真澄の理性は十分保つことができた。 慣れない手つきでマヤがお酌をしてくれたことや、何でも「美味しい!」と感動しながら口を動かす マヤを見ながらの食事は真澄にとってパラダイスであった。
教えてもらったの。一緒に行きませんか?」
秋の夜風が冷たいことも幸いして二人はごく自然に寄り添い、真澄が描く理想のムードそのものを 作ることができた。 遠くに見える花火にマヤは大喜びし、真澄も久々に心が洗われる思いがした。
てしまうのだった。
話をしながら二人は部屋に戻って来た。
一歩踏み入れるとそこには布団が2つ綺麗に並べられている。
普段は冷静沈着な鬼社長が心臓の早鐘を押さえるのに必死だということを誰が信じるだろうか。
沈黙を破ったマヤの声があまりにも固かったのが却って真澄の気持ちを落ち着かせた。 大丈夫だ、マヤは自分を想ってくれている。 何も恐れることなどはないのだ。
ポンポンと頭を叩いて真澄は浴室へ歩き出した。これぞ、前もって考え出した「ノーとは言わせ ない、言い逃げ作戦」である。
スルスルと外すのもまた一興だったな・・・フッ、まあそれはあとでいい。夜はまだこれからだ。 ―
消えるような声でマヤが呟く。 ぽちゃりと水面が揺れる音を確認して横を向くと、タオルに身を 包んだマヤが隅に寄り、真っ赤な顔で下を向いている。 純粋なマヤのことだ。ここまでの事でさえも相当な勇気が要ったことだろう。その健気な姿を見て 真澄はどうしたら良いのかわからなくなった。
満天の星空に横には愛しい恋人・・・真澄の胸はこれ以上ない程に温かいものでいっぱいになる。
いろいろ考えてきたセリフはあったけれど、そのリストには載っていなかった今の素直な気持ちを 呟くように夜空に吐いた。
同じようにマヤは呟き、二人とも何も言わずにしばらく星を見た。 静かに時が流れ、心が軽くなる。
流れ星を発見した二人は同時に声を出した。
真澄とマヤは顔を見合わせて笑い合った。
湯煙が邪魔でマヤの顔が良く見えない。
おずおずと近寄って来たマヤに真澄はそっと耳打ちをすると、予想通りマヤは恥ずかしさで下を 向いてしまった。
夜空に輝く一番明るい星を見つめて真澄が呟いた。
マヤも同じように言葉を重ねた。 |
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