きのこチックに恋して〜キノコ狩りの夜のその後〜

written by しずか〜




「あれっ、速水さんもう帰ってきてる・・・。」

夕方マヤが帰宅し、玄関に入ると既に真澄の靴があった。


マヤは、今日は午前中だけテレビの収録があり、午後からは特に何もなく時間も空いていた。

久しぶりのオフだったのだ。


天気の良いのどかな午後の昼下がり・・・。

すぐに真澄のマンションへ帰ってもよかったのだが、こんな気持ちの良い日に家に居るなんて・・・。

そう思ったマヤは、少し遠出して日頃行けなかった買い物や、大好きなファーストフード店などを渡り歩いて夕方少し前に帰宅したのだった。


マヤ自身も帰宅時間が早いのは久しぶりだった。

それなのに、自分よりも真澄の方がもっと早いなんて・・・。

“何かあったのかなぁ・・・?”

“まぁ、たまには速水さんだってそんな日もあるよね〜・・・。”

マヤは、スタスタと真澄の居るリビングに向かう。

すると・・・。


じっと食い入るように本を見つめ何かブツブツ言っている真澄の姿があった。

その傍らには、山積みになった本とビデオの山、山、山・・・。

何故か、空になったユンケルの瓶まで数本置いてある・・・。

マヤがすぐ側まで来ているのに一向に気が付いていない様子だ。


“そ〜っと近づいて驚かせてみようかなぁ・・・。”

マヤは、悪戯心一杯、差し足忍び足で真澄に近づき両手で彼の背中を思い切り叩いた。

「わっ!!」


「わっ!! びっくりしたー。マ、マ、マヤ・・・。何時の間に、帰っていたんだ!!」

「速水さんこそ〜、今日はすっごく帰りが早いからびっくりしちゃった。でも、そんなに真剣な顔して・・・。何やってたの???」

状況が読み込めないマヤは、相変わらず無防備な表情で本とビデオの山をしげしげと見つめていた。

そんなマヤの視線の先を見て、真澄は慌てて本を閉じ自分の身体の後ろに全てを隠す。

そして何事もなかったように冷静そうに?マヤに話し掛けた。

「い、いいだろっ。俺だってたまの休みには色々と勉強しておきたいことがあるんだ・・・。」


突然のマヤの登場に真澄はかなり動揺していた。

さすがにこれがマヤに見つかってしまっては気まずいことこの上ない。

幸い、ビデオが再生されてなかったことと、コミックのカバーを裏返しにしていたことがラッキーだった。

それに、あんまり人の行動をとやかく気にしないマヤは、それ以上は真澄の行動を深追いすることもなかった。


「ふぅ〜〜〜、マヤにバレなくてよかった・・・。」

真澄は大きくため息をつくと、とりあえずマヤを別の部屋へ追いやり、いそいそと山積みにしたビデオや単行本類を押入れの奥底に

隠すのであった。




そして二人は、かなり早めに夕食の支度をした。

一緒にキッチンに立ち、たわいもない会話を楽しみながらそれぞれ夕食の準備に取り掛かる。


もう真澄は喜びを隠せない。

マヤといるときはいつもニコニコ笑顔を絶やさないのだか、今日はまた特別に笑顔が輝いている。

笑顔というよりはニヤケ顔なのだろうが・・・。


今日は、久々に早く帰ってきたということもあって、マヤは不器用なりに手作りハンバーグを作っていた。

炒めた紫のキノコと赤ピーマンを加えデミグラスソースでぐつぐつ煮込む。

いわゆる、紫のキノコの洋風煮込みハンバーグというところだろうか。

しかし、キノコの色が紫なだけあって、やはり不味そうだった。

まだ、前回とは違い、黄色の粒々がないだけマシなのだが・・・。


“まぁ、いい。俺はこの紫のキノコだけどかして食べておこう。でないと、俺までも夜の楽しい記憶がなくなってしまう・・・。”

さらに真澄は、マヤがシャワーを浴びている間に、こっそり飲み物にアルコールを混ぜておいた。

紫のキノコ + アルコールの組み合わせで、さらなる相乗効果を期待したのだ。

“これでマヤは、どんな変貌を遂げるのだろう・・・。”

“考えただけでワクワクしてしまう・・・。“

彼なりの史上最強の作戦だったのだ。


そして、和やかに食事は進んだ。

真澄は、マヤに見つからないようにこっそり紫のキノコをどかしてさりげなくハンバーグを食べていた。


“バレてないだろうか・・・?“

そ〜っと上目遣いでマヤの様子を見ると、こっそり混ぜたお酒のせいか、何も気付いていないようだった・・・というか

何も考えていないような気にさえなる・・・。


案の定、マヤはほろ酔い気分になっていた。

少し呂律もまわらなくなっている。

“いい感じだ、マヤ。今日は、このまま激しく燃え上がろう!!”


ところが、いい気分になったマヤは、調子にのってベラベラと話し始めた。

それは・・・。


浮かれ気分の真澄をどん底に突き落とす決定的な言葉だった・・・。


「あー!! いい気持ちぃ〜!!」

「あははっ。はやみさぁ〜ん、この際だから、イイコトおしえちゃう〜。あのね〜、さっきの紫のキノコ、じつは〜、はやみさんがいない間に、

ミキサー掛けてハンバーグに入れちゃったんだ〜。」


“!!!!!!!!”


「だって、この前だって全然手つけなかったじゃな〜い。それに今日だってこっそり残してたし・・・。」

「やっぱり怪しいと思ったんだよね〜。」

マヤは、完全に酔っ払って浮かれ気分で真澄に絡んでいた。

真澄も予想外のマヤの行動に衝撃が走った。


「な、何だって! マヤ、何てことをしてくれるんだ!」

思わず真澄は声を荒げる。


「だって、そうでもしないと食べてくれないと思ったんだもん。いいじゃない、結構美味しかったでしょ!」

マヤは、真澄の思惑が全然分かってないせいか、今回は見事に紫のキノコを食べさせることができて、勝ち誇ったようにVサインを出している。

その光景がさらに真澄を悲しくさせた。


“これでは、明日になったら今日の熱い夜を思い出すことができないではないか!!”

“それどころか、明日は身体中が筋肉痛と睡眠疲労で最悪な一日になってしまう・・・。”

すでに、マヤの衝撃的な告白で今までのウキウキ弾む心が一気にしぼみ切ってしまった。

もう、完全に疲労の色が顔に出ている・・・。


“何て事だ・・・。入念に準備を進めたのに、全ては水の泡ではないか・・・。”

せっかくの熱い夜を今後回想できないなんて、なんとも残念で仕方がない。

しかし、後悔したところで紫キノコを食べてしまった現実は変えようがない事実。

いつまでもくよくよしていられない!

ここは、少し大人の余裕で、マヤの行動を寛大に受け入れようと試みた。


“そうだ! それでも、マヤとは熱く肌を重ねることができるんだ!”

“とりあえず、今日は今日で熱いひと時を思う存分楽しもう。”

“明日は、記憶もなく、足腰が立たなくて辛いかもしれないが、きっと心はどこか満たされていることだろう・・・。それでいいじゃないか!!”


しかし、彼なりに自分を納得させる結論を出して割り切った真澄にマヤはさらに追い討ちをかけることを言う・・・。

「あ〜、そうそう。これね〜、聖さんにぜ〜ったい言っちゃいけないって言われてたんだけど、今日はなんだか気分がいいから言っちゃうね〜♪」


“・・・・・・・・・・・・・・・。”

“・・・まだ何かあるのか・・・? 何だかイヤな予感がする・・・。”

真澄はドキドキしながらマヤの次の言葉を待つ。


「じつは〜、あのキノコ、山で採ったのじゃないんですよ〜。」


“???????”

“あぁ、そうか。聖がどこかの国から如何わしいルートで入手したんだな!! “

そう思った真澄に極めつけの一言!!


「えっと〜ぉ、聖さんと一緒にデパ地下の食品売り場でエリンギと赤キャベツと紫蘇の葉を買って、鍋でぐつぐつ丸3日間煮込んだんですよ〜。」


“・・・・・・・・・・・・。”

“はぁ? デパ地下? エリンギぃ? ニセモノ・・・?”

“・・・そんなバカな・・・。”

真澄の脳裏には最大級の激震が駆け巡る。

この状況は絶望なんて言葉ではとても表現できない。

せっかくのお楽しみが、史上最悪な結果になってしまってしまったのだから・・・。


「なかなか着色しなくて結構大変だったんだから〜。」

「この努力は認めてもらえますぅぅぅ。」

悲しみに打ちひしがれる真澄の状況をこれっぽっちも掴めないマヤは、相変わらず酔っ払って真澄に絡んでいたのだった。

そのマヤの残酷なまでに純粋無垢な行動が、さらに真澄を不幸のどん底に突き落としていた。

そして真澄はがっくり肩を落とすのだった・・・。


湧き上がる欲望と聖に対する怒りとこの現実を受け入れられそうにない自らの悲しみを持て余しながら・・・。




“はぁ、こんな現実はとっとと忘れてしまいたい・・・。”


その夜の真澄は、激しい後悔と脱力感に苛まれ、湯船につかりながらため息をついていた。


こんなことは、ラブラブ★大作戦の夜以来の汚点だ!!

今まであんなに浮かれていた自分自身がなんとも悲しくばかばかしい・・・。

あれほど有頂天になって、あれほどマヤとの夜に想いを馳せ、さらに水城に冷たい目で非難を浴びながら、

それでも頑張って帰宅して・・・しかも、あんなに予行練習して・・・。

過去の自分の行動を思い出せば思い出すほど、恥かしくばかばかしく、情けない気持ちが胸一杯に染み渡る・・・。

完全に心の中は、秋の木枯しが吹き荒れていた。


そして真澄は肩をがっくり落としトボトボと風呂場を後にする・・・。

紫のキノコはニセモノだった・・・。

それが分かった瞬間、全てが絶望と化してしまった。

もう何もする気がおきない・・・。

“とっとと寝ることにしよう・・・。”

真澄はさっさと寝室に向かったのだった。


そして、ドアを開けてベッドに向かおうとしたその瞬間・・・。


“!!!!!!!!!”

マヤのあまりの強烈な姿に驚き立ちすくんでしまった。


それは・・・なんと、マヤがパジャマの前ボタンをさりげなく外し、さらに生足を惜しげもなく披露してベッドの上で手招きをしていたのだった。


“どういうことだ???”

そう思いながらもマヤに近寄ると、強引に手を引かれベッドの上に倒れこむ・・・。

唖然としながら覗き込んだマヤの表情は・・・。

情熱的な瞳。娼婦のような目つき、いや狼少女ジェーンに喩えるべきか・・・。


そんなことを考えていると、マヤが腰をくねらせてきた。

“速水・・・さん・・・。お願い・・・。アタシを・・・抱いて・・・。”


“!!!!!!!!!”

そんなマヤの大胆な言葉に、真澄の思考回路は完全にショートする。

そして理性を脱ぎ捨て、マヤの大胆なリードに没頭するのであった・・・。


何もかも忘れてお互いだけを求め合う激しい愛撫の数々・・・。

髪をかきあげ吐息を絡ませ、喉元に胸の頂きに、腰のラインに口付けを落とす・・・。


激しい情欲の炎は明け方まで部屋全体を熱く熱く燃え上がらせていた・・・。





――― 翌日 ―――




“はぁ・・・。ホントに昨日はすごかったなぁ・・・。”


真澄は、社長室で書類の山を眺めながら、昨日のマヤとの行為を思い出し、ボーっと物思いに耽っていた。

彼の顔には心なしか笑顔も零れる。

笑顔というよりは思い出し笑いなのだろうが・・・。


結局、二人は明け方まで飽きることなくお互いを貪りつづけた。

あの日のマヤの行為は、数秒おきに真澄の脳裏に鮮明によみがえる。


“しかし、あの偽キノコでどうして、マヤだけがあんなに乱れたのだろう・・・。”

何故こんなことになったのかイマイチ状況が掴めない・・・。

“これも聖の思惑だったのだろうか・・・?”

こればかりは、いくら先読みの出来る有能な真澄でも全く見当もつかなかった・・・。


それもそのはず。

そのからくりが全て分かるあの人物以外は誰一人知る由もない。


聖唐人・・・この計画の首謀者・・・。

顔半分を前髪で隠す影の男の存在が全ての事実を物語る・・・。




“何もかもが上手くいった・・・。全ては、私の思惑通りでございます・・・。”


聖はその夜、とあるホテル最上階のバーのカウンターでグラスを片手に一人くつろいでいた。

そして彼は、ブランデーに反射された自分の顔を見つめながら真澄とマヤの親密な夜の営みに一人想いを巡らせる・・・。


なぜ、マヤだけがニセモノのキノコで豹変したのか?

それは、この聖だけが知る事実。

実は、あの日の午前中、来日中のロシア人催眠術師に依頼して、テレビの収録の間にどさくさに紛れてマヤに催眠術を掛けていたのだった。

大金をはたいて・・・。


しかもその彼はマヤに掛けた術を解くことなく、そのまま帰国してしまったのだ。

と言っても、あえてそうしたのだが・・・。


“それにしても、面白いほどすべてが上手くいった・・・。”

“これからは、マヤ様に紫のキノコを食べさせる度、お楽しみの夜が体験できるというワケでございます。”

“一石二鳥・・・これで、わたくしもキノコ狩り地獄から脱出できそうでございます・・・。”

聖はカウンター席を立つと、グラスを片手にそっと窓の側へ行く・・・。

そして窓の外を眺め、ニヤリと笑いながら心の中で真澄に忠誠を誓うのだった。




――― 真澄様、思う存分おやりまさいませ・・・。 ―――




見下ろせば、美しい都会の夜景が光り輝く宝石となって遥か彼方まで散りばめられていた。






<おしまい>


*2人の濃厚な絡みは今後、地下にてお楽しみ頂けます*



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