きのこチックに恋して〜キノコ狩りの夜のその後〜 2

written by しずか〜



――― 数日後 ―――





マヤは例のキノコを、デパートで買った包装紙とリボンに包み、真澄のマンションで彼の帰りを待っていた。


“ほんとに、速水さんがこんなキノコで喜ぶのかなぁ・・・。”

“ちょっと信じられないような気もするけど・・・。”

“でも、聖さんがウソついてるとはとても思えないし・・・。”

さすがのマヤもこんなもので本当に真澄が喜ぶものかと不安で仕方がなかった。


あの時の車の中だって・・・。

速水さん、「本当に大丈夫なのかな・・・こんな変な色のキノコ。いかにもまずそうだ。」とか言ってせっかく採ったあたしのキノコ、バカにしてたし・・・。

それに頑張ってバター焼きにしたのに“如何にも不味そう”って感じで全然手つけなったクセに・・・。

それが急に食べたくなって聖さんに探させるなんてやっぱり変だ・・・。


マヤがそんな不安に駆られていると、ガチャリとドアが開く音がした。

どうやら真澄が帰ってきたようだ。


“あっ、速水さんが帰ってきた!!”

そして、真澄が玄関で靴を脱いでいると、マヤはプレゼントの包みを手で後ろに隠しイソイソと近づいていった。


「どうした、マヤ。」

マヤはもじもじしながら上目遣いで真澄を見つめる。

そんな姿がなんとも愛らしい。

真澄は、思わずマヤをキュッと抱きしめようと両手を伸ばした。

すると・・・。


「えへへっ。実はね〜、日頃の感謝の気持ちを込めて・・・コレ・・・。」

気に入って貰えるかどうか不安だったが、ちょっと誇らしげに、そしてちょっと恥かしそうにマヤは薄紫色の包装紙に包んだ箱を差し出した。

「俺にプレゼントか?」

「そうよ。」

「どういう風の吹き回しだ。」

「えっ、だっていつもあたしばっかり色々買ってもらって、本当に申し訳ないなぁって思ってて・・・。

それで、あたしからも何かあげられたらいいなぁ〜って。でも・・・ちょっと自信がなくて・・・。気にいってもらえるかなぁ・・・。」


マヤからのプレゼントなんて、紫のバラの人として貰ったひざ掛け以来だった。

しかも、今回は紫のバラの人ではなく真澄自身に対してだ。

嬉しさがじわじわと胸の奥から込み上げてきた。

「君からのものだったら何でも嬉しいよ。」

真澄は思いがけないマヤからのプレゼントに思わず顔がほころんだ。

「今すぐ開けてもいいか?」

とても嬉しそうにマヤからプレゼントを受け取り、早速リボンに手をかけ、包んであった包装紙をそっと取った。

と、その瞬間、目にしたものは・・・。


何故か半透明なタッパーだった・・・。

「・・・・??? 何だろう・・・???」

“やっぱり、マヤの考えていることはイマイチ分からん!”


そして、タッパーのフタを開けたとたん、真澄の目に飛び込んできたものは・・・。

「こ、これは!!!!」


真澄は大きく目を見張り、ゴクッと喉を鳴らした。

そこに入っていたものは・・・。


「あの幻の・・・紫の・・・キノコ・・・!!!! (ちょっと、色も形も違うけど・・・)」

「マヤ、これは一体どうしたんだ!」

息を荒くしてマヤに問いただす。


「えっ? あ、この前デパートでちょうど聖さんにお会いして、何がいいか聖さんに聞いてみたの。

そ〜したら速水さんがコレ一番欲しがってたって言ってたから、思わずそうしちゃって・・・。あ、やっぱり・・・ダメ・・・だったかなぁ・・・?」


「・・・・・・・・・。」

感激のあまりとても声が出せない。

真澄は心の中で泣いて喜んでいた。

もう天にも登る想いだった。

この時ばかりは神に感謝の気持ちを捧げたい。

“マヤが紫のキノコをプレゼントだなんて、カモがネギしょってやってくるようなものではないか!!”


そして、感謝の気持ちをやっとの思いで口にした。

「マヤ、ありがとう。こんなに嬉しいことは・・・今まで生きてきた中で初めてだ。」


そう言うと、真澄は思わずグッとマヤを強く骨が折れそうなくらい抱きしめていた。

「本当にありがとう・・・。」

あまりの嬉しさに全身で喜びを表現していたらしい。

その腕には今までにないくらい力がこもっていた。

が、顔は完全にニヤケ顔だ・・・。

“ムフフッ、聖、ナイスな忠告ありがとう! よくやった! これからの夜が楽しみだ・・・。”


“なんだか速水さん、すっごく喜んでくれてる・・・。やっぱり聖さんに聞いて頑張って作った甲斐があったわ!”

マヤは、真澄のあまりの強い抱擁に、彼の気持ちを心から感じることができた。

そして幸せを心から噛み締めようと彼の背中に腕を回そうとしたその瞬間・・・。

いきなり真澄は、さっさとマヤを開放し紫のキノコを持って一目散にキッチンへすっ飛んでいってしまったのだった。


“えぇ? 急にどうしたの???”

マヤは、突然身体を解放されて唖然とした。

完全に玄関の前に置き去りにされてしまったのだ。

“えぇ、速水さん、今日はただいまのキスはないの???”


しかし真澄はもうそれどころではない!

“早く、このキノコをマヤに食べさせるんだ!!”

真澄は既にキノコを食べさせることしか頭にない。

なんだか気ぜわしそうに調理道具を物色している。


「速水さん、急にどうしたの?」

マヤは話し掛けたのだがあっさり無視されてしまった

真澄は、もう我を忘れて、マヤの話なんか聞いちゃいない。

「マヤ、それじゃ早速今日はコレを食べよう。夕食の支度をしている間に、君はすぐにシャワーを浴びるんだ! さぁ、早く!!」

「・・・はぁ???」

なんだか真澄の態度が急に荒々しく少々強引になってきたように見えた。

しかも心なしか焦っているように見える・・・。


“急にどうしたんだろう???”

マヤは、突然の真澄の行動に唖然としていたが、色々考えているうちにふっと聖との約束を思い出した。

“あっ! そうだった。あたし聖さんに言われた通りにしなくっちゃいけなかったんだ!!”

するとマヤは必死になってキッチンで調理道具を物色している真澄を止めようと大声を出した。

「あぁ! 速水さん、ちょっと待って!! 今日はそれ食べちゃダメなの。」

急いで止めに掛かる。

「どうしてだ。」

急にお預けをくらい、ムッとした表情が思い切り顔に出ている。

もう夢にまで見て待ちつづけたマヤとの激しい夜が久々に迎えられるのである。

いくら、最愛のマヤにダメだと言われても、身体と心は言うことをきかない。

「これは、もう君から貰ったものだから所有権は俺にある。今から、コレをどうしようが俺の勝手だろうが・・・。」

真澄は我ながら思わず子供じみたことを口走ってしまったと思った。

“しまった。思わず本音が出てしまった・・・。”

また、この前みたいなケンカモードになるのだろうか。


ヒヤヒヤしていた真澄だったが、そんな真澄の思いとは裏腹に、マヤは急にケラケラと大笑いし出したのだった。

「あははっ、速水さん絶対そう言うと思った。っていうか、そう言うだろうって聖さんに言われたの! おっかし〜の。

ホントに言う通りになっちゃうんだもん。」

どうも自分は聖の思惑にはまってしまっていたらしい・・・。

“聖のヤツ、何考えてるんだ・・・。”

聖の手中にいることを知り真澄は苦笑した。


「でもね、ホントに今日はダメなんだ〜。何だかよく分からないけれど、聖さんにそう言われてて・・・。」

「それで、明日の夜だったらイイって・・・。」

マヤは、笑いながらも聖から言われた通りに話し掛けた。


そんなマヤの話を聞いて真澄はしばし考えた。

なぜ聖はそんなことをマヤに言ったのだろう・・・。

聖のことだ。何かプラスになることを考えているのだろう・・・。

それに、以前「おやりなさいませ。」などと色々アドバイスをしてきたではないか!

今回だって何か考えがあるに違いない!!


今日がダメで明日がいいなんてどういうことだ。

明日までの間に何があるというんだ。

・・・・・・・・・・・。

そ、そうか分かったぞ。

今日はゆっくりと寝て、体力を明日までに蓄えておけということか・・・。

それで色々試したいワザを勉強しとけってことだな・・・。

う〜ん、さすがは聖だ!

これは言われた通りにするしかない!


確かに今日はもう遅い・・・。

会議が立て続けにあって身体はもうクタクタだ。

こんな状況下では時間もあまりないし、なんてったってせっかくのマヤとの夜を楽しむことが出来ない。


「マヤ、分かったよ。今日は食べるのを止めよう。」

そう言うと、とりあえず冷蔵庫に保存することにした。

明日の夜が楽しみだと言わんばかりの顔で・・・。


そして、この日の夜は何事もなくマヤをそっと自分の腕の中で抱きとめながら朝を迎えたのだった。


明日の夜に想いを巡らせながら・・・。




翌日の大都芸能社長室・・・。




“真澄様、マヤちゃんと想いが通じても結局は、あたくし、尻拭い係りでございますわねぇ・・・。”

水城は壁の片隅でサメザメ泣きたくなる気分だった・・・。


翌日の真澄はいつも以上に仕事どころではなかった。

彼は一応、午前中は出社した・・・。

いや、出社というより、心だけを何処かに残してただ足を運んだだけなのかもしれない・・・。

とても仕事をしている様子ではなかった。

それもそのはず。今日は待ちに待ったムフフな夜なのだから・・・。

頭の中の妄想は、何処までも果てしなく膨らんでいく・・・。

人の話は聞こえてこないし、書類の内容も頭に入ってこない。

会議なんかとても出来る状態ではない。


そして、挙句の果てに出てきた言葉は・・・。

「水城君、今日は気分が悪いんだ。午後から休むことにするよ。」

「すまないが、あとはよろしく頼む・・・。」

だった。


水城は、そんなボスの不甲斐ない態度に呆れ果て、サングラスの奥のきっつい瞳をさらにきつくし思い切りイヤミを言い放った。

「そのようですわね。今日の午後はごゆっくりおくつろぎくだいまし。」

「あ、それと明日からは、もう決してこのようなことがないよう、今晩は充分に、くいの残らないようマヤちゃんとしっかりお楽しみくださいまし・・・。」

そういい残すと、自分の判断で出来そうな書類をいくつか摘み上げ、さっさと秘書室に去っていってしまった。


“自分の行動が完全にバレている・・・。”

真澄は、水城に対してかなり後ろめたい気がして苦笑いをこぼしながら、それでも、何事もなかったように爽やかに挨拶を交わしながら

颯爽と帰宅したのだった・・・。


そして早速、聖に依頼して入手したブツの解読に取り掛かる・・・。


午後の彼の予定・・・それは・・・。


予行演習だった。


確かに、無駄のない先読みでビジネスを成功させてきた真澄にとって、事を上手く進める上で事前にシュミレーションしておくのは当然のこと。

セリフ、指づかい、体位・・・などなど・・・。

完璧に覚えるまで何度も何度も復習する。

時間が経つのも忘れ必死になって頭の中に叩き込む。

そして、ときおり襲い掛かる欲望を持て余し、夜になるのをひたすら待ちつづけるのだった。


冷蔵庫の片隅で眠っているマヤが作った偽紫のキノコと共に・・・。






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