まるで心の奥底から飛び出してきたかのように口からすべりだした言葉。「帰すつもりはない・・・」
真澄はマヤを一歩も動かせないほどに力強く引き寄せて腕に閉じ込め、再び低い声を彼女の耳元で響かせた。
「!!!」
マヤは、ビクリと体を固くし、恐る恐る彼を見上げた。
自分を囲っている真澄の腕の力は強く、冗談だとは思えないような緊迫した雰囲気の中、まっすぐな瞳が視線を捕らえて
いる。
「な・・・何を・・・言うんですか? 離してください・・・」
小さなマヤの抵抗は、男の力には敵わない。 真澄はマヤを力いっぱい抱きしめ、身動きすら許さなかった。
真澄の中の何かが切れてしまったように、今まで抑えていた感情がむき出しになっていく。
そして、喉まで出かかって言えずにいた言葉を思い切り吐き出す。
「・・・あいつに・・・桜小路にもこんな風に抱かれたのか!」
「!!!」
とても力強い、真澄の凄んだ言葉。 タバコの匂いのするシャツの胸元はマヤの顔にぴったりと押し付けられ、こんな状況
であるのにドキドキしてしまう気持ちと、得体の知れない恐怖感に包まれていく。
マヤは言葉を失っていたが、ようやく首を横に振り、口に出した。
「あたし・・・一人じゃなくて・・・みんなも・・・・行ったんです・・・」
「・・・・」
真澄は胸の痞(つか)えが取れたように少し息をついたが、崩れ落ちた理性を取り戻すことはできそうになかった。
こんな記事の事で毎回 胸を痛めていたら、体がいくつあっても足りない・・・・。
「一人じゃないからいい、という問題じゃない。君は普段から無防備すぎるんだ!何かがあってからでは遅いだろう?
君はもう子供じゃない。それくらいちゃんと考えて行動しろ!」
「は・・・い・・・」
真澄は言いたかった言葉を思いきり吐き捨てると、手のひらでそっとマヤの髪を撫で、さらに強く自分の胸へと彼女の額を
押し付けた。
・・・まるで愛しい恋人に対するような謎めいた彼の行動。
マヤはどうしていいのか分からず、ただひたすら身を任せるしかない。
好きな人に抱きしめられているのは嫌な事ではないはずなのに・・・なぜなのか、どんどん胸が苦しくなっていく。
「いいか・・・? 君は分かっているつもりで分かっていない! 君のいる芸能界は汚いところだ。フラフラとしていたら
どんな目に合うか分からないだろう?今回の件だってそうだ!いくら自分一人じゃないからといって、男の部屋にノコノコと
着いて行って朝帰りするなど、何かあっても文句の言える状態じゃないだろう!」
真澄は気を落ち着かせる為に、何度も同じような言葉を投げかけてしまう。
彼の口調はとてもきつく感じられたが、明らかにそれは大都の社長という彼の立場から見ての忠告だけとは思えなかった。
『どうして、そこまであたしに構うの・・・・?』
どう受け止めていいのかがまるで分からない。 そして、そんな不安と戸惑いがマヤを感情的にさせていく。
「あたしだって・・・それくらい考えてます・・・考えて行動してます・・・」
思わぬマヤの反撃の言葉を聞き、真澄は言葉を失い、彼女を見据えた。
「あたし、もう大人ですから。それくらいは自分で判断できます!」
「・・・・・」
真澄は軽く溜息をつくと、マヤを掴んでいる手の力をぐっと強めて静かに言った。
「じゃあ、どうして俺の部屋には一人で着いてきたんだ!?」
「・・・・」
「・・・何も考えずに着いてきたんだろう?そういうところが甘いと言っているんだ!」
マヤはようやく真澄を見上げると、彼は鋭い目つきで彼女を見下ろしていたままだった。
自分でもどうしてなのか分からない気持ちがそこにあった。
・・・彼となら何かあっても構わないと思ったからなのか?
・・・それとも、何もあるわけがないと思っていてからだろうか?
「・・・分からないです・・・・あたしも、それは分からないです。 でも・・・」
うまく言葉が出てこない・・・。
「誰に対しても もっと警戒しろって事だ。・・・以前にも言ったはずだ。・・・俺も男だからな!」
マヤの脳裏に、あの社務所での真澄の表情が浮かび上がり、胸の奥が大きくざわめいていく。
「それは・・・例え婚約者がいる男の人でも警戒しろって事なんですか・・・?」
・・・真澄の心がズキリと音をたてた。
「・・・・そうだ。」
少しだけ目を反らした真澄に、マヤが大きな声でつっかかる。
「あたし・・・あたし・・・やっぱり分からないです!そんな気持ち、全然分からないです!」
「・・・・・・」
「速水さんは、そうやってあたしの事を一生監視していくんですか? 自分が結婚しても・・・? あたしが誰とどんな風に
付き合っていくとか・・・あたし・・・そんな事まで全部速水さんに管理されないといけないんですか!?」
真澄はためらいながら、一瞬顔を背け、吐き捨てるように答えた。
「・・・そうかもしれないな・・・」
マヤは、溜めていた大粒の涙をこぼし、体中を震わせながら消えそうな声で呟く。
「・・・もう・・・構わないで下さい。 あたし・・・速水さんに迷惑かけないように・・・誰と付き合っても記事にされないように
うまくやりますから・・・・」
「そういうことではないんだ!」
ここまできて想いをうまく伝えられない自分に嫌気が差し、苛立ちと共にマヤを強く抱く真澄。
自分は紫織と結婚し、マヤはいつか誰かの物になる・・・他の男に抱かれて女になる。
・・・そんな事はさせない・・・
・・・それならいっそ、いまこの場所で彼女を抱いてしまいたい・・・
もはや、冷静な思考など不可能な状態に陥っていた。 真澄の心を支配する、もう一人の自分が暴走を始めてしまった。
真澄は自分を見上げているマヤの顔を覗き込むと、もうどうしようもない想いを言葉にする気持ちにもなれなかった。
抱え込んでいた左手でマヤの体をガッチリと押さえつけ・・・・右手で彼女の顎を掴み、顔を強引に自分の方へ向かせた。
見たこともない、真澄の熱い視線に麻痺されたようにマヤの表情が固まる。
真澄は、何かを言いかけているマヤの唇へと顔を近づける。
当然のように息を呑むマヤの喉元が目に入った。
そして真澄は・・・・そのまま迷うことなく彼女の唇を目指し・・・自分の唇を強く重ねた。
「んんっ・・・」
マヤが驚いて真澄の胸元を押して逃れようともがき始めた。
やわらかいマヤの唇から、彼女の温かさが じっとりと伝わってくる。
すぐに離すつもりでいたのに、彼の唇は彼女の唇を捕らえたまま なかなか離すことができずにいた。
マヤに対してのキスは初めてではない。 しかし、彼女の意識がある状態では、初めてのことだ・・・・。
彼女の唇に再び触れる日が来るなど、思いもしなかった。
強引に奪った唇から吐息が漏れる。
「う・・・んん・・・」
彼女の呼吸が苦しそうなのに気付くと、真澄は軽く体を引き、おもむろに唇を離した。
彼女の表情を確認することは本能的に避け、それでも即座にマヤが逃げられないように再び両腕で彼女をきつく抱き寄せ、
閉じ込める。
お互いの呼吸が荒れ、ぴったりと寄り添った体から動悸が激しく感じられていた。
「ど・・・どうして・・・こんな事・・・するんですか・・・?」
腕の中のマヤは、彼の予想通り・・・声を震わせながらそう呟いた。
「・・・・・・」
「あたしが・・・紅天女の上演権を持っているから?女優としてのあたしに興味があるからですか?だから、平気でこんな事
できるんですか!?」
「そうじゃない!」
「じゃあ・・・何なんですか? あたしをからかって楽しんでいるんですか?」
涙声で訴えるマヤがそこにいた。
婚約者がいるくせに、優しくしたり抱きしめたり、突然キスをする真澄が全く分からない。
女優として自分を見ているだけのはずなのに、どうしてここまで自分を構い、無責任な行動をするのか・・・・・。
「愛している・・・」
真澄が唐突にそう呟いた。
「・・・・?」
「君を愛している・・・・。君を誰の物にもさせやしない。」
・・・それはとても低い声で、甘い囁きとはほど遠く・・・マヤには少し恐怖を感じさせるような言葉に聞こえた。
「は・・・やみ・・・さん?」
無意識にそれしか言えなかった。
『”愛してる”って・・・・・・・?』
気が動転しているマヤは、真澄の言葉を冷静に受け止めることができずにいた。
どう考えても、酔っている真澄が気まぐれで自分を口説いているようにしか思えない。
「もう・・・離してください・・・・」
「・・・・ダメだ。帰さないと言ったはずだ。」
真澄は冷たい口調でとそう告げると、熱い息を彼女の首筋にかけながら、首筋に唇を這わせた。
「あっ・・・・」
マヤは体をビクリと反応させ、小さく声をだした。
そのマヤの声に心を支配された真澄は、愛撫を止めることができなくなっていた。
熱を持った唇で首筋をなぞり、時折、熱く湿った舌を僅(わず)かに差し出し、徐々に耳元へと近づけていく。
そして、小さな耳たぶをそっと甘噛みし、マヤがゾクリと肌を震わせたのを確認すると、再び耳元で囁いた。
「愛している・・・」
先ほどと同じ言葉でも、体をなぞられ、熱い愛撫をされながら囁かれた言葉は、とても甘く思える。
マヤは自分の体の中に、今まで感じたことのない激しい興奮が生まれていくのが分かる。
『あ・・・たし・・・・?』
そうしてマヤが呆然としている間に真澄の行為は性急に加速していった。
彼はマヤを支えている両腕の力を少しだけ解き、手のひらでなぞるように彼女の背中、そして腰をまさぐっていく。
マヤは言葉の出し方を忘れてしまったかのように、半開きの唇を少し震わせながら、ただひたすら真澄に身を任せる。
「いやっ!」
真澄がシャツの下へと手のひらを侵入させ、肌に直接触れると、マヤは小さくそう叫んだ。
真澄は全く手を止めようとはせず、もう片方の手もシャツの中へと滑り込ませる。
そして、ゆっくりと背中を撫で回すと 彼女の下着のホックを簡単にはずし、開放された乳房へと手のひらを移動させてきた。
「や・・・ぁっっ・・・」
マヤは叫び声をあげ、真澄の背中へと腕を回し、必死にしがみついた。
思いきり「嫌だ」と拒否して逃げようとすることもできたはずなのに、無意識に真澄の体に腕を回してしまった。
自分は一体、何をしているのだろう?
もっと死ぬ気で力を出せば、真澄をどうにか突き飛ばすこともできたかもしれないのに。
本当に嫌な相手であれば、得意の大声で喚き散らし、誰かを呼ぶことができたのかもしれないのに。
「 ”嫌だ”と言いながら男の背中に腕を回すなんて都合が良すぎるんじゃないか・・・?」
意表をついたマヤの行動に驚きながらも、真澄はクールな口調で言い放った。
「本気でやめて欲しければそんなことはしないだろう・・・?俺も、君が力づくで抵抗すれば断念するかもしれない・・・」
イジワルそうにマヤの耳元で囁く真澄。
実際には、どれほどマヤが抵抗しても行為をやめるつもりなどなかったのだが・・・。
正直、彼女がそんな行動に出るとは思わなかった。
そして、それは真澄の欲望をさらに高めさせてしまった。
彼は まるで獣になったような鋭い目つきでマヤを見下ろし、喉を鳴らしているように見えた。
マヤはビクビクと瞳を泳がせ、体を震わせる。
もう立っていられない・・・・足に力が入らない・・・。
真澄が相手だからこそ、自分が本当にどうしたいのか分からなくなっていく。
「あ・・・んんっ・・・・」
真澄の手のひらが再び白い肌を滑らせると、マヤは思わず声をあげた。
こんな声を出している自分は何をしているのだろう・・・。
「今のうちに覚悟を決めておけ」
真澄は強い口調でそう言いながら、自分とマヤの狭い隙間にある彼女のブラウスのボタンに手をかけた。
『怖い・・・・・』
一瞬、下を向いてボタンと真澄の手に視線を移したマヤは、息を呑みながら再び真澄を恐々と見上げた。
「君のすべては俺の物だ・・・・」
真澄はそう言うと、マヤから視線を外すことなく、ひとつひとつのボタンをゆっくりと外し始めた。
「やっ・・・」
マヤはそれを静止させようと手を出しかかっていたが、彼の手によってボタンは次々と外され、はだけたブラウスは
無理やり肩から下ろされた。
残されている胸元の下着は、後ろのホックが外されているので情けない状態でぶら下がっている。
マヤの頭の中に、溢れるほどの迷いが渦を巻いていく。
・・・ほんの遊び心でからかわれ、相手にされているだけなのではないか・・・
・・・愛していると言ったのは本当なのか・・・
・・・でも・・・彼が相手なら嫌じゃない気持ちがどこかにあるのではないか・・・・?
マヤは言葉にできなかった代わりに、真澄の背中に回した腕を解こうとせず、真澄をまっすぐに見つめたままでいた。
「誰にも渡さない・・・」
真澄はそう言うと、さっと下着の紐を肩から引き下ろした。
「あっっ・・・」
それはマヤが怯(ひる)んで手の力を弱めた瞬間、彼女の腕の辺りで引っかかっていたブラウスと共に床へとはぎ落とされた。
・・・・パサリ・・・
いよいよ視線を背けたマヤは、自分の露(あらわ)になった胸元を隠すように、再び真澄に強くしがみつく。
真澄は、自分の背中にあるマヤの腕の力を 彼女の覚悟だと信じ、理性をすべて消し捨てた。
このまま、欲望に支配されたまま彼女を抱くであろう自分への迷いもすべて・・・・。
そして静かに 震えているマヤの背中を大きな手のひらで何度もなぞりあげ、気持ちを高めていった。
「速水・・・さん・・・・」
・・・消えてしまいそうなマヤの声が闇に響いていた。
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