キャンプだホイ 4



「ああ、おいしかった!ご馳走様でした〜」

楽しい食事が終わると、全員で手分けして片づけが行われ、いそいそとキャンプファイヤーの準備に取り掛かることになった。


桜小路は、”ハートのニンジン紛失事件” の犯人として真澄に疑惑の目を向けていたが、確信がないまま食事を終えたようだ。

そして真澄は、ジロジロとこちらの様子を窺ってくる桜小路を尻目に、満足そうな様子でマヤの隣をキープしていた。

『愚か者め・・・』

・・・そんな事を考えている真澄こそ愚かであるが・・・。



「火がついたぞ〜!!」


団長が叫ぶと、赤々と燃え上がる炎に誰もが釘付けになり、そこを中心に取り囲んで座った。 

当然、並び順は例の通りであり、周りからすれば、何だか ”仲良し3人組” のようにも見える・・・。



「すごい星の数だねえ・・・!!!」

麗の声が響き渡ると、みんな一斉に顔をあげ始めた。

炎の先の空には、こぼれそうなほどの数の星がひしめき合っていて、まるでプラネタリウムのようだ。

「綺麗・・・」

マヤもうっとりと顔を上げたまま無意識に呟く。


・・・そんな彼女の横顔を確認しながら真澄も夜空を見上げると・・・ふっと肩の力が緩んだように癒されるのを感じることができた。


金では決して買えない大切な時間、忙しい生活を忘れるような大自然の中。なかなか、このようにして時間の流れを感じる機会はない。


「都会で汚れた心が洗われるようだな・・・」

思わず真澄の漏らした言葉は、みんなの心に染み渡っていく。

・・・実際にはキャンプに来てまで汚れた心でハートのニンジンなど盗んでいるくせに・・・。


都合の悪い事は棚の上に置き、真澄は以前、紅天女の里でマヤと寝転がって見た星を思い出しては自己満足気に目を潤ませていた。

あの頃はまさか、こんな幸せな日がやってくる事など想像もつかなかったのだ・・・。


『マヤと出会わなければ、こういう小さな幸せに気付く事もなかったのだろう・・・』

彼は隣にいるマヤの存在を心の底から貴重に思い、愛しさで胸がいっぱいになっていた。


『マヤさえいれば、自分の人生は幸せだと言える。 こんな幸福を手に入れたのは奇跡に近い。 毎日、感謝の気持ちを持ち、今までの

汚い心を洗い流すようにして生きて行くのも良いかもしれん・・・』

真澄らしからぬ清らかな思考。これぞ自然のパワーというものであろうか・・・。


・・・ところが、マヤとは反対方向にいる桜小路の嫌なオーラをキャッチした彼は、目を覚ましたようにハッとなった。


『くそーー!!いつまでも邪魔な男だ!!宇宙まで飛んでチリと消えうせろ!』

・・・せっかくの澄んだ心は、ほんの一瞬で怒りの気持ちへと切り替えられてしまったらしい・・・。 


そして、同じく闘志を燃やす桜小路。


『速水社長め!!この夜空はボクとマヤちゃんが肩を並べて眺めるはずだったのに!!』

・・・彼も、相当しつこい男である。



・・・2人が炎のようにメラメラと心を熱くしていると、何度となく不安になっていたマヤが真澄に声をかけてきた。

「速水さん・・・あの明るい星は何かしら?」


「ああ、あれは ”はくちょう座”のデネブだ・・・。前にも教えただろう?」

真澄は、やさしい表情で彼女に返答した。


「そっか・・・あの時見た星と同じなのねっっ!」


パーッと花が咲いたような笑顔になったマヤに、桜小路は険しい表情をしていた。

『ちぇっっ!ボクの知らない話題かよっ・・・』


そして、桜小路の気持ちを察知したのか、真澄は先ほどのソース事件での借りを返すように桜小路に聞こえよがしに言ってやった。


「そうだ、あの時と同じだ。あの時の星も綺麗だったな・・・。忘れられない、あの時を・・・」

”あの時”を強調しすぎて、なんだか俳句のような交通標語のようなセリフであるが、予想通り、隣で会話に入れなくて悔しそうに唇を

噛んでいる桜小路を確認し、嬉しくてたまらない。


そして、マヤと真澄の2人だけの世界に突入するのを防ぐかのように、桜小路は慌てて口を出してきた。


「あの星は”夏の大三角形”の一つなんだよ。”デネブ”っていうのは”しっぽ”という意味だから、はくちょう座のしっぽの部分だね!」

・・・彼は、どうやら事前に星について勉強してきたらしく、かなり得意気に捲し立てた。


「へえ・・・桜小路君も速水社長も星に詳しいなんて知らなかった〜」

麗がそう言うと、2人はバチバチと視線を合わせ、負けるものかと知っている限りの星の知識の勝負が始まった。


「夏の大三角形と言えば、”こと座”と”わし座”だな・・・・」

「ええ、おり姫とひこ星ですね。・・・愛し合っているのに1年に一度しか会えないなんて・・・辛い運命ですね。ボク・・・なんだか気持ちが

わかるな〜」

まるで自分とマヤを当てはめているかのような桜小路のセリフに、真澄はカッとなった。


『バカめ!!とんでもない勘違いヤローだな!お前には、毎日ベッタリと付きまとって片時も離れないような女がお似合いだ!』

真澄はそう考えながら桜小路を睨みつけたが、彼は酔ったような目つきで夜空を見上げ、哀しい目をして呟いた。


「はくちょう座は、大神ゼウスが美しい女レダに恋をし、白鳥に変身して彼女に会いに行ったという神話があるらしいですね。ボクも白鳥に

なって飛んで行きたいナ・・・・」

桜小路はそう呟くと、チラリとマヤに視線を送り、切ない表情になった。

・・・まるでマヤに対する告白のような衝撃的なセリフである。


『なにィィィィィ!!!!!』

真澄は、カーーーッと怒りを込み上げるのを感じていた。


『なにが”白鳥に変身”だ!?・・・お前はガチョウの卵でも温めて寝てろ! もしくはダチョウ倶楽部に加入決定ダ〜ッ!!』

大都芸能の速水真澄とは思えないようなくだらない心の叫びである。


真澄は心を落ち着かせる為に大きく息を吐き出し、震える拳を抑えながら、言葉を続けた。


「わし座も同じだ・・・・。大神ゼウスはガニメテという羊飼いの美少年を奪う為にワシに変身して彼をさらったんだからな・・・」

チラリと桜小路に目を向ける真澄。


『ふふん・・・俺なんて星に関してはプロ級に詳しいんだからな・・・お前なんて直前に調べただけだろう・・・?バカめ!』

自分だって自前にあれこれ調査してキャンプに挑んだくせに・・・。

『くうううっ!速水社長め!!!』

桜小路は悔しくてたまらない。


・・・そしてマヤは・・・・真澄の話した神話に青ざめたような顔で黙り込んでいた。


真澄は深い意味もなく知っている神話を話しただけなのだが、『美少年を奪う』などという言葉と、桜小路に対する鋭い視線に問題が

あったようだ。


『な・・・なんだか2人の世界に入っちゃって・・・嫌だわ!! まるであたしを避けるようにしてマニアックな話ばかりだし・・・!』

彼女は俯き、小さく溜息をつくと、完全に敗北を認めるしかなかった。 


『ああ・・・速水さんと桜小路君って、本当に好きなものが似ているのね・・・。無知なあたしなんかより、話をしていると、きっと楽しいに

違いないわ!!』

・・・マヤは、今回のキャンプで、真澄と桜小路が惹かれあう意味がようやく分かったような気がした。



そして、そんな彼女の勘違いにも気付かず、真澄と桜小路の熱い星の語りはしつこく続けられ、もはや誰も間に入れないほど、2人の

世界を作り出していく・・・。

まるで深みにはまったかのように、くだらない男たちのバトルが彼女を誤解へと導いていくのだった。





「さあ、そろそろ休むとするか!」


団長によって火が消されると、ようやく本日は解散、という段取りになった。


『やれやれ・・・だな・・・』

心の底から大きく息をつく真澄・・・。 フォークダンスなども催されるかと思いきや、予定になくてホッとしていた。

なぜならフォークダンスをする場合、どう考えても桜小路とマヤが手を繋ぐチャンスが巡ってしまうからだ・・・。

こればかりは、さすがに阻止する作戦が浮ばなかったので、胸を撫で下ろしたという訳だ。


『一応、パソコンでフォークダンスの踊り方はマスターしておいたんだが・・・。まあ、いつか役に立つだろう・・・』

真澄は、誰もいない社長室で何度も繰り返して練習したステップが役に立たず、ちょっぴり残念にも思った。 

『この一週間は、仕事関係よりもキャンプ関係のサイトを見ていた時間のほうが長かったナ・・・・・。』

彼が無理やり休日を取り、連日のようにサボりまくったお陰で水城が残業の日々を送っているというのに、全く呑気な思考である・・・。




「じゃあ、おやすみなさい〜」

「おやすみ〜!ゆっくり休もうね〜」

みんなは挨拶を終えると、それぞれのテントに向かって行った・・・・。


まず、女メンバーが全員で寝れる4人用のテント・・・そして、一角獣メンバー用の3人用テントだ。

そしてその隣には桜小路の自分専用のテントがあり、当然、真澄の超高級ブランドのテントも肩を並べている。

ちなみに真澄のテントは、マヤも寝れるように、ちゃっかりと2人用のモノが設置されてた。

しかも、エアーマットまで下に敷き、寝心地は相当に良さそうだ。


『フフフ・・・楽しい夜の始まりだナ・・・』


真澄は鼻歌を歌いながら、マヤに『後で俺のテントにおいで』などと誘いをかけようとウキウキ彼女に近づいて行った。



・・・が、その時!! 

「ああっ!ボクのテントが破れてる〜!!!」

暗闇で桜小路の哀しげな声が響いたのだった。


・・・その声を聞き、みんなで彼のテントを囲むようにして様子を見に行くと、どうした事かテントの一部が激しく破れ、布がダラリと捲れて

いた・・・。


「うわー!ほんとだ! イタズラかなあ・・・?」

「たまにサルが出現して悪さをするって聞いたことあるけど・・・」


みんなが心配そうに声をかけているにも関わらず、真澄は冷ややかな顔で様子を見ていた。

『バカめ・・・きっとサルに同類だと思われてイタズラされたに違いない!お前にテントは必要ないから、その辺で転がって寝てろ・・・』


本当に心の狭い男である。


・・・そんなことを考えていて罰が当たったのだろうか・・・・団長が、思いも寄らぬ提案をしてきた。

「これじゃ使えないから、速水社長のテントで寝かせてもらったらどうかな・・・・広そうだし・・・2人用ですよね?」



『なッ!!!!!!!!!!!!!!!』


・・・真澄は、信じられないような状況でショック死しそうなほどに真っ青になった。

『じょっ!じょっ!ジョーダンじゃないっ!!!嫌だ嫌だ!俺は嫌だ〜!!!!!!!!!!』


真澄だけではなく、桜小路も息を呑んで立ち尽くしていた。

『や、やだよ!速水社長と同じテントなんて・・・!・・・でも、蚊に刺されるのもイヤだしサルも怖いし・・・』


・・・桜小路が黙りこんでいると、周りのみんなは口々に意見を言い始めた。


「うん。それが一番いいかもね。他にテントも余ってないし、この時間じゃ、レンタルコーナーも無理だもんねえ・・・」

「山の天気は変わりやすいから、雨でも降ったら大変だし、そのほうがいいよ・・・」


・・・全員の視線が、真澄と桜小路に集中していた。

・・・もはや、真澄にしても桜小路にとっても、みんなの意見に従うしかない、という状態に陥っていた。

普通の友人同士ならすぐにでも承諾して助け合うと思われるが、彼らは天敵同士。

真澄も桜小路もショックの余り、しばし無言で睨み合う(見つめ合う)状態が続く・・・。


当然、マヤもショックで言葉を失っていた。

『やだわ! やっぱり変!あんなに動揺して見つめ合って! きっと2人とも嬉しくて仕方ないのを隠しているんだわ!!』

・・・何をどう間違えたらそんな思考になるのか・・・。



世の中には、どうしても避けられない災難のような出来事があるのだなあ・・・と、真澄は思った。

”俺は絶対にイヤだ!桜小路が風邪をひこうがサルに食われようが関係ない!今日は俺はマヤと2人でテントでお楽しみなんだ!”

と、言えたらどんなに・・・・。 

仕事絡みであれば、どれほど相手に土下座されても、断る事は断るというのに・・・。

一体、いつから彼は『NOと言えない日本人』になってしまったのであろうか。


真澄は言葉に詰まらせながら立ち尽くしていたが、ふと少し離れた場所から様子を見守っているマヤの視線に気付き、ハッとなった。

彼女は、暗闇の中でまるで呆れたような表情をしているように見えたのだ。


『そうだ・・・確か花見の時も、ついつい桜小路とくだらないバトルをしてしまい、彼女を怒らせてしまったんだ。 今日も、何度か機嫌が

悪くなったのはそのせいなんだ。ここはひとつ、心の広さをアピールしておいたほうが良い。桜小路に恩を着せるのも作戦と言える・・』


真澄は大きく息をついた。 ほんの朝までの辛抱・・・・しかも、眠ってしまえば朝なんて早い。 それだけの我慢でマヤに嫌われず

に済み、桜小路に恩を着せる事ができるのなら、この試練も捨てたもんじゃない・・・と、自分に必死で言い聞かせた。


『・・・・今日の夜のお楽しみは延期になっても、マヤは心の広い俺様に惚れ直し、帰ってから更にラブラブお楽しみだゼッ☆』

真澄は心の整理が付かず、桜小路チックな思考で無理やり自分を納得させていた。


「仕方がない・・・俺のテントで寝かせてやる・・・早く荷物を運べ」

真澄は仕方なく、そう言葉を繋ぎながら、顔を伏せた。 


『速水社長っ? また親切の裏に何かあるのかも????』

『速水さんっ!!!?』


桜小路はフリーズしたまま動こうとせず、マヤも険しい表情でこちらを見ていた。


『しまった・・・!俺とした事が、感情のこもっていないセリフだったのか!?いかん・・・もっとナチュラルに爽やかに誘わないと本性が

バレてしまう!』

真澄は、不機嫌なマヤを安心させるかのように、桜小路に優しい瞳を向けてみた。


「ハハハ・・・なんて顔をしているんだ? 男同士の夜も楽しいじゃないか・・・」

真澄は、意味深な発言をすると強引に桜小路の手を掴み、自分のテントの中に押し込んだ・・・。


「!!!!!」

もちろん、変な意味など全くないに決まっている。

真澄は精一杯に努力し、太川陽介ばりの爽やかな笑顔で偽善者を装ってみたのだ。


ところが・・・・・・・


「よかった・・・わね・・・桜小路君!・・・じゃあ・・・おやすみなさい!!」

・・・すべてを悪いほうに勘違いしたマヤは顔を覆うようにして女テントへと走り去って消えてしまった・・・。


『な・・・なんだよ、マヤ〜!!精一杯頑張ったのに!!やっぱり俺の演技は素人か・・・。』

真澄は、嫌々な気持ちで桜小路に声をかけた事で更に彼女を怒らせてしまったのだと勘違いし、テントの中での桜小路との気まずい

ツーショットに泣きたくなってきた。


そして、桜小路も急に親切になった真澄に怪訝な表情である。


「・・・・・」

「・・・・・・・」


なんだかもう、何もかもが上手くいかず、3人はそれぞれに長い夜を過ごすことになってしまった・・・。




闇に包まれるキャンプ場・・・。

しばらくは近くのテントでの話し声なども聞こえていたのだが、時間と共に静けさが漂い始めていた。

真澄も桜小路も、なかなか寝付けず、会話もないまま同じ空間を過ごしていく・・・。


『くそっ・・・こんな事なら、エアーマットなんて持ってくるんじゃなかった・・・』

真澄は、つくづく後悔していた。

全面に広がった厚みのあるマットは、いくら2人が距離を置いて寝ていても、どちらかが動くたびに振動し、相手の存在を感じて嫌な気分

にさせられる。 本来なら、今頃はマヤとラブラブタイムを過ごしているはずだったのに・・・・。

真澄は、桜小路に聞こえないように何度も溜息をつき、彼に背を向けていた。


一方、桜小路もできるだけ真澄から遠ざかり、背中を向けて目を閉じる。

『なんで世界一嫌いな人とこんな狭い場所で一緒に一夜を過ごさなくちゃいけないんだよっ!!!!!』


仲は悪くとも、心の中で考えていることは同じらしい。


『ハア・・・・・一刻も早く寝てしまおう・・・。そして朝がきて、早くキャンプ場を出て、マヤと2人になるんだ!!』

真澄は楽しい未来を信じ、この過酷な状況を忘れるように思考を続けた。 こんなに長くて辛い夜は、社務所以来かもしれない。


『俺はどうも、アウトドアでの宿泊にツイてないなァ・・・・・・』


・・・彼はあれこれと考え、どうにか心を落ち着かせようとしていると、隣の桜小路がスースーと小さな寝息をたて始めたのに気付いた。


『なっ!!!!・・・・もう寝やがったのか!くっそおおおお!!!』


真澄がなかなか寝付けずイライラを膨張させていると、桜小路の寝息はガーガーといういびきに変わった。


グォォォォォッ〜ゴォォォォォォッ〜

「・・・・・・・・・」

グォォォォォッ〜ゴォォォォォォッ〜

「!!!!!!」

真澄は耐えられなくなり、ガバリと起き上がると桜小路の耳元で忠告した。


「静かにしろっ!」

「・・・・????」

一瞬、目を覚ましたように見えた桜小路だが、すぐまた眠りに落ちたようだ。


そして、真澄が再び自分の位置に戻ろうとした時、桜小路の口からとんでもない言葉が飛び出した。


「うう〜ん・・・・マ・・・ヤちゃん・・・・アハン・・・・」


「!!!!!!!!!!!!」


真澄はその言葉を聞き、史上最大の怒りが込み上げてくるのを感じた。


『桜小路っっっ!!てめええっ!!!俺のテントの敷地内でマヤの夢を見るなんて、ずうずうしいにもほどがある! お前の脳内には

一生マヤは出演禁止なんだよっ! 人の親切を仇で返しやがって!!!!!!!』

・・・本当は親切でも何でもないくせに何を言うのか・・・・。


真澄は怒りの余り、スラリとした長い足で桜小路に蹴りを入れてやった。


ドカッッッッ

「ウッッッッ!!」

桜小路は軽く呻くと、ゴロリと転がってエアーマットの最隅へと追いやられた。

ふんっ、と鼻息を荒くする真澄であるが、桜小路はニヤニヤとしながら呟いた。

「痛いョ・・・・ハハン・・・・・」

・・・どうやら、夢の中でマヤといちゃついているつもりらしい・・・。

それどころか、想像以上に寝相の悪い彼は、ゴロゴロと回転しながら真澄方面にやってきて、お返しとばかりに真澄の胴体に足を乗せ

てきた。

ボスッッッッッ


『なっ!!!!!!!!こいつ!! この俺様に向かって!!!!』

真澄は大沸騰し、思いっきり彼の足を押し離した。


「こうしてやるっ!!!」

真澄は軽く叫びながら再び桜小路を足で押しのけ、大玉転がしのようにしてゴロゴロと隅まで追いやった。 


「う〜ん・・・・・」

寝言でうなされたような声をだす桜小路。

更に真澄は、彼の荷物やリュックを放り投げるようにしてお見舞いしてやった。

ボンッッッ


「フフフ・・・・これでどうだ・・・」

「う〜ん・・・・」

桜小路は荷物の重さで身動きが取れなくなり、少し苦しそうな体勢で眠っているようだった。


「ふう・・・手間をかけさせやがって・・・!!」

ブツブツと呟き、真澄はイライラをぶつけるようにオーバーアクションで体を横たえ、眠る為に目を閉じた。



――そして、ちょうどその頃、彼らのテントの外では、心配で様子をうかがいに来たマヤが呆然と立ち尽くしていた!――


『・・・みんな寝静まっているのに、このテントだけ変な揺れ方して!! さっき速水さんの声がしたわ!”こうしてやる!”とか”これでどう

だ”なんて!! 何をしてるのかしら・・・。 桜小路君も変な声を出して!!』

・・・とんでもない勘違いはエスカレートしていく・・・


マヤが近くいるとも知らず、真澄は桜小路の落ち着きのない手足に耐え切れなくなり、吐き捨てるように叫んだ。

「・・・縛りつけるぞ!!」


その冷ややかな声にフリーズするマヤ・・・。

『速水さん!?!?』


真澄はゴソゴソと手荷物を物色し、何か手足を縛る道具を探し始めた。

彼のセリフといい、怪しげな動きをするテントといい・・・・マヤじゃなくとも疑いをかけたくなるような都合の悪い展開だ。


「よし・・・これを使うか・・・」

真澄は、ガムテープを発見することができたので、それで桜小路の邪魔な両足を固定してやることにした。


ベリッベリッベリッ

「う〜ん・・・・」

「じっとしていろよ!!」

真澄は乱暴そうに言葉を吐き捨てると、黙々と作業を進めていった。

『あああ〜〜、なんで俺がこんな事しなくちゃいけないんだよおおおお!!!』

まさに災難だらけのキャンプに、真澄は身も心もヘトヘトになっていた。



・・・そして、真澄の苦労も知らずに勘違いして立ち尽くしているマヤ。 彼女は、ようやく後ずさりをして動き出した。

『速水さんのバカ!!・・・バカバカッ!!!!』


彼女には、テントの何が行われているのか想像の域を越え、確かめるのも怖くなってしまったらしい。


・・・重苦しい空気を引きずったまま、マヤはボロボロに傷心して自分のテントへと戻っていった。




結局、真澄は睡眠不足のまま翌朝を迎えていた・・・。

苦労したガムテープは長さが足りず、桜小路の寝相の悪さを完全に押さえつけることができなかったのだ。

そして桜小路も、短い睡眠の度に目が開き、うろ覚えではあるが、ぐっすりと眠れなかったことだけを感じていた。


2人は赤い目をしながらノロノロとテントを畳む・・・。 


「お前のせいで寝不足だ・・・」

真澄がそう呟くと、桜小路も反論した。

「ボクだって、何度も起こされた覚えがあります!眠かったのに・・・!」


そんな2人の会話と疲れきった様子に、もはやマヤは無言顔を背けるしかなかった。



「とりあえずキャンプ場を出るか・・・」


少し天候が悪化してきた事もあり、早々とこの場を去ることが決まると、真澄は脱力感でいっぱいになった。 

ようやく帰れると思うと嬉しくてたまらない。・・・テニスでハッスルし、さらに寝不足の体は鉛のように重い。


どうやら桜小路も同じように疲れきっている様子があり、マヤの機嫌も悪いままだ。

・・・行きとはうらはらに、まるで魂の抜けきってしまったような3人は静かに車に乗り込む。




車が動き出すと、ぽつぽつと雨が降り出し、夏の割りに涼しい気温と車内の揺れ具合が眠りを誘っていた。


やがて、桜小路がコクンコクンと首を動かし、眠りモードに突入したのを確認した真澄は、安心したように息をついてマヤに話しかけた。


「なかなか楽しいキャンプだったな・・・」

「・・・・・・・」

返事がないのを不安に思い、真澄は何度か声をかけていった。

「どうした?疲れたのか・・・? 帰ったらすぐに休もう・・か・・(2人きりでナ・・・フフフ)」


「あの・・・・・」

「ん?なんだ?」

マヤは、真澄からそっと視線を外すと、みんなに聞こえないような小声で、申し訳なさそうに呟いた。


「速水さん・・・桜小路君とばっかり仲良くしてて・・・楽しそうで・・・・よかった・・ですね・・・・」

「!!!!!!!!!」

真澄は、予想もしない彼女の言葉に絶句した。


『なっ!なにっ?? 俺と桜小路が仲良く・・・!?何を言っているんだ、マヤは・・・???』


真澄の頭の中で?マークがグルグルと回る中、彼女の言葉は続けられた。

「2人とも、やけにお互いを意識しちゃって・・・・そういう関係だとは前から聞いたことあったけど・・・ショックだった・・・。お花見の時も・・」


「△●×☆!?!!!」


・・・真澄はフリーズして顔を強張らせていたのだが、持ち前の頭の回転の良さで、ようやくすべてを納得させることができた。


『じょっ・・・冗談だろっっっっ?まさか俺と桜小路の仲をマヤに疑われていたなんて!!!!!』


真澄は口に手をあて、今までの状況や何やらを脳内で一致させると、声を大にして言いたいのをグッと押さえ、マヤの耳元で言った。

「そんなワケっっっないだろっ!! 」

興奮のあまり、逆に怪しまれるような動揺を見せ、更に今まで出したこともないような裏声である。


「だって・・・今までだってずっと・・・。それに週刊誌にも噂が・・・」

「バカッ!あんなデマを信じるなんてひどいじゃないか・・・。俺は・・・男には興味ないっ!」

真澄が鼻息を荒くしていると、マヤは目を潤ませながら言った。


「・・・昨日の夜だって・・・テントからゴソゴソ怪しいセリフや音がするの、聞いたんだからっ!」


「なっ!! バカッ! あれは、コイツの寝相が悪くて大変な思いをしていたんだよっ!」

できるだけ小さな声ではあるが、強く反論する真澄。


「ふーん・・・そうなんだあっ・・・。でも、桜小路君にちょっかいばかり出してて、ヘンよっ!今回のキャンプだって、桜小路君が来るって

知って参加したくせに!!」


「そっ・・・それは・・・・」

真澄が言葉を詰まらせていると、マヤはプイッと横を向いてしまった。

真澄は背中から悪い汗が出るのを感じ、必死で思考を巡らせる。


『うう・・・ヤバイ・・・。しかし、こんなとんでもない誤解をされるよりは、すべてを話した方が救われるかもしれん・・・』


真澄は怒っているマヤの手をそっと取ると、できるだけ彼女に寄り添い、周りに聞こえないように細心の注意を払いながら耳元で声を

かけた。


「それは・・・君が・・・・心配だからに決まっている・・・だろう・・・・」

「!!!」

真澄の言葉に、マヤはハッとなった。


「嘘・・・・!?」

「嘘じゃない・・・。桜小路が君に悪さをしないように・・・・・。その為に・・・だよ・・・・」

真澄が精一杯の言葉を吐き出すと、マヤはカーーーーーッと顔を赤らめた。

そして、今までの出来事を思い出し、それがすべて、自分と桜小路の間に割って入るような行動だったことが、おバカなマヤにもようやく

理解できた。


「ご・・・ごめんなさい・・・あたし・・・もしかして・・・変な勘違いだったのかも・・・・」

マヤが微かに体を震わせて泣きそうになっていると、真澄はわざと少し怒ったフリをして、彼女に言った。


「疑われてショックだな・・・。テントでの楽しい夜も過ごせなかった事だし、帰ったら覚悟しておくんだな・・・」

「!!!」

マヤは、それを聞いて更に顔を赤らめると、硬直したまま下を向き、顔をあげることができなくなってしまった。





――5分ほど経過した車内――


『”人生バラ色”とは、このことだな・・・フフフ・・・』

真澄は、まるで人が変わったようにご機嫌な様子である。

まさか、マヤにそんなバカバカしい誤解をされているとも気付かずにいたのだが、これからは無理をして桜小路と仲の良いフリをしなくても

いいのだ、と思うと笑いが止まらない。


『ああ、マヤに嫌われないように無理をしてきたのに、逆効果だった訳か・・・俺とした事が・・・!!』


更に、自分が思っていたよりも、案外マヤが自分の事を想って嫉妬している、という事実がたまらなく嬉しい。 例えその嫉妬の相手が

桜小路でも・・・である。  そういう点では、彼に感謝するべきなのかもしれない。


真澄は、すべての胸の痞えが取れ、安心と共に眠気に襲われ始めていた。


『桜小路のヤローも爆睡してやがるし、俺も少し休むか・・・・』

・・・そう思ったと同時に・・・・・・・・彼はゆっくりと眠りに落ちていった。


腕組みをし、カクンカクンと頭が揺れ、車の振動が心地よいリズムをつけ、ゆらゆらと夢の世界へと導かれていく・・・。

『あら、速水さん、寝ちゃったんだわ・・・』

マヤは真澄の寝顔を愛しそうに確認し、穏やかな笑顔でしばらく彼を見つめていた。


・・・ところが・・・・


熟睡を始めた真澄の体は、大きな車の振動をキッカケに、ダラリと桜小路の肩へと もたれかかった!

「!!!!」

そして、マヤが息を呑んでいるうちに、彼らの頭はピッタリと寄り添い、何とも言えない怪しげなムードを車内に充満させていった。

・・・・それはまるでお花見騒動での”膝枕ツーショット”のように・・・・・


「うわーーー!なんか似合うねえ、この2人!」

誰かが冗談で叫ぶと、車内は大爆笑になった。


・・・マヤは、ようやく落ち着いたはずの心が刺激されるのを感じた・・・。

『・・・やだっ!!違うわよ・・・!違うんだってば!!』

必死になって自分に言い聞かせるマヤ・・・・

彼女は、何度も真澄の体を自分の方へと引き寄せて2人を離そうと努力を続けたのだが、まるで磁石がくっつき合うようにして離れない

2人・・・・。


更にバカな男2人は、相変わらず夢の中でくだらない戦いをしているらしく、ブツブツと寝言を漏らし始めた。


「う〜ん・・・・速水社長ッッ!!」

「桜小路〜〜!!」


2人同時に叫ぶような声が響くと、再び車内は大爆笑の渦となった。


『まさか・・・まさか・・・まさか・・・・ね・・・・???』

まるで山の天気のように不安の雲がかかりやすいのが女心というものだ・・・。




『・・・やっぱり・・・怪しいっっっ!!! 速水さん・・・あたしを信用させるために嘘をついたのかもっっ!!!!』





・・・・彼女の誤解が100%解けるのには、まだしばらく時間がかかりそうである・・・・



おしまい



 

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