楽しい食事が終わると、全員で手分けして片づけが行われ、いそいそとキャンプファイヤーの準備に取り掛かることになった。
そして真澄は、ジロジロとこちらの様子を窺ってくる桜小路を尻目に、満足そうな様子でマヤの隣をキープしていた。 『愚か者め・・・』 ・・・そんな事を考えている真澄こそ愚かであるが・・・。
当然、並び順は例の通りであり、周りからすれば、何だか ”仲良し3人組” のようにも見える・・・。
麗の声が響き渡ると、みんな一斉に顔をあげ始めた。 炎の先の空には、こぼれそうなほどの数の星がひしめき合っていて、まるでプラネタリウムのようだ。 「綺麗・・・」 マヤもうっとりと顔を上げたまま無意識に呟く。
思わず真澄の漏らした言葉は、みんなの心に染み渡っていく。 ・・・実際にはキャンプに来てまで汚れた心でハートのニンジンなど盗んでいるくせに・・・。
あの頃はまさか、こんな幸せな日がやってくる事など想像もつかなかったのだ・・・。
彼は隣にいるマヤの存在を心の底から貴重に思い、愛しさで胸がいっぱいになっていた。
汚い心を洗い流すようにして生きて行くのも良いかもしれん・・・』 真澄らしからぬ清らかな思考。これぞ自然のパワーというものであろうか・・・。
・・・せっかくの澄んだ心は、ほんの一瞬で怒りの気持ちへと切り替えられてしまったらしい・・・。
・・・彼も、相当しつこい男である。
「速水さん・・・あの明るい星は何かしら?」
真澄は、やさしい表情で彼女に返答した。
『ちぇっっ!ボクの知らない話題かよっ・・・』
”あの時”を強調しすぎて、なんだか俳句のような交通標語のようなセリフであるが、予想通り、隣で会話に入れなくて悔しそうに唇を 噛んでいる桜小路を確認し、嬉しくてたまらない。
・・・彼は、どうやら事前に星について勉強してきたらしく、かなり得意気に捲し立てた。
麗がそう言うと、2人はバチバチと視線を合わせ、負けるものかと知っている限りの星の知識の勝負が始まった。
「ええ、おり姫とひこ星ですね。・・・愛し合っているのに1年に一度しか会えないなんて・・・辛い運命ですね。ボク・・・なんだか気持ちが わかるな〜」 まるで自分とマヤを当てはめているかのような桜小路のセリフに、真澄はカッとなった。
真澄はそう考えながら桜小路を睨みつけたが、彼は酔ったような目つきで夜空を見上げ、哀しい目をして呟いた。
なって飛んで行きたいナ・・・・」 桜小路はそう呟くと、チラリとマヤに視線を送り、切ない表情になった。 ・・・まるでマヤに対する告白のような衝撃的なセリフである。
真澄は、カーーーッと怒りを込み上げるのを感じていた。
大都芸能の速水真澄とは思えないようなくだらない心の叫びである。
チラリと桜小路に目を向ける真澄。
自分だって自前にあれこれ調査してキャンプに挑んだくせに・・・。 『くうううっ!速水社長め!!!』 桜小路は悔しくてたまらない。
あったようだ。
彼女は俯き、小さく溜息をつくと、完全に敗北を認めるしかなかった。
違いないわ!!』 ・・・マヤは、今回のキャンプで、真澄と桜小路が惹かれあう意味がようやく分かったような気がした。
世界を作り出していく・・・。 まるで深みにはまったかのように、くだらない男たちのバトルが彼女を誤解へと導いていくのだった。
心の底から大きく息をつく真澄・・・。 フォークダンスなども催されるかと思いきや、予定になくてホッとしていた。 なぜならフォークダンスをする場合、どう考えても桜小路とマヤが手を繋ぐチャンスが巡ってしまうからだ・・・。 こればかりは、さすがに阻止する作戦が浮ばなかったので、胸を撫で下ろしたという訳だ。
真澄は、誰もいない社長室で何度も繰り返して練習したステップが役に立たず、ちょっぴり残念にも思った。 『この一週間は、仕事関係よりもキャンプ関係のサイトを見ていた時間のほうが長かったナ・・・・・。』 彼が無理やり休日を取り、連日のようにサボりまくったお陰で水城が残業の日々を送っているというのに、全く呑気な思考である・・・。
「おやすみ〜!ゆっくり休もうね〜」 みんなは挨拶を終えると、それぞれのテントに向かって行った・・・・。
そしてその隣には桜小路の自分専用のテントがあり、当然、真澄の超高級ブランドのテントも肩を並べている。 ちなみに真澄のテントは、マヤも寝れるように、ちゃっかりと2人用のモノが設置されてた。 しかも、エアーマットまで下に敷き、寝心地は相当に良さそうだ。
「ああっ!ボクのテントが破れてる〜!!!」 暗闇で桜小路の哀しげな声が響いたのだった。
いた・・・。
「たまにサルが出現して悪さをするって聞いたことあるけど・・・」
『バカめ・・・きっとサルに同類だと思われてイタズラされたに違いない!お前にテントは必要ないから、その辺で転がって寝てろ・・・』
「これじゃ使えないから、速水社長のテントで寝かせてもらったらどうかな・・・・広そうだし・・・2人用ですよね?」
『じょっ!じょっ!ジョーダンじゃないっ!!!嫌だ嫌だ!俺は嫌だ〜!!!!!!!!!!』
『や、やだよ!速水社長と同じテントなんて・・・!・・・でも、蚊に刺されるのもイヤだしサルも怖いし・・・』
「山の天気は変わりやすいから、雨でも降ったら大変だし、そのほうがいいよ・・・」
・・・もはや、真澄にしても桜小路にとっても、みんなの意見に従うしかない、という状態に陥っていた。 普通の友人同士ならすぐにでも承諾して助け合うと思われるが、彼らは天敵同士。 真澄も桜小路もショックの余り、しばし無言で睨み合う(見つめ合う)状態が続く・・・。
『やだわ! やっぱり変!あんなに動揺して見つめ合って! きっと2人とも嬉しくて仕方ないのを隠しているんだわ!!』 ・・・何をどう間違えたらそんな思考になるのか・・・。
”俺は絶対にイヤだ!桜小路が風邪をひこうがサルに食われようが関係ない!今日は俺はマヤと2人でテントでお楽しみなんだ!” と、言えたらどんなに・・・・。 仕事絡みであれば、どれほど相手に土下座されても、断る事は断るというのに・・・。 一体、いつから彼は『NOと言えない日本人』になってしまったのであろうか。
彼女は、暗闇の中でまるで呆れたような表情をしているように見えたのだ。
悪くなったのはそのせいなんだ。ここはひとつ、心の広さをアピールしておいたほうが良い。桜小路に恩を着せるのも作戦と言える・・』
に済み、桜小路に恩を着せる事ができるのなら、この試練も捨てたもんじゃない・・・と、自分に必死で言い聞かせた。
真澄は心の整理が付かず、桜小路チックな思考で無理やり自分を納得させていた。
真澄は仕方なく、そう言葉を繋ぎながら、顔を伏せた。
『速水さんっ!!!?』
バレてしまう!』 真澄は、不機嫌なマヤを安心させるかのように、桜小路に優しい瞳を向けてみた。
真澄は、意味深な発言をすると強引に桜小路の手を掴み、自分のテントの中に押し込んだ・・・。
もちろん、変な意味など全くないに決まっている。 真澄は精一杯に努力し、太川陽介ばりの爽やかな笑顔で偽善者を装ってみたのだ。
・・・すべてを悪いほうに勘違いしたマヤは顔を覆うようにして女テントへと走り去って消えてしまった・・・。
真澄は、嫌々な気持ちで桜小路に声をかけた事で更に彼女を怒らせてしまったのだと勘違いし、テントの中での桜小路との気まずい ツーショットに泣きたくなってきた。
「・・・・・・・」
しばらくは近くのテントでの話し声なども聞こえていたのだが、時間と共に静けさが漂い始めていた。 真澄も桜小路も、なかなか寝付けず、会話もないまま同じ空間を過ごしていく・・・。
真澄は、つくづく後悔していた。 全面に広がった厚みのあるマットは、いくら2人が距離を置いて寝ていても、どちらかが動くたびに振動し、相手の存在を感じて嫌な気分 にさせられる。 本来なら、今頃はマヤとラブラブタイムを過ごしているはずだったのに・・・・。 真澄は、桜小路に聞こえないように何度も溜息をつき、彼に背を向けていた。
『なんで世界一嫌いな人とこんな狭い場所で一緒に一夜を過ごさなくちゃいけないんだよっ!!!!!』
真澄は楽しい未来を信じ、この過酷な状況を忘れるように思考を続けた。 こんなに長くて辛い夜は、社務所以来かもしれない。
「・・・・・・・・・」 グォォォォォッ〜ゴォォォォォォッ〜 「!!!!!!」 真澄は耐えられなくなり、ガバリと起き上がると桜小路の耳元で忠告した。
「・・・・????」 一瞬、目を覚ましたように見えた桜小路だが、すぐまた眠りに落ちたようだ。
一生マヤは出演禁止なんだよっ! 人の親切を仇で返しやがって!!!!!!!』 ・・・本当は親切でも何でもないくせに何を言うのか・・・・。
「ウッッッッ!!」 桜小路は軽く呻くと、ゴロリと転がってエアーマットの最隅へと追いやられた。 ふんっ、と鼻息を荒くする真澄であるが、桜小路はニヤニヤとしながら呟いた。 「痛いョ・・・・ハハン・・・・・」 ・・・どうやら、夢の中でマヤといちゃついているつもりらしい・・・。 それどころか、想像以上に寝相の悪い彼は、ゴロゴロと回転しながら真澄方面にやってきて、お返しとばかりに真澄の胴体に足を乗せ てきた。 ボスッッッッッ
真澄は大沸騰し、思いっきり彼の足を押し離した。
真澄は軽く叫びながら再び桜小路を足で押しのけ、大玉転がしのようにしてゴロゴロと隅まで追いやった。
寝言でうなされたような声をだす桜小路。 更に真澄は、彼の荷物やリュックを放り投げるようにしてお見舞いしてやった。 ボンッッッ
「う〜ん・・・・」 桜小路は荷物の重さで身動きが取れなくなり、少し苦しそうな体勢で眠っているようだった。
ブツブツと呟き、真澄はイライラをぶつけるようにオーバーアクションで体を横たえ、眠る為に目を閉じた。
だ”なんて!! 何をしてるのかしら・・・。 桜小路君も変な声を出して!!』 ・・・とんでもない勘違いはエスカレートしていく・・・
「・・・縛りつけるぞ!!」
『速水さん!?!?』
彼のセリフといい、怪しげな動きをするテントといい・・・・マヤじゃなくとも疑いをかけたくなるような都合の悪い展開だ。
真澄は、ガムテープを発見することができたので、それで桜小路の邪魔な両足を固定してやることにした。
「う〜ん・・・・」 「じっとしていろよ!!」 真澄は乱暴そうに言葉を吐き捨てると、黙々と作業を進めていった。 『あああ〜〜、なんで俺がこんな事しなくちゃいけないんだよおおおお!!!』 まさに災難だらけのキャンプに、真澄は身も心もヘトヘトになっていた。
『速水さんのバカ!!・・・バカバカッ!!!!』
苦労したガムテープは長さが足りず、桜小路の寝相の悪さを完全に押さえつけることができなかったのだ。 そして桜小路も、短い睡眠の度に目が開き、うろ覚えではあるが、ぐっすりと眠れなかったことだけを感じていた。
真澄がそう呟くと、桜小路も反論した。 「ボクだって、何度も起こされた覚えがあります!眠かったのに・・・!」
ようやく帰れると思うと嬉しくてたまらない。・・・テニスでハッスルし、さらに寝不足の体は鉛のように重い。
・・・行きとはうらはらに、まるで魂の抜けきってしまったような3人は静かに車に乗り込む。
「・・・・・・・」 返事がないのを不安に思い、真澄は何度か声をかけていった。 「どうした?疲れたのか・・・? 帰ったらすぐに休もう・・か・・(2人きりでナ・・・フフフ)」
「ん?なんだ?」 マヤは、真澄からそっと視線を外すと、みんなに聞こえないような小声で、申し訳なさそうに呟いた。
「!!!!!!!!!」 真澄は、予想もしない彼女の言葉に絶句した。
「2人とも、やけにお互いを意識しちゃって・・・・そういう関係だとは前から聞いたことあったけど・・・ショックだった・・・。お花見の時も・・」
「そんなワケっっっないだろっ!! 」 興奮のあまり、逆に怪しまれるような動揺を見せ、更に今まで出したこともないような裏声である。
「バカッ!あんなデマを信じるなんてひどいじゃないか・・・。俺は・・・男には興味ないっ!」 真澄が鼻息を荒くしていると、マヤは目を潤ませながら言った。
できるだけ小さな声ではあるが、強く反論する真澄。
知って参加したくせに!!」
真澄が言葉を詰まらせていると、マヤはプイッと横を向いてしまった。 真澄は背中から悪い汗が出るのを感じ、必死で思考を巡らせる。
かけた。
「!!!」 真澄の言葉に、マヤはハッとなった。
「嘘じゃない・・・。桜小路が君に悪さをしないように・・・・・。その為に・・・だよ・・・・」 真澄が精一杯の言葉を吐き出すと、マヤはカーーーーーッと顔を赤らめた。 そして、今までの出来事を思い出し、それがすべて、自分と桜小路の間に割って入るような行動だったことが、おバカなマヤにもようやく 理解できた。
マヤが微かに体を震わせて泣きそうになっていると、真澄はわざと少し怒ったフリをして、彼女に言った。
「!!!」 マヤは、それを聞いて更に顔を赤らめると、硬直したまま下を向き、顔をあげることができなくなってしまった。
真澄は、まるで人が変わったようにご機嫌な様子である。 まさか、マヤにそんなバカバカしい誤解をされているとも気付かずにいたのだが、これからは無理をして桜小路と仲の良いフリをしなくても いいのだ、と思うと笑いが止まらない。
桜小路でも・・・である。 そういう点では、彼に感謝するべきなのかもしれない。
・・・そう思ったと同時に・・・・・・・・彼はゆっくりと眠りに落ちていった。
『あら、速水さん、寝ちゃったんだわ・・・』 マヤは真澄の寝顔を愛しそうに確認し、穏やかな笑顔でしばらく彼を見つめていた。
「!!!!」 そして、マヤが息を呑んでいるうちに、彼らの頭はピッタリと寄り添い、何とも言えない怪しげなムードを車内に充満させていった。 ・・・・それはまるでお花見騒動での”膝枕ツーショット”のように・・・・・
誰かが冗談で叫ぶと、車内は大爆笑になった。
『・・・やだっ!!違うわよ・・・!違うんだってば!!』 必死になって自分に言い聞かせるマヤ・・・・ 彼女は、何度も真澄の体を自分の方へと引き寄せて2人を離そうと努力を続けたのだが、まるで磁石がくっつき合うようにして離れない 2人・・・・。
「桜小路〜〜!!」
まるで山の天気のように不安の雲がかかりやすいのが女心というものだ・・・。
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