テニスをする事に決めたのだ。 ・・・なぜなら、乗馬中に真澄と桜小路の戦いがヒートアップし、猛スピードで馬を走らせて競馬状態になったりでもしたら、キャンプ場 から追い出されてしまう可能性が高いからだ。
相変わらず心の狭い真澄はブツブツ言いながらマヤと肩を並べて道を進んでいった。
マヤは、妖精パックの演技指導を受けた時以来、テニスボールを見ると反射的に体をかわしてしまうらしい。
「大丈夫だ。俺が手取り足取り腰取りで教えてやるから・・・」 「ほんと?」 さまざまな不安をかき消すようにして、マヤは真澄の隣にぴったりと寄り添った。
先ほど真澄に忠告された彼ではあるが、もちろん、そんな事で引き下がるわけがないのだ。
『ふん、桜小路め! トンカチひとつ使いこなせないクセにラケットなんて握れるものか!』
相変わらず、バカバカしい勘違いをしているマヤ。
・・・このままでは、楽しいはずのキャンプが激しいバトルになり、悪い方向に進んでしまいそうな雰囲気だからだ。
こんな提案をしてきた。
麗も団長の意図を察したのか、フォローするようにそう言った。 ・・・桜小路と真澄を同じチームにしておけば、なんとか団結ムードで仲良くなれるかもしれないからだ。
『なっ!!なんで俺が桜小路とペアなんだよっ!!』 『速水社長と・・・!? 僕はマヤちゃんとペアがいいのに!!』
大人として、『嫌だ嫌だ!そんな組み合わせは嫌だ〜!』などとワガママを言って暴れるわけにはいかないのが世の常というもの なのだ。
「・・・ああ・・・そうだな・・・」 「あはは・・・楽しみだナ・・・・」 顔に縦線を入れながら、どんよりと暗いムードが広がっていく3人。
はっきり言って全く気が乗らなかったが、あれよと言う間に『一角獣VS大都芸能』の対決がスタートすることになってしまった・・・。 桜小路が前方、真澄が後方を守るというのも自然な成り行きで決まり、そそくさと構える事に・・・。
くらい完成できたのに・・・と悔やんでいた。 『まあいい・・・たかが桜小路のヘボ野郎が活躍するとは思えないからな!』 彼はフフフッと笑みを浮べ、余裕たっぷりの様子である。
真澄が軽快なリズムでラケットの素振りをし、冷ややかにそう言うと桜小路はカッとなり、振り返ってきた。
「!!!!」 桜小路に『若さ』をアピールされ、ムッとする真澄。 「そうか・・・それは結構だ。 俺も『大都芸能の”宗方コーチ”』と呼ばれている男だからな!!」 思わず早口でそんな事を叫んでしまった。 ・・・もちろん、誰もそんな風に真澄を呼ぶ者はいないのだが・・・。
・・・そのスピード感に圧倒され、とても打ち返すことができなかった一角獣チーム・・・。
「カッコイイ!」 見学席からどよめきが起こると、桜小路はクルリと一回転し、『アハン☆』と派手にポーズを決めた。
真澄は体の奥底からメラメラと炎をあげるようにして桜小路に敵意を抱き、強くラケットを構えなおす。 ――2人は同チームでありながらもライバルなのだ――。
麗がそう言葉をかけると、マヤはハラハラとしながらテニスコートを見つめた。
もはや、2人の動きは、ダッタン人の矢よりも、そして妖精パックよりも素早く美しく、情熱的だ・・・・。 『すごい・・・すごいわ!! 仕事以外であんなに真剣な速水さんの顔!!!桜小路君と顔を見合わせながら!!』
隣のテニスコートなどでは、みな楽しくボールの打ち合いをしているというのに、こちらのコートは命がけだ。 真澄も桜小路も、ひとつのミスさえ許さず、確実にボールを打ち返す。 誰もが無理だと思うような打球を見事に受け、少しでも 自分の手柄になるようにボールを追った。
マヤは、真澄と桜小路の団結したムードにも嫉妬し、更に黄色い声でキャーキャーと声援を送る周りの女の子にも不安を感じ始める。
見えない・・・・』 桜小路の影響なのか、微妙にポエマーと化しているマヤ。
『ラストはボクが!!!!』 ・・・同じことを考えながら激しくジャンプする2人。 互いの体は空中で「X」の形で交差し、真澄のラケットで勝敗を決めた。 バシーーーーーーンッッ・・・・・
「おつかれさま〜!!2人ともすごいわっ!!」
「すごいチームプレーというか・・・お互いにフォローしあって、確実にボールを打ち返して・・・。ナイスコンビネーションだ!」 「お花見の時のカラオケのデュエットもすごかったけど、今回の2人の動きにも驚いたぜ〜!」
真澄は上機嫌でマヤに近づいていった。 これほどカッコイイところを見せ付け、マヤはどんな顔をしているのだろうか、などと考え、 顔がにやけてしまう。 『また俺のことを惚れ直してしまったかもな・・・俺ってやつは罪な男だ・・・・フフフ・・・・』
「どうしたんだ?マヤ・・・?約束どおりコーチするよ」 「ううん・・・いい・・・。あたし・・・どうせ桜小路くんみたいに上手くできないし。あたしなんかの練習に付き合っても退屈でしょう?」 「?????」
誘うのをやめた。
意味深なことを考えてニヤリと笑う真澄。 「そうか・・・じゃあ、少し休んでいるよ」 真澄は、自分と同じようにヘトヘトになった桜小路を横目で見ると、マヤにちょっかいを出すことはなさそうだと安心し、彼女のそばを 離れていった。
『・・・やっぱり、あたしより桜小路くんのほうが気が合うのね、きっと・・・。悔しいけど、ほんとに楽しそうだった・・・2人とも・・・』 マヤは、自分よりも桜小路を相手にしてパワーを使い切ってしまった真澄の背中を見つめながら途方に暮れるしかなかった・・・。
真澄は何度も彼女を気にかけて声をかけていたのだが原因は分からず、そのまま夕食の時間突入してしまった。 ・・・火おこしの準備グループと調理のグループで男と女に分かれてしまった為、しばらくはバトルも休止状態だ。 真澄も桜小路も、マヤが関わらなければ無視状態である。 しかし、そういう場面に限ってマヤは見ていない・・・。
少し離れた場所で釣りをしていた団長らが戻ってきた頃、日も暮れて絶好の夕食タイムが近づいてきた。 準備は麗などによって率先して進められ、鍋には大量のカレーが作られたようだ。 ご飯もおいしそうに炊き上がり、組み立て式のテーブルに次々と皿が運ばれ始めた。
テーブルに近づくと、思わずそう声を出す真澄。 以前はカレーといえば、どこかの高級な専門レストランで食べるようなモノだと思っていたが、最近はマヤと一緒に庶民的な味の物 も食べる機会が増え、密かな楽しみであった。
お玉を持った麗がそう声を出すと、みんな、わらわらとテーブルに向かう。 そして、マヤが右端の位置に座ろうとしたのを確認した真澄は、すぐさまその隣へと座った。
心の中でガッツポーズをする真澄。 当然、マヤの向かいを狙った桜小路はダッシュで近づいてきたのだが、真澄は計算通り、強く彼の腕を掴み、自分の左側へと 座らせた。
「!?!?!」 「!!!!!」
『速水さん・・・自分の右側にはあたし、そして左側には桜小路君を・・・。それが一番落ち着くって事なのね・・・!!』 実際、桜小路が悪さをしない為にもそれが一番落ち着く場所ではあるのだが・・・。
麗がそう言うと、みんなクスクスと笑いだす。 「ひどーーい!!切るのは手伝ったのに・・・」 マヤが下を向きながら小さな声でそう言うと、麗は笑いながら言った。 「ごめんごめん・・・。えっと、マヤがニンジンをハート型にしたのが一つあるって言ってたよ。入っていた人はラッキーかもね」 「へえ〜!そうなんだ・・・・おもしろいねっ!当たりの人は、いい事あるかもね!」
『何としてでもハートのニンジンは、この俺様が!!』 『マヤちゃんのハートはボクのものだっ!!』 2人は、まるで 骨董品の鑑定士のように鋭い目つきで皿を傾けている。
『なっ!!!!!!!』
桜小路はゆっくりとスプーンでニンジンを一つ、すくい上げる。 「あ、それだわ・・・あたしが切ったハート・・・ヘタクソだけど・・・」 恥ずかしそうに言うマヤを横目に、桜小路はコサックダンスでも踊り出すのではないかと思うほど浮かれ、満面の笑みで目を キラキラと輝かせた。 「そうかあ♪・・・なんか嬉しいな・・・アハン☆・・・運命を感じるよ・・・」
『許さんっ!!!許さんっ!!! たかがハート型のニンジン一つで浮かれやがって! 俺なんて・・・俺なんて、本物のマヤの ハートを独り占めなんだからなっ! お前なんて・・・お前なんてっ・・・!!』 前向きな思考ながら、微妙に暗いオーラが漂う・・・。
麗が気まずい雰囲気を明るくするようにして大声を出した。 「いただきまーーす!」
桜小路は、突然そう言いながらいきなり立ち上がると、近くにあった自分のリュックから何やら取り出し、マヤへと手渡した。
一瞬の出来事に、真澄はひどく動揺する。
桜小路がそう声をかけると、マヤは驚いて声を出した。 「ええ・・・あの時から? だいぶ前なのに・・・覚えていてくれたんだ、桜小路君・・・ありがと・・・」
『何だよっ!”あの時”だと?何の事だ?俺の知らない話題で盛り上がりやがって!! くそっ!帰ったら聖に調べさせてやる!』
悔しさの余り、うっかり口から言葉が出てきてしまいそうだ。
「ありがとね・・・。やっぱりカレーにはソースがないとね。使わせてもらうね!!」 「喜んでもらえて嬉しいよ・・・フフフ・・・」 桜小路はチラリと真澄に視線を移し、勝ち誇った笑顔になっていた。
無農薬野菜を作る為の畑を手配だ・・・・!何なら、この山で・・・!!』 真澄は、まるで負け犬のように心の中で吠えるしかなかった。
付き返してやった。 本当は、マヤがそうするのなら自分もソースをかけてみたい気持ちがあったが、なんだか桜小路に借りるというのが悔しくて できなかった。 以前にも、家でマヤがカレーにソースをかけるのを見て、少し馬鹿にしてしまったこともあったし・・・。
『くそう・・・・おもしろくないぞ!!』
真澄は、わざとらしく左手を派手に動かし、ソースを持つ桜小路の右手をふらつかせた。
一瞬でソースがドボンとカレーの皿に落下する・・・。 「ああああっ!!」 真澄以外の全員が息を呑んでいるうちに、桜小路のカレー皿はソースの海になっていた。
泣きそうな顔の桜小路。 ようやくソースのボトルをカレー皿から抜き出したが、その間にもドボドボとソースがかかる。
「おっと・・・カレーよりも、ソースの方が多そうだな・・・。少し取り分けして処分したほうがよさそうだ・・・」 彼はサッと自分のスプーンを彼の皿に移動させ、近くの取り皿へとソースをよけてやった。
みんなが口々にそう言い、再びマヤは瞳孔を開いて視線を泳がす。 『冷血漢の鬼社長で通っている速水さんが、あんなに桜小路君に親切に!!!』
『速水社長・・・・急にボクに親切に!!?』
真澄は数回、同じ作業を繰り返すと、隙を狙って、まんまとハートのニンジンを盗み、自分の皿へと移動させたのだ! 恐るべし速水真澄!! 彼は目標を達成するためには手段も選ばない冷血な男なのだ!
麗が声をかける。 「うん・・・。 あ・・・・ありがとうございます、速水・・・社長・・・」 ちょっと悔しそうに真澄に礼を言いながら、桜小路はようやくスプーンを動かし始めた。
味わっていた。
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