まーくんがゆく
〜written by YOYO〜
オレの名前は『まーくん』という。年齢5ヶ月身長10センチ。
こげ茶と白の素敵な毛並みの…ゴールデンハムスターなんだ。
まーくんという名前は、2週間前に新しいご主人様が付けてくれた。
名前の由来はよく知らない。
オレはそもそも亜弓ちゃんの家にいた。オレのお母さんのご主人様が亜弓ちゃんだったから。
でも、オレにはいっぱい兄弟がいて、その中でも毛並みの良いオレが亜弓ちゃんのお友達にもらわれることになったんだ。
亜弓ちゃんはオレをお仕事の場所に連れて行って、新しいご主人様に紹介してくれた。
「ね、かわいいでしょう。最近始めた一人暮らしの慰めになってくれるわよ。」
「わあっ!ありがとう!ホントにかわいいっ!!ね、今日からあたしのおうちで一緒に暮らそうねっ。」
そう言って、大きな目をキラキラさせて僕を暖かな手で包んでくれたご主人様を、オレはすっかり気に入ってしまった。
…ふっ…。一目惚れってやつだな。
オレの心の恋人でもあるご主人様の名前は、北島マヤという。
それから2週間。オレはマヤちゃんとずっと一緒だ。
オレの仲間たちはストレスに弱くて外出もままならないヤツらが多いけど、オレはそんなにひ弱じゃない。
ていうか、ずっとマヤちゃんと一緒にいるほうが幸せなんだ。だから、連れて行ってもらえるお仕事の時は、一緒に行っている。
マヤちゃんは、なかなか不器用らしい。
オレの家…つまりゲージの中にプラスチックチップを敷こうとしては、部屋中にまき散らしたり、
餌を容器に入れようとしては、こぼして踏んづけたり、毎日大変なことになっている。
でも、ちゃんとオレの家の掃除もしてくれるし、餌も固形飼料以外にも、ちゃんと果物や野菜もくれる。
そして、ときどき大好物のひまわりの種もくれるんだ。
マヤちゃんは結構お仕事で忙しい。
お仕事は亜弓ちゃんと同じ『じょゆう』らしい。『じょゆう』というのは、んー、つまり別人になること…かな。
自分とは別の人間のようになって、泣いたり笑ったりして、人に喜んで貰うお仕事。
オレにはよく分からないけど、でも、お仕事をしている時のマヤちゃんは、いつものマヤちゃんと違う。
時には、恋する女になったり、姫になったり、かと思うと、この前は遊郭の女郎になったりしていた。
オレはそれをドキドキしながら見ている。
いつもの小さくて(オレが言うな?)、ドジなマヤちゃんが、体中からオーラを出している様は、圧巻だ。
すごいよ、マヤちゃん。
家でも良く、いっぱい字の書いた本をブツブツ言いながら読んでは、鏡の前で大きな声を出していたりする。
オレはそんなマヤちゃんのそばでじっとして、静かに見守っている。
夜行性のオレが夜、元気に遊んでいると、マヤちゃんも一緒に遊んでくれる。この時間がオレの至福の時。
マヤちゃんの手の中や、肩や首の回りを走ったり…。
「まーくん、ずっと一緒にいようね〜。だいすき〜。」
そう言って、マヤちゃんは時々オレに、そのかわいい唇でチュウをしてくれる。最高の笑顔だよっ!
ヤッター!オレのマヤちゃんだーーっ!!
…でも、ちょっと心配…。
だって、そう言ってチュウをしてくれた後、とっても寂しそうな顔になる時があるんだ。
どうして、そんな顔をするんだろう。オレはずっと一緒にいるのに。
「今日のお仕事は、打ち合わせなの。社長さんと。一緒にくる?」
オレは行けるところはどこでも付いていく。お出かけ用のゲージにさくっと移動した。
地下鉄に乗って着いたところは、でっかいビル。
マヤちゃんは受付のお姉さんに、ちょっと会釈してエレベータに乗って最上階のボタンを押した。
「まあ、マヤちゃんお久しぶりね。お仕事もがんばってるみたいだし、元気そうでなによりだわ。」
「こんにちは、水城さん。…あの、実はこの子…。」
そう言ってオレのいるゲージをちょっと持ち上げて見せた。
「あの、打ち合わせの邪魔にはならないんで、連れて来ちゃったんですけど、社長室の中にも連れて行っていいですよね…?」
「まあ、かわいいハムスター。マヤちゃんが飼っているの?毎日忙しいでしょうに、お世話大丈夫?」
「はい。この子のお世話するのが楽しいんです。ずっと一緒にいたくって、お仕事にも時々こうして連れて来ちゃうんですけど。」
水城…という髪の長いお姉さんは、オレをニコニコ見ながら「中に入れても平気よ。」と言って、
部屋の奥の重そうなドアをノックして開けて、マヤちゃんを招き入れた。
この人は味方だな。
「マヤちゃん、いらっしゃいましたわ。ただいまコーヒーと、紅茶入れて参りますわね。」
そう言って、水城のお姉さんは出て行った。
マヤちゃんは、なんだか所在なさそうにその場に立っていた。
すると、部屋の奥の大きな机に座っていた男の人が立ち上がって、微笑みながらこっちに向かって歩いてきた。
「やあ、ちびちゃん。元気だったか?」
なんだ、この男は…?なれなれしい…。オレのマヤちゃんに。だれ?この人?この人が社長なの?
…マヤちゃん?マヤちゃんの表情が読みとれないよ。笑っているの?泣いているの?
「元気…です。ちゃんと、仕事もやっています。」
「そのようだ。今度のドラマも調子いいらしいね。…立っていないで座りなさい。」
マヤちゃんは、まるで吸い寄せられるようにその人の前のソファに座った。ねえ、どうしちゃったの?
『社長』は、ふっ…と笑うと
「ところで、ちびちゃんが連れている、もっと小さなちびちゃんはなんだい?ハムスターか?」
マヤちゃんは初めて気が付いたようにオレを見詰めて小さな声を出した。
「あの、飼っているんです。大好きだから…、ずっと一緒にいたいから、周りのご迷惑にならない時は、
こうして連れてきてるんです…。ご迷惑じゃないですか?」
「いや…、べつに大丈夫だよ…。これはオスか?」
「え?あ、はい。オスです。」
大丈夫だよ、と言うわりには、ちょっと眉間にしわが寄っているじゃないか。
ふっふ…、オスか?なんて確かめちゃってさ、『大好きだから』なんて聞いちゃって、嫉妬してんじゃないのか?
おまえ、ずばり、マヤちゃんのことが好きだろ? 残念だったな。マヤちゃんは、オレのことが大好きなんだよ〜。
「なかなか、かわいいじゃないか…。こうして顔をぐしぐしする仕草は、君が泣いている時とそっくりだ。」
「もうっ、速水さんっ!」
そう言って、ハヤミサンは大笑いしている。
からかわれて怒っているかと思ったマヤちゃんは、なんだか嬉しそうに一緒になって笑ってるし…。
ハヤミサン…、要注意人物だな。
マヤちゃんは、オレをゲージから出して手の上に乗せた。
「こうしていると落ち着くんです。ハムスターって超音波でお話するんですって。その超音波が癒しになるらしいですけど、
でも、それよりも、こうして一緒にいてくれて、それだけで嬉しいんです。」
「ちびちゃん…。」
マヤちゃんは、オレをハヤミサンに差し出して、
「ちょっと触ってみますか?」
と言った。
いやだよ!あいつの手の中になんて行きたくないよっ!…くっそ〜。こういう時、小さいって不利だな〜。
あっという間に、あいつのでかい手の中に収まってしまった。マヤちゃんの小さくて、可憐な手とは大違いだ。
オレは逃げ出すために、あいつの長い指をキュっと噛んだ。
「うっ!」
「まーくん!噛んじゃだめっ!!」
「真澄様!どうかなさいましたかっ?」
あいつが小さく呻いた直後、立ち上がったマヤちゃんと、ドリンクを運んできた水城のお姉さんが声を出したのは、
ほぼ同時だったと思う。
「まーくん?」
あいつがつぶやく。
「真澄様…?」
オレがつぶやく(超音波で)。
「噛まれましたの?まあ、消毒薬とカットバンお持ちいたしますわ。」
そう言って、水城のお姉さんはドアを出て行く。
マヤちゃんは、下唇を噛んで真っ赤な顔をして、オレを手の中に隠すようにして下を向いていた。
「ちびちゃん…、もしかして、まーくんって名前は…。まさか…。」
マヤちゃん…、もしかして、まーくんってオレの名前は、あいつの名前から付けたの…?
いよいよ泣きそうな顔になったマヤちゃんは、首をぶんぶん振りながら、
「…ち、ちがいますっ!速水さんのお名前からつけたんじゃありませんっ!絶対…ちがい…ます…!」
と、必死に否定した。
…でも、それじゃ認めているのと一緒だよ…。マヤちゃん。
「相変わらず、君は嘘がへただな…ちびちゃん…。だけど…なぜ、俺の名前から…?」
マヤちゃんは、少しの間、下を向いたまま黙っていたけれど、顎を挙げて、あいつの顔を睨むようにして言った。
「言わないとわかりませかっ?…だって、こんなに好きなのに!…だけど、速水さん婚約しているし…、
絶対に女優と社長って関係以上にはなれないってわかっているから、ずっと一緒になんていられるわけないから…、だから…。」
もう、涙と一緒に言葉をぽろぽろとこぼして、そして、マヤちゃんはソファに座り込んだ。
マヤちゃん…、あいつのこと好きなの?そんなに泣くほど好きなんだ…。
あいつは、マヤちゃんの隣に座ると、そっと肩を抱き締めた。
なんだよっ!おまえ、婚約してるんじゃないのかよっ!中途半端な優しさは、かえって残酷なんだぞっ!!
おまえもマヤちゃんのこと好きなのは、オレは知ってるけどっ、でも、許さないぞっ!
「昨日…、紫織さんとは婚約解消が成立した。」
マヤちゃんが驚いて顔を上げた。あいつは、マヤちゃんの長い黒髪を撫でながら、大きな潤んだ瞳を優しく見詰めて言った。
「君を…君を愛しているから…、紫織さんと結婚するわけにはいかなくなったんだ。」
「…ま…さか…。」
「本当だよ…。…それに、俺だって今、かなり驚いているんだ…。君の告白を聞いてね…。」
「速水さ…ん…。」
あいつは、マヤちゃんを愛おしそうに抱き締めると、マヤちゃんも嬉しそうに両腕をあいつの背中に回した。
オレは、ソファの背もたれに座りながら、その様子をじっと見ていた…。
ふーーーーーーーーーん。そゆことなわけね。
ふっ…。まあ、よかったじゃないか…。マヤちゃん。(オレって寛大…。)
なにしろ、寂しそうなマヤちゃんを見るのは、オレだって辛いからさ。マヤちゃんが幸せなのが一番だよ…。
だ・け・ど〜。マヤちゃんが、オレのご主人様であり、心の恋人であることには変わりないんだからな!
ふっふっふ、おまえ、まだマヤちゃんとチュウしたこと無いだろう?オレなんて、ほぼ毎日だぜっ!
「…ちびちゃん…。なんだか、このまーくんに、さっきから挑戦的な目で睨まれているような気がするんだが…。」
「え…?まさか〜。かわいい、つぶらな瞳じゃないですか〜。」
オレのマヤちゃーん!!!
オレは、あいつの目の前でマヤちゃん飛びついて、その唇にチュウをした♪
FIN
|