この作品は10万ヒット記念キリリク・・・その1です

10万ヒットを記念して「宝くじで10万当たったマヤちゃんは・・・?」とういうキリリクを頂いて書いたお話です




幸運の女神



6月のある日・・・



「うそっ・・・・・当たった・・・当たってる!!!」

そう叫んだマヤの大声は、住み慣れたアパート全室に響き渡るほどの絶叫に近かった。


そこへ、キッチンにいた麗が手早く流し台の洗い物から離れ、エプロンでゴシゴシと手を拭きながら彼女の

元へとやってくる。


「当たってるって? 何かの間違いじゃないのかい?」


半信半疑の彼女をよそに、マヤは興奮気味な勢いで即答する。



「何度も見たよ!!・・・・組は違うけど・・・・組違い賞??10万円・・・・・??」


目を見開いた麗は、震える手で新聞を持つマヤから新聞をひったくり、彼女が手にしていた宝くじと交互に

視線を移動させた。




宝くじ・・・・・・そう、実はマヤは、生まれて初めて買った宝くじを当ててしまったらしいのだ。

稽古帰りに偶然立ち寄った売り場で、仲間に勧められてほんの1枚購入しただけなのに・・・。


・・・もうすぐ最愛の人である速水真澄との結婚を控えている彼女。 もしかしたら、彼女の人生の運気は

今、絶好調なのかもしれない。


「すごい・・・ほんとに当たってるよ・・・10万円・・・!! マヤ・・・あんた、すごいよ!」

麗は動揺しながら声を絞り出し、ぐしゃぐしゃとマヤの頭を引っかき回した。


「ど・・・どーーしよ、麗!!」

マヤはこぼれそうな大きな瞳を左右に泳がせ、麗のエプロンを軽く掴んできた。



「・・・・・・マヤ・・・・」


麗は、そんな彼女の仕草を見下ろし、溜息まじりで息をつく。


とてもじゃないけど大都芸能の社長と結婚が決まっているなどと思えないようなマヤの素振りが気になったのだ。

親代わりのように面倒を見てきた麗としては、とてつもなく心配になってくる。


「・・・どうしようって・・・? たかが10万円だろう? そりゃあ、あたし達にしてみたら大金だけど、もうすぐ

速水家に嫁ぐアンタにしてみたら、なんでもない金額じゃないか・・・もっと堂々としなよっ」

「・・・・」

嫌味ではなく、余りに消極的なマヤに少し気合を入れさせるような、そんな気持ちの彼女の言葉であった。


しかしマヤは、相変わらずモジモジと下を向き、今度はスカートの裾を摘みながらブツブツと声を出す。

「う・・ん・・・そう・・かな?・・・せっかくだし、みんなでご飯でも食べに行こうか?」

しどろもどろと提案をした彼女に向かって麗はゆっくりと首を横に振った。


「ダメだよ・・・アンタが当てたんだし・・・。10万あれば、あれこれ買えるし、好きなものを買うといいよ。

あ、それより、貯金も大事かもね。 結婚後も、やっぱり自分だけのお金は大事だよ・・・。

何があるか分からないし。うん、そうしな! これは、大事に使うべきだよ・・・。あたしもしばらくしたらこの部屋を

出るつもりだし。帰って来る場所はないかもしれないんだよ。」


麗はそう言うと、やりかけの皿洗いをする為に立ち上がり、サッとキッチンへと向かってしまった。


突き放したような彼女の言葉は、寂しさの裏返しともいえる。 心の奥底では、いつでも何かがあれば助けて

あげるつもりでいるのだろう。 しかし、『いつでも帰っておいで』なとという中途半端な言葉をかけるべきでないと

彼女は心を鬼にしているのだ。





ザーザーと水を流す音が流れ、ポツンと ちゃぶ台を前にして座り込んだまま、マヤは唇を噛み締めた。

「自分だけのお金、か・・・」

そして、もう一度新聞に視線を移し、自分の手にしている宝くじと見比べてみる。 



『10万円・・・・』


・・・動揺はおさまる気配がなかった・・・。




たかが10万円でこれほどドキドキと動揺してしまう・・・・・そんな自分が、もうすぐ大都芸能の社長である真澄と

結婚するという事実が、急にとても違和感があるように思えてくる。 もちろん、そんな思いは幾度となく

思い知らされたものの、このように物質的なものをきっかけに考えさせられたことはなかったかもしれない。

それとも、時期が時期だけに、くだらない事が不安に思えるのだろうか・・・。 


『速水さんのお財布には、いつも普通に入っている金額なんだもんね・・・。そうだ・・・野外公演のチャリティーでも

万札の束を簡単に寄付してくれて。 

速水さん、このこと知ったら、あたしに何て言うんだろ?

普通に「そうか」って・・・それだけかな。・・・もしも速水さんみたいなお金もちじゃない人が相手なら・・・・・?』


マヤは、住み慣れたボロアパートの壁を見渡し、近くを通る車の音やら雑音を耳にしながら、ぼんやりといろいろな

ことを考え出していた。 結婚式が近づくにつれ、何か目に見えない戸惑いが押し寄せ、自分が変わってしまう事

が怖くなっていた。 

今、こんな風に当選した宝くじを目の前にして動揺している自分は、いつか過去の知らない自分になってしまうのだろうか。 

それが大都芸能の社長夫人になるということなのだろうか・・・。




「マヤ! 明日は休みだろう? 昼間に、一緒に換金に行ってあげるよ。アンタ一人じゃ不安だろう?

それとも速水さんと行くかい?」

麗が大きな声で声をかけてきたので、マヤはハッと正気になった。


「あ・・・麗・・・一緒に行ってくれる? お願い・・・」


マヤのよく通る声は雑音を押しのけ、麗に伝えられた。

どこか、不安を抱え込んだような、見えない何かと共に・・・。


「わかったよ、じゃあ、明日行こう・・・。新聞、管理人さんにちゃんと返しておきなよ!」

「うん・・・・」



新聞さえも贅沢だと思っているような暮らしの今・・・。 みんなで肩を寄せ合って生きてきたこの空間。

もうすぐこんな日々も幻になってしまう・・・・。


結婚式まであと2週間を切っていた・・・

翌日・・・


「社長! マヤちゃんがいらっしゃいましたわ」

水城はにっこりと笑顔でマヤを誘導し、仕事に追われている真澄に声をかけた。

「ああ、ありがとう。   やあ、マヤ・・・悪いが、少しそこに腰掛けていてくれ・・・」

「あ、はい・・・・」


・・・マヤは麗と宝くじの換金後、大都芸能を訪れ、社長室へとやって来ていたのだった。


「マヤちゃん、今、紅茶でも入れてくるわね」

水城がそう言い残して部屋を後にすると、静まり返った社長室で真澄と2人きりになり、胸が高鳴るような

気持ちが止まらなくなっていた。


好きで好きでたまらない彼がすぐそこにいる。  真剣に書類に向かっている真澄の動きを目で追い、彼のまつ毛の長さや

ちょっとした仕草のひとつひとつにときめいてしまう・・・。

『ああ・・・やっぱり、この人が大好きだ・・・・』

心臓が締め付けられそうになるほどにそう思った。 互いの気持ちが通じ合ってから、もうずいぶん経つはずなのに、

想いをセーブすることができず、会うたびに加速しているようにさえ思う。


「すまない・・・もう少ししたら片付きそうなんだ。せっかくのオフなのに、休みを合わせられなかったな」

真澄が忙しそうに書類を次々と手にしながらそう声をかけると、マヤはブンブンと首を振った。


「ううん・・・あたしも用事があって・・・今さっき終わらせてきたから・・・」

何となく意味深にそう言った言葉を、真澄は聞き逃さなかった。 

滑らかな動作でスッ、と書類から僅かに視線を外し、軽く咳払いをする。


「・・・そうか・・・・どこに行っていたんだ?」

少し冷ややかに聞こえる真澄の声に、マヤは息を呑む。 別にやましい事をしていたわけではないが、ギクリとした顔つきが

真澄に容赦なく伝わる。

「ん?・・・俺の婚約者様は、コソコソと悪いことでもしていたのかな?」

真澄はいつも通りに余裕な顔で話を聞きだそうとしているようだった。

それでもマヤが何を言い出すのか、しっかりと耳を傾けている様子がよく分かった。


「あの・・・実は・・・・その・・・宝くじが・・・・
当たって・・・」

「ん?何だって? 声が小さくてよく聞こえないが・・・・」

「た・・・宝くじが当たったの! じゅ・・・10万円・・・・・」


マヤが声を大きくすると、真澄は一瞬、書類を持つ手の動きを止め、彼女に顔を向けた。


「それで・・・換金に行ってきちゃった・・・。今・・・あたし・・・ちょっとお金持ち・・・エヘヘ・・・」

真澄は、マヤの言葉を聞き、クックックッと声を出して笑った。


「なっ!!何がおかしいんですかっ??」

「いや・・・なんでもない・・・。10万円か・・・・それを換金して財布に入れて、どんな顔をしてここまで歩いてきた?

君の事だから、”大金を持ってます!”って顔に書いたような表情でカバンを抱えて歩いてきたんじゃないのか?

・・・気をつけないとダメじゃないか。あまり心配させないでくれ・・・」

真澄は笑いながらも、後半はしっかりとマヤの身を思い、真面目な顔つきでそう言ったのだった。


「大丈夫ですっ! たかが10万円だしっ・・・・」

そう言葉にしながらも声を震わせているマヤがいた。 


真澄には、彼女が無理をして「たかが10万!」などと吐き捨てた姿が可愛くてたまらない。

また吹き出して笑いそうになるのをなんとか堪える。

そして軽く息を吐き出すと、眩しいほどのやさしい眼差しで彼女に視線を向けた。


「・・・どうするんだ? 使うつもりなのか・・・? 貯金でもしておいたほうがいいんじゃないのか?」

真澄はそう告げると、静かにタバコを取り出し、カチリとライターで火をつけた。


「速水さん・・・・速水さんもそう言うんだ・・・。 ・・・あたし、いろいろ考えてパーっと使おうかと思ったのに!」

顔を赤らめながら、なんだか無性にムキになってしまうのはどうしてだろう。 ああ、なんだかいつもこういう

パターンなのだ・・・。いつまでも子ども扱いされているようで、なんとなくカチンときてしまう。


「パーっと使うのか・・・それもいいんじゃないか? 何を買うんだ?教えてくれ・・・」

真澄は興味津々という表情で尋ねていた。 彼女がムキになってあれこれ言うのも、すっかり慣れている。


「それは・・・いろいろあります・・・。 服・・・とか、カバンとか・・・化粧品も・・・」

なんだか、無理やり取ってつけたような品々を言葉に出すマヤ。

実際、買い物をしていて「いいなあ」と思う物は山ほどある。ただ、真澄に伝えて買ってもらうほどでもなかったり、

食費を削ってまで買うわけにいかないような物だ。 

誰にも気兼ねせず、この10万円で買ってみたい気持ちがあった。 大都芸能の社長である真澄と結婚するのだから、

それくらい平気でできなくちゃ・・・・・。


真澄は真面目な顔でじっくりと耳を傾け、一気にタバコをもみ消すと、おもむろに立ち上がった。


「よし! じゃあ、君の10万円の使いっぷりを拝見させてもらおう。買い物だ!」

真澄はそう言い、サッとスーツのジャケットに腕を通すと、あっと言う間にマヤのそばへとやってきた。


「え?で・・・でも・・・水城さん・・・・」

「気にするな。こんなことは多々ある。 さあ、行くぞ」

「えっ?あの・・・・」

「ほらっ!」


こうして真澄は強引にマヤの手を取り、2人揃って社長室を後にしたのだった。


真澄は携帯で水城に連絡を入れると、運転手にデパートに向かうように指示し、マヤと共に後部座席に乗り込んだ。


「デパートなら何でも揃うだろう?」

「え・・・あ・・・はい・・・」

もたもたと返事をするマヤは、気まずそうにキョロキョロと周りを見渡し、顔を伏せていた。


何度か乗せてもらった高級車のドアガラスに自分と真澄の姿が映り、あまりにも不釣合いで、ふいに情けない

気持ちになっていたのだ。  

今にして始まった事ではなく、2人の婚約については、数え切れないほどの中傷の記事を目にしてきた。 

自分でも、似合わない事は良く分かっている・・・。

不釣合いなことは、自分が一番よく知っている・・・。


「・・・・・マヤ・・・・?」


彼女の気持ちを察してくれたのだろうか・・・・真澄は何も尋ねて来なかったが、その代わりにそっと彼女の手に

自分の手を重ねてきた。 

・・・まるですべてを気持ちを包み込むかのように・・・・。


マヤの手はすっぽりと隠れてしまうほど彼の手のひらは大きく、そのぬくもりが体の芯まで届くようで、思わず動悸が

激しくなってしまう。 呼吸の仕方を忘れてしまい、息ができなくなるほど苦しくなる。

ドキン、ドキン、ドキン・・・・・

『やだ・・・心臓の音、聞こえちゃうかもっ・・・・』


真澄はそんな彼女を横目で見ながら、愛しさの余りに口元を緩め、彼女を怒らせないように笑いを堪えるのに必死であった。 


長い年月、ずっと想い続けた彼女が今、隣にいる。 

2週間後には自分の花嫁となることが決まっている・・・。 

きっと、彼女を失ってしまったら、確実に自分は生きていられないだろう、と思う・・・。

誰よりも愛している・・・・・。


繋いだ手のひらから、真澄の溢れる想いは確実にマヤへと伝わっていく。

『速水さん・・・・・』

マヤの心の隙間に、真澄の愛情の欠片がやさしく降り積もっていく。




2人の温かい空気を乗せ、車は渋滞の道を静かに進んでいった。








ようやく到着したデパート・・・


平日の夕方過ぎということで、ほとんどの客が地下へと流れ込んでいるようで、ファッションフロアーなどは

比較的空いている状態だった。


「さあ、何から買いあさるおつもりですか?お嬢さん・・・・」

「む・・・・・・・・っ」

『もうっ・・・またバカにしたような言い方でっ!!』


まるで試されているかのように感じたマヤは、勢いで無理やりブランドの服などを手に取っていたのだが・・・。

「いらっしゃいませ・・・」

スタイルの良い、おしゃれな店員に声をかけられ、一瞬、後ずさりしてしまった。


普段は通り過ぎるだけで精一杯の、高そうな店だ・・・。

息を飲み込む・・・。

それでも、意気込んで来た手前、後には引けない・・・。

マヤは、息を止めるほどに緊張しながら、服を物色していくことになった。


店員はモデルのように美しく、原色をベースにした派手な色とスカーフを身につけ、高さのあるハイヒールをコツコツと慣らして

後をついてきた。 

そして、その度に色気のある香水の香りが広がり、鼻をくすぐる。

『同じ服をあたしが着ても、きっと似合わないだろう・・・』

そんな思考が頭をかすめる。 そして、その店員と真澄が同じ視界に入ると、なんだかとても似合っているように思え、

悲しくなる。

『なんでこんなにマイナス思考なんだろ・・・・もう、やだ・・・・あたし・・・』


そんな風に暗い気持ちになっているマヤに、横から真澄が口を出した。

「君は白が似合うと思うが・・・・」

真澄はさっと高い位置にあった白いワンピースを手にし、彼女に手渡してきた。



「あ・・・・・・素敵・・・・」

店員と真澄の視線を気にしながらも、マヤはそう小さく声を出す。

飾り気のない、限りなく白に近いコットン素材のシンプルなものであるが、マヤの目にも魅力的に映っていた。

「着てみるといい・・・」 

マヤは試着を勧められ、店員にも押されるようにして試着室へと急ぐことになった。


『あたしには派手な色は似合わないのかな・・・』

美しい店員のファッションと違いすぎ、溜息をつきながらワンピースを身につける・・・・。




「あの・・・着てみました・・・・」


・・・試着室から輝かしい姿で出てきたマヤに、真澄はすぐに目を奪われ、釘付けになった。

それはとても夏らしく、彼女の華奢な体にぴったりのシルエットを作り出していたのだったのだ。

何も色がつけられず、派手な飾りがなくとも、その純粋なカラーとマヤのイメージがあまりにもぴったりすぎる位だった。


「似合うぞ。それは決まりだな。 ・・・君!これを包んで1階のサービスカウンターに回してくれ」

真澄が店員に指示をする。

「はい、かしこまりました」

「・・・・・・?」

マヤが怪訝そうな顔をしていると、真澄はフッと笑いながら彼女を見下ろしていた。

「一度で支払いできるように頼んでおいたよ。荷物もすべて一緒に受け取れば買い物も楽だ。」


「・・・・そっか・・・」

マヤは再び着替えをし、購入が決まったワンピースを店員へ渡したのだが・・・。 

普段なら絶対に買えないような金額が書かれたタグを視界に入れ、購入を決めた後だというのに手に汗をかいてしまう。


『うわっ・・・・消費税が加算されたら いくらになるんだろ・・・・』


真澄は不安そうな彼女の肩を抱き、耳元で囁いた。

「本当によく似合っていたぞ。・・・・俺は、白の似合う女性がタイプなのかもしれないな・・・・」

「!!!!」

マヤは、火が出るほどに赤く頬を染め、しどろもどろに答える。

「・・・そ・・・それは・・ど・・・どうも・・・・」

真澄はクスクスと笑いながら、マヤを見つめていた。

「君の事だからチョコやプリンをこぼして汚さないようにしないとな・・・」

「・・・・もうっ!! 一言多いっっ!!!」

プリプリと怒っているマヤをエスコートするようにして、真澄はクックッと笑い続けた。

「ほら、急がないと時間がないぞ」

・・・知らないうちに真澄のペースだ・・・・







次にマヤは、前々から欲しかった大きな猫のぬいぐるみを手にする。

たかがぬいぐるみとは言え、かなりの大きさだった為、値段もそれなりにするものだった。

真澄のような高級スーツを身につけた男性が立ち寄ると完全に浮いてしまうような雑貨ショップであるが、彼は気にすることも

ない様子だ。

「このぬいぐるみの表情が好きで、ずっとずっと買えたらいいな、って思っていたの!!」

満足そうなマヤの顔を、真澄は眩しそうに見つめていた。


そして、気になっていた新色の口紅、更にバックや靴、レースの日傘・・・・。 

時々、選択に困ると真澄にアドバイスをしてもらい、購入を決めていく。 どれもこれも、真澄に「こっちのほうが似合う」と

言われれば、即決してしまう自分がいた。




「どうしよ・・・ちょっと買いすぎたかな・・・お金・・・足りないかも・・・・」

マヤが弱気な発言をすると、真澄はククッと笑いながら彼女の肩を抱き寄せた。



2人がサービスカウンターに到着する頃、すべてが一括してまとめられ、真澄が車への移動を手配を始める。

本来ならば購入した店頭で個別に支払いをすべきなのだろうが、真澄の提案とあればデパート側も快く対応してくれた

らしい。


「速水様・・・いつもまことにありがとうございます。またのご来店を心よりお待ちしております」

店員が深々とおじぎをし、真澄が軽く会釈して何やらカードを受け取るのを見てマヤはハッとする。

「あの・・・お会計・・・・」

「もう払ってある」

「!!!!」

信じられないような真澄の返答だった。 真澄は、マヤが試着などしている隙にカードですべて支払う段取りを取ってあった

のだ。


「ちょっ・・・やだっ・・・速水さん!今日はあたしが買うつもりで来たのに!・・・あっ・・・もしかして、最初からそのつもりで!」

マヤがもたもたと抗議をしているうちに荷物は運ばれ、車に積まれていく。


「さあ、とにかく乗れ。 もうすぐ閉店の時間だ。こんなところでケンカしていたら迷惑だろう?」

「・・・・・・!!!」


真澄に促され、後部座席へと乗るマヤ。

「速水さん!!」

「車を出してくれ」

運転手に指示を与える真澄。

慌てて抗議をしようにも、車は走り出し、デパートを後にしていた。



「君が自分から欲しいものを口にするなんて初めてのことだからな。 ・・・悪かった。でも、君が欲しいと思っているものを

買ってあげたいといつも思っていたんだ・・・」

「・・・・・・」


しばらく黙り込んだまま、車は夜の都会を走っていく。

「どこかで食事をしよう・・・」


とことん、真澄のペースで事が進んでいた。 何もかもがそうだ・・・。 いつも要領の悪いマヤがオロオロとしている間に

サッと真澄が判断を下し、事が進んでしまう。 それは嫌な事ではない。むしろ、自分を引っ張って行ってくれる真澄は

頼もしい・・・。 


真澄が運転手に目的地のレストランへと行くように指示をしている。

時計は8時になろうとしていた。




運転手がレストランの駐車場へと車をとめた時、ようやくマヤは口を開いた。

「あの・・・ありがとう・・・・」

「・・・・ん? ああ、さっきの買い物か? いや、あれは俺が勝手に買ったようなものだからな」

真澄は手早く車を降り、マヤの手を取ると車から彼女を降ろした。

そのやさしい彼の表情に、また言いたい事が分からなくなってしまう。 つくづく、気持ちを伝えるのが下手だと思う・・・。


「さあ、行こう。」


真澄に誘導され、マヤは無言で後を着いていった。

彼の大きな背中が頼もしく、心強く思う気持ちとうらはらに、いつも置いていかれているように思う自分がいる。

『本当に、あたしなんかと歩いていいの・・・?速水さん・・・・』






店内は、ほどよく空いていた。


心地よいピアノの生演奏が響くフランス料理のレストランだ。

すっかり行き着けになったこの店。 最初は戸惑うことも多かったはずなのに、真澄のエスコートにより、

自然に食事ができるようになってきていた。

”自分が変わりつつある”という不安。そして、”変わらなければいけない”という思い・・・。結婚前のマヤの不安は

波のように幾度も襲い掛かる。



食事中も元気のない彼女に、真澄はやさしく問いかけた。


「何をそんなに気にすることがあるんだ・・・? 何か言いたいことがあれば、言ってくれないか・・・」

「・・・・・」

”言いたいこと”があるのかないのか・・・なんだかそれすらもよく分からない・・・。


マヤはカチャリと軽く音をたててナイフとフォークをテーブルに戻す。

そして、手元にあったナフキンで口元をぬぐうと、申し訳なさそうにしてゆっくりと口を開いた。


「あたし・・・・あの・・・・お金の感覚とか・・・やっぱりホントに速水さんとは違いすぎるって・・・・」

「・・・・?」

「今回のことで、あたし・・・・それをつくづく実感して・・・すごく不安になっちゃって・・・」

真澄は、じっと彼女を見たまま、言葉を出す。


「それは、俺と君に限っての事じゃない。 どんなカップルでも、育ってきた環境や価値観は同じではない。

2人で過ごすうちに埋まればいいものじゃないのか・・・?」

「・・・・・」


「せっかくの10万円を派手に使おうとするなんて・・・・君らしくて実に可愛いよ」

「・・・・もうっ!!またそういう事を言うっ!!」

マヤがカーッと顔を赤らめると、真澄はクスクスと笑い声を出した。


実際、マヤが何をそう遠慮しているのか、真澄には理解しがたいことだった。何でも言ってくれれば、できる限りのことを

叶えてあげられる生活が待っているというのに。 

もちろん、そんな控えめな彼女だからこそ、という魅力もあるのかもしれないが・・・。


そのまま小さな沈黙が続き、やがてデザートが運ばれてきたにも関らず、マヤはそれを手につけることもせず

真澄の顔をじっと見つめて言った。


「あの・・・麗にいろいろ言われたんです・・・”いざと言う時のためにも貯金をしておきなさい”って」


真澄はワインクーラーから赤ワインを取り出し、マヤのグラスへと注ぎ足した。 

ガラガラと氷の音をたて、ボトルが再び戻されると、真澄はすかさず言葉をかける。

「それは最もな意見じゃないか・・・」


「違うの・・・・・あの・・・・あたしが、”いざと言う時って例えば?”って聞いたら、”まさかとは思うけど、速水さんとケンカ

でもして家出するときの資金になるかも”って・・・。冗談だって言ってたけど、なんだかあたし、そういうためにこのお金を

残しておくようで、嫌になっちゃったの・・・」


「・・・・マヤ・・・」

真澄は、目の前で大好物のデザートにも手を付けず、そんな小さな不安を語りだした彼女の姿に息を呑んだ。


「・・・それで、全部使ってしまう思考になったのか」

真澄が問いかけると、マヤはゆっくりと頷いた。

「うん・・・なんだか、最初からなかった事にしたくなって・・・。 当たったのは嬉しかったけど、いろいろバカな事考えて

不安になっちゃったから。」

「・・・・・」


真澄は、口元に軽く手を押し当て、ふいに真剣な顔つきで窓の外に視線を移した。


ただひたすら彼女が愛しくて、これから彼女に贅沢をさせてあげれる、何でも欲しいものを買ってあげられるという喜びが、

なんだかとても自己満足で彼女を傷つけていたことに気付かされた。 

何にしても自分中心で事を進めてしまう性格が表に出てしまうのだろう。

もっと深く彼女の立場になって考えていかなくてはいけないのかもしれない。


溶けかけのデザートのアイスクリームとワイングラスをぼんやりと視界に入れ、真澄は 自分が結婚に向けて

あれこれと勝手に彼女を振り回してしまったことに胸を痛め始める。

自分は彼女を迎える立場であり、ほとんど不安などはなかった。

単に、彼女と暮らせる日々を思い、ひたすら待ち遠しく思っていた。 

・・・が、それ以上に彼女は、大きな不安を抱えて日々を過ごしていたのだろう・・・・。

そういう気持ちもうまく伝えられず、時を刻んでいたのだろう・・・。


真澄は自分のワイングラスを持ち上げ、軽く口に含むと、静かに口を開いた。

「悪かった・・・・。そんな気持ちでいる事まで気が付かなかったよ。 俺はただ・・・君と結婚できることが嬉しくて

少し浮かれすぎていたのかもしれないな」

真澄の言葉を聞き、マヤが顔を上げる。

「あたしだって・・・・結婚できるのは、嬉しい・・・」


その言葉を確認できた真澄は、深く深くマヤの瞳の奥を覗くように愛しい顔つきで見ていた。


「今日の買い物は本当に悪かった・・・。 しかし、何もそんなに意地になって使う必要はない。

その10万円は・・・まあ、大事にしておくんだな。青木君が言うとおり、いざという時の為にもだ・・・」


「・・・・いざというとき・・・?」

不安を隠しきれないマヤは俯き、視線をそらす。


「そうだ・・・・いくら夫婦でも、君の今後の稼ぎは君の物だから、通帳も必要になるだろうし。欲しいものは、俺が何でも買って

あげるから、君は使う必要がない。いざという時の為に残しておくんだ」

再び、2人の視線が絡みあった。

「速水さん・・・・・」


「君はお金があってもなくても、決めたことは実行してしまうじゃないか。俺はそれをよく知ってる。君が過去に少ない小遣い

だけを持って屋敷から脱走した時、どれだけ寿命が縮んだと思っているんだ?」


「だから・・・お金を持たせておくんですか?あたしが家出しても心配のないように・・・?」

「そういう事ではない・・・・」

真澄は急に厳しい顔つきで彼女を見据えたかと思うと、何やら軽く咳払いをし、顔を背けた。

「本当なら・・・君には必要以外の金は持たせないほうが安心なんだが・・・・。」

「・・・・・?」


「・・・君には、いざという時の為の資金がいつもある。 その方が・・・だな・・・・つまり・・・・ そう思えば俺は・・・・・

俺は、君に家出されるのを恐れてケンカをしてもすぐに謝ることになるだろうから・・・・」

真澄はそう言いながら、口を濁し、ワイングラスをテーブルに戻し、タバコを取り出す。

「速水さん・・・・・」


「俺も君も頑固だからな。どっちも謝らなかったら大変だろ」

タバコに火が付けられ、真澄は視線を外すようにしてそう告げた。



「だから、約束してくれ・・・そんな不安な顔は二度とするな。 何も変わる必要はない。君はそのままでいい。

家出だけはしないでくれよ。 今のアパートだって屋敷からそう遠くはない。俺がいつでも運転手になるから、気軽に遊びに

行けばいい・・・」

真澄は一気にそう言葉を吐き出すと、タバコの煙を吐き出し、再びマヤに視線を向けた。


彼の精一杯の伝えたい思いが、荒々しくもマヤの心にひとつひとつ広がっていく・・・。


マヤはまぶたの裏側から、幸せの涙が溢れそうになっていくのを感じた。

幸せであるほどに、失う事への不安を抱えていたのかもしれない。 今が幸せであれば、どうなるのか分からない

未来をあれこれと考えて辛くなる必要はないのだ・・・。 変わる必要もないのだ・・。


「ほら、大好物のアイスが溶けるぞ。俺の分も食べていいから・・・」

真澄に促され、マヤはようやくデザートに手を付け始めた。 胸がいっぱいで、溶けかけのアイスすら、なかなか喉を通らない。


『あたしは、あたしだから・・・今のままでいいのかな・・・』

マヤは、等身大の自分を受け入れようとしてくれている彼を見つめ、すべての戸惑いと不安を捨てて胸に飛び込めそうだと

思った。

『やっぱり、世界で一番好き。あたしが選んだあなただから・・・・』

マヤの体中から真澄を想う気持ちで満ち溢れていたが、言葉にしたら泣いてしまいそうな気がして、言葉を胸にしまった。


「速水さん・・・・。 あたし、言われたとおり、ちゃんと貯金していくね。 で、ケンカしたら海外に逃亡できちゃうくらいに

貯め込むから覚悟しててねっ」


・・・その勢いに真澄は一瞬、絶句する。


「俺は一生、君に平謝りか・・・・」

「そうよっ・・・どこでケンカになってもいいように、通帳も持ち歩いちゃうんだからっ!!」


2人は小さく声を出して同時に笑った。






こうして、マヤの当てた10万円は、『速水マヤ』として通帳が作られることになった。


『速水さんが心配しちゃうほど、たっくさん貯めちゃうんだから・・・』

『ケンカしたら、これを見せてちゃんと速水さんに謝ってもらおう。 ・・・・でも、あたしが悪いときは、ちゃんと謝る!』

『だけど、何かの記念日には、ちょっと贅沢して、速水さんがびっくりするようなプレゼントを買おうかな・・・』

マヤは、記念になった通帳を大切に握り締めて誓いをたて、幸せな微笑みを浮かべていた。

2人の辛くて長いすれ違いの日々は過ぎ行き、これから一歩一歩、幸せの階段を作り上げていく。




ひょんな事で購入した宝くじは、幸運の女神によって10万円以上に素敵な思い出をプレゼントしてくれたようだ。


そして、彼女こそが、速水家の幸運の女神になるのだろう。



終わり






テーマからして、お笑いにでもなりそうな物なのに、なぜかこんな地味なお話に。。。彡(-_-;)彡ヒューヒュー

初めてのキリリクで、テーマから話を考えるという難しさを感じました。いつもはネタをかき集めてから強引に

テーマにしてしまう私なので。。。 山も谷もない、何が言いたいのかよく分からない中途半端なお話でごめんなさい。

リクエストしてくれたtakumi様、どうもありがとうございました。

ふわふわ

 

 

 

 

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