満ちていく心
〜written
by あお〜
満たされている、と思う。
今までにないほどに満たされている、と思う。
隣で静かに寝息を立てながら、ぐっすりと眠る小さな恋人を眺めて、真澄は幸せなため息をつく。
数時間前、二人はたっぷりと時間をかけて丁寧に愛し合った。
真澄は、行為が終わっても尚、離すまいとするようにマヤとぴたりと寄り添った。
乱れた髪を直してやり、指を絡ませ、軽いキスを落としながら、しばらく余韻を楽しむ。
真澄が指を這わすと、刺激に敏感になったマヤが体を震わせた。
その様子がたまらなく愛しく、また、彼女を手に入れたという達成感と充実感が体の奥底から湧き上がり、
真澄は、マヤをきつく抱き寄せた。
直に感じる彼女の素肌、体の柔らかさ、心臓の音。
-------------とにかく、全てどれも、愛している-------------
真澄は、幸福の波にもまれながら、今、自分の腕の中にある存在を、痛いほどに大きく感じた。
額をくっつけ、鼻先を擦り合わせながら二人は囁き合う。
「・・・あたし、速水さんに女として見られてないと思ってたの」
「ずっと、ずっと、好きだったのに気が付かなかったのか?」
「だって、いつもイジワルなことばっかり言うんだもん」
「・・・・すまん。たくさん君を傷つけたな・・・」
「・・・・ううん。 それより、あたしこそ、ごめんなさい。速水さんにひどいことたくさん言った」
「俺は・・・君に取り返しの付かないことをした・・・」
「・・・・母さんのこと?」
「・・・・」
マヤはくっつけていた額を離し、真澄の胸に顔をうずめる。
マヤの発する声が、皮膚を震わせ、骨を伝い、鼓動を刻む心臓に響く。
「速水さん。あたしのせいで今でも苦しんでいるでしょう?自分を責めているでしょう?・・・・ごめんなさい。
あの時は、速水さんを憎むことでしか自分の中の弱さと向き合うことができなかったの。本当は誰のせい
でもなくって、連絡を取ろうと思えばどうにでもなったのに、それをしなかったあたしが親不孝だったんだ、
ってわかっていたけど、それを認められるほど強くなくって、大人じゃなくって・・・」
マヤは言葉を切ると、真澄の鎖骨に数回、キスを落とした。
「あたし、母さんのこと、速水さんとの間で自然に話せるようになりたい。速水さんが大好きだから、そのこと
で後ろめたい想いを抱えているなら、取り払ってあげたいと思う・・・」
真澄は、今まで背負っていたもの、心の中で渦巻いていた何かが、マヤによって浄化されていくのを感じた。
彼女は充分すぎるほどに自分のことをわかっていて、それを受け止めて、そして愛を返してくれる。
不意に目の前が曇った。
瞬きをした瞬間に零れ落ちた熱い液体により、真澄は自分が泣いているのだと気付かされた。
「マヤ、ありがとう、ありがとう・・・・ありがとう」
マヤを抱きしめ、他に言葉を忘れてしまったかのように、真澄は、感謝の言葉だけを紡いでいった。
マヤも、真澄を同じ強さで抱きしめ、コクリと頷いた。
やがて、フフフ、と密やかに笑い声を立て、マヤは恥ずかしそうに言った。
「・・・あたしね、速水さんがあたしのことなんかを好きだなんて、まだ信じられないの。こうして抱きしめられて
いるのだって、夢なんだ、って思った方が納得するくらい」
「夢じゃない。・・・マヤ、君を愛してる」
真澄はマヤに口付ける。
「すごく幸せ・・・。速水さんと一緒にいられるだけで、すっごく幸せ」
「俺は、俺ほど幸せな男は絶対にいない、と確信するほどに幸せだ」
「え〜、なにそれぇ・・・」
茶化すようにマヤが笑うと、真澄も笑った。
そのまま軽く触れ合うだけのキスを何度も交わす。
「ん〜、速水さん・・・。なんか眠くなってきちゃった・・・」
「寝ていいぞ。俺が一晩中温めててやるから」
「うん・・・」
短い返事すら面倒くさそうなマヤは、瞳を閉じ、ものの5分も経たないうちにスースーと寝息を立て始めた。
満たされている、と思う。
今までにないほどに満たされている、と思う。
窓越しに、音もなく再び舞い始めた雪を見て、真澄はマヤの肩をすっぽりと布団で覆ってやる。
長年の片思いの末に手に入れた、大切な、大事な、愛しい、自分だけの恋人。
マヤを見ているだけで、とりとめなく溢れ出る愛情を感じながら、真澄も眠りに落ちていく。
広いベッドで窮屈そうに寄り添いながら眠る二人の表情は、とても穏やかで、幸せに満ち溢れていた。
おわり
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