紫のキノコの女(ヒト)  4



真澄は鷹宮家を飛び出すと、急いで車を走らせた。


早くマヤを元に戻さないと、大変なことになってしまうであろう。

・・・マヤは、紫織にキノコを食べさせられた後、仕事のすべてをすっぽかし、アパートに戻ってしまった

らしい。 

たまたま、舞台稽古の仕事ばかりだったのが救いであるが、明日からは取材や生放送の仕事も入って

いるので、今日中に薬を飲ませないと大騒ぎなる可能性が高い・・・。


 ふと、信号待ちで車を止めると、確認するかのように胸のポケットの薬のビンに手を触れる真澄。

そして、先ほどまで必死になって紫織を騙すための演技をしていた自分を思い出し、フッと苦笑する。

「待っていろよ、マヤ・・・俺がすぐに元に戻してやるからな・・・。」

真澄はそう呟くと、ひたすらマヤのアパートへ行くことだけに集中した。




・・・事の始まりは数日前のこと・・・

聖からの報告により、真澄は紫織の陰謀を聞かされて、半信半疑であった。


「まさか・・・いくら何でも、紫織さんがそんなことをするはずは・・・」

真澄は 信じられない、という表情で眉を寄せ、軽く首を振ってそう言った。


「いえ、真澄さまの態度がいつまでも中途半端であるということを、彼女はとても悩んでおられる

ようです。 かなりの大金を積んだようですし、きっと、真澄さまに食べさせるに違いありません。 

・・・そこで、大急ぎで紫織さまと同じキノコを購入いたしました。これを先に彼女に食べさせてしま

えば、婚約解消もスムーズに行くのではないかと思いますが。」


「なにっ・・・??」

真澄は、再び眉を寄せて聖の差し出した木箱に視線を移す。


・・・確かに、相手の気持ちさえ変われば、今の自分の立場がどれだけ楽になるであろうか・・・。

紫織とも簡単に婚約解消する事ができ、更に自分の事を嫌っているマヤに食べさせて気持ちを

こちらに向かせる事も可能なのだ。

『しかし・・・・』

真澄は、思わず手を伸ばして受け取とろうとしていた自分に気付き、ゆっくりと手を引っ込めた。


「聖・・・それは俺にはできない。 申し訳ないが、そのキノコは受け取れない。」



「そうでございますか・・・では、この解毒剤だけは、必ず持ち歩いていて下さいませ。もしも紫織さま

に妙なものを食べさせられたらお飲みになったほうがよろしいかと思います。」

・・・聖は表情も変えることなく、静かに真澄の言葉を受け止めると、木箱の中から解毒剤だけを取り出し

真澄にそっと差し出した。

「ああ、では、これだけは受け取っておこう。 ・・・使う日が来ない事を信じたいけどな・・・。」

「ええ・・・それは、私も同じ気持ちでございますが・・・。」

「聖・・・ご苦労だった。ありがとう。」



・・・そうやって真澄は、それほど危機感を持たずに、気軽に解毒剤を受け取ったのだった。

それが、まさかこんなにすぐに使われる日がくるとは!!・・・紫織に対する警戒の甘さを痛感する真澄。


マヤがキノコを食べさせられた後も、すぐに聖が計画を立て、見事に紫織を騙して解毒剤を手に入れること

ができた。

そして紫織に飲ませる為のキノコのエキスまで迅速に用意され、お陰でスムーズにこうしてマヤの元へと

走ることができた。



『聖には本当に助けられたな・・・』

真澄は有能な部下に感謝しつつ、車のスピードを上げる。

早くマヤに会いたい・・・。


少しでも早く彼女を元に戻し、確かめたいこと、伝えたいことがたくさんあるのだ。


( あなたの事が大嫌い! )


・・・そう言った彼女の言葉・・・。 


『あれは、本当にキノコのせいで言った言葉なのか?・・・それなら、マヤは俺のことを? ・・・まさか・・・』

自問自答しながら、高まる胸の鼓動を感じずにはいられなかった。



やっとマヤのアパートに到着すると、一目散に階段を駆け上がる真澄。

ドアをノックすると、青木麗が青ざめた表情で姿を現した。

「あ、速水社長! マヤの様子が変なんです!!」

麗はそう言うと、真澄を部屋に招き入れた。


「チビちゃん!!」

そう呼ばれてビクリと肩を揺らし、振り返ったマヤ。  ・・・彼女は、てきぱきと部屋の掃除に大奮闘している

ところであった。


「げ!!速水さん! な、何しに来たんですか? 顔も見たくないって言ったはずです!帰ってください!!」

・・・すごい形相で、真澄を拒否したマヤ。 あれほど嫌いだったはずの掃除に夢中になっているとは・・・・。


「マヤ、いくらなんでもそんな言い方はないだろう?ホントに変だよ、今日のアンタは・・・」

麗が口を出すと、キッという顔でマヤが睨みつけた。

「うるさいなあ、もう。みんな出てって!掃除が終わったらお料理もしたいんだから!」

マヤはそう叫ぶと、 玄関付近にいた真澄と麗を突き飛ばし、ドアの外に追いやって鍵をかけようとした。

「ちょっと、マヤ!!」

「チビちゃん!」


麗はドアの外に出されてしまったが、真澄はドアが閉まる直前に足を割りいれ、なんとか追い出されずに

部屋に入り込むと、再び玄関のマヤの前に立ち尽くすことができた。


・・・真澄は、マヤの目をじっと見つめたまま、ガチャリ・・・と部屋の鍵をかける。


「ちょ、ちょっと!何するんですか?出てってください!!!」

真澄は、後ずさりして逃げようとする彼女に近づき、あっという間に強く引き寄せると、自分の胸の中に

すっぽりと包み込んだ。


「やめてください!あなたにこんなことされるなら、死んだほうがマシです!!」


「チビちゃん!やめて欲しければ、俺の言う事を聞け!」

真澄はそう叫ぶと、マヤを力強く壁に押し付け、彼女の顎に手をかけ、力づくで自分のほうに顔を向かせた。


「あ、あなたの言うことなんて・・・なにひとつ聞きたくありません!」


「ほう・・・ずいぶん嫌われたものだな・・・」

真澄は冷ややかにそう告げると、ポケットから解毒剤のビンを取り出した。

「いいか、君にはコレを飲んでもらうだけだ。たったそれだけでいいんだ。 それができないとでも言うのなら、

俺が無理やり口移しで飲ませてもいいんだぞ!」

「・・・・・・!!」

その言葉を耳にしたマヤは震えるような瞳で真澄を見上げ、すぐに視線を外した。


「どうするんだ? 俺に飲ませてもらいたいのか?それとも自分で飲めるのか?」

真澄は、じりじりとマヤを追い詰めるように囁く。 

マヤの視線が、薬のビンと真澄を見比べるかのように泳いでいく。


『もう一息だな・・・』

・・・真澄は、思いつく限りの事を必死で言葉に出す。

「・・・飲んだら、チビちゃんの大好きな数学の問題集でもプレゼントしようか? 料理教室でも掃除教室でも

何でも通わせてやる!演劇など、一生やらなくてもいいからな。俺がそう決めたらには、芸能界から引退する

事も問題なくできるぞ。」


・・・マヤはパッと顔を明るくして答えた。

「・・・本当ですか?」

「ああ・・・約束は守る。飲んだら、すべて君の望みを叶えてやるぞ。他には何がご希望だ?」


「そうね・・・久しぶりに『乙部のりえ』さんとかに会いたい気分なんです。彼女、元気かしら・・・。」

「・・・・・・ああ、彼女に会いたければ、探し出して会わせてやるさ。」

真澄は、少しずつマヤを自分のペースに巻き込んでいく事に成功した。

「さあ、早く飲みなさい。これさえ飲めば、すべて君の思う通りになるだろう?」

「でも・・・」

「大丈夫だ、変なものは入っていない。飲み終われば、すぐに君を解放するし、部屋からも出て行くと

約束する。」

「・・・・・。」

やっとビンを受け取ったものの、まだ不信感を抱いているマヤに、真澄はヤケクソになって攻め寄った。

「さあ!早く!! 飲まないなら、口移しどころじゃないぞ!想像もつかないほど、すごい事をしてやっても

いいのか!?」

「・・・・!!」

マヤを掴む腕の力をますます強める真澄。

・・・・恐怖を覚えたマヤは、ゆっくりとビンのフタを開け、薬を口に含み始めた。

「よし・・・そのまま全部だ・・・。吐き出すなよ。俺を騙したら、どんなことをされるのか覚悟しておけよ・・・。」


やがてマヤは、観念したかのように解毒剤を飲み干した。

『よし!!』

真澄がホッと息をついて力を緩めると、マヤはヘナヘナと腰を落として床に座り込んだ・・・・。




・・・真澄は、約束通り、マヤを解放して部屋を出ていた。

『本当に大丈夫だろうか・・・・』

アパートの外に駐車した車に体を預け、ひたすら時間が過ぎるのを待つ。

 時計を見ると、21時を回ったところだった。

・・・さすがに今日1日の出来事は、真澄にとって相当な疲労に繋がるものだったと言える。

『あの子が元の姿に戻れるまでは気が抜けん・・・』


・・・そこへ、聖からの電話が入った。

「聖か・・・何か用か?」

「真澄さま・・・マヤさまは大丈夫でございますか?元に戻られましたでしょうか?」

「ああ・・・多分、大丈夫だ。 ただ、解毒剤を飲ませてからまだ間もないから、何とも言えないが・・・。」

「さようでございますか・・・。」

電話の向こうの聖がホッと胸を撫で下ろしているのを感じた。


「そうだ、聖・・・ 紫織さんの件だが・・・君のシナリオのお陰ですべてうまくいったようだ・・・助かったよ。」

「そうですか・・・では、婚約解消の件もスムーズに事が運びそうでございますね。」

聖がそう言うと、真澄は少し言葉を詰まらせ、大きく息を吐き出した。


「聖・・・申し訳ないのだが、解毒剤をもう一つ、大至急で用意して欲しい。」


「・・・それは、紫織さまに飲ませる分でございますか?」

「・・・そうだ。 とりあえず、今日は彼女に邪魔をされる訳にはいかなかったから、彼女にキノコのエキスを

飲ませてしまったのだが・・・やはり、婚約解消については、俺の責任だからな。  卑怯な真似はしたく

ない・・・。」


「・・・・分かりました。 それでは、すぐに手配いたしますが、外国からの取り寄せなので、1週間はかかって

しまいますが、よろしいですか?」

「ああ・・・それは仕方がないだろう。 なるべく早く頼むよ。」

「かりこまりました。 では、紫織さまに関しての今後は、とりあえずお任せくださいませ。 それでは、失礼

致します。」



・・・聖との電話を終えると、真澄は腕時計を確認し、そろそろ30分ほど経過している事に気付いた。

『マヤ・・・・・・!!』

真澄が強い想いを吐き出すかのように溜息をつくと、アパートの中で、何か動きがあったような気配を感じた。

大急ぎで車を離れ、階段を駆け上がる真澄。



「チビちゃん!!」

「は、速水さん・・・あの・・・あたし・・・」

ドアの隙間から顔を覗かせてこちらを見ているマヤがいた。 ・・・・その表情は、真澄がもう何年も見つめ

続けていた彼女に間違いなく、一目見ただけで解毒剤の効果を確認することができた。

「チビちゃん! もう大丈夫か?」


「え?あ・・・あの・・・あたし、急に打ち合わせとか、お稽古とかサボってしまって・・・速水さん、それで怒って

来たんじゃないんですか? あれ?違いましたっけ? あんまりよく覚えていなくて・・・。」

もじもじとした動作で真澄を見上げているマヤは余りにも愛しく・・・・真澄は、思わず彼女を思いきり抱きしめ

ていた。


「わっ! は・・・速水さん!!ちょ、ちょっと・・・離して下さい!!」

マヤがオロオロと周りを見渡し、彼の広い胸の中でもがいているにも関わらず、真澄は力を強めていった。

「だめだ・・・離すものか! チビちゃん・・・俺は、君を愛しているから・・・」

「・・・・・・えっ?」

マヤは、体を固くして真澄に顔を向け、またからかわれているのではないか、という表情で真澄を見つめて

いる。


「・・・嘘じゃない!冗談でもない!本気だ・・・マヤ・・・俺は君を愛している。 ・・・君の気持ちを聞かせて

くれないか?」

真澄が情熱的な瞳でマヤに顔を近づけていくと、マヤの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ始めていた。


「あ・・・あたしも・・・あたしも・・・速水さんのことが好きです・・・・」

マヤの消えてしまいそうな言葉を聞くことのできた真澄は、自分でも信じられないような不思議な感覚に

包まれ、ただただ、マヤを抱きしめ、夢ではないという事を確信していたかった。


・・・そして・・・涙の止まらないマヤの頬にそっと右手を当て、左手で抱きかかえるように彼女を少しだけ

宙に浮かせると、静かに唇を合わせた。


『ああ・・・マヤ!!俺だけのものだ!』

『速水さん・・・速水さん・・・・これは夢?信じられない・・・』


・・・一度は唇を離したものの、またすぐにお互いを求めてしまう2人・・・

「愛している・・・マヤ!」

「速水さん・・・」



2人の熱いラブシーンは、アパート中の住人がこっそりとドアの隙間から覗かれていたのだが・・・そんな事も

知らず、長い長いとろけるようなキスと抱擁は何度も繰り返され、2人だけの世界を作り上げていた・・・。





「なんか、今日はすごく不思議な1日でした。あたし、イマイチ覚えてないし、やっぱり夢かも・・・とか思うし

・・・」

アパートの外に出て、真澄とマヤは少し夜のドライブをしていた。

「ああ・・・俺もまだ信じられないよ・・・」

真澄は助手席のマヤをチラリと確認し、やさしい口調でそう言った。

「速水さん・・・あの・・・タバコ、やめたんですか?」

マヤにそう言われ、ハッと気付く真澄・・・そういえば、紫織を騙すためにタバコをダッシュボードの奥に隠し、

その後もバタバタとしていてすっかりと忘れていたのだ。


「いや・・・そういう訳ではないが・・・ちょっと立て込んでいて忘れていたかもしれない。」

そう言いながらも、真澄は全くタバコを欲していない自分に気付く。 ・・・もしかしたら、完全に解毒剤だけ

では消えない効能があるのかもしれない・・・そんな気がした。


「あのね・・・速水さん・・・変なこと言ってもいいですか?」

「ん?何だ?」

マヤは、もじもじとしながら、小さな声で呟いた。


「あの・・・キスって・・・甘いんですね・・・」

「なっ・・・・!」


真澄は思わず、運転に集中できないくらいに動揺してしまった。 できれば、そんなセリフはもっと違う場面

で言ってほしいと・・・。

運転中ゆえに、抱きしめることもできないではないか!!


真澄が何とも言えない様子で必死でハンドルを握り締めていると、マヤが続けて言った。


「なんか・・・ケーキみたいな味がしました。 ・・・でも、まさか速水さん、ケーキなんて食べないですよね?」

「うっ・・・・!」

そうだった・・・真澄は、いくら演技とは言えども、今日は短時間でケーキを3つも食べていたのだった。 

ふと、自分の胃の中に納まっているケーキの事を考えると、ぞっとする気持ちになった。 しかも、ジュース

まで飲んだのだ・・・・・。

真澄はかなりブルーになりかかっていたが、マヤは次々と大胆なセリフを吐いていく・・・。


「あたし、キスがあんなに甘いとは思わなくて・・・また、後でキスしてくれますか?」

「!!!!!!!」

・・・もう、真澄の頭の中は大爆発寸前であった。 もしかしたら、マヤのほうもキノコの効能がわずかに残り、

少し大胆な性格になっているのかもしれない・・・。もう、運転に集中している自分と、隣のマヤを気にして

天まで昇りそうな自分が分裂しそうなほど訳が分からない状況であった。


「あ・・・ああ、後でゆっくりと・・・・な」

それだけ言うのが精一杯の真澄。

『マヤ・・・俺はもう、タバコをやめると誓うぞ・・・。タバコの臭いでキスを拒否されたらたまらんからな・・・』

真澄はそう思いながら、 ふっと紫織に感謝の気持ちを抱いていた。


『タバコにも執着しなくなりそうだし、マヤの気持ちを知ることもできた・・・。 こんなチャンスを与えてくれた

のは、彼女だからなあ。・・・紫のキノコの女(ヒト)・・・とでも呼べばいいのだろうか?』

真澄は嬉しさのあまり、そんなしょうもない事を思いついていた。

そして更に、解毒剤を飲む前のマヤの叫んでいた言葉を思い出す。


『確か(あなたの事が大嫌い)と言われたが、解毒剤を飲んだら(好きだ)と告白してくれたんだよな・・・。』

と、言うことは、(顔も見たくない)というのは(顔を見たい)だろ・・・俺が無理やり抱きしめた時 (こんなこと

されるなら死んだほうがマシ) と言ったのは (死ぬほど俺に抱きしめられたい) って事だよな・・・』

真澄の勝手な解釈は、どんどんエスカレートしていった。

『そうだ、(あなたの言うことは何一つ聞きたくない) というのは (俺の言うことは何でも聞く) って事じゃ

ないか!』

真澄の心臓は、最高潮にドキドキしていた。

『・・・俺が(口移しよりももっとすごい想像もつかない事をしてやる)と言ったら、仕方なく薬を飲んだじゃ

ないか!・・・という事は・・・』


「は、速水さん?信号、青ですよ?」

真澄が爆発寸前の思考をめぐらせていると、マヤがそう呟いた。

ハッと我に返った真澄は、思わず意味不明の言葉を叫んでしまった。

「ああ・・・そうだ・・・君と俺との信号は永遠に青しかないんだ!」

「・・・・?」

・・・・急速に接近した2人の熱い夜は、まだまだ続く・・・



・・・それから数日後のこと・・・


聖は、馴染みの小さなバーに出向き、ひっそりとカウンターでグラスを傾けていた。

その顔はとても満足気であり、意味深な含み笑いをしながら天井を見上げているところであった。

『何もかもが台本通りに運んだか・・・』

本当に、何もかもが聖の筋書き通りであった。


そう、紫のキノコの情報を紫織に流した時から・・・・。


間違いなく、紫織がキノコを購入するだろうという予測を立てての行動だった。

もちろん、マヤが口にしてしまうという事態も想定し、いくつものシナリオパターンを用意してあったのだから、

戸惑いもなかった。

『こうでもしなければ、いつまでもあの2人は結ばれなかっただろうからな・・・』

聖はグラスにうっすらとついた水滴を指で何度も拭いながら、これからの計画を練り始めていた。


紫織のほうは、まだ解毒剤を飲ませていない為、別人のように変わってしまったままだという。

真澄は彼女を元に戻してから婚約解消の話し合いを進めるつもりでいたらしいが、それも間に合わず、

一方的に紫織から婚約解消を突きつけられ、修復は不可能という都合の良い展開になっていた。もちろん、

鷹宮グループとの仕事面での付き合いは、今後も続けられることになった。

そして、紫織を解毒剤で元に戻したとしても、何もかもが遅いであろう。  紫のキノコは何度でも効能が

あると言われているが、一度でも解毒剤を飲んだ者には、2度と効果はないのだ。 もう、キノコによって

気持ちを変えることはできない・・・。


『金で人の心を買おうとする事が間違いなんだろう・・・。人間とは、なんという欲深い生き物であろうか・・・』

聖はフッと笑いながら、ポケットから手帳を取り出して視線をそちらに移した。

今回の件で動いた大金の明細である。

紫織が手に入れたキノコ、真澄が手にしたキノコ、そして、追加で注文した解毒剤。

紫織が最初に支払った金額にすべての代金が入っているとは、彼しか知らない事実・・・。

もともと、紫織が積んだ大金は、鷹宮会長からの小遣いの一部であり、鷹宮会長にしてみれば、適当に

汚い商売で流れてきた”はした金”である事は調査済みである。 それを見事に操り、手にした聖は、儲けた

金のすべてを孤児などの福祉施設に寄付するのである。


『ほどよく薄めた解毒剤の効果もいい方向に向かったようだな・・・』

聖はネクタイを少し緩めながら、急激に親密になった真澄とマヤの様子を思い出し、とても満足していた。

これからはもう、自分が間に入ることはないだろう・・・と思うと、少しだけ寂しくもあり、嬉しいことでもある

のだが・・・。



聖唐人・・・・戸籍のない、謎の人物。 あるときは影の存在として使命を果たし、あるときは、紫のキノコ

の密売人。

今回の事件は、すべて彼の脚本から始まっていたのだ・・・。



彼こそが、『紫のキノコの男(ヒト)』 だった。




おしまい





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