願いが叶うとき

written by こぶた座〜







街のショーウィンドーがクリスマスの訪れを告げるようにサンタやトナカイで賑やかにディスプレイされ、

街並も赤や緑のお決まりのイルミネーションでまばゆく飾られている。12月に入りクリスマス商戦に

踊らされた人々の熱気で街は一層活気づく。


「速水さん、すいません忙しいのに付き合って貰っちゃって」


「ああ、別にかまわん。俺もちょうどここに用事があったからな」


マヤと真澄は本屋に買い物に来ていた。





・・・ と、その少し前の大都芸能 ・・・  


どうしていいかわからずお手上げ状態になったマヤが水城の所へ相談に来ていた。


「マヤちゃん、来年の映画、短期間だけど海外ロケが組まれてたでしょ、英会話どうした?」


「もう、水城さんったら。だから相談にきたんじゃないですか。私一人じゃ何をどうしたらいいのか全く

解らないんだから」


「本当なら英会話教室に入るのが一番いいんでしょうけど・・マヤちゃんのスケジュールはいくら私で

もこれ以上調整できないし、本屋でCD付きのテキスト買うしかないわね」


演劇以外の事には本当に無関心なマヤに水城も少し呆れていた。

ちょうど水城に用事があり秘書室へ入ってきた真澄がマヤの姿を見つけて自然に顔が緩む。それを

無理に戻すと、

「おや、誰かと思えば豆台風の襲来かな? 今日は君のアポは無かったはずだが」


「あっ、速水さんこんにちは。でも安心してください、今日は水城さんに用事があるの、速水さんには

全然関係ない事だから。それじゃ、水城さんどんなのがいいか書き出してくれますか」

マヤが真澄を無視して水城と話を続ける。


(マ、マヤちゃん・・やっちゃったかしら?)

水城はそうっと真澄の方を振り返った。・・ビンゴ!

そこには明らかに不愉快と大文字で顔に書いた男が不機嫌オーラを纏わせて立っていた。


「社、社長、今、マヤちゃんに英会話について相談されてたんですよ。今度の映画に海外ロケが予定

されてますでしょ」

努めて冷静に水城が話し掛ける。


「ああ、そんなシーンがあったな」

脚本家に圧力をかけて一月はかかるだろうと噂されていたシーンを10日程度の撮りで済むように差し

替えさせたのは誰あろう真澄本人だった。


「その調子だと全くやる気がなさそうだな、長期のロケで海外生活が長くなったらどうする気だ」

真澄の言い方に今回の差し替えの件も知っている水城が、

(そんなロケが実現するならお目にかかりたいものだわ)

と心の中で呟いていた。


「わかってます。今日からちゃんと勉強します。大丈夫、若いから吸収力バツグンですよ・・たぶん」

高校時代のマヤの英語の成績を思い出して真澄がイジワルそうに言う。


「ふ〜ん、それは期待してもいいって事なんだろうな」


「あーっ疑ってますね、ホントに嫌味だわ。さっ、水城さん、さっき言ってたCD付きのテキストどんなの

買えばいいのか教えてください」


「待って、マヤちゃん。私だって実物見ないと解らないわよ。今はいろいろな種類が出てるしね。そう

だわ、これから一緒に本屋へ行きましょうか」

その口を挟むように真澄が、

「水城君、君これから人と会う約束だったんじゃないか?」


ブロックサインのように自分に怪しげな合図を送る真澄を見ながら

(あ〜あ、これで今日も残業決定だわ)

と、サングラスの奥の瞳が一つ貸しですわよとばかりに乾いた笑顔を真澄に向け、単調な返事をした。


「ああ、そういえばそうでした。うっかりする所でしたわ。ごめんなさいね、マヤちゃん。一緒に行って

あげられなくて。誰か英語の良く解る人がいればいいんだけど・・」


水城がこれでよろしいんでしょうかとばかりに視線を送る。さも満足そうな顔をした真澄が、

「それなら俺が一緒に行ってやろう。 ちょうど目を通しておこうと思っていた季刊誌が発売されたか

らな」


「え〜っ?速水さんが?大丈夫ですか、何だか心配だなあ」


「チビちゃんにはとことん信用ないんだな。俺を誰だと思っている?自慢じゃないが海外の取り引き

では通訳無しで交渉するんだぞ」


「ホントに?だって速水さんとは長〜い付き合いだけど英語喋ってる所なんて(一コマも?)見たこと

ないし。そんなにベラベラだなんて思わなかった。ちょっと尊敬だなあ・・」


(尊敬?マヤが俺を・・)

何気ない一言が嬉しくてついついマヤに向けてしまった笑顔で、

「よし、それじゃあ早速出掛けるとしようか」

水城の視線は痛かったが、マヤと一緒に買い物に出掛けられる嬉しさから足取りは軽やかだった。


「え〜っ、速水さん、車で行かないんですか?」

さも驚いた顔をしてマヤが真澄を見た。


「まったく、車で行くような距離じゃないだろうが、若いくせに先が思いやられるな」

どんな移動も最短の時間を心掛ける真澄だったが、マヤとのデートともよべるこの思いがけない買

い物では惜しみなく時間を使うつもりでいた。


「何言ってるんですか、速水さんの為を思ってなのに。私は日頃から体を鍛えてますから運動不足

なんてありえません!」


大都ビルを後に二人は歩き出した。













昨夜舞った雪が道路を濡らしアスファルトを光らせていた。歩道も濡れている。


「あ〜あ。私、雪で遊んだことって無いんですよね。東京じゃ積もるほど降らないしすぐに融けちゃう。

スキーもやった事ないし、あっ、若者はスノボーでしたね。速水さんはスキーとかやった事あります

か?」


「学生の頃やったぐらいだな。でも君に教えられるぐらいには滑れるぞ。それにしても雪が積もったら

遊ぶつもりでいるのか、一体幾つになったんだ」

考えまいとしても自分と一緒にお揃いのウェアでスキーをするマヤや、雪の中で遊ぶ姿を想像して

自然と口元が緩む真澄の顔をマヤが見つけて、

「ヤダ、速水さん何思い出し笑いしてるの?もう、オジサンみたいでやだなあ。・・・それに私とは11

歳差なんだから私の歳もわかるでしょ。あっ、ダメダメ今は12歳差でした」


「いやにシビアなんだな」


「そりゃあ、女にとって1歳違えば大問題ですよ。・・・っっくしゅん、くしゅん・・はあ〜やっぱ外は寒い

ですね」


くしゃみをして身をすくませたマヤに、

(ちびちゃん、ナイスタイミングだ)

とばかりに真澄が、

「そんな寒い仕度でいるからだ。全く健康管理もできてないじゃないか」

と言いながらマヤの手を掴んで自分のコートのポケットに入れた。

目を白黒させて驚いたマヤだったが、マヤの次の行動に真澄の方が驚かされて鼓動が高鳴った。


「チ・チビちゃん・・?」

ポケットの中でマヤは意味も解らず真澄の手をいわゆる恋人つなぎにして握り返したのだ。


「フフフ、速水さんの手も冷たいですよ」

無邪気に笑いかけるマヤをできればこのままどこかへ連れ去ってしまいたいと真澄の煩悩が囁いて

いた。


「あれ?速水さん、本屋さんってこっちでしたっけ」

繋いだ手の事ばかり気にして歩いていたマヤが、ようやく道が違うことに気付いた。


「ああ、その前に君を少しばかり暖めなくちゃな。ちょっと早めのクリスマスプレゼントだ」

真澄が連れて行ったのは百貨店にあるD&Gだった。繋いだ手は離しがたかったが一瞬力を込めて

それからポケットから手を抜いた。


真澄の「好きなのを選びなさい」という言葉に、マヤは新作で入荷したばかりだとういう織りの凝った

オフホワイトの品に決めた。


「速水さん、これ、これがいいです。でも・・こんな高いの私なんかが貰っちゃっていいんですか?」


「天女さまに風邪でもひかれたら困るからな、気にするな」

真澄は店員と少し話していたようだったが戻ってくるとマヤが不恰好に巻いたそれを首から取り上げ

ると、

「店員が泣くぞ」

と笑いながら言い、マヤの首に綺麗に巻いて結んであげた。後ろの店員たちも一様にウンウンと頷

いた。


「速水さん、なんだかヨン様みたいですよ。冬ソナでマフラー巻いてもらうシーンがあるんですよ」


「俺がヨン様ならチビちゃんはヒロイン役のチェ・ジウってとこだな。それにしては背の高さは全然違

うぞ」


「自覚してるからいいんですよ。でもヨン様は少し誉め過ぎでしたね。だってどう見たって“微笑みの・・”

なんて柄じゃ全然ないし、ねえ?」


「俺の笑顔だってなかなかいけてると思うぞ。ただ笑う機会がそうないだけだ」


「じゃあ、私は速水さんの笑った顔をたくさん知ってるからラッキーなのかな?」

真澄は心の中で、

(違う違う、俺を心から笑わせて楽しませてくれるのはマヤだけだよ)

などと思っていた。


「ところで、これを貰ったが、どうする?」

真澄がマヤに差し出したのはテナント協賛のクリスマスプレゼントの福引だった。


「あ〜っ、懐かしい、やっていきましょうよ」

有無を言わさず真澄の腕を引っ張って福引会場へ向かうマヤ、(なんでこの速水真澄ともあろう者が

福引なんて・・)と思ったが、マヤのウキウキした顔を見て仕方なく諦めた。


「えっと、特等が一流ホテルスイートの招待券、一等が有名レストランのクリスマスディナーペア御食

事券、二等がクリスマスパーティセット引換券で三等がクリスマスケーキ引換券、四等がワインか・・

4回できるから2回ずつですよ、速水さん。特等以外だったらなんでもいいですからね」

マヤにしたら特等よりもお腹に入る物の方が魅力なのだ。真澄の方は、特等が当たったらどうすれ

ばいいんだと邪な考えが脳を支配していた。


「じゃあ、先に私がやりますね。ケーキ出ろケーキ出ろ」

ハンドルを回し一回転、二回転 『カラン』 出たのは白玉だった。係のお姉さんがすかさず

「あ〜っ、残念でした」

と甲高い声を発する。続いてもう一回、

「こんどこそ、ケーキケーキケーキ・・・」

呪文のように唱えながらハンドルを回す。 『カラン』 出たのは青玉だった。お姉さんが

「おめでとうございます。4等で〜す。ハーフサイズの紅白のワインです」

ケーキが出なかったのは残念だったが、それでもマヤがうれしそうに可愛くラッピングしてリボンの

かかったワインセットを受け取った。


「さあさあ速水さんの番ですよ、頑張ってくださいね」

チビちゃんがやればいいだろうと回すのを拒んだが、手を引っ張ってハンドルを握らされた。


「さあ、可愛い彼女の応援が入りました。特等狙っちゃってくださ〜い」

お姉さんのひときわ大きい声に早くこの場を去りたいとグルンと力強くハンドルを回した。

『カラン』

出てきたのは黄玉だった。


「あ〜! やりましたね、おめでとうございます。一等の御食事券ですよ」

お姉さんが興奮して鐘をガランガラン鳴らした。買い物客の好奇の視線でますますこの場に居た堪れ

なくなってしまった真澄だった。

最後はマヤが回したが結局はずれだった。

二人はようやく百貨店を後にした。



「でも速水さん、御食事券当たってよかったですね。最後も速水さんが回したらケーキが当たった

かもしれないのに」


「チビちゃんは初めからケーキの事ばかりだな。色気をプレゼントする事ができれば一番セクシー

なクラスを迷わず贈ってやるんだが、こればっかりは無理のようだ。それに食事券はあげるよ、誰

か好きな人と行くといい」

軽口を言いながら最初からあげるつもりの食事券マヤに渡す。


「えっ?本当に貰ってもいいんですか。やったー!速水さんありがとう」

マヤがじゃれて真澄の腕に抱きついた。その行動に嬉しいはずなのに誰と食事に行くんだろうと

考えるとチクチクとした胸の痛みを感じた。


「まったく今、嫌味を言ったんだが解らなかったか。それにしてもマフラーより食事券の方がよっぽど

喜ばれてると思うのは気のせいだろうか?」

「ああ、はいはい色気ね。でも美味しい物は大好きですから。それにマフラーはすごく嬉しいです。

大事に使いますから本当にありがとうございます」

真澄に極上の笑顔を向ける。

(そんな笑顔を見れるなら何だって贈ってやるさ)

本気でデパートにリボンをかけてプレゼントしそうな社長の姿があった。





回り道はしたが何とか本屋に到着して真澄が選んだお勧めの本を何冊か購入した。その際もマヤ

に対して相変わらず説教じみた事を言う真澄。


「いいか、買ったからって喋れるようになったと勘違いしてはいかんぞ、毎日の積み重ねが大事なん

だからな。少しずつやっていけば必ず上達するから諦めちゃだめだ」


「私だってわかってます。速水さん説教臭いですよ、何だかオジサンみたい。それに諦めちゃダメっ

て私がさも三日坊主で終わるような言い方して、ホント失礼ですよ」


「チビちゃんだってオジサンとは酷いな。今日はもう二回目だから俺だって少し落ち込むぞ」


「えっ?ホントに落ち込んじゃいました?ごめんなさい、もう言いません」

マヤが一気にシュンとなってしまった。


「ウソウソ、さあケーキでも食べて帰ろう」

背中をポンッと叩いてマヤの手を掴んだ。途端に元気になったマヤが、

「ねぇ、速水さんの奢り?奢り?」

無邪気な笑顔を向ける。











「うわぁ〜、カワイイのがたくさんある。どれにしようかな」

店員がトレーに載せてケーキを勧めにやってきた。マヤは店に入ってきたときからショーケースにあ

ったケーキが気になっていた。店員に小声で聞くと、かしこまりましたと下がっていった。


「チビちゃん、まさかホールごと頼んだのか?」


「違います、いくら私でもそんなに食べられるわけないでしょう」


そこへちょうど店員がそれを運んできた。


「見て見てこれ、超カワイイ。“恋人たちのクリスマス”っていう二人で食べるクリスマスケーキなん

だって。お店入った時から気になっちゃって、期間限定だし、このデコレーションなんてホントにかわ

いい。こんなの二人で食べたら思いっきり盛り上がっちゃうよね」


「ああ、確かにサイズ的にはチビちゃん向きだな。それにしても可愛いのがあるんだな」


「食べちゃうの勿体ないみたい・・・でも食べちゃう」

ハートの形をしたそれにマヤはフォークを入れた。真澄はそれを見て愉快そうに笑った。


「美味しい、美味しい・・」

幸せそうに食べるマヤの姿に真澄が見入っていると、


「はい、速水さん。ア〜ン」

フォークの上に掬い上げたケーキを乗せてマヤが差し出してきた。真澄が慌ててマヤを見やると


「だって、さっきからずっとケーキ見てるんだもの、食べたくなったんじゃないですか?でも一口だけ

ですよ。はい、あ〜ん」

真澄がその仕草に無意識に乗り出して口を開けるとマヤも一緒に口を開けている。もう口の中の

ケーキがどんな味がするのかわかるはずも無い。目の前にいながらたった今見せたマヤの無防備

な顔が脳裏から離れない。

何の返事もせず無言になっていると、


「少なくて味が判らなかったかな?それじゃあもう一口ね、はい」

またまたケーキを乗せて差し出してくる。体が条件反射のように同じ行動を繰り返す。『あ〜ん』と

言っているマヤの顔を見ながら(俺はもうヤバイかもしれない・・・)と、感情の昂ぶりを理性を総動員

して必死に押さえ込んだ真澄がいた。


「マズイだろう・・まったく・・(その顔は)」

聞こえないように小声で呟いた声にマヤが素早く反応する。


「えっ?美味しくなかったですか、やっぱり速水さんには甘すぎたのかな。でもこれ男の人も大丈夫

なように甘さ控えめって感じしたのにな・・」

口を結んで首を傾げるマヤを見て、慌てて


「違う、違う、ケーキは美味しかったよ」

照れ隠しに店員を呼んでコーヒーの追加をする。

運ばれてきたコーヒーと共に店員が2枚のクリスマス用のメッセージカードを差し出してきた。さっき

のケーキを買うと付いてくる物だという。


「その場でカードの交換するのかな、書かれてる内容を想像するとちょっと恥ずかしいですよね」


「そうか? 来年もよろしくとか、健康に気をつけてとかが普通だろ」


「もう、速水さんったら何言ってるんですか年賀状じゃあるまいし、クリスマスの夜の恋人たちの間で

そんなやり取りありえないでしょ。【ずっと私だけのサンタでいてね】 とか 【朝まで君と一緒にいたい】

とか 【来年のクリスマスも君を予約だ】 とか 【プレゼントは私・・気に入ってくれるかな】 なんてのが

普通ですよ」

真澄のボケっぷりにマヤが勢いで答えていたが喋っていて気恥ずかしくなってしまった。


「とにかく、そういうものなんです」


「そうか、そういうものなのか。それじゃあ、俺たちはサンタに手紙でも書くとするか」

そう言うとマヤに一枚カードを渡した。


「えーっ、速水さんでもサンタさんへプレゼントねだるの?そんなに大きいのに、なんか可笑しい」

おどけたようにマヤが言った。


「俺だって欲しいモノぐらいあるぞ」


「フフフ、真澄ちゃんがいい子にしてたらきっと貰えますよ・・・なんちゃって」

からかうようなマヤの言葉に思わず笑い出してしまった。


「それじゃあ私も欲しいモノ書いてみようかな。でもこんなお願い事じゃさすがにサンタさんでも無理

かもしれないな」

二人は同じように小さなカードに真剣にペンを走らせていた。


真澄もマヤもお互いに相手がサンタに何をお願いしたのかとても気になっていた。だからといって

自分の書いた内容は知られたくはなかった。


「チビちゃん、サンタからのプレゼントはさすがに無理だろう、まさかまだ信じてるとは思ってないが。

よかったら俺が贈ってやろうか。さあ、そのカードを見せてみなさい」

いつのまにか真澄の言い方は相手に有無を言わせぬ大都の社長のものだった。


「・・速水さん、怖い。それに年上ぶっちゃって、そんな言い方する速水さんなんて大嫌い」

プンとふくれてマヤがすっかり機嫌を悪くしてしまった。


「それに速水さんからのプレゼントはもう貰ったし、サンタさんからのは特別だからいくら速水さん

でも絶対に無理なんですよ」


「そうだな、サンタからのプレゼントは特別なんだな。悪かった」

素直に詫びる真澄に解ればよろしいとばかりにマヤが大きく頷いた。


「さっ、ケーキも食べた事だし、もう帰りますか・・」


「またケーキか、次は仕事でケーキのリポーターでもやってもらおうか」


「えっ? ホントにいいんですか、やりたいやりたい是非お願いします」


真剣な表情で小首を傾げ覗き込むようにお願いしてくるマヤを見ると、そんな企画ならいくらでも

通してやるさと相変わらす邪な考えを巡らす真澄だった。














「水城さん、ただいま」

秘書室へ戻ってきたマヤが水城に声をかける。


「社長、マヤちゃんお帰りなさい。どう?いいのは買えたかしら」

真澄の顔と秘書室の時計を交互に見ながら、まあこの程度の時間なら許容範囲ですわよとばかり

の視線を真澄に送る。ついでに嫌味も忘れない。


「あら、社長 仰っていた季刊誌はどうなさったんですか」


「あっ、ああ、それなら売り切れで入荷次第届けてくれるよう手配してきた」

顔も見ずに答える真澄に白々しい言い訳ですこととばかりに肩をすぼめる水城だった。


「速水さんにいろいろ選んでもらったので英会話の方は今日からちゃんと少しずつ勉強します。三日

坊主で終わらせないから安心してくださいね。それより今日、とっても楽しかったんですよ、あれって

世間的にはデートっていうのと同じなんだろうなあ、ねえ速水さん」


「さ、さあ、俺にはよく解らないが」


「まあ、楽しんでらしたんですね、社長。よかったじゃないですか」

これで仕事の方はしばらく順調だわと計算する秘書の姿があった。


「そうだ、これ、私飲まないから水城さんよかったらどうぞ」

マヤが取り出したのは福引で当たったワインセットだった。

当然ワイン好きの水城が断るはずもなく

「マヤちゃんありがとう、遠慮なくいただくわね」

と、それを受け取ると自分のデスクに置いた。


マヤは真澄に本屋に付き合ってもらったことやマフラーのお礼などをもう一度言い帰っていった。







今日の仕事もそろそろ終わりにしようかという頃、ノックと共に水城が社長室へ入ってきた。


「社長、今日マヤちゃんから貰ったワインセットなんですけど、今仕舞おうとしたら裏のリボンにカード

が挟まってまして・・私宛かと思い読んでしまったんですけど、社長からマヤちゃんに返しておいて

もらえますか」


水城は意味ありげに微笑みながら真澄にカードを渡した。













(わぁー! カードが無い、どうしよう何処いっちゃったんだろう・・・)


確かにバッグに入れたはずのカードが見つからずマヤは少しパニックになっていた。ケーキを食べて

からの行動をいろいろ考えたりもした。


(駅を出てから買った肉まんのお店かなあ、お財布出したとき?)


そんなに距離があるわけではないので、とりあえず行ってみようとコートを着て貰ったマフラーを巻き

家を出る。


(あんな小さいカード落としたら見つかるわけないじゃない・・ねえ)

自販機で買ったミルクティーで暖をとりながら公園のブランコに座りため息をついた。座ったまま前後

に揺らすとキイキイと金属音が寂しげに寒空に響いた。


「こんなにドジじゃサンタさんも呆れちゃうよね」

自分に言い聞かせるようにボソッと呟いた言葉に背後から応える声があった。


「チビちゃんのドジはサンタもよく知ってると思うから見捨てやしないさ」

どうしても振り返る事が出来ずにキイキイとブランコをゆらし続けていると声の主がマヤの前に回って

きた。


「遊ぶ時間にしては遅すぎるな、一人で出歩く時間じゃないだろう。家にいなければ心配する」


「速水さん、私の心配してくれるんですか?」

真澄の顔を見上げながら聞くと、マヤと視線を合わせるようにしゃがみ込み優しい瞳を向ける。


「当たり前だろう、君の心配をするのはたぶん俺の趣味だな」

そう言うと不恰好なマヤのマフラーをふわりと巻き直し、隣りのブランコに座った。


「私に何か用事があったんですか?」


「・・・今日、水城君にワインセット渡しただろう、福引の」


「ええ、私は飲みませんから。えっ、まさか速水さんが欲しかったの?」


「違う、違う、そうじゃなくて。あのリボンに付いてたんだよこれが」

マヤの方に向けてカードを見せる。それを確認すると、


「あーっ! やだやだ、どうして!」

焦って真澄の手からそれを取り上げようとするマヤだが、立ち上がって腕を伸ばされてしまってはもう

どうやっても届くはずはなかった。


「速水さん、読んだんですか?ねえ読んじゃったの?」

必死になって詰め寄るマヤの姿があまりにも愛らしく、思わず片手で頬を包み瞳を覗き込んでしまっ

た。


「読むつもりは無かったんだが、目に入ってしまった。返せというなら返すが俺としては貰っておきたい

んだが、いいだろうか」

マヤの前に同意を求めるようにカードを差し出した。





―― サンタさんへ ――


私の目の前で今、速水さんがあなたへお願いする

プレゼントを子供のように真剣に書いています。

サンタさんからのプレゼントで幸せな顔をする速水さん

を私に見せてください。彼の笑顔が私が望む一番の

贈り物です。


だから…どんな願いでも叶えてあげてください。

―― マヤより ――







「・・ズルイ・・見ちゃって。せっかくサンタさんにお願いしたのに」

口を尖らせてあきらかに不満そうな顔を真澄に向けるマヤ。


「ああ、そのおかげで今年はすごいプレゼントが貰えそうだ」

真澄がポケットから自分の書いたカードを取り出しマヤに手渡す。


「俺だけ見たんじゃフェアじゃないからな」




  

 
To Santa


あなた宛の手紙を書くのは実に20数年ぶり、小さい

ときはその存在を信じて疑わなかったのに。

今年もし、俺の前で無邪気にペンを走らせている

愛しい子と一緒にイブやクリスマスを過ごす事が

できたなら、あなたの存在を俺は永遠に肯定する

だろう。

From M.Hayami









「これって、速水さんが私と一緒にクリスマスを過してもいいってこと?」


「俺がチビちゃんと居たいんだ。好きな子と一緒に過したいって思うのは当然だろ。俺の欲しいプレ

ゼントはどうやら君が贈ってくれるらしいからな」


「じゃあ、あのディナーも一緒に行ってくれるんですか?」


「チビちゃんが誘ってくれるんなら喜んでお供しますが」


「だって、速水さん好きな人と行きなさいって言ったじゃない。だから、私・・」

そう言うと真澄の頬に素早くキスをした。大胆な行動に驚いた真澄だったが咄嗟にマヤの手首を掴む

とその体を覆い尽くすように抱き締めた。


「だから、私?・・・マヤ?」

マヤの言葉を促すように優しく聞いた。


「速水さんが好き、大好き。ずっとあなたの一番傍にいられる存在になりたかった」


「俺の中でチビちゃんはもうずっと前から特別な、いや大切な存在だった。大切に思い過ぎて君に

気持ちを伝える事が怖くて出来なかった。でももう迷わない、俺の手でマヤを誰よりも幸せにする。

愛してる、俺にはマヤが必要なんだ」

堪えきれなくなった涙がマヤの瞳から溢れ頬を濡らす。真澄は親指で優しく撫でるようにそれを拭う

と両手で冷たくなったマヤの頬を包み込み啄ばむような愛しいキスを降らせていった。









「わあ〜、速水さん見て見て、雪、雪降ってきた」

真澄は降り出した雪の中を嬉しそうにはしゃぐマヤの姿を眼で追いながらこの上なく幸せな笑顔を

向けていた。それに気付いたマヤが駆け寄ってくる。


「その笑顔も〜らい! 私、速水さんの笑った顔たくさん知ってる。それってやっぱり特別なのかな?」


「ああ、そうだ、俺にとっての特別はチビちゃんだけだ。ところで、今年はイブもクリスマスも一緒に

過してくれるんだったな」


「それがサンタさんに望んだ事なら、私が絶対に叶えてあげなくちゃね!」

無邪気な笑顔を浮かべ真澄をドキリとさせる。


「それじゃ、早速水城君に言って2日間の休暇だな」


「えっ?休・・休暇って・・?」

驚いて口篭りながら聞くマヤに、

「48時間は俺と一緒にずっといるって事だろ」

イタズラっ子のように笑ってマヤの顔を覗き込んだ。


「!!!」

真っ赤になった顔で目を白黒させているマヤに、

「俺はもう君に対して遠慮はしないから覚悟しておくんだな」

有無を言わせぬ真澄の言葉にますます赤くなったマヤが俯いたまま消えそうな声で返事をした。



「・・・はい・・」





終わり




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