お正月明けのお楽しみ


「おかえりなさ〜い!真澄さん!!」

いつもよりも更に大きく元気なマヤの声が屋敷中に響き渡った。


・・・2人が結婚し、賑やかになった速水家では、マヤを加えての初めてのお正月も明け、普通の日常を取り戻し

つつあったのだが・・・。

「ああ、ただいま。やけに機嫌がいいな。何かいいことでもあったのか?」

早足で歩く真澄を追いかけながら、マヤはニヤニヤとしながら答えた。

「だって、今日は1月19日よ♪ 何の日か知らないの?真澄さん?」

「1月19日・・・・なんだ?何かあったか?俺にはさっぱり分からんが・・・。」

それを聞いたマヤは、 やっぱりな〜という表情で真澄を見上げた。


「あ〜あ、真澄さんってば、本当につまんないの〜! 今日はね、お年玉付き年賀ハガキの当選番号発表の

日よ!あたし、すっごく楽しみにしてたの! 」

思いもつかなかった解答を聞き、フッと笑ってしまった真澄。

「マヤ・・・いかにも君らしい地味な楽しみなんだな・・・クックックッ」


「もう!真澄さん、毎年チェックしてないの? だって、真澄さんにはたくさん年賀状来ていたじゃない?あたし

なんて、毎年すっごく少なくて全然当たらないんだもん・・・。ねえ、真澄さんの分も見ていい?当たったらあたしの

物でもいい?」

「クックックッ・・・好きにすればいいさ。 毎年、めんどうだから調べたことはないぞ。  そういえば、子供の頃

はそんな楽しみもあったかもしれんが・・・。」

「ええ?やだやだ、毎年チェックもしてないなんて信じられない・・・もったいないわよお〜。」

「おいおい・・・俺が毎年毎年、そんな事を楽しみにしてチェックしている姿、想像したことあるのか?」

真澄は、そう言いながら書斎に入り、今年到着した分の年賀状の束をマヤに差し出した。

「わあああ!すごい数!これだけあれば、1等も当たってるかも♪楽しみ〜〜〜!」

「オヤジにも聞いてみたらどうだ?多いほうが調べるのも楽しいだろう?」

「あ、お義父さんは、さっきから居間で調べてるところよ!」


『・・・・・オヤジまで!!!!』

真澄は、英介がせっせと年賀状と新聞紙を見比べている姿を想像して顔を引きつらせていた・・・。







2人が居間に行くと、肩を落としながら歩く英介とすれ違った。

・・・どうやら、英介の分は、切手シートが数枚しか当たっていなかったとのこと・・・。

「ああ・・・無念じゃ・・・。」

英介はそう言いながらトボトボと居間から出て行った。

「あ〜あ・・・お義父さんもたくさん年賀状持っていたのに、それでも4等の切手シートなのかあ・・・。やっぱり運なの

かなあ〜。」

マヤはブツブツ言いながら新聞を広げた。

「あたし宛の年賀状なんて、ちょこっとだもんなあ〜。」

「それは当たり前だろう?結婚したんだから・・・。」


結婚してからの年賀状は、「速水真澄・マヤ様」と連名で書かれているのがほとんどである。真澄とマヤの共通の

知り合いが多いので仕方がないことだ。 

「あれっ?」

マヤはふと桜小路から真澄に宛てられた年賀状を見つけ、少し驚いた。


「・・・桜小路君、2通も年賀状出してくれたのね・・・。あたしにも来ていたわよ。真澄さんにも別で出してるなんて

知らなかった。」

「・・・そうなのか?・・・律儀なヤツだ。てっきり、俺のほうだけに来たのかと思っていたが・・・。」

ちなみに、真澄宛の方には無難な絵入りの年賀状で、コメントは一切なしであった。


『桜小路め・・・マヤにはどんな年賀状出しやがったんだ?見たい・・・・。』

真澄はたかが年賀状とはいえ、桜小路が個別でマヤに出してきたというのが気に入らない。


「マヤ・・・悪いが、コーヒーを持ってきてくれないか?」

「え?ああ、うん・・・今頼んでくるね・・・。」

マヤが居間を出ていくのを確認すると、真澄はマヤの年賀状をざっと手に取り、桜小路からのものを探した。


『これか!!』

数少ない、マヤ宛の年賀状からは容易に探し当てることができた。


『な、なんだこりゃ!あいつ・・・』

真澄は、その年賀状を見て絶句した。

・・・ウシなのかラクダなのか、未知なる生物なのか理解できないようなヘンテコリンな羊の絵・・・。

『これ・・・あいつの自作か?』

どうやら、プリントゴッコで作成したと思われる趣味の悪い年賀状である・・・。 コメントもやたらと大きな汚い字で

書かれている。


【春からの公演一緒にガンバロウ!今年もENJOYしようゼ★ 4649(ヨロシク)!! YOU】

「・・・・・・・。」

あまりにセンスのない絵とコメントに、しばし絶句する真澄。 

しかも、右下の隅には、〔優〕 というハンコが押されてある。

『このハンコ・・・まさかイモで作ったんじゃ・・・・。桜小路・・・相変わらず地味なキャラだ・・・。 しかしまあ、

これだけ上手に芋版を作れたなら、仏像彫りの修行も役に立ったということだな・・・。』

冷静にそんなことを考えながらも、コメントを読み返してみる・・・。


『ふん、一緒にガンバロウ・・・だと?公演より何より、どっかの寺で絵画と書道の修行でも行って来い!それに

エンジョイって何だ?マヤと一緒にエンジョイしようなんて、100年・・・いや、1000年早い! お前は永遠に

一人でエンジョイする人生なんだよっ!』

毎度おなじみの、真澄の嫉妬に火が付き始めた。 春からは、またマヤと桜小路が長期の公演をスタート

させるのだ・・・。


「真澄さん!コーヒー頼んできたわ!」

真澄は、慌てて年賀状を元に戻した。


「ん?どうかしたの?真澄さん・・・なんか怒ってるみたい・・・。」

「な、なんでもない!さあ、早く番号見たらどうだ?」


・・・マヤは、嬉しそうに頷いて、番号チェックを始めた。







「えっと・・・えっと・・・これは・・・あ、ダメだわ、惜しいのになあ〜!」

番号チェックをするマヤは、真澄から見るととても手際が悪く、かなり時間がかかりそうだ。

「おいおい・・・全部のケタを見るんじゃなくて、下2ケタくらいをざっと見ていけば早いだろう?」

ついつい、口を出してしまい、真澄もマヤの横に並んで年賀状と新聞をにらめっこすることになった。

手伝うという名目で、マヤの横にピッタリとくっつくことができて、真澄の内心はかなり嬉しかったのだが。

そしてそのお陰で、どんどん効率良く調べることができ、真澄の年賀状のチェックがすべて終わった。

「ああ〜!やっぱり4等ばっかりだあ・・・あとは、あたしのヤツだけだわ。」

マヤが自分の年賀状をかき集めると、ペラッと桜小路からの年賀状がテーブルの上に舞い落ちた。


『うっ・・・・!!』

真澄は、再び嫌な気分を思い出して腹が立ちそうになっていたので、思わず視線を外した。  

そんな事には全く気付かないマヤ。

「ねえねえ、これ、桜小路くんから来たヤツなんだけど、イモでハンコ作ったのかなあ?すごいわよね〜。」

しみじみと感心しながらそんな事を言い始めた。


「・・・まあな。」

口ではそう言いながらも、真澄はマヤの心が桜小路の年賀状に行っているのが腹立たしくて仕方がない。

『ふん・・・たかが芋版くらいでマヤの気を引こうとするなんて、とんでもないヤツだ! マヤもマヤだ・・・そんな

ことで感動するなら、俺も来年彫ってやる。しかも、イモなんてくだらん素材じゃなく、高級国産マツタケでも

使ってやる!!』

真澄がしょうもない敵対心をむき出しにしているのも知らず、マヤは黙々と作業に取り掛かっていた。


「あ!!うそ・・・当たってる??ねね、真澄さん、これ見て!!」

突然、マヤが叫んだ。

「なに?どれだ?見せてみろ。」

真澄はマヤから年賀状を渡されて番号を調べてみると・・・・なんと、2等が当選していることが発覚した。

「当たってるぞ!2等じゃないか。」

「やっぱり!!すごいすごい〜!こんなの初めて!!桜小路くんに感謝しなくちゃ!!」

「な、なに?桜小路・・・・・?」

よくよく年賀状を見てみると、あのセンスのない桜小路からの年賀状であった・・・。


『桜小路からのヤツが当選してたなんて!!!』

「わーい♪わーい♪ 2等はね、デジカメとかDVDプレーヤーとか、高級万年筆とか・・・選べるみたいよ! 

あ、でもでも、あたしね、どうしても『ふるさと小包』が欲しいの〜!これに決定!!」

マヤは、あまりの嬉しさに興奮し、手に持っている桜小路の年賀状に何度もキスをしながら小躍りしはじめた。


「・・・・!!!!」

メラメラと嫉妬に燃える真澄。

『くうう・・・たかがハガキとはいえ、桜小路が送ってきた年賀状にキスをするなんて!!マヤ!君はどうか

している!!』

・・・実際は、そんな事で嫉妬する真澄のほうがどうかしているのであろうが・・・。

「マヤ! 君は本当に欲しいのか?そんな、『ふるさと小包』なんて・・・。」

急に機嫌の悪くなった真澄を見て、ふとマヤは気がかりに思った。

「あら・・・真澄さん、もしかして高級万年筆がいいの?会社で使うとか?」

「ば、ばかを言うな・・・。」

『なんでこの俺が、お年玉付き年賀ハガキの当選品の万年筆を使わなくちゃいけないんだよ!しかも、桜小路

からの年賀状の当選品なんて!!いくら高級品でも冗談じゃないぞ! 俺は、桜小路からのハガキが当たって

君が喜んでいるのが気に入らんのだ!』

・・・もちろん、そんな事は言えないのが真澄である。


「じゃあ何?・・・せっかく当たって喜んでいるのに・・・変な真澄さん・・・。」

「うっ・・・あ、そうだ、ちょっと考えたんだが、それは高級万年筆にして、オヤジにプレゼントしたらどうだ?喜ぶぞ?

さっき自分の分が切手シートだけだってガッカリしていたじゃないか!そうだ、それがいい!」

真澄は、我ながらナイスな案が浮かんだ事を誇りに思っていた。

「ええ?お義父さんに?うーん・・・そうか、そうね・・・。でも、それだったら『ふるさと小包』にして、みんなでおいしい

物を食べても同じだと思うんだけど・・・。」

「そ、そうじゃないだろう?プレゼントというものは、みんなで分かち合うものよりも、個人的なもののほうが喜ばれる

んだ!」

真澄は、すごい鼻息でマヤに近寄って言い放った。


「そ、そうね・・・分かったわ。」

・・・結局、真澄の説得力のある言葉により、せっかくマヤが当選した2等の賞品は、高級万年筆として英介に

贈られることになった。





それから数日後・・・。

マヤは、高級万年筆を英介にプレゼントすると、それはもう、とても喜ばれて幸せな気分になった。

「マヤさん、本当に嬉しいぞ・・・ありがとう。」

「あ、はい。よかったです!真澄さんとも相談したんですよ〜。」

『よかったわ♪喜んでもらえて・・・・。』

そして、それと同時期に、全都道府県の名産物の詰め合わせが真澄の手配によって速水家に届けられた・・・。


「すごい〜!!2等の『ふるさと小包』よりもたくさん!!やっぱり真澄さんの言う通りにしてよかったわ♪」

マヤはそう言うと、青森の名産であるリンゴをひとつ取り出し、ガブッと丸かじりして真澄を見上げた。


「おいしい〜!最高!!」

「おい、行儀が悪いぞ・・・クックックッ」

真澄は、マヤがおいしそうに食べている顔が一番好きなのかもしれない、と自分でも思う。 しかし、これが

桜小路からの貢物だとしたらそんなことを考える余裕さえなかっただろう。


「ねえ!!真澄さんって、本当に心の大きな人なのね!!」

唐突にマヤがそう言った。


「な、何だ?急に・・・・。」

「だってさ、あたしがあんなに当選して喜んでいたのに、それをお義父さんに譲るようにアドバイスするなんて!

すごいわ。」

「ハ・・・ハハ・・・当然だろう? 俺を誰だと思っているんだ・・・。」

「うふふ・・・さすが大都芸能の速水社長、ね!」

マヤは、ニッコリしながらそう言った。

『桜小路の年賀状・・・万年筆と引き換えた後に抹殺したことは、マヤには黙ってこう・・・。』

真澄は心の中でそう思った。


・・・そう、彼の名は、速水真澄。 大都芸能の鬼社長であり、大きくて広く見える心の中はマヤに対する想い

だけではなく、想像を絶する嫉妬心が底なし沼のように深く渦を巻いているのだ・・・。







おしまい





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送