マヤは抵抗すらせず、胸の中でしゃくり上げるように泣き続けているままだ。
・・・なるべく感情的にならないように、語りかけるように言葉にした真澄。
短い沈黙が2人を包んでいく・・・。
絡んでいる大切な女優だから・・・」 ようやく口を開いたマヤは、やはり下を向いたまま、そう呟いた。
真澄は抱きしめる力をますます強め、右手をそっとマヤの頬へと移動し、涙に触れる。
俺は、君をずっと見てきた。 君を・・・愛している・・・」 震える指で、マヤの髪をそっとかきあげる。
くせに!! ヘンです、そんなの・・・おかしいです。」 「・・・・・。」 うまく言葉を捜せない真澄は、軽く深呼吸をし、もう、すべてを伝えるしかない、と心に決めていた。
「・・・そんな!・・・結婚相手なのに・・・ですか?・・・」
それは愛することとは別問題だと思っている。」 「・・・・・。」
でも・・・君が他の誰かをそれほど強く想っていると聞かされた時から・・・何も考えられなくなった。」
また、止まりかけていたマヤの涙が溢れるように頬を伝っていた。
真澄は、マヤを抱きしめていた手の力を弱めると、彼女を解放した。
歩いた、あの日の事だ。」 マヤは、涙を止めようとギュッと唇を噛み締め、真澄の言葉に耳を傾けていた。 「俺は、毎年雪が降る度に、あの日の事を思い出している。・・・・おかしいか?」 ふいにマヤを振り返ると、真澄は悲しそうにそう呟いた。
そして、ゆっくりと首を左右に振り、一瞬、窓の外の雪を確認するように視線を移す。
・・・突然のマヤからの質問。・・・真澄は少しとまどいながらも答えを出した。
2人の視線が熱く絡む。
だから・・・あたし、またあの時と同じ道を歩きたくなって・・・。」 「・・・チビちゃん・・・」 真澄は、無意識に早くなる鼓動を微かに感じていた。
全然分かってないです・・・」 「・・・・・・。」 「さっきだって・・・あたしが何も言えないくらいに、自分の気持ちばっかりで・・・」 「・・・・・・。」
「そうかもしれないな・・・」 そう言葉を出すのがやっとのことだった。
「速水さん・・・あの紙袋、取ってもらえますか?」 「・・・??・・・」 真澄は唐突なマヤの言動に少しためらいながら、紙袋の取っ手をゆっくりと掴んだ。 「これでいいのか?」 当然マヤが手を伸ばして紙袋を受け取るのだと思いきや・・・彼女は手も出さず、下を向いたままで真澄に 向かってポツリと呟いた。
「・・・!!」 真澄は、手元の紙袋を軽く覗き込んでみる。
マヤは、顔も上げずに掛け布団を軽く摘み、じっと真澄の返答を待っていた。
「・・・・・。」
きっと食べてもおいしくないし・・・。あたし、お料理とか得意じゃないから・・・好みに合わせた味にもできないし、 不器用だから、包装もグチャグチャだし・・・」 マヤはそこまで言うと・・・もう何度目だろうか・・・溢れてゆく涙の雫が頬を伝う。
想いを抱えながらチョコを作ることが、こんなに辛いなんて、想像したこともなかった・・・」 「・・・・・・。」
速水さんが、結婚しちゃう前に、最後のバレンタインに・・・って・・・」 「チビちゃん!!」
マヤは、真澄から『愛している』という言葉をもらっていてもなお、・・・心に余裕を持つことなど、できなかった。 自分には1%の可能性すらないと思っていたのだから。 大人の真澄にとって、自分をからかってみることくらい、 容易な事なのだから・・・。
あたしの手作りチョコ、受け取ってくれますか・・・?」 最後のほうは、ほとんど声になっていなかった。 溢れ出す、熱い涙と真澄への想い・・・。 両手で顔を隠しながら精一杯の言葉を出しきったマヤは、ただひたすら、真澄の言葉を待ち続けていた。
真澄はそう言うと、一つしかない、薄紫色の包装紙で包まれた箱を取り出した。
そっとベットに腰をかけ、ガサガサと包みを剥がしていく真澄。
夢を見ているのではないか?と小さく息を呑みながら、布団を握り締めている手に力を込める。
確かに、素晴らしく美しい出来栄えとは言えないものの、確実に真澄の心を響かせるような、暖かい雰囲気が 広がっていた。 ・・・トッピングには、小さな星の形のホワイトチョコが飾られている。
いかにもマヤらしい発想のチョコレート。 「食べるのがもったいない位だな。」 真澄はそう言いながら、すぐに一つを取り出し、口へと運んだ。
マヤが慌ててそう言ったのに、真澄は静かにチョコを噛み締め・・・天井を見上げて目を細めていた。
鼓動が速くなる。 『速水さん・・・早くなんとか言ってくれればいいのに!!』
「おいしい・・・。今まで食べたチョコの中で、最高の味だな。」 「う、う、う・・・嘘ばっかり!!」 ・・・マヤはバカにされたのかと思い、真澄の背中を軽く叩く。
そして手に持っている箱をサイドテーブルに置き、マヤの顔をゆっくりと自分の方に向かせ・・・・ マヤの表情を確認するかのように・・・静かにに唇を合わせた。
真澄はそっと唇を離すと、マヤの耳元で囁くようにそう言った。 マヤは余りにも突然のキスに身動きができず、首元まで赤くなりながら、パクパクと口を動かす事しかできない。
真澄は、愛しい想いのすべてを言葉にするように、マヤに語りかけた。 「君の気持ちも、ハッキリと聞かせて欲しい・・・。 俺の勝手な勘違いではないと思いたい・・・」 マヤは、まだキスの余韻に浸っているのか、とても言葉にできる状態ではなかった。
じっとマヤから視線を外さない真澄。 ドキドキしながら、マヤは何とか言葉を出そうと必死になってみる。
マヤは、どうにかそう言うと、余りの恥ずかしさで、思い切り布団をかき集め、顔を隠して潜ってしまった。
真澄は窓の外をさり気なく確認し、少し首を傾げていた。 「そうだな・・・少し落ち着いたようだな・・・」 マヤは、それを聞くと、少し溜息をついた。
真澄がからかうようにそう言ったので、プイと横を向いてしまったマヤ。 「・・・違うのか?じゃあ、何だ?」
真澄はマヤの拗ねている横顔を見ながら、ついつい、こんな顔見たさでからかってしまう自分に呆れていた。
「・・・・!」 マヤの胸の奥で忘れかけていた『最後』という言葉が目の前によぎっていた。
口に出してはいけないことだというのは、自分でもよく分かっていた・・・。
真澄のさり気ない言葉。・・・マヤには重く重くのしかかる、辛い現実。 もう、真澄が独身でいる冬は、終わろうと しているのだ。 例え、毎年雪が降っても・・・あんな風に街を2人で歩くことは、できないことだと・・・。
マヤは、気持ちを抑えるように、静かにそう答えた。
・・・突然、彼女に歩み寄ると、はっきりと言葉を投げかけていた。
「・・・・え??」 思わず、真澄に視線を奪われる。
「でも・・・!」 「君は・・・この件に関しては、何も考える必要はない。 俺が、決めたことだ。それだけだ。 しばらくは、 俺を信じて待っていて欲しい。」 「・・・・。」
力強い、真澄の言葉。
自分が幸せになる為に誰かを傷つけ、運命を変えてしまうのではないか、という不安が広がっていく。 ・・・あたしは、とんでもない贅沢を手に入れようとしているのではないかしら・・・ マヤの心の不安を取り除くかのように、真澄は彼女を大きな腕で抱きすくめた。
「速水さん・・・」 「君にも、俺のせいでずいぶん辛い思いをさせてしまった・・・。許して欲しい。 ・・・そして、誰よりも幸せに したいと思っている。」
そして、とまどう気持ちは完全に消え去ったとは言えないものの、体中で真澄の愛情を受け止めようとしていた。
と静かに言葉に出したマヤ。 ・・・真澄は、マヤの髪をくしゃくしゃに撫でながら、大きな息をついた。 「ありがとう・・・」 マヤを強く抱きしめる真澄の声は、少し震えているようにも感じた・・・。
もちろん、それを見上げるのは、2人一緒だった。
「もう! それはもう、言わないで下さい!!」 2人の賑やかな声が風に乗って響いていく。
ほんの少し前まで、あれほど遠く感じた真澄の存在が嘘のように感じられる・・・。
真澄は、そんなマヤをやさしく抱きしめ、自分もまだ信じられないという思いを抱え、夢でないことを再確認するかの ようにキスを与えるのだった。
これからも、ずっとずっと、隣を歩いてくれますか・・・?』
ずっと2人で・・・。』
するかのようにたくさんの星が輝いていた。
そしてこれから、本当に人生を共にするまで、数々の試練があるだろう・・・。 それも2人で乗り越え、何もない日でさえ記念日になるように・・・2人でいる事を当たり前と思わないように。
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