この想いを届けたくて 5



真澄はそっと立ち上がると小さなマヤの肩を引き寄せ、自分の胸の中にすっぽりと閉じ込めた。

マヤは抵抗すらせず、胸の中でしゃくり上げるように泣き続けているままだ。


「俺は・・・君にどれだけ嫌われていても・・・誰よりも君を想っている。」

・・・なるべく感情的にならないように、語りかけるように言葉にした真澄。


マヤは、一瞬ビクリと反応したが、顔を上げようとはしなかった・・・。

短い沈黙が2人を包んでいく・・・。


「それは・・・あたしが・・・あたしが紅天女の候補だからですよね。 速水さんが手に入れたい上演権が

絡んでいる大切な女優だから・・・」

ようやく口を開いたマヤは、やはり下を向いたまま、そう呟いた。


「違う!!」

真澄は抱きしめる力をますます強め、右手をそっとマヤの頬へと移動し、涙に触れる。


「そういう事ではない・・・舞台の上の君だけを言っているのではなく・・・上演権のことでもなく・・・

俺は、君をずっと見てきた。 君を・・・愛している・・・」

震える指で、マヤの髪をそっとかきあげる。


マヤは、おびえたように少し顔をあげたものの・・・拭いきれない不信な気持ちを真澄にぶつけていた。


「嘘です・・・そんなの嘘です!・・・だって、紫織さん、いるじゃないですか!! もうすぐ結婚しちゃう

くせに!! ヘンです、そんなの・・・おかしいです。」

「・・・・・。」

うまく言葉を捜せない真澄は、軽く深呼吸をし、もう、すべてを伝えるしかない、と心に決めていた。


「・・・・俺は、紫織さんを愛していると思った事は・・・一度もない。」

「・・・そんな!・・・結婚相手なのに・・・ですか?・・・」


「・・・仕事の為に見合いして選んだ相手だ。 ステキな女性だと思う。周りもみな、そう言う。 しかし、

それは愛することとは別問題だと思っている。」

「・・・・・。」


「君に嫌われていることは、百も承知だ。 想いを伝えることなど、許されないと思っていた。

でも・・・君が他の誰かをそれほど強く想っていると聞かされた時から・・・何も考えられなくなった。」


「は・・・はやみ・・・さん・・・」

また、止まりかけていたマヤの涙が溢れるように頬を伝っていた。


「すまない・・・・俺の身勝手な告白だ。 嫌な思いをさせてしまったな・・・。」

真澄は、マヤを抱きしめていた手の力を弱めると、彼女を解放した。


そして、おもむろに立ち上がると、ゆっくりと窓際まで足を運び、真っ暗な外をガラス越しに覗き込む。


「・・・すごい雪だな・・・。ここに来る途中、俺は昔の事を思い出していたよ。 ・・・君と2人で傘を差して

歩いた、あの日の事だ。」

 マヤは、涙を止めようとギュッと唇を噛み締め、真澄の言葉に耳を傾けていた。

「俺は、毎年雪が降る度に、あの日の事を思い出している。・・・・おかしいか?」

ふいにマヤを振り返ると、真澄は悲しそうにそう呟いた。


マヤは、真っ赤に泣きはらした目を隠そうともせず、まっすぐに真澄のほうに顔を向けた。

そして、ゆっくりと首を左右に振り、一瞬、窓の外の雪を確認するように視線を移す。


「速水さん・・・あの雪の日、速水さんはどこに行こうとしていたのか、覚えていますか?」

・・・突然のマヤからの質問。・・・真澄は少しとまどいながらも答えを出した。


「ああ・・・あれは確か、車が故障して・・・俺は、ロイヤルプラザホテルに向かおうとしていた・・・」

2人の視線が熱く絡む。


「・・・あたしも今日、雪の中であの日のことを思い出していました。 速水さんと雪の中を歩いた日のこと。

だから・・・あたし、またあの時と同じ道を歩きたくなって・・・。」

「・・・チビちゃん・・・」

真澄は、無意識に早くなる鼓動を微かに感じていた。


・・・この子は何を言い出すのだろうか? 


逸る気持ちと不安が胸を交差していくのが分かる。


「速水さん・・・。速水さんは・・・いつもいつも、一人で何でも勝手に決めてしまって、あたしの気持ちなんて

全然分かってないです・・・」

「・・・・・・。」

「さっきだって・・・あたしが何も言えないくらいに、自分の気持ちばっかりで・・・」

「・・・・・・。」


身動きすらできない真澄。

「そうかもしれないな・・・」

そう言葉を出すのがやっとのことだった。


マヤは、突然横を向くと、チョコの入った紙袋を指差し、真澄に告げた。

「速水さん・・・あの紙袋、取ってもらえますか?」

「・・・??・・・」

真澄は唐突なマヤの言動に少しためらいながら、紙袋の取っ手をゆっくりと掴んだ。

「これでいいのか?」

当然マヤが手を伸ばして紙袋を受け取るのだと思いきや・・・彼女は手も出さず、下を向いたままで真澄に

向かってポツリと呟いた。


「・・・速水さんの分のチョコ、ちゃんと・・・あります。その中に、入ってます・・・から。」

「・・・!!」

真澄は、手元の紙袋を軽く覗き込んでみる。


・・・中には、ありがちな包装の同じ箱が数個。 そして、一つだけ違う、少し大きな箱が一つ。


「速水さん・・・どれが欲しいですか?」

マヤは、顔も上げずに掛け布団を軽く摘み、じっと真澄の返答を待っていた。


「それは・・・俺に、選ぶ権利があるとでも言うのか?」


マヤは、コクリと頷き、小さな声で言葉を綴った。


「見れば分かると思いますけど・・・たくさんあるのは、義理チョコです。味は間違いないと思います。」

「・・・・・。」


「そして一つしかないのは・・・あたしが作ったチョコです。 何度も失敗した、すごいヘタなチョコなんです。

きっと食べてもおいしくないし・・・。あたし、お料理とか得意じゃないから・・・好みに合わせた味にもできないし、

不器用だから、包装もグチャグチャだし・・・」

マヤはそこまで言うと・・・もう何度目だろうか・・・溢れてゆく涙の雫が頬を伝う。


「辛かったです・・・・あたし、バレンタインって、もっと楽しいイメージしかなかったんです。 こんな、報われない

想いを抱えながらチョコを作ることが、こんなに辛いなんて、想像したこともなかった・・・」

「・・・・・・。」


「でも、どうしても気持ちを伝えたかったんです・・・。そうでもしないと、あたし、前に進めないって・・・。

速水さんが、結婚しちゃう前に、最後のバレンタインに・・・って・・・」

「チビちゃん!!」


真澄の目が、少し潤んだように見えた。

マヤは、真澄から『愛している』という言葉をもらっていてもなお、・・・心に余裕を持つことなど、できなかった。

自分には1%の可能性すらないと思っていたのだから。 大人の真澄にとって、自分をからかってみることくらい、

容易な事なのだから・・・。


「速水さん・・・さっき言ってくれた言葉、本当に信じてもいいんですか・・・?  もしも本気にしてもいいなら、

あたしの手作りチョコ、受け取ってくれますか・・・?」

最後のほうは、ほとんど声になっていなかった。 溢れ出す、熱い涙と真澄への想い・・・。

両手で顔を隠しながら精一杯の言葉を出しきったマヤは、ただひたすら、真澄の言葉を待ち続けていた。




「ありがとう・・・」

真澄はそう言うと、一つしかない、薄紫色の包装紙で包まれた箱を取り出した。


「開けてもいいのかな?」

そっとベットに腰をかけ、ガサガサと包みを剥がしていく真澄。


マヤは、ぼんやりと真澄を視界に入れ、

夢を見ているのではないか?と小さく息を呑みながら、布団を握り締めている手に力を込める。



・・・真澄が箱をそっと開けると、カップのチョコレートが10個ほど顔を出した。

確かに、素晴らしく美しい出来栄えとは言えないものの、確実に真澄の心を響かせるような、暖かい雰囲気が

広がっていた。 

・・・トッピングには、小さな星の形のホワイトチョコが飾られている。


「速水さん・・・星が好きだから・・・と思って・・・」

いかにもマヤらしい発想のチョコレート。

「食べるのがもったいない位だな。」

真澄はそう言いながら、すぐに一つを取り出し、口へと運んだ。


「あっ!は、速水さん・・・ほんとに、おいしくないかもしれないです!」

マヤが慌ててそう言ったのに、真澄は静かにチョコを噛み締め・・・天井を見上げて目を細めていた。


マヤは、気が気でない。 いつも高級な物しか食べなれていない真澄が、どう反応するのだろうか?

鼓動が速くなる。 

『速水さん・・・早くなんとか言ってくれればいいのに!!』


まるでマヤの心を見透かすかのように、真澄は少しの沈黙を楽しみ・・・やさしい瞳でマヤの顔を覗きこむ。

「おいしい・・・。今まで食べたチョコの中で、最高の味だな。」

「う、う、う・・・嘘ばっかり!!」

・・・マヤはバカにされたのかと思い、真澄の背中を軽く叩く。


真澄は、クックックッと笑いながら、真っ赤になって怒っているマヤを再び強く抱きしめた。

そして手に持っている箱をサイドテーブルに置き、マヤの顔をゆっくりと自分の方に向かせ・・・・

マヤの表情を確認するかのように・・・静かにに唇を合わせた。


甘い甘い・・・とろけるような、チョコの味が唇から伝わっていく・・・。


「本当に・・・おいしい・・・だろう?」

真澄はそっと唇を離すと、マヤの耳元で囁くようにそう言った。

マヤは余りにも突然のキスに身動きができず、首元まで赤くなりながら、パクパクと口を動かす事しかできない。


「愛している・・・」

真澄は、愛しい想いのすべてを言葉にするように、マヤに語りかけた。

「君の気持ちも、ハッキリと聞かせて欲しい・・・。 俺の勝手な勘違いではないと思いたい・・・」

マヤは、まだキスの余韻に浸っているのか、とても言葉にできる状態ではなかった。


「あたし・・・あの・・・」

じっとマヤから視線を外さない真澄。

ドキドキしながら、マヤは何とか言葉を出そうと必死になってみる。


「あたし・・・も・・・速水さんを・・・・・あいして・・・ます・・・」

マヤは、どうにかそう言うと、余りの恥ずかしさで、思い切り布団をかき集め、顔を隠して潜ってしまった。


真澄は、その様子がおかしくてたまらず、いつまでも笑い続けていた・・・。




それから少し経ち、やっとマヤは布団から顔を出すと、思い出したかのように呟いた。


「速水さん・・・雪・・・まだ降ってます?・・・もう、止んでしまったかな・・・・」

真澄は窓の外をさり気なく確認し、少し首を傾げていた。

「そうだな・・・少し落ち着いたようだな・・・」

マヤは、それを聞くと、少し溜息をついた。


「なんだ?どうしたんだ? これだけ積もれば、退院してからでも雪合戦くらいはできそうだぞ。」

真澄がからかうようにそう言ったので、プイと横を向いてしまったマヤ。

「・・・違うのか?じゃあ、何だ?」


「・・・・また、雪の中を歩きたいって思っただけです!! ・・・・・速水・・・さんと。」

真澄はマヤの拗ねている横顔を見ながら、ついつい、こんな顔見たさでからかってしまう自分に呆れていた。


「そうか・・・それは嬉しいな。 もしかしたら、今年の雪はこれで最後かもしれないからな・・・」

「・・・・!」

マヤの胸の奥で忘れかけていた『最後』という言葉が目の前によぎっていた。


・・・こんな風に両想いになれるとは、予想もしていなかった事。 もう、これ以上の望みは贅沢であり、とても

口に出してはいけないことだというのは、自分でもよく分かっていた・・・。


「安心しろ・・・また来年も、再来年も、冬は来る。・・・雪だって降るだろう。」

真澄のさり気ない言葉。・・・マヤには重く重くのしかかる、辛い現実。 もう、真澄が独身でいる冬は、終わろうと

しているのだ。 例え、毎年雪が降っても・・・あんな風に街を2人で歩くことは、できないことだと・・・。


「そうですよね・・・あたしも・・・そう思います・・・」

マヤは、気持ちを抑えるように、静かにそう答えた。


真澄にはマヤの心が見えたのだろうか・・・?

・・・突然、彼女に歩み寄ると、はっきりと言葉を投げかけていた。


「紫織さんとの婚約は、解消するつもりだ。」

「・・・・え??」

思わず、真澄に視線を奪われる。


「彼女には申し訳ないと思っている。 会社にも大きな痛手になる事も、すべて承知の上だ・・・」

「でも・・・!」

「君は・・・この件に関しては、何も考える必要はない。 俺が、決めたことだ。それだけだ。 しばらくは、

俺を信じて待っていて欲しい。」

「・・・・。」


「どんなに素晴らしい人生より、君と歩く道を選びたい。それが、俺にとっての最高の人生だと思う。」

力強い、真澄の言葉。


マヤの心の中が大きくざわめいていく。

自分が幸せになる為に誰かを傷つけ、運命を変えてしまうのではないか、という不安が広がっていく。

・・・あたしは、とんでもない贅沢を手に入れようとしているのではないかしら・・・

マヤの心の不安を取り除くかのように、真澄は彼女を大きな腕で抱きすくめた。


「君は、俺が守っていく。俺の決断で振り回された人々に、ちゃんと納得してもらえるように行動する。」

「速水さん・・・」

「君にも、俺のせいでずいぶん辛い思いをさせてしまった・・・。許して欲しい。 ・・・そして、誰よりも幸せに

したいと思っている。」


マヤは、じっと真澄の声に耳を傾けていたが、潤んだ瞳を真澄に見られないよう、また少しだけ唇を噛み締めた。

そして、とまどう気持ちは完全に消え去ったとは言えないものの、体中で真澄の愛情を受け止めようとしていた。


「はい・・・」

と静かに言葉に出したマヤ。

・・・真澄は、マヤの髪をくしゃくしゃに撫でながら、大きな息をついた。

「ありがとう・・・」

マヤを強く抱きしめる真澄の声は、少し震えているようにも感じた・・・。




・・・翌日はよく晴れ、澄んだ青空が広がり、夜にはたくさんの星が輝いていた。

もちろん、それを見上げるのは、2人一緒だった。


「あっさりと退院できてよかったな。 ただの寝不足で安心した・・・」

「もう! それはもう、言わないで下さい!!」

2人の賑やかな声が風に乗って響いていく。


マヤのアパート近くの、いつもの公園。

ほんの少し前まで、あれほど遠く感じた真澄の存在が嘘のように感じられる・・・。


マヤは、まだ夢の中にいるような不安を胸に秘めながら、隣にいる真澄に視線を移す。

真澄は、そんなマヤをやさしく抱きしめ、自分もまだ信じられないという思いを抱え、夢でないことを再確認するかの

ようにキスを与えるのだった。


『・・・速水さん、あたし、本当に何もできない人間だけど、速水さんを笑顔にすることくらいはできるかもしれない。

これからも、ずっとずっと、隣を歩いてくれますか・・・?』


『・・・マヤ、君を手放すことは、絶対にしない。これからまた巡る季節もずっと、2人で見ていきたい・・・。

ずっと2人で・・・。』


・・・2人を見つめている、大きな星空。 あの紅天女の里のような星の数はなくとも、今日の夜空は2人を祝福

するかのようにたくさんの星が輝いていた。



大切な記念日になった今年のバレンタインデー。 いつまでも忘れない日になるであろう。

そしてこれから、本当に人生を共にするまで、数々の試練があるだろう・・・。

それも2人で乗り越え、何もない日でさえ記念日になるように・・・2人でいる事を当たり前と思わないように。



2人は、ゆっくりと手をつないで、歩き出した。












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