タクシーに飛び乗った。
心の中は、とにかくマヤの顔を一目見て安心したい、という事でいっぱいになっている。
まさかとは思いながらも、自分でも信じられないほどに動揺しているのが分かる・・・。
真澄の心とは反比例し、渋滞している道路上のタクシーは、なかなか動かない。
あの子はまだ、覚えているのだろうか? それとも、頭の片隅にもないほどの事なのだろうか・・・。
真澄は過去をひとつひとつ振り返りながら、自分の諦めの悪さを痛感していた。
・・・真澄は、凍りつくかと思うほどの白く悲しい溜息をついた。
それは、自分の中で、結論として分かっていた事。
ふと気付くと、いつもあの子の事ばかりを考えている。
心からあの子を愛している・・・。
マヤと繋がることのできる現実があるのだとすれば、どんなことでも構わないのだから。 たとえ信号はいつも赤で一方通行だとしても・・・。 それが嵐の日でも・・・雪の日でも・・・。
そしてエレベーターを降り、目指す病室へと向かっている時、青木麗が病室を出てこちらに向かってくるのが 見えた。
「あ、ああ・・・たまたま、こちらへ向かう用事のついでだ。」 なるべく冷静にそう答える真澄。 麗は少し怪訝な表情をしたものの、 「そうですか・・・わざわざありがとうございます。」 と、頭を下げた。
「ああ・・・構わないが・・・」 麗に促され、2人はマヤのいる個室から少し離れた廊下の長椅子に腰をかけることになった。
いろいろ重なって、倒れてしまったみたいです。」 それを聞いた真澄は、ホッと胸を撫で下ろし、軽く息をついた。
しかし、何をそんなに寝不足になるような事を?・・・何か原因は・・・?」
必死で徹夜して作っていたんです。」
真澄は目を見開き、麗の横顔を見下ろすと、小さく息を呑んだ。 自分がどれほど動揺しているのかが手に取るように分かった。 ・・・なんとか平静を保つため、持っている トレンチコートを強く握り締め、麗からそっと視線を外す。
でもないって言うし。・・・あたし、寝たふりしていたんですけど、夜中にずいぶん泣いていたみたいで。辛い 片想いでもしているのかもしれません・・・。」 「・・・・・。」 「さっき、うわ言で『ロイヤルプラザホテルの前に・・・』って言っていたんです。 ひょっとして、誰かと 待ち合わせしていたのかも・・・」 「・・・!!」
あの子がそんな辛い恋をしているなど、考えたこともなかった。 もっぱら、真澄が危機感を抱いていたのは 桜小路であり・・・それ以外にマヤが想いを寄せるような誰かがいたなど、まさしく予想外としか言いようがない。
来ましたので、とりあえず失礼します。・・・本当に、ご心配かけてすみません。」 「ああ・・・分かった。ここは俺が引き受けよう・・・。」
「あの子が・・・一体誰を・・・・」 そう呟くとゆっくりと立ち上がり、まだ心の動揺が隠しきれないものの、吸い込まれるようにマヤの病室へと 向かっていった。
弱々しく・・・真澄は心が締め付けられる思いがした。
自分のほうに引き寄せてみる。 瞳は固く閉じられ、深い眠りに堕ちているらしい。 「チビちゃん・・・」 思わず声をかけてしまった。
今までにも数えるほど経験した、嫉妬という胸の痛み。・・・長い長い、片想いの年月。
いつの間にか立派な大人になったマヤは・・・この先どんな男と触れ合っていくのか・・・。 真澄は溜息をつき、静かに首を左右に振り、目を閉じた。 それだけは考えたくない・・・いや、考えないようにしていた。 実際、マヤにそういう相手がいないことを、自分はどこか安心していたのではないだろうか?
思わず彼女を抱きしめて自分だけのものにしてしまいたい、という衝動にかられていた。 遠くはないのかもしれない・・・。 彼女には、演劇だけに没頭し、できれば一生、誰のものにもならないで 欲しい、というのは、余りにも自分の勝手な考えではないだろうか・・・。 下を向くと、マヤの手の温かさを肌で感じ、体中で一瞬だけの幸せに浸っていた・・・。
マヤの微かな声が響き、真澄はハッと顔を上げる。 ・・・どうやら、マヤの手を握り締めたまま、うとうとと睡魔に襲われていたようだった。 「チビちゃん!!気がついたか?」 マヤは、視界にアップの真澄が飛び込んできたので、少し赤くなりながら、とっさに真澄の手を払う。
「・・・それは、俺が聞きたいくらいだ。 君は俺の前から走り去って雪の中をフラフラと歩いていたんだろう? 相変わらず君は役者としての意識が足りないというか・・・」 掴んでいた手を離され、ショックを隠すかのように、慌てて言葉を繋げている真澄。
起こした。
「・・・・。」 「さっき青木君に会った。・・・君が、徹夜して作ったというチョコの話だ。」 「・・・・うそ・・・」 マヤは、耳まで真っ赤になり、真澄から視線を外した。
君が何を考えているのか、俺には理解できん。」 結局、やりきれない気持ちを説教に変えた真澄は、自分でも情けないと思いつつ、冷たい口調になっていた。
様子を窺う。
・・・何も言い返してこないマヤを見ていると、ついつい口が滑り、しゃべりすぎてしまう真澄。
「え??あたしが・・・?」 マヤは、黙秘するつもりでいたのに思わず返答してしまった自分に気付き、慌てて口元に手をやった。 「そうだ。君は誰かに会いに行こうとしていたんじゃないのか?」 「・・・・・。」 また小さな沈黙が流れた。
「・・・言えません! あたし・・・それに、ロイヤルプラザホテルで誰とも会う約束なんて、してません。」 マヤは、震えながらそう答えると、真澄をまっすぐと見つめ、うっすらと涙を浮かべていた。
「は・・・速水さんなんて・・・嫌いです!大嫌いです・・・!」 とうとう、マヤは大粒の涙をこぼし、顔を両手で覆いながら泣き崩れていった。
もう、感情を抑えることができそうもなかった。
・・・力づくで彼女を抱きしめていた。 |
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