CLOVER
〜想いを風に乗せて〜お笑い編〜D
カランコロンカラ〜ン〜♪
「ありがとうございました〜」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
万里子が立ち去ってしまった店内。
今はただ、ひたすらに気まずいムードが広がっていた。
真澄の唯一の心の支え、 ”二人のアイランド” さえ、天井に吸い込まれるようにして消えてしまった。
そう、それはまるで楽しい夏の終わりを告げるかのように・・・。
静まり返る「喫茶10」。
そして二人の耳元には早くも新たな曲・・・・清水健太郎の ”失恋レストラン” が流れ始めていく・・・。
(・・・嫌な曲だな・・・)
真澄は顔を引きつらせるしかなかった。
有線とはいえ、なんという残酷なタイミングでこのような曲を流すのだろうか・・・。
(ハッ!まさか、桜小路のヤローがどこからか見張っていて公衆電話からリクエストでもしているのでは!!)
こんな状況でこういう発想に結びつけてしまうのは、彼ならではの特徴かもしれない。
真澄はキョロキョロと周りを見渡し誰もいないのを確認すると、ようやく馬鹿げた考えを振り払い、目の前の
マヤが完全に言葉を失って固まっていることを思い出した。
(いかん・・・こんなときにサクラコージなんてどうでもいい・・・・。な、なんとかしなくては・・・・・)
とにかく、自分が紫のバラを買い込んだ事がバレてしまったのだ。 いくら鈍感なマヤでも、紫のバラの人と
結びつけてあれこれ思考しているに違いない・・・。
彼の脳裏には先ほどの嫌な妄想が再び目の前をよぎり始めていた。
――速水さんなんて、大嫌い! (((大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い!!))) ――
泣き叫んで自分を睨みつけるであろう彼女の姿は胸を締め付けて止まない。
(マヤの泣き顔など、できれば一生見たくない・・・)
やはり・・・・ここであっさりとすべて真実を話すのは間違っているような気がする。 いや、それがとても怖いと
思う自分がいる。 ・・・・どうすればいいのだ・・・どうするべきなのか・・・。
(落ち着け!とにかく落ち着くんだっっ!!今までだって、こういうヤバイ展開はあったはずだ!)
彼は押し黙っているマヤを目にしながら、気を落ち着かせるためにグラスの水をゴクゴクと胃に流し込み、
遠い目をしながら過去の記憶を辿る。
そうだ・・・確かあれは、車の中に紫のバラを落とし、それを彼女に発見されてしまった時・・・そして、パーティー
でダンスの後、抱きつかれた拍子にヒヤリとした時・・・。
どうにかその都度 ”へたに詮索はしないほうがいい” だの”ラブシーンはまだ早いよ、チビちゃん” などと
誤魔化すことができたはず・・・。
(・・・・大丈夫さ・・・きっとどうにか乗り切れるさ・・・・)
真澄は軽く深呼吸をしてから拳に力を込めると、半ばヤケクソで言葉を並べる決意をした。
「いや〜ははは・・・参ったな・・・。実は彼女、花屋の店主なんだ・・・・こんなところで会うとはな・・・フッ」
「・・・・・・・・・」
どう考えても先ほどの彼女が花屋だということはマヤにも分かっているであろうが・・・。
真澄は軽く咳払いをし、勢いでしゃべり続けていった。
「さあて・・・どうして俺が紫のバラなんて購入したかと言うとだな・・・・そう、あれは先日のこと・・・ちょいと風水
なんぞの本を手にしたら ”玄関に紫のバラを置くと運気が上がる” なんて書いてあってな。それで、気まぐれ
に買ってみた次第で・・・」
まるで落語家が用意されていたネタを話すかのように言葉を繋げる真澄。 このように、人間というのは嘘をつく
ときこそ、回りくどく あれこれと説明してしまうものである。
「・・・・・・・」
マヤは何も答えようとはしなかった。
やはり、速水真澄ともあろうものが”風水”なんてモノを口に出してもまるで説得力がないのであろうか・・・。
しかしもう、後には引けない状況だった。突っ切るしか道はない・・・。
息を呑む真澄。
「・・・まあ、俺もたまにはそんなモノを信じたりもするのさ・・・」
「・・・・・・・・」
「まあ、なんだその・・・苦しい時の風水頼み・・・ってヤツかな・・・な〜んてな・・・」
彼の言葉は、清水健太郎のせつない歌声に掻き消されそうなほど弱々しいものだった。
言葉を並べるほどに、着実に気まずさが加速していくのが分かり、ムードを盛り下げていく。
もしも本当に風水にパワーがあるのであれば、今すぐにこの状況を乗り切れる為のアドバイスを貰いたい。
「そうだ、チビちゃんは知っているか?・・・風水といえば有名なDr.カッパ先生なんだが・・・・」
無理やりウンチクで誤魔化そうとする真澄。 上手く行けばペースに巻き込むことができるかもしれないと
自分を言い聞かせていた。
しかし、マヤは困ったような顔つきをし・・・・とうとう遠くに視線をずらしてしまった。
(まずい・・・まずいぞ・・・・!ノッてない!しらけている!!!)
・・・真澄は今、まるで雪村みちるのような屈辱感と虚しさを体中で感じていた・・・。
一方・・・がむしゃらに言葉を並べている真澄から視線を外し、あれこれと思考をめぐらせていくマヤ。
(速水さん・・・あんなに一生懸命、バレないように言い訳している!・・・あたしも気づいてないフリをするべき?
・・・どうしよう・・・・どうしたらいいの・・・)
マヤには、きっと彼が必死で正体を隠すのは何か理由があるからに違いないと察していた。
当然、彼はバレてないと思っているのだ。
だったら、あえて真実には目をつぶり、流してしまえばいいのではないか・・・。
でも・・・でも・・・・・彼の口から真実を聞き出したい。自分の気持ちも伝えたい。けれどそれは許されない現実。
・・・なかなか答えが見つからなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
”失恋レストラン” が流れる中、顔色の悪い二人は無言でフリーズし、それぞれの思いを胸に抱き続ける。
(マヤ・・・・)
(速水さん・・・)
やがて・・何気にマヤはポケットに手を入れたとき・・・そこに忘れかけられたモノがあることに気がついた。
(あっ・・・・・・)
それは・・・四つ葉のクローバーだ。
・・・今日、こんな風に彼と出会えたのは、もしかしたら四つ葉のお陰なのだろうか・・・。
マヤはポケットの中でそれを強く握り締めると、覚悟を決めたように大きく息を止める。
(四つ葉は幸運のしるし・・・!きっと、これは最後のチャンスなんだわ!!)
とうとうマヤは・・・・祈るような気持ちで言葉を出すことにした。
「速水さん・・・あの・・・あたし・・・」
「ゲホゴホッ・・・」
味も分からないような感覚でアイスコーヒーを流し込んでいた真澄は大きな肩をビクッと動かし、むせ返った。
「な、なんっ・・・なにかな・・・・一体・・・?」
突然 沈黙が破られ、彼女が何を言い出すのかと恐れまくる真澄・・・。
(いかん!いかんいかん!・・・どんな厳しい言葉も冷静に受け止めるんだ!真澄!)
頭の中ではすでにマヤの「大嫌いよ!」という言葉がエンドレスで響き渡っている。
(ああ、マヤ!!!!)
ところが・・・そんな彼の気持ちも知らず、マヤは言葉を放っていく。
「あの・・・言いにくいんですけど・・・あたし、ずいぶん前から知ってたんです」
「・・・・・!?!?!?!」
「速水さんが紫のバラの人だってこと・・・」
「!★○#&¥:△!!!!」
(なんっっっ!!!!!!!!!なんっ!!!!!!!!!!!!!!)
喉を通過しようとしていたはずのアイスコーヒーが鼻から飛び出しそうになる真澄。 どうにかそれを阻止すると
彼は声を震わせながら口を開く。
「な、な、な・・・何を・・・馬鹿な・・・・」
「ごめんなさい・・・気づいてないフリしてて・・・」
「!!!!!!!!!」
――気づいてないフリ・・・気づいてないフリ・・・・気づいてないフリ・・・――
(なななななな・・・何ということだ!俺は決してバレていないと思っていたのに!必死で隠していたのに!!)
マヤは、淡々と言葉を並べていく。
「・・・ジェーンの頃からなんですけどね・・・。あと、お墓参りで紫のバラを置いて帰るところを見ちゃったりとか」
(そ、そんなに前から!!!!!!?)
真澄はショックの余り、クラクラとめまいを起こしそうな気分になっていた。 日射病よりも強烈なパワーだ。
「ごめんなさい・・・・あたし・・・」
「いや・・・・・・」
(かっこ悪い・・・・!余りにもカッコ悪すぎるじゃないか!俺!!間抜けすぎるじゃないか!!こんなことなら
自分から名乗ったほうが100倍もマシだったじゃないか!!!)
・・・真澄は心の叫びをどうにか抑え、その場を必死に取り繕うことにした。
「チビちゃん・・・そうか・・・君はやっぱり知っていたのか・・・。俺も、もしかしたらそうじゃないかと思っていた
んだ・・・フッ・・・」
その割には ”風水” だの ”Dr.カッパ先生” などと嘘臭い言い訳まで引っ張り出して必死になっていたのが
かなり痛々しい・・・。
しかしマヤはそんな事を突っ込む余裕すらないように瞳を潤ませながら俯いてしまう。
「あたし・・・ずっと待っていたんです・・・いつか名乗ってくれるって。・・・なのに・・・どうして・・・」
その言葉には、真澄も思わず真剣な顔つきになっていた。
「・・・君の夢を壊したくなかったからだ・・・俺は・・・君にとって最悪のひどい男だからな・・・」
悲しげな真澄の言葉にマヤは大きく首を振る。
「違う!違います!ひどいなんてそんなこと・・・!あたしは・・・紫のバラの人である速水さんが好き・・・」
(ああ、言っちゃった・・・あたし!!)
「なんっ!!!!!」
マヤは咄嗟にポケットからハンカチを取り出そうとする。
そして・・・・取り出したハンカチと共に四つ葉が顔を出し、それはテーブルに ひらりと舞い落ちた。
(これは奇跡だ!四つ葉のクローバーの存在と同じくらいの奇跡に違いない!)
彼女の言葉がとても信じられずに呆然とする真澄。
いつものように都合の良い妄想を会議中に見ているだけなのでは?と疑っている自分がいるのだ。
そして、確かめるようにしてコッソリとテーブルの下で自分の手の甲をつねって痛みを感じた為、それが
夢やいつもの妄想でないことを知る・・・。
いつの間にか店内を流れる ”失恋レストラン” は終わりを迎えていた。
そして次なる曲は ”マツケンサンバ” であった。まるでマスターがこの二人のために曲をチョイスしているか
のようだ。
真澄の心は今、北極から一気にブラジルへと渡っていた。リオのカーニバルよりも熱い気持ちが全身を駆け巡り
彼を熱く燃え上がらせる。
真澄は四つ葉をスッと摘み上げると、マヤに言葉をかけた。
「チビちゃん・・・俺は・・・・俺が何年もかけて君に紫のバラを贈り続け、できる限りの支えになりたいと思った
のは、大都芸能の社長としてではなく・・・一人の男として・・・君を守りたいと思ったからなんだ・・・」
「・・・・え・・・・?」
まるで四つ葉のクローバーに操られるかのように今まで言えなかった愛の言葉が口をつく・・・。マヤの気持ち
さえ保障できていれば、こんなセリフは朝飯前なのだ。
「君を愛している・・・」
「速水さんっ!!!」
「俺は愛してもいない女性と会社の為に結婚し、人生を狂わせるところだった・・・。きっと彼女にも分かって
もらう・・・!俺を信じてくれ!」
真澄の力強い言葉は、ストレートにマヤの心の中へと届いていた。
「速水さん!あたし!あたし・・・!速水さんが結婚しちゃうのが苦しくて辛くて、死んじゃいそうな気持ちで毎日
を過ごしていたの・・・」
「チビちゃん!!!」
真澄は、マヤの両手をガシッと掴み上げ、今、最高に自信に満ちた表情で見つめていた。
「やっぱりコレ・・・幸運のクローバーなのかな・・・・」
マヤは、テーブルの上に置かれた四つ葉にじっと視線を送りながら呟いた。
「そうだな・・・きっと間違いない・・・」
真澄も満足そうにそれを見つめ続けていく。
やがてマヤは おもむろに四つ葉を掴むと・・・真澄に向かってその手を差し出した。
「これ・・・速水さんに・・・あげますよ。なんとなく・・・欲しそうな顔をしていたし・・・ふふっ・・・」
にっこりと笑うマヤの姿に、真澄は息を呑んだ。
(俺にくれるって・・・?そ・・・それは・・・嬉しい・・・マヤがくれるものなら何でも・・・!・・・でも・・・でもこれは、
もともとは桜小路のヤローが摘んだモノで・・・・)
「速水・・・さん?いらない・・・の?」
寂しげな彼女の表情にハッとした真澄は慌ててそれを受け取り・・・それでも複雑な気持ちを抱え、思わず
ナイスな提案を持ちかけた。
「チビちゃん・・・!俺は、君の気持ちが分かって充分に幸せだ・・・。だから、どうだろう・・・これはアイツに返品
しよう!そうだ、それがいい!俺達だけが幸せになるんじゃなく、アイツも幸せなほうがいいに決まっているさ」
意表をついた真澄の提案に目を丸くしながらも、マヤは大きく頷いた。
「そうね!それがいいわ・・・」
(速水さん・・・優しいのね!!)
「俺たちの四つ葉のクローバーは、また春にでもゆっくりと探せばいいだろう・・・シロツメクサの咲き乱れる花畑
の中で・・・」
「うん・・・!!」
真澄は・・・この上なく幸せな空気に包まれていくのを感じていた。
頭の中は すでに春にジャンピングし、視界は花畑でいっぱいになっている。
春ならば麦藁帽子もチロリアンハットも必要ない。 黒髪を揺らしながら大きく手を振って自分に近づいてくる
マヤの姿がリアルに浮かび上がり、それだけでも口元が緩みそうになってしまう・・・。
彼女と二人でいることができれば、もしも四つ葉のクローバーが一つも見つからなくても充分に幸せだと言える。
まだ冬も来ていないというのに春が待ち遠しくてたまらない・・・。
けれども、とりあえず手にしている四つ葉を眺めつつ、”やっぱりこの四つ葉で桜小路のヤローに幸運が訪れる
のは悔しいよな” などというセコい考えが沸いて出てきていたのも事実だった。 舞とラブラブハッピーになる
のは構わんどころか大歓迎であるが、もしもこの四つ葉のせいで諦めの悪い桜小路が余計に闘志を燃やす
なんてことがあったら困る・・・。
「チビちゃん、この四つ葉のことだが・・・君からアイツに返品するのは失礼だから、俺がコッソリと返しておくよ」
真澄は強引にこじつけ、それをスーツのポケットへとしまいこんだ。
(フフフ・・・あいつなんて一生、不幸で充分だ。・・・これはまあ・・・聖にでもやろう。花畑も探してもらわないと
いけないしな・・・)
桜小路が見つけたモノとも知らず、真澄から四つ葉を与えられて喜ぶ聖の顔は目に浮かぶようだ。
かわいそうな聖・・・。
果たして、彼にも本当に幸せがやってくるのだろうか・・・。
まあ 少なくとも、”四つ葉のクローバー捜索隊”を結成せずに済んだ事、そして100つ葉の研究を免れたこと
だけはラッキーだったであろう・・・。
真澄のセコい心に気づくことなく、マヤはにっこりと幸せに満ちた笑顔になっていた。
おしまい
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うう・・・・くだらない話だ!(滝汗) こんなバカバカしいオハナシを最後まで読んでくれて
ありがとうございましたv ちなみにいつも言っているのですが・・・ワタシは本来はカッコよくて
クールで大人の余裕たっぷりの速水さんが理想です(笑) ハッキリ言いまして、こんな社長は
絶対にイヤ。 紫のバラの人の正体がマヤにバレていた事を知っても白目にはなってほしくないし、
こんな風に第三者(しかも超脇役)がキッカケで真実を話すハメになるなんて、イヤだよ〜(涙)
これ、マジでお笑いだから許されるよね〜。っていうか真面目な話でこんな展開にする人はいない。
お笑いでも「許せん!」っていうお方、大変失礼いたしました。。。
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