二人は肩を並べ、ようやく目指していた喫茶店に到着していた。
いた。 (車の感覚では近いと思っていた場所がこれほど遠いとはな・・・)
なのに先ほど桜小路とマヤを発見した際、まるで犯人を追いかける刑事のようにダッシュしてしまったのだ。 頭の中で”太陽にほえろ!”などのテーマソングを流しながらヒーローになりきり、歳も考えずにムキになって 走ってしまった自分を激しく後悔する真澄。 しかし、すべては後の祭りである・・・。
マヤと一緒に歩けるという理由がなければ、絶対にタクシーを呼んでいたであろう・・・。
真澄はさりげなくそれを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。 ここまで歩いてきて「本日休業」などという札がかかっていたら、ショックの余り泣いてしまったかもしれない。
・・・ちなみにその看板には、「喫茶10」 という大きな文字が書かれていた。
無邪気なマヤの声が響く。
(いや・・・マヤ・・・違うと思うが・・・。これは”じゅう”じゃなくて”テン”と読むんだ・・・。だから”喫茶店”と掛け 合わせたダジャレなんだよ・・・きっと・・・) さすが速水真澄。 細かいところまで冴え渡っている。
この際、喫茶店の名前など、どうでもよいのだから・・・。
「いらっしゃいませ〜!お二人様ですかァ?空いているお席にどうぞ〜ォ」
時間帯からしても店内は全く混んでいる様子はなく、席もガラガラだ。 ほどよい広さの店内は、カウンターでマスターが皿などを拭いているのが見え、アットホームな雰囲気を感じ させている。
ぶりのことだった。そもそも、自分で席を決めることができるなどというシステムがこの世に存在していたこと すら、忘れかけていたように思う。いつも自分が行く店は予約制で、真澄の顔を見るなり深々と頭を下げ、 特上の席を用意してくれるのだから。
ハイテンションだ。 どんな高級なものや場所よりも、一緒に過ごす人物が重要であるということを身に染みて感じる。
茶髪のウエイトレスは尻上がりの口調で声を掛け、真澄はすぐに顔を上げる。
「あ、あたしも同じで・・・」
店員が引き下がると、真澄はすぐさま、マヤに言葉をかけていた。
仕方がない。 弱いものが弱いものいじめをするのと同じ心境とも言える。
待ちわびていたクーラーの涼しい風は快適で、疲れきった体をスピーディーに冷やしてくれる。 (やれやれ・・・しばらくは嫌なことはすべて忘れてハッピータイムだな・・・・)
目の前ににマヤがいるという事実をゆっくりと噛み締めてみる。 店内のBGMには ”ふたりの愛ランド” が流れ、まるで自分達を祝福しているかのような錯覚を呼ぶ。 二人きりのアイランドは、さぞかし楽しいであろう・・・。 まさに、ナツナツナツナツ、ココナツ、なのだ。 鼻歌でも歌ってしまいたいほど良い気分に包まれていく。
ふと・・・・何気なくカウンターテーブルの方に目をやった真澄は、そこに紫のバラが飾られた花瓶があるという 事に気づき、常夏ムードから流氷の浮かぶ北極へと吹っ飛ばされたような気分になった。
真澄はグラスの水を口に含み、心を落ち着かせようとしていた。 別にやましいことは何もないが、やはり正体 を隠している身として、なんとなく気まずいものなのだ。
見かけるようになったし・・・。でも・・・・)
「・・・・・・」
白目で見詰め合う二人。・・・そこには、一言たりとも交わされる会話はない。
妙な雰囲気を怪訝に思いながらも、先ほどのウエイトレスはアイスコーヒーをテーブルに並べ、伝票を置いて 去っていく。
「・・・・・・」
「・・・そ、そうだな・・・」 真澄はなるべく冷静に答えたつもりであるが、動揺した余り、腹話術の人形のように声が裏返っていた。
真澄の反応を確かめたいと思い・・・・無意識にそんな言葉を口にするマヤ。 (速水さん・・・もしかして少し動揺している・・・かな・・・?どう答えるかしら・・・・これをキッカケに、正体を 明かしてくれたらいいのに・・・)
(なんっ・・・なんっ・・・・何を言い出すんだ、この子は・・・・) 目を白黒させるしかなかった。 まるでスロットマシーンのように白目と黒目が順番にグルグルと回っている。
「い、いや、そんなことは・・・」 そこまで言いかけて慌てて言葉を摩り替える。
真澄は動揺を押し込むようにしてアイスコーヒーを口にした。
(速水さん・・・やっぱり本当の事は言ってくれないんだ・・・)
真澄の脳内には すぐさま、”もしも今、紫のバラの人の正体を告白したら〜”という妄想が生まれていた。
マヤ : !!!!!!(白目)
マヤ : 嘘よ!そんなの嘘よ!速水さんのバカバカバカ!大嫌いよ!!!! 俺 : チビちゃんーーーー!!!!(((チビちゃん・・・チビちゃん・・・チビちゃーーーん))) ←エコー
真澄は、冗談でもそんな妄想をしてしまったことを後悔する。 ・・・いや、もっと他のバカバカしい行動や思考の数々を優先して先に後悔すべきであるが・・・。
真澄は膝の辺りで握り締めていた拳に力を込め、いやな思考を振り払うことにした。
話題作 『宇宙の中心で、愚痴をさけぶ』 の話題にするか・・・!運がよければ誘えるかもしれないし・・・)
「・・・?」
ブランドのバッグを抱える手の指先にはラメ入りのマニキュア。 ちょっとやりすぎじゃないかと思うほどの黒い アイメイクがケバケバしい印象を与えている。
真澄は かなり引き気味に彼女を見つめた。
ような仕草を繰り返す。
「先日は、ありがとうございました・・・」
真澄は焦りながら首をひねり続ける。
仕事の関係者でないことは確かであった。真澄は、仕事に関することで重要な相手を忘れるということなど、 絶対にあり得ないのだ。
(いかん・・・思い出せん・・・・)
をしたのだった。普段は聖に任せているにも関わらず、その日に限ってどうしても自分の手でバラを買いたく なってしまった・・・。どうせ行き着けにする予定もなかったので、油断していた・・・。まさかこんな所で店主に 遭遇してしまうとは!!!
(頼む!頼むから紫のバラを山ほど買ったことは黙っていてくれ!!!) 真澄は言葉には出さなくとも、万里子(という名前だと思われる)に向かって鋭い視線を投げかけた。
薄気味の悪い笑顔を浮かべ、万里子は真澄にウインクをする。 彼女は先日、飛び込みで紫のバラの花束を注文した美形の真澄の一目惚れでもしてしまったのであろうか・・・。 ついでに、真澄の鋭い視線を熱い視線と勝手に勘違いしている可能性もある。
たった今 口にしたばかりのアイスコーヒーまでもが汗に変換しているのではないかと感じるほど・・・。
(は、速水さんったら・・・嫌だわ!”フローラル万里子”なんて!スナックかしら?それともキャバレー?それに たくさん何を買ったのかしら?ボトルキープかな・・・・) 幸い、横文字に弱いマヤには、”フローラル”というネーミングから花へと結びつくことはなかったらしい・・・。
香水の匂いをプンプンと撒き散らし、万里子が微笑んでいる。
真澄は出来る限り、事務的な対応をし、言葉を濁す。
「はい・・・・また・・・」
いつからそんなに信仰深くなったというのか。 しかも、どう考えてもヨン様は無関係である・・・。
出したかのように再び体勢を戻して口を開いた。
「!!!!!!!」
これはまるで、先ほど空き地で桜小路が振り返ったときと同じような状況だ。
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