CLOVER

〜想いを風に乗せて〜お笑い編〜C







とてつもない妄想を抱えてドキドキな真澄、そしてやり場のない気持ちを押し殺したかのようなマヤ。

二人は肩を並べ、ようやく目指していた喫茶店に到着していた。


「あたし、今までこの道を通ったことなくて・・・喫茶店があるなんて知らなかったわ・・・」


そんなマヤの言葉を聞きながら・・・真澄は ふと、自分の足腰がフラフラでガクガクしていることに気がついて

いた。

(車の感覚では近いと思っていた場所がこれほど遠いとはな・・・)


そういえば最近、かなりの運動不足が続いていた・・・。

なのに先ほど桜小路とマヤを発見した際、まるで犯人を追いかける刑事のようにダッシュしてしまったのだ。

頭の中で”太陽にほえろ!”などのテーマソングを流しながらヒーローになりきり、歳も考えずにムキになって

走ってしまった自分を激しく後悔する真澄。 

しかし、すべては後の祭りである・・・。


彼はクールな顔をしつつも、ダラリと流れる汗を拭った。

マヤと一緒に歩けるという理由がなければ、絶対にタクシーを呼んでいたであろう・・・。






どうやら喫茶店は営業しているようだった。

真澄はさりげなくそれを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。

ここまで歩いてきて「本日休業」などという札がかかっていたら、ショックの余り泣いてしまったかもしれない。


軽く息をつきながら店の看板に寄りかかる真澄。

・・・ちなみにその看板には、「喫茶10」 という大きな文字が書かれていた。


「・・・”喫茶10(じゅう)”かあ・・・。姉妹店には、きっと”喫茶9”とか”喫茶8”なんかがあるんですね」

無邪気なマヤの声が響く。


・・・すかさず彼は思った。

(いや・・・マヤ・・・違うと思うが・・・。これは”じゅう”じゃなくて”テン”と読むんだ・・・。だから”喫茶店”と掛け

合わせたダジャレなんだよ・・・きっと・・・)

さすが速水真澄。 細かいところまで冴え渡っている。


・・・しかし、そんな小さな事をいちいちと説明するのはカッコ悪いので、真澄はスルーすることを決めた。

この際、喫茶店の名前など、どうでもよいのだから・・・。




カランカラン〜♪

「いらっしゃいませ〜!お二人様ですかァ?空いているお席にどうぞ〜ォ」


あまり品が良いとは思えぬウエイトレスがめんどくさそうに声を掛け、二人は中へと足を踏み入れた。

時間帯からしても店内は全く混んでいる様子はなく、席もガラガラだ。

ほどよい広さの店内は、カウンターでマスターが皿などを拭いているのが見え、アットホームな雰囲気を感じ

させている。


普段は高級なホテルのティーラウンジなどを当たり前のように利用する真澄にとっては喫茶店は本当に久し

ぶりのことだった。そもそも、自分で席を決めることができるなどというシステムがこの世に存在していたこと

すら、忘れかけていたように思う。いつも自分が行く店は予約制で、真澄の顔を見るなり深々と頭を下げ、

特上の席を用意してくれるのだから。


・・・しかし真澄は決して怒りなどは感じていなかった。 いや、それどころかマヤと一緒だと思うだけで気分は

ハイテンションだ。

どんな高級なものや場所よりも、一緒に過ごす人物が重要であるということを身に染みて感じる。


彼はそんなことを思いながら黙々と奥の席へと向かっていき、その後をマヤはそっと着いていった。











「ご注文はお決まりですかァ?」

茶髪のウエイトレスは尻上がりの口調で声を掛け、真澄はすぐに顔を上げる。


「アイスコーヒーを」

「あ、あたしも同じで・・・」


「かしこまりましたァ」




「君はプリンかパフェじゃなくてよかったのかな・・・」

店員が引き下がると、真澄はすぐさま、マヤに言葉をかけていた。


「ひ、ひどいっ!あたしもう、そんな子供じゃないですっ!」


クックッと笑いを漏らしてしまう。自分のほうがよっぽど子供染みているくせに、彼女をからかうのは楽しくて

仕方がない。 弱いものが弱いものいじめをするのと同じ心境とも言える。


真澄はどっしりと椅子に背をもたらせ、軽く息を吐き出した。 

待ちわびていたクーラーの涼しい風は快適で、疲れきった体をスピーディーに冷やしてくれる。

(やれやれ・・・しばらくは嫌なことはすべて忘れてハッピータイムだな・・・・)


こんな嬉しい気持ちが一生続けばいいのに・・・と願わずにはいられない。

目の前ににマヤがいるという事実をゆっくりと噛み締めてみる。

店内のBGMには ”ふたりの愛ランド” が流れ、まるで自分達を祝福しているかのような錯覚を呼ぶ。

二人きりのアイランドは、さぞかし楽しいであろう・・・。

まさに、ナツナツナツナツ、ココナツ、なのだ。

鼻歌でも歌ってしまいたいほど良い気分に包まれていく。



ところが・・・・

ふと・・・・何気なくカウンターテーブルの方に目をやった真澄は、そこに紫のバラが飾られた花瓶があるという

事に気づき、常夏ムードから流氷の浮かぶ北極へと吹っ飛ばされたような気分になった。


――ゴクリ――


思わず、息を呑み込む・・・。


(お、俺じゃないゾ!!俺はこんな喫茶店に紫のバラなんて贈らないからな!!)

真澄はグラスの水を口に含み、心を落ち着かせようとしていた。 別にやましいことは何もないが、やはり正体

を隠している身として、なんとなく気まずいものなのだ。


一方、マヤのほうも何気なくカウンターに目をやり、その紫のバラに気づくと、ハッと息を呑んだ。


(あ・・・・あれは!!・・・もしかして、速水さんが・・・?まさか・・・偶然よね。紫のバラなんて、最近はよく

見かけるようになったし・・・。でも・・・・)


「・・・・・・」

「・・・・・・」


白目で見詰め合う二人。・・・そこには、一言たりとも交わされる会話はない。


「おまたせしましたァ〜」

妙な雰囲気を怪訝に思いながらも、先ほどのウエイトレスはアイスコーヒーをテーブルに並べ、伝票を置いて

去っていく。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


二人の間は更に気まずい空気が漂い続け・・・マヤは思い切ってその話題を出すことにした。



「あの・・・速水さん・・・カウンターに・・・紫のバラ、ありますね・・・」

「・・・そ、そうだな・・・」

真澄はなるべく冷静に答えたつもりであるが、動揺した余り、腹話術の人形のように声が裏返っていた。


「もしかして、紫のバラの人、よくこのお店に来るのかしら・・・」

真澄の反応を確かめたいと思い・・・・無意識にそんな言葉を口にするマヤ。

(速水さん・・・もしかして少し動揺している・・・かな・・・?どう答えるかしら・・・・これをキッカケに、正体を

明かしてくれたらいいのに・・・)



真澄は真剣な眼差しのマヤに対し、フリーズしたまま息を止めた。

(なんっ・・・なんっ・・・・何を言い出すんだ、この子は・・・・)

目を白黒させるしかなかった。 まるでスロットマシーンのように白目と黒目が順番にグルグルと回っている。


・・・そして、どうにか黒目が揃ったところで真澄は口を開いた。

「い、いや、そんなことは・・・」

そこまで言いかけて慌てて言葉を摩り替える。


「いや、それはどうかな・・・紫のバラなんて、ここ最近じゃ、ありふれているさ・・・ハハハ・・・」

真澄は動揺を押し込むようにしてアイスコーヒーを口にした。


「そう・・・ですよね・・・」

(速水さん・・・やっぱり本当の事は言ってくれないんだ・・・)


「・・・・・・」



真澄は、マヤが口をすぼめてアイスコーヒーを喉に通していく姿をじっと見つめていた。


(今・・・・俺が・・・真実を口にしたら・・・どうなるんだろう・・・か・・・・)

真澄の脳内には すぐさま、”もしも今、紫のバラの人の正体を告白したら〜”という妄想が生まれていた。




俺  : チビちゃん・・・実は・・・実は・・・紫のバラの人は・・・お・・・俺なんだ!!

マヤ : !!!!!!(白目)


    ・・・二人を取り巻く冷たい空気・・・しかしもう、後戻りはできない・・・


俺  : すまない・・・!本当のことなんだ!俺を許してくれ!俺はただ・・・

マヤ : 嘘よ!そんなの嘘よ!速水さんのバカバカバカ!大嫌いよ!!!!

俺  : チビちゃんーーーー!!!!(((チビちゃん・・・チビちゃん・・・チビちゃーーーん))) ←エコー



(う・・・・・・最悪だ・・・!史上最悪の妄想だ・・・・・)

真澄は、冗談でもそんな妄想をしてしまったことを後悔する。

・・・いや、もっと他のバカバカしい行動や思考の数々を優先して先に後悔すべきであるが・・・。


(いかん・・・いかん!!このままじゃハッピータイムの流れが変わってしまう!)

真澄は膝の辺りで握り締めていた拳に力を込め、いやな思考を振り払うことにした。


(もっと別の話題で盛り上げよう・・・!何がいいかな・・・やっぱり演劇とかだな・・・。そうだ、映画だ!最新の

話題作 『宇宙の中心で、愚痴をさけぶ』 の話題にするか・・・!運がよければ誘えるかもしれないし・・・)


「チビちゃん・・・ところで映画の話だが・・・」

「・・・?」





・・・とその時・・・・


・・・二人のすぐ近くに人の近づいた気配に気づく。


(ん・・・・?)


真澄は静かに視線を動かすことになった。









(・・・・・?)



・・・目の前には40代後半くらい(?)の化粧の濃い女性がニコニコとして立ち尽くしていた。

ブランドのバッグを抱える手の指先にはラメ入りのマニキュア。 ちょっとやりすぎじゃないかと思うほどの黒い

アイメイクがケバケバしい印象を与えている。


(誰・・・だ・・・・?)

真澄は かなり引き気味に彼女を見つめた。


・・・どうやら店員ではなさそうである。 しかし、どこかで見た記憶もあるような、ないような・・・・。


その女はマヤには見向きもせず、ひたすら真澄の顔を見つめ続け、縦ロールの髪の毛をバサッと掻き分ける

ような仕草を繰り返す。


真澄は意を決して言葉を出すことにした。


「・・・あの・・・何か・・・・?」

「先日は、ありがとうございました・・・」


彼の言葉を遮るようにして出された彼女の言葉だった。


「・・・・・????」

真澄は焦りながら首をひねり続ける。


(え、えーと、誰だったかな・・・・)

仕事の関係者でないことは確かであった。真澄は、仕事に関することで重要な相手を忘れるということなど、

絶対にあり得ないのだ。


だとすると・・・・?

(いかん・・・思い出せん・・・・)


そんな真澄の様子を窺い、女はクスクスと笑い声を漏らした。


「あら、嫌ですわ・・・・お忘れですか?ステーションビル1Fの、”フローラル万里子”ですわ・・・ホホホ・・・・」


「!!!!!!!!!!!!」



真澄はその言葉を聞き、まるで全身の血液が抜けてしまったかのような衝撃を感じていた。




(お・・・思い出したっっ!!!!花屋の店主!!!マズイ!!ヒジョーーーーーーーにマズイ!!!!!)




・・・実は先日、いつも電話注文している花屋で紫のバラを切らしているとのことで、急遽、彼女の店で買い付け

をしたのだった。普段は聖に任せているにも関わらず、その日に限ってどうしても自分の手でバラを買いたく

なってしまった・・・。どうせ行き着けにする予定もなかったので、油断していた・・・。まさかこんな所で店主に

遭遇してしまうとは!!!


「あ、ああ・・・その件はどうも・・・ハハハ・・・」

(頼む!頼むから紫のバラを山ほど買ったことは黙っていてくれ!!!)

真澄は言葉には出さなくとも、万里子(という名前だと思われる)に向かって鋭い視線を投げかけた。


「あら、思い出してくださって光栄ですわ・・・ウフフ・・・。この前は、たくさんお買い上げありがとうございます」

薄気味の悪い笑顔を浮かべ、万里子は真澄にウインクをする。

彼女は先日、飛び込みで紫のバラの花束を注文した美形の真澄の一目惚れでもしてしまったのであろうか・・・。

ついでに、真澄の鋭い視線を熱い視線と勝手に勘違いしている可能性もある。


店内は冷え切っているというのに、真澄は先ほど外にいたときよりも倍以上の汗を背中に感じていた。

たった今 口にしたばかりのアイスコーヒーまでもが汗に変換しているのではないかと感じるほど・・・。


そして更に、マヤも怪しげに彼らの様子を伺う。

(は、速水さんったら・・・嫌だわ!”フローラル万里子”なんて!スナックかしら?それともキャバレー?それに

たくさん何を買ったのかしら?ボトルキープかな・・・・)

幸い、横文字に弱いマヤには、”フローラル”というネーミングから花へと結びつくことはなかったらしい・・・。


「また、是非いらしてくださいね・・・。心からお待ちしておりますわ・・・うふん・・・」

香水の匂いをプンプンと撒き散らし、万里子が微笑んでいる。


「は・・・あ・・・そうですね・・・その節はよろしく・・・どうも・・・」

真澄は出来る限り、事務的な対応をし、言葉を濁す。


「じゃあ、また・・・」

「はい・・・・また・・・」


万里子が一礼し、立ち去ろうとした為、真澄は胸を撫で下ろし、祈りを込めた視線を送る。


(頼む!早く店を出てってくれ!キリストよ!親愛なるアラーの神よ!!神様!仏様!マリア様!ヨン様!!!)

いつからそんなに信仰深くなったというのか。 

しかも、どう考えてもヨン様は無関係である・・・。


そんなメチャメチャの神頼みがヤバかったのであろうか・・・背中を向けたと思われる万里子は、ふっと何かを思い

出したかのように再び体勢を戻して口を開いた。


「あ、それと・・・」

「!!!!!!!」


(嫌な予感がする・・・)

これはまるで、先ほど空き地で桜小路が振り返ったときと同じような状況だ。


――ドキドキドキドキドキドキ――



「あのカウンターのお花もワタクシがお届けしたんでございますのよ・・・」


(うわーーーーーーーや、やめてくれーーーーーーーーーー!!!!)


真澄は耳をふさぎたい気持ちで一杯になっていた。



「うちのバラはとても評判がよろしいんですの・・・・」


(ああーーーーーーー言うな言うなーーーー!客のプライベートに関することをべらべらとしゃべるなーーー!)




「また、いつでも花束をお作りしますわ・・・・・」




(やめてくれーーーーー!!!!)





「この前のような、立派な
紫のバラの花束を!!・・・では、また・・・うふふ・・・・」








・・・万里子はきっぱりとそう告げ、後に残された真澄に構うことなく、ツカツカと立ち去ってしまった。






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