30万ヒットキリリク作品ですvvv
マヤはキッチンの食器棚からマグカップをふたつ取り出し、ガラス扉を閉め終えながら真澄に声をかけた。
彼はそんな言葉を返しながら、スーツに付着している無数の雨粒の跡にチラリと目をやる。
いつまでこの雨は降り続くのであろう・・・。
彼が上着を手にしたまま、それをどうしたものかと考えあぐねていると、手を止めたマヤが大きな声を出した。
真澄は、少し離れた場所に彼女の服が何点か掛けてあるコートスタンドがある事を思い出し、指を差しながら そう問う。
マヤがそう言いかけている時に、真澄はすでに上着をかけ終わっていた。
「・・・・」
相変わらず他人行儀なマヤの言葉遣いに少し溜息を吐き出しつつ、真澄は薄暗い天井を見上げた。
長い間、互いを苦しめあっていた多くの出来事を本当の意味での過去に変え、共に歩いていこうと誓い合った のだ。
・・・というより、このような高級なマンションに住むことをギリギリまで決断できずにいたマヤに苛立ちを感じた 真澄が、半ば強引に引越しの日取りやら何やらを進めてしまい、今に至ると言ったほうが正しいのかもしれ ない。
しっかりとしており、安全面での問題はないであろう。
あれこれうるさく言ってしまっているのであるが・・・。
静寂な空間にマヤの声が響き、ほろ苦い香りが一面に広がり始めていた。 先ほどからコポコポと音を出していたはずのコーヒーメーカーは、いつの間にか彼女の手に移っていて、 やがてそのガラス部分はカップに軽く触れ、液体を注ぐ音が流れ出す。
自分の方へと向かってくる気配を感じた。
「・・・・・大丈夫・・です・・・・」 「・・・・・」
に分かった。 真澄は身を乗り出しながら思わず立ち上がって手を貸してしまいたくなる気持ちを抑え、不器用な彼女が 何かをやらかすのではないかとハラハラしながら見届けることになる。 毎回、このような場面で嫌味のひとつでも言いながら手を出し、子ども扱いをしてしまうパターンなのであるが それが原因で彼女がヘソを曲げてしまった回数は数え切れないからだ。
無事に真澄の手前まで到着したマヤは、まず最初にトレーを静かにガラステーブルの上に置き、それから マグカップを二つゆっくりと手にして、片方を彼の目の前にコトンと置いた。
真澄は心の中でホッと息をつく。
サイズのソファーは軽く沈んだ。
彼女が手の届く距離にいるという存在感は、とてつもなく幸せだ、と心から思う・・・。
あいにくの天気とはいえ、春の陽気に包まれて暖かい気温のせいか、彼女が身につけているのは真っ白の シルク素材のシャツに、膝下ほどの丈のライトグリーンのスカートのみ。 シンプルな着こなしではあるが、 彼女らしくとても似合っている、と真澄は思う。
いるということに気付くと、彼は思わず眉をひそめてしまった。
いるのか・・・・?) ドキリとした反面、そんな小さな嫉妬のような怒りのような感情が沸き起こってきたのだ。
から見下ろすと、かなり際どいように感じられたからだ。
・・・・それはまるで小鹿のように細くてスラリと伸びた足。
先ほどまではスリッパを履いていたので、まさか裸足でいるとは思わなかった。
真澄の心に揺さぶりをかけているようにも思える。
「あ、はい・・・」 真澄が立ち上がると、マヤは反射的に腰を上げ、スカートのシワをのばすような手つきをし、見送るつもり なのか、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「・・・ああ・・・」
それなのに、まるでいつもの友達でも見送るかのようなセリフを投げかける彼女・・・。 真澄はその時・・・・あまりにもそっけない言葉と態度に、どこか不満な思いを体中で感じ、苛立つ気持ちが 湧き出していた。 確かに、自分より11も年下の純粋な彼女に対してどんな言葉を期待していたのか、と誰かに問われて しまったら返す言葉も見つからないのだが・・・。
時間を共有できることですら、幸せだと思っていた。
会えば会うほどに、今まで知らずにいた彼女をすべて知りたくなっていく。 自分しか知らない彼女が欲しい。 独占したい・・・。
マヤに問おうとしたのではない。 それは、自分自身に対する問いかけだった。
その代わりに、マヤのぬくもりをほんの僅かでも今日の記憶に残したいと思い、俯いている彼女の前に 立ちふさがるようにして肩を引き寄せ、視線を絡ませた。 キスをしたい、と思ったのだ。
に純粋で汚れがないのだろう・・・と、そんなやりきれなくも思い、それでも小さな彼女の肩を、戸惑うことなく 手のひらでゆっくりと押さえつける。
まるで彼女の心の声が聞こえたように思った・・・。
含んだ、彼女の小さな唇の感触は瞬時に真澄の全身に突き抜けるように伝えられる。 「んっ・・・」 マヤが小さな声をあげた。 今、自分と触れ合っているのは、何年も想い焦がれた彼女の唇なのだ、と意識すると、彼は思わず押さえ つけている手の力を強めてしまう。
昂らせていく。
それなのに、いつしか我を失い、彼女の唇に吸い付くように離せなくなってしまった。 無意識のうちに彼女の頭を抱え込み、角度を変えながら更に唇を求めていた。
それから・・・彼女は苦しかったのだろうか・・・・無意識に『はあっ』と吐き出したその熱い息は意図的にでは なくとも、確実に彼の首元にかかっていた。
・・・だから、少しずつ彼女のペースに合わせながら近づいていければよいと考えていたはず。 ・・・それなのに・・・。
・・・・乾いた音を響かせ、先ほどまで腰掛けていたソファーに彼女を押し倒す形で二人は倒れこんだ・・・。
その声を耳にし、真澄はそっと彼女の顔を覗き込もうと、ゆっくり頭を起こした。 どんな顔をしているのか、恐れながらも知りたいと思ったからだ。
の姿。
付き合っている以上、少なくともある程度の覚悟をしていて当然だろう・・・という真澄の思考は見事に裏切ら れたように思った。
そう、あの社務所での夜と・・・。
「・・・・」 真澄は、あまりにも性急に求めようとしてしまった自分を悔やみ、どうにか冷静さを取り戻すと大きな息を つきながら体を起こしていた。
乱れた髪を直しながらマヤは真っ赤な顔をして俯いたままだ。
とにかく、例えようの無い後悔だけが頭を駆け巡っていた・・・・。
そのような大人の愛し方を教えたり、求めたりすることは早すぎたのだ、と自分を納得させるしか方法が なかった。
「・・・ちょっと苦かった・・・ですか・・・?」 「・・・・・・・?」 突然、マヤが首を傾げながら、ボソボソと言葉を出したので、ぼんやりとしていた真澄は、 (コーヒーのことか・・・) と、その問いの意味を理解するのに少々時間を要してしまった。
彼はひとまず、彼女を安心させるようにとカップを傾ける。そう言われてみれば僅かに濃い目であるかも しれない、などと感じたが、気にするほどではないようだ。
「そっかぁ・・・それなら・・・よかった・・・です・・・」
真澄は、そんな彼女の顔つきにフッと口元を緩めてしまう。
それなのに、要領の悪い彼女が時間をかけて自分の為だけに入れてくれたコーヒーの味は、ブランドの カップで出された高級なカフェのものよりも、確実に美味いと感じるのが不思議でたまらない。 コーヒーに限らず、彼女が与えてくれた時間や贈り物、そしてなによりも自分に向けられる笑顔や気持ち のすべてが、自分にとって最高の物だと断言できる・・・。
心の奥底で叱咤し、押し込めていく。
それは痛いほど分かっているのだから。
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