桜の過ぎた頃に








「真澄さん・・・桜が満開になっちゃうよ〜!散らないうちに一緒に見ようね!!絶対ね!!」

つい先日、まるで子犬のようにまとわりつき、何度もそんな事を言っていたマヤ。

「分かったよ・・・」


真澄も当然、そのつもりでいたはずなのに・・・。


仕事が忙しく、とても休める状況ではなかった。


来る日も来る日も、夜中に帰宅しなければならないほどに仕事に追われて過ごしてきた。



そして・・・ふと気付いた時には・・・桜は先日の強い風と雨の影響でほとんどが散ってしまった。



「すまない・・・あれほど楽しみにしていたのに・・・」

ようやくの休日が訪れると、真澄はマヤに申し訳なさそうにそう言った。


「いいの・・・。忙しいの分かってて、ごめんなさい。」

口ではそう言いながらも、明らかに肩を落としている彼女の姿は、嫌でも真澄の目に映る。


「そうだ・・・もう少し寒い地域なら、咲いているかもしれない。 それに、桜にも種類があって、遅咲きのものなら

まだ楽しめるはずだ。 せっかくの休みだし、遠出するのもいいんじゃないか?」


「でも・・・1日しかないお休みでしょ? 遠出したら疲れないかしら?・・・」

真澄が気の利いた提案をしたにも関わらず、マヤはあまり乗り気ではないらしい。


「俺の事なら気にするな。・・・そうだ、行きつけの料亭の弁当でも調達するか?君は、花より団子だろう?」

真澄のからかいにも、マヤは突っかかる様子がない。 一体、どうしたのであろうか・・・。





結婚して、もうすぐ1年になる二人・・・。

お互いに忙しいながらも、幸せな毎日を過ごしてきた・・・。


それでも、すれ違う時間が多すぎて、ふと不安になる瞬間は幾度となくやってくる。



「とにかく、行こう。家にいるより楽しいはずだろ?」

真澄はマヤの腕を掴み、強引に外へと連れ出すことにした。





車に乗り込み、真澄がとりあえず車を走らせようとエンジンをかけようとした その時だった。

「あ・・・あの・・・行きたいところがあるのっ!!」

急にマヤがそう言ったので、思わず彼女に視線を向ける。


「ん?そうなのか・・・?どこに行きたいんだ?」


「あの・・・・あたしが前に住んでたアパートの近くの公園・・・・」


「・・・・公園・・・・・?」

どういう事なのか・・・よく分からない。あれほど桜が見たいと言っていたのに。 

確かにあの公園には桜の木があるものの、散ってしまっているのは確実だろう・・・。


「桜は・・・もういいのか?」

「うん・・・いいの」

真澄は、気まぐれな彼女を少し怪訝に思いながらも、車を走らせた。


彼女の事だから、自分に気を遣ったのだろうか・・・・。








2人を乗せた車は、1年ぶりに懐かしい公園へと到着した。

「・・・変わってないね!!あ・・・・まだ1年だから、当たり前かあ・・・」

マヤは、嬉しそうに車を飛び出して行った。


真澄はゆっくりと後を追う。


たった一本しかない 小さな桜の木は、すでに寂しげな雰囲気で枝を揺らしていた。


「・・・ここの桜が見たかったのか?」

ようやく追いついた真澄がそう言うと、マヤは申し訳なさそうに、コクリと頷いた。



・・・恋人時代に何度も立ち寄ったこの公園。

それでも、なぜか桜の季節に2人でゆっくりと堪能したことはなかったような気がする。


彼女は、今年こそ ここの桜を俺と見たかったのだろうか・・・。



真澄がそう思っていると、マヤは、ゆっくりとブランコに腰を下ろし、懐かしそうに空を見上げていた。



そういえば・・・初めてキスをしたのは、この場所だった。

あの日・・・ブランコに腰掛けている彼女に、ゆっくりと顔を近づけた・・・。


いつの間にか幸せに溺れ、そういうささやかな思い出を忘れそうになっていたかもしれない。


真澄は、過去の2人を思い出し、懐かしい思いと共に、過ぎてしまった日々への虚しさのようなものを

感じ始める・・・。



「マヤ・・・・来年は、絶対にここに桜を見に来ような・・・」


真澄がそう声をかけると、彼女は下を向きながら、ポツポツと言葉を出した。


「あのね、ホントはね・・・・・・・・桜はおまけなの・・・」


「・・・・・?」


「ここの桜を2人で見たいなあ、って気持ちもあったけど・・・久しぶりに、ここに来たかったの・・・あなたと。」


「マヤ・・・」


「最初から、そう言えばよかったね・・・」

マヤは、少し恥ずかしそうに呟いた。


「あの頃は、辛いこともあったけど、幸せだったよね。そして今は、何もなくて無条件に幸せで・・・。

ちょっとだけ幸せを確かめに来たくなったの。あの頃も 隣にあなたがいて、今も隣にいてくれるんだな、って。」

微かに頬を赤らめて照れながら言葉にするマヤ。 その彼女の髪を、やわらかな春の風がなびかせる。


「えへへ・・・それだけなの。・・・・ごめんなさい。」

「謝ることはないだろう・・・・」


真澄は、体中に愛しい想いが溢れ、まるで幸せを形で受け取ったかのように熱い気持ちになった。

こんな気持ちにさせてくれるのは、世界中探しても彼女以外に きっと見つからない・・・。




「変わらないな・・・・君は。・・・いつも君のままだな。」

真澄は、マヤを見下ろしながらそう言った。


「・・・成長してないって事・・・・?」

チラリと真澄を見上げ、そんな風にわざと突っかかったように言うマヤ。


「ククッ・・・・そういう言い方も変わらないよ・・・」

真澄はじっとマヤの瞳を見つめながら、軽く深呼吸をした。




「俺も変わらないよ・・・何も。 君を想う気持ちも・・・ずっと変わらない・・・」

彼はブランコの鎖の部分に手をかけ、ぐっと彼女の表情を覗き込む。


「これからも・・・ずっと変わらずに・・・君を愛していくよ。」

「・・・・真澄さん・・・」


変わったのは、そう・・・『速水さん』という呼び方から『真澄さん』になった事だけ・・・。




・・・2人の顔が近づく・・・





真澄は、あの時と同じ場所で、同じ気持ちのまま・・・・そっと彼女にキスをした。







「ねねっ・・・あっちにチューリップ咲いてるよ〜ほら!!」

照れ隠しの為か、マヤは急にブランコから立ち上がり、歩き出した。


こんな風に振る舞う彼女も、ずっと昔から変わっていない・・・。


真澄は、目を細めながら彼女の後を追いかけた。




・・・春の風が心地よすぎて、時間を忘れそうになる。


頭上には、プロポーズした あの日と同じような青空が広がり、たくさんの雲が、風に乗ってゆっくりと動いていく。



「真澄さ〜ん!・・・桜は見れなかったけど、チューリップが見れてよかったね・・・」

「ああ・・・」


こういう、小さな喜びを与えてくれた彼女と共に生きることができる幸せを、今、改めて確認できてよかった。





桜の花が終わってしまっても・・・別の楽しみを見出せる彼女に、何かを教えられた一日だった。





2人の日々は忙しくても、2人で過ごす時間はゆっくりと、ゆっくりと流れていく・・・。





これかもずっと・・・巡る季節を共に歩いていく・・・。





おしまい


 

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