嫉妬という名のもとに 4




それは、昼前になってからの出来事であった。


「真澄様・・・北島マヤ様がお見舞いにいらっしゃいましたが・・・」

使用人からの内線の声が部屋に響くと、ウトウトとしていた真澄は30センチほど飛び上がっていた。


「な、なにーーーー!?」

彼は転げ落ちるようにしてベットから抜け出し、ドキンドキンと心臓を鳴らし始めた。


「ぐ、具合が悪いようでしたらお帰り願いますが・・・」

やはり、落ち着きのない真澄の言動を、使用人達は怪しげに見守っている様子である。

”ひょっとしたら奇妙な病気でもしているのではないか” などと疑っている可能性も高い。


「いいんだ・・・通してくれたまえ・・・」

「・・・応接間でよろしいですか?」


「・・・・いや、俺の部屋に直接、だ・・・」

使用人の問いかけに対し、真澄はどうにか冷静に言葉を返していた。

それにしても、二人きりになりたくて思わず自室に呼んでしまう辺り、かなりちゃっかりしている。



「・・・かしこまりました・・・」

使用人は、”熱があって会社を休んだんじゃないのかよ?”と心の中で突っ込んでいたが、何も言えずにいた。




(マヤ・・・・やっと会える!!)

そんな使用人の疑いや突っ込みにも気付かず、真澄はマヤの顔が見れると思っただけで顔色が変わり、パッと薔薇

の花でも咲いたような気分になっていた。

・・・本当に現金な男である。

金持ちなので現金がすべてなのだ。



ところが彼は次の瞬間、 ”余りにもひどい顔つきだと幻滅されてしまうのでは” などと我に返り、大急ぎで鏡の前

に立ちはだかり、愕然とする。


(なんという疲れた顔だ・・・)

髪型だって、昨日からの嫉妬続きも影響したのか、まるでデーモン小暮状態になっているではないか!


真澄は焦りながら髪型を整え始めていたが・・・・・・ふと、”顔色が悪い方が心配してもらえるかもしれない”などと

いう計算がチラリと脳裏に浮かんでいた。

さすが、転んでもタダでは起きない男、速水真澄・・・。


「そ、そうだ・・・これを!」

(じゃじゃ〜ん!)

・・・また効果音つきだ。


それはさておき、彼がデスクの引き出しから取り出したもの・・・それは、”冷え冷えぴったんこシート”であった。

これは、時々、仕事のしすぎで目が疲れたときに目蓋に貼ったりしている、優れものなのだ。

真澄はニヤニヤとしながら、額にそれを貼り付けた。


(フフフ・・・なかなかいいアイデアだぞ!真澄!!。・・・こんな具合の悪そうな俺を見たら、マヤのことだからきっと、

”早く治りますように・・・おまじない♪”なんて言いながら、ほっぺにチュウの一つでもしてくれるかもしれないぞ☆)

病人のくせになんとも浮かれた発想である。



さらに真澄は、いくらなんでも、この格好じゃマズイよな、とも思い、囚人服のようなストライプのパジャマを脱ぎ捨て、

とっておきのラフなトレーナーを着込んで待機することにした。 

鏡を見ると、なかなか似合っているようで、ご満悦の真澄。


(俺だってトレーナーなんて来たらちょっぴり若く見えるんだ!!しかもフード付だ!)

なんだかんだと年齢のことを気にしっぱなしの真澄。 彼は、マヤが ”速水さん・・・こんな私服姿も素敵!何を着て

も似合うのね・・・” なんて言ってくれるかもしれない、と更に期待を膨らませてみたりする。 そして、顔がニヤけて

止まらない真澄は、まるで落ち着きのないハムスターのようにグルグルと部屋を回り始める。


(マヤ♪♪)



しかし・・・・・・ふと嫌な予感が胸をよぎり、真澄は足を止めた。

携帯に連絡もしないで急に屋敷に来るなんて、なんだかおかしいではないか、と気付いたのだ。


「まさか・・・別れ話・・・・!?」

真澄は自分で思いついたその言葉にハッと息を呑み、浮かれた表情を一変させた。

まるで心臓にズキュンとピストルの弾が貫通したような痛みが走り抜ける。


・・・今朝見た、あのリアルな夢がグルグルと脳内を駆け巡るのが止まらない。


(イヤだイヤだイヤだ!そんなのは許さんっ!!心の準備がッ!!いや、一生、心の準備なんてするつもりは全く

ないがっ!!!!)


パニック状態になり、真澄は更に落ちつきなく部屋中を駆け回り始めていたが、その時、部屋をノックする音が響き、

ビクリとなった。



「真澄さま、北島マヤさまですが」


(来たーーーーーーーーーーー!!!!!)、



「ああ、ありがとう」

真澄は心の中では大きな動揺を抱えつつも、あくまでもクールに声を出す。


そして次の瞬間・・・


「こんにちは・・・」

・・・会いたくてたまらなかった、愛しのマヤがドアの隙間からひょっこりと顔を出す姿が目に入った。


「やあ、チビちゃん・・・よく来たな・・・」

真澄は、あれほどバクバクとしていたなどという様子は欠片も見せずに、クールに対応していた。

彼もマヤに負けないほどの仮面を持っているに違いない。


「速水さん・・・あの、具合が悪いって聞いて・・・お見舞いに来たんです・・・」

彼女は、春を思わせるような薄い若草色のワンピースを着込み、手には小さな花束を持ち、もじもじとしながら

こちらを見ているではないか・・・・。


(可愛い・・・・・・)

真澄は、しばし彼女に目を奪われていたのだが、困ったような顔をしている使用人に、

「君、もういいから下がりたまえ。何か用事があれば声をかけるから」

と、偉そうに告げた。


「はあ・・・では、ごゆっくり・・・」

使用人はジロジロと真澄の額の”冷え冷えぴったんこシート”を気にしつつ、ドアを閉めた。









静寂な空気が流れていた。


(言いたいことは山ほどあるはずなのに・・・)


里美のこと、そして昨日から携帯のメールも無視し、電話にすら出なかったこと。いきなり屋敷に来て何を言い出す

つもりなのかという事・・・・。

それなのに、なぜか口を開けずにいる自分が情けない。


(お、俺は何を怖がっているんだ・・・全く!!)


いっそ、”君は俺のものだ。過去の男が何を言ったか知らんが、よそ見するんじゃねえヨ!”などと、それこそ親衛隊

の洋子並みに強く言えたらいいのに・・・。

真澄はちょっぴり、洋子を羨ましくも思う。



しかし、こんな風に ふたり並んで座ったソファーからは、すぐ隣にいるマヤの些細な動きを感じ取ることができ、真澄

はドキドキとする気持ちも感じていた。

ここが屋敷などではなく、どこか洒落たホテルかなにかであり、落ち込んだ気持ちでなければ・・・!!

真澄は、まるで現実逃避をするかのように、そんな場所でマヤの肩なんかを抱いて余裕の表情をしている自分を思

い浮かべてみたりする。


・・・が、そんな淡い幸せな妄想も、一瞬にしてシャボン玉のように消え、真澄はハッと我に返った。

(俺ってやつは!!こんな切羽詰った状態でもバカな妄想をしてしまうなんて!!)

会議中でも妄想しまくりなのだから、さほどそれと変わりはないが。


そして、余りに気まずい雰囲気が続いた為、せめて何か飲み物でもあれば・・・と思った彼は、あれほどあっさり引き

下がらせた使用人に連絡をしようかと考え始める。

ところが、立ち上がろうかと思った瞬間、黙り込んでいたマヤが口を開いた。


「あのね・・・あたし、今日は急にオフになったの。速水さん・・・具合、大丈夫ですか?」

ふいに声をかけられ、ビクッとしつつも、真澄は返事をする。


「ああ・・・たいしたことはないさ・・・」

本当は心の病が重症なのだが。


「そう・・・よかった・・・。こんな時に迷ったんだけど・・・あたし・・・速水さんに大事なお話があって来たの・・・・」


「!!!!!!!!!」

真澄はハッと目を見開き、思わず体を硬直させていた。


(まるで夢と同じような展開じゃないか・・・)

ドキン、ドキン、ドキン・・・・


真澄の前には、里美とマヤが楽しそうに笑いながら遠くに行ってしまう姿が浮んでいた。


(里美が、”ほーらつかまえた☆”などと言いながら、俺の前からマヤを連れ去ってしまう!!)


「な、なん・・・だ・・・?」


「あの・・・すごく言いにくいんだけ・・・ど・・・」


「・・・・・・」


「・・・・謝らなくちゃいけなくて・・・あたし・・・実は・・・」


戸惑う表情のマヤが目に映る。彼女は言いにくいのか、言葉を止めてしまっている。


(ダメだ・・・ダメだ!!!やめてくれ・・・君の口からは・・・聞きたくない・・・)


「あのね・・・あたし・・・」


「里美・・・・か・・・?」


真澄は動揺するあまり、ズバッと彼の名前を出してしまった。

マヤは驚いたような顔をして真澄を見つめ返している。


(し、しまった!!何を言っているんだ俺は!・・・あれほどヤツの名前は口にしないようにと決めたのに!)

言葉にしてしまってから、自分でも相当ヤバイと思っていた。


「あ、いや・・・その・・・つまり・・・」

どうにも誤魔化すことができず、真澄は完全にパニック状態であった。

ところがマヤは、大きな瞳をさらに大きくさせ、俯きながら言葉を出した。


「・・・速水さん・・・もう知っているんだ・・・ごめんなさい・・・あたし昨日・・・」


マヤがそこまで言いかけたのを耳にすると、真澄は目の前の景色すら認識できないほどの衝撃を感じた・・・。

やはり、マヤは里美に会って心変わりをしてしまったのだ・・・と・・・・。



「海に・・・誘われたとかなんとか・・・テレビで・・・見た・・・」


・・・情けないセリフだった。 大都芸能の社長とは思えない、弱々しい言葉。

別れの予感を胸に抱え、どうにか繋ぎとめようと言葉を探す、情けない男・・・。


(俺は・・・こんなに弱い男だったのか・・・・)


「そうなの・・・だからあたし・・・本当にごめんなさい・・・速水さんに何て言えばいいのか怖くて・・・」


真澄はフリーズしたまま、目蓋が熱くなるのを感じていた。


幸せな夢は長くは続かない・・・。それが自分の人生なのだ・・・。

(幸せなど、やはり、この俺には求めることも掴むことも許されないのだ・・・)


不覚にも、本当に泣いてしまいそうだった。 これも悪い夢の一部だと思いたい・・・。


「マヤ・・・・」


「だって・・・里美さん・・・信じてくれないんだもん。 だからあたし、あれほど黙っているように言われたのに、言う

しかなくて・・・」


「・・・・・・?」

感傷に浸っていた真澄であるが、微妙に会話がズレ始めたことに気付き、湿り気のあるまつ毛をパチパチとさせ

始めていた。


「マ・・・ヤ・・・?」


「どうしよう・・・誰かに聞かれていたみたいだし、速水さんと付き合っているなんて大きな声で言っちゃって!!!

やっぱりもう、速水さんの耳には入ってたんだ・・・本当にごめんなさい!!」


「!!!!!!!!!!」

真澄は、目の前の雨雲がサーーッと消えていくのを感じていた。

(俺と付き合っていることを里美に・・・って・・・??なっ!!!!それはつまり・・・・!?!?!?)


「で、電話は・・・・?」

「え?」

「携帯電話・・・だ・・・俺は昨日メールを出したんだが・・・返事が・・・」

「そ、それも謝らなくちゃいけないのっ!  あたし、あれほど速水さんに”携帯電話は必ずいつでも持っているよう

に”って言われたのに、テレビ局の控え室のロッカーに忘れてきちゃって!!」


(なっ!!!!!!!)


「それでね、今朝取りに行ったら、充電切れてて・・・。携帯にアドレスが全部入っているから、速水さんの携帯番号

も分からなくて困っちゃったの・・・。で、仕方がないから、大都芸能に朝、電話してみたの。そしたら急病でお休みし

ているっていうから・・・」


「!!!!!!!!」


・・・・真澄は、ただただ、呆然としながらマヤの言葉を脳裏でグルグルと繰り返すしかなかった。

(お、俺としたことが!!!)



「ごめんなさい・・・。朝のワイドショーで、ヒミツの情報とかやってたから驚いて・・・。あたし、速水さんの仕事の事は

よく分からないし・・・でも、あたしのせいで速水さんのお仕事がうまく行かなくなっちゃったらどうしよう、って・・・」

マヤは大きな涙を浮かべながら言葉を出していた。


(なっ!!なんてことだ!!大都芸能社長の速水真澄ともあろう者が!勘違いで嫉妬するなんて!!!)

いやもう、ほんとにそれ以前の問題である。


・・・・真澄は都合の悪いことはすべて忘れ、マヤを強く抱きしめていた。


「は、速水さん・・・・??」

「もういいんだ・・・マヤ。ちょうどいい機会だから、そろそろ交際宣言をしてしまおうじゃないか。君が気にする事は

なにもない・・・」


「でも・・・電話も・・・大事な電話も置き忘れたりして、ごめんなさい。あたし、心配させちゃったかなあ、って・・・昨日

の夜は良く眠れなかったの・・・」


(マヤ!!!)

真澄は胸が熱くなり、ひたすらマヤを強く強く抱きしめる。


「携帯だって、たまには忘れることくらいあるさ。・・・俺だって昨日は会社に忘れそうになったんだ・・・」

・・・度が過ぎる大嘘である。

昨日なんて、携帯を中心に世の中が回っていると思われるほど気にしていたのだから、忘れるなんてあり得ない。


それでもマヤは、真澄のウソを見破ることもできず、身を震わせていた。

「ありがとう・・速水さん。 なんか、里美さんとの事も、あれこれ勝手に噂されてしまってたから、もしかして速水さん

が疑ったりしてるんじゃないか、心配だったの・・・」


(うっ・・・・)

真澄は痛いところを疲れていたが、フッと余裕の表情を取り繕う。


「・・・君を疑うだって?・・・それは愉快な光景だ。・・・俺がそんなに心の狭い男に見えるかい?クックックッ・・・」

真澄は、勝手に勘違いをして嫉妬しまくり、とうとう子供の知恵熱のように発熱までしてしまったという事実を欠片も

見せず、堂々とマヤにそう告げた。


「そうよね・・・あたしってば・・・」

マヤは、真澄の名演技にまんまと騙され、言葉を続けていった。


「あのね、速水さん・・・・・・」

「・・・なんだ?」

「あたし、里美さんと昔、海に行ったんです。 それで、”また行こうよ”って昨日誘われて、昔の事をいろいろと思い

出していたの・・・」

マヤはそこまで言うと、遠い目をしていた。


「ほう・・・ワイドショーのネタは本当らしいな。海なんて、若者同士の爽やかなデートでいいじゃないか・・・・・・」

・・・彼は、どうして彼女がそんな嫌なことをわざわざ言うのかとムッとしそうになる気持ちを抑え、とりあえず耳を

傾けることにした。

本当は、聞きたくなくて耳を塞いでしまいたいとも思い、冷や汗を浮かべているのだが。

しかも、そのデートの情報は原稿用紙100枚分以上のレポートによって詳しく知っているという事実も隠さなくては

ならないという点が非常に苦しくもある。


「でもね・・・あたし、分かったの。頭の中ではもう、あたしの隣には速水さんしかいないって・・・」


「・・・・?」


「あのね・・懐かしいシーンを思い出そうとしても、そこにいるのは、里美さんじゃなくて、速水さんなの。速水さんの

ことばかりが浮んできちゃうの。 久しぶりに里美さんに会ったらどんな気持ちになるのかって不安だったけど・・・

あたし、はっきり確信できたみたい・・・」


「マ・・・ヤ・・・」


彼女の言葉に、真澄は身も心も清められていくのを実感していた。

真っ黒になった心の中のススも消え去り、空気はどんどん浄化されていく・・・。 

別の意味で、今度は胸が熱くなって泣きそうになった。


(やはり・・・君は天女だ!俺だけの紅天女!!マヤ!!!)



「速水さんも・・・こういう経験、ありますか?」

「・・・・?」

「ほら、昔好きだったはずの人が、そうじゃない人になってしまったんだ・・・って実感したこととか・・・」


(・・・なっ・・・・・)


せっかく幸せな気分に浸っていたというのに、何気ないマヤの質問に真澄は言葉を失っていた。



実を言うと、真澄にはそのような体験が全くないので、分からないのだ・・・。 

今までだって、とりあえず付き合った女性はいたけれど、都合が悪くなって別れてしまっても何の感情もなかった。

・・だから、『忘れられない女性』なんてのもいないわけで・・・。


(まずい・・・・)


「速水・・・さん?」


「マヤ・・・いい経験をしたじゃないか・・・。人は、そうやって多くの出来事を過去に変え、新しい人生を歩んでいく

ものなんだ・・・」

とりあえず、口からでまかせを並べていた。 本当は、真澄にとっての初恋はマヤであり、これほど愛しい気持ちを

抱えたことだって他にはないのだが。

そんなこと、言える訳がないのだ。


「そっか・・・やっぱり、速水さんは何でも知ってるんだ・・・そうですよね・・・。あたしより11年も長く生きているんだ

し、当たり前かっ」

マヤは、そう言いながらペロッと舌を出しておどけている。


(そうだ・・・俺はマヤよりも11歳も年上なのに・・・!!!なんてカッコ悪いんだっ!!!)

・・・虚しい気持ちが泉のように湧いて出てきていたが、どうにもならない。


「速水さん、やっぱり顔色悪いですよっ?大丈夫ですか?」

マヤは、首を傾げながら真澄の顔を覗きこむと、心配そうにしているようだ。

「あ、ああ・・・大丈夫だ・・・」



ふいにマヤが、口元を緩めていた。

「ふふっ・・・さっきから思ったんだけど、速水さんでも”冷え冷えぴったんこシート”なんて貼るんだ・・!可愛いっ!

似合わないのに似合ってる〜〜〜!!」


(なっ・・・!!!)

真澄は、話の流れ的に、なんだかビミョーな気持ちになっていた。

(くそっ・・・・・・)


「チビちゃんに”可愛い”なんて言われるとはな・・・予想外だよ・・・」

いや、間違いなく妄想通りである。


「フード付きの服なんかも持っているなんて思わなかった!これなら、あたしとの年齢差も縮まって見えるかもしれ

ないですねっ!」

真澄は、この言葉だけは嬉しく感じつつも、ついつい

「君は見た目も精神年齢も実際より若いから、それはどうかな・・・」

などと言ってしまう。


「もうっ!!!」

「クックックッ・・・」

真澄は、頬を膨らませたマヤが可愛くてたまらないと思った・・・。

先ほどまでのブルーな気持ちがウソのようだった。 そして、”悪い夢であってくれ”などと祈っていた自分を忘れ、

幸せな現実を噛み締めていく。


(ほ〜らみろ!マヤに限って、俺を裏切るなんてことはないんだよっ!!これが現実さっ!!)

本当に調子のよい男、速水真澄。  




彼の心の中は、台風一過のように澄み渡る青空が広がっていた。








それから数週間後・・・

マヤと真澄の交際宣言が出されると、寝耳に水のマスコミたちは、それはもう大騒ぎであった。

しかし、そんな強い話題を抱えてスタートしたドラマも絶好調の視聴率を確保し、真澄の株も上がるばかりとなり、

すべてが順調に進んでいった。


ドラマのビデオをチェックしていても、マヤが相手役の俳優に想いを告げるシーンを見ようが、里美が出てきて二人

で画面に映るシーンがあろうが、もう問題なし、という顔つきで余裕の真澄である。


(フフン・・・里美め! 俺とマヤの交際宣言、見たか? さぞかしお前は悔しくてたまらなかったことだろうな・・・。

ひょっとして、ショックのあまり、シャンパングラスを割ったりしたんじゃないのか?いやいや、お前のことだから、

ポップコーンのカップでも握りつぶすのかな・・・?)

自分の過去を棚に上げ、本当に嫌な男である。


真澄は実感していた。マヤと自分との間にある信号は永遠に青なのだ、と。 そして、里美とマヤの間の信号は

永遠に赤・・・・。なんという素晴らしいことだろう♪♪ 今後も、マヤと関る男達の信号は赤しかないと決まっている

のだ!!


(交際宣言もしたことだし、これからはイロイロとお楽しみも盛りだくさんだな・・・フフフフフ・・・・)


そんなことを考えてニヤニヤしていると、ふいにノックの音が聞こえ、水城が社長室に入ってきた。

コンコン・・・


「失礼します」

「やあ、水城くん・・・」

「社長。ドラマも好調にスタートしましたし、交際宣言も良い影響を与えてくれましたわね。さすがですわ・・・」

「ははは・・・俺を誰だと思っているんだ・・・」

まるですべてを計算して行動したかのように威張る真澄。 かなりのお調子者である。


「社長は、マヤちゃんが里美茂と共演していても、ずいぶん余裕の表情でいらっしゃいますしね・・・」

「当たり前だ・・・そんな小さなことを気にしていたら女優を恋人になんてできないさ・・・」


真澄は先日の嫉妬しまくりの自分をひたすら隠し、見てもいなかった書類を捲りつつ、そう告げていた。

どっちにしても、彼が仕事に関する集中力は欠けっぱなしらしい。



「それにしても・・・おかしいですわ。 今回のドラマ、脚本家が急に話の筋を変えると言い出して、里美茂の出番

が大幅に減ったように思うのですが・・・」

ふいに水城が、何やらひっかかるような言い方で更に話を進めてきた。


(う・・・・・・・)

真澄はドキリとしながらも、平静を装っていた。 実は、脚本家に金を握らせ、そのように仕組んだのは真澄本人

なのだから・・・。


「そうか・・・?それは気付かなかった・・・。脚本家は気まぐれで困るな・・・ハハハ・・・・」

気まぐれなのは真澄であろうが。


しらばっくれたつもりではあったが、水城のサングラスの下はキラリと光っていた。


「そうそう、もうすぐ始まる紅天女の舞台、地方公演の予定ができましたので、目を通しておいて下さいませ」

水城はそう言うと、バサッと紙の束を真澄に手渡す。


「ああ・・・分かった・・・」

水城がコツコツとハイヒールの音を響かせて部屋を出て行くと、それにチラリと目をやる真澄。

彼は、彼女が出て行ってホッと息をつくと、手渡された書類に目をやった。


(まったく・・・まあいいか。 えーと、なになに・・・全国各地を回って、東京に戻ってくるには6ヶ月・・・か・・・)

「・・・・」

(6ヶ月・・・・・・半年・・・・・・180日以上・・・・・)

真澄は、大きな溜息を漏らしてしまった。

マヤと長い間、離れ離れになるという事を想像すると、寂しさが湧いて出てきてしまうのだ。

せめて・・・それまでに、もう少し二人の仲を進展させておきたいものだとも思う。

これに関しても、弱気な自分には頭が痛い課題ではあるが。


「あ〜あ・・・・・共演できる俳優はいいよなァ・・・・俺も役者だったらなァ・・・」

充分、素質はあると思うのだが。


そして、真澄はそんな風に溜息まじりで出演者の名前を見ていたのだが・・・ふと ”桜小路優”の名前に、心の中

の嫉妬メーターがカチンと作動するのを感じた。


(・・・よくよく考えて見たら、いちばんマヤの身近にいるコイツのほうが問題アリだよな〜)

男友達のつもりで相談に乗っていてもらったのに、気付いたら一番大事な存在に・・・なんてパターンもよくある。

まあ、マヤに限って、桜小路なんぞに心を動かされるとは思えないが・・・この男のしつこさはギネス並みなのだ。


(こいつ、何年くらいマヤに一途なんだっ?)

自分のしつこさを棚に上げ、そんなことを思考する真澄。

「・・・・・・・」


彼は嫌な気持ちを抱えながらデスクの上に書類の束を投げつけてやった。

すると、この間コーヒーで汚れた桜小路が表紙になっている本がまだ置いてあることに気付いた。


(桜小路・・・・・)

真澄は何気なく、その雑誌を手にしていた。

相変わらずセンスのないシャツに太い眉、そしてまっすぐなカメラ目線で映っている姿だけでも腹が立つ。

・・・が、更に、コーヒーの染みで、なんだか桜小路のほっぺが赤くなっているようにも見える。 まるでマヤを見な

がらこんな顔をしているかのように!! 毎晩、こんな顔をしてマヤを思い浮かべて、どんなことをしているのかと

想像すると、ハリセンで叩いてやりたい気分だ!


(うがーーーーーー!!なんかムカつくんだよな〜コイツ!!!)

恋人である自分よりもマヤと共有している時間が長いなんて、なんとも許せない!



「こいつめ!!こいつめーーー!!」

真澄は誰も見ていないのをいいことに、桜小路の額をデコピンで連打していた・・・・・。

なんともオイタワシイ姿・・・。






結局、一難去っても、また一難・・・。




彼の嫉妬は趣味であり、ほとんど病気のようなモノなのかもしれない・・・。






大都芸能の速水真澄。




嫉妬という名のもとに、彼の人生は存在する。





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