嫉妬という名のもとに 3



「あたし・・・速水さんにお話があるの・・・」

薄暗い闇の中で、震えるような声が響いていた。

(マヤ・・・・・?)


「ごめんなさい・・速水さん・・・やっぱりあたし、里美君とやり直すことにしたの・・・だから・・・もう・・・・・あなたとは

付き合えません。別れてください・・・」


「嘘だろう・・マヤ・・・?」

俺は呆然と立ち尽くすしかできない。

そんなバカな・・・・。


マヤの隣にいるのは、以前よりもはるかに大人びて魅力的になった里美茂。 彼は、まるで俺を見下ろすかのように

して言い放った。


「そういうことですから、速水社長。もう、昔のように僕達を引き離すことはできません」

里美は、強くマヤを引き寄せていく。


「俺は・・・・俺は・・・・マヤを手放すなんて絶対に・・・」

動揺しながら叫ぶと、遮るようにして里美が口を開いた。


「みっともないですよ・・・・・大都芸能の社長なのに。彼女は僕を選んだんですよ。あなたはお金だって地位だって、

すべて持っているじゃないですか。僕達はささやかな幸せを大切にして生きていきます・・・」

2人はクルリと背を向けると、素早く俺の元を去っていく。


「待ってくれ!マヤ!!」


・・・・彼女は振り向こうともしないで里美の腕に絡み付いている。


行ってしまう・・・!!!


「マヤ!!」








「マヤ〜〜〜〜!!!!!!!!!」


・・・ハッと頭をあげた真澄は、意識を取り戻した。


「夢・・・・・・」


真澄は深く溜息をつくと、頭をかきむしりながら、『クソッ』と言葉を吐き捨てる。

・・・どうやら、自室のデスクで書類に目を通しながら、顔を突っ伏してウトウトとしていたらしい。


枕元に転がっている携帯電話をチラリと確認してみても、マヤからのメールは入っていなかった。

時計は、まだ23時前だ。


背中には、びっしりと汗が滲んでいる。

(夢でよかった・・・・・)

それにしても、なんという嫌な内容の夢だろう・・・。


(これが・・・予知夢にでもなってしまったら・・・)

「・・・・・・」

真澄はフーーっと深く息を出し、椅子を回転させると、無意識に手元にあるリモコンを掴み、テレビのスイッチを入れて

いた。

・・・別に見たい番組あるわけではなく・・・少しでも気を落ち着かせたかったからだ。



次々と番組を見送っていくものの、時間帯のせいであろうか・・・くだらないB級のお笑いタレントの番組や天気予報

など、どれも特に興味を抱くような番組はやっていないようだった。

しかし、別に真剣に見るつもりなんてないのだから、何だって構わないはずだ。


(・・・これは・・・大都が手がけたドラマ・・か・・・)

真澄は ぼんやりとそんなことを思い、手を止めた。

それは、話題の女優と俳優を起用し、視聴率もそこそこに取れている連ドラであった。




「ヨシコ・・・・俺ともう一度やり直さないか・・・」

「タケシ・・・!!」


まるで「3年B組金八先生」のドラマで使われるような川原で、主役の女を抱きしめている男がいる。

時間的にも、本日のメイン場面のようだ。


(ありがちなシーンだな・・・それにしても、ヨシコだのタケシなんて、あまり今風じゃないな・・・まあ、いいが・・)

真澄は冷静にそんなことを思いながら見つめていた。こんな風にドラマの良し悪しをチェックしてしまうのは、仕事上の

クセなので仕方がないであろう。



続いて男は、女の持っている携帯電話をサッと奪い取る。

・・・そして切なそうな表情を浮かべつつ、男は勝手に電源を切るという行動にでていた。


「・・・タケシ・・・?何をするの・・・?」

「俺達は嫌いになって別れたんじゃない。今付き合っている彼氏なんて忘れてくれないか・・・。また二人で・・同じ道

を歩いていこう!」


(・・・オイオイ・・・なんだこの展開は!!)

真澄はどんよりとした気持ちが更に悪化していく気配に気付いたが、それでも話の行方を追い続けていた。


「でも・・・」

女は戸惑いながら彼が手にした携帯電話を見ている。


(そうだ、そんな男にたぶらかされるんじゃない!昔の男なんてクソ食らえだ!今の恋人を大事にしろ!)

真澄の中には、いつの間にか、そんな心の叫びが生まれ始めていた。 先ほどまで冷静に見ていたはずなのに、胸

の奥が熱くなっていくのはどうしてだろう。


「俺は・・・地位も名誉もないけれど、君を想う気持ちは誰にも負けないよ!」

男はそう強く言葉をかけて、女を見つめる。


(ふん、そんなのは若造の遠吠えだ。世の中、ある程度は金だ・・・。こんな男に流されたら後悔するぞ!騙されるん

じゃないっ!)

ブラウン管の向こうの、しかもドラマの中の女に熱くアドバイスなんぞしてしまう真澄。こんなにドラマに真剣になって

しまうのは久しぶりかもしれない。



ところが、画面の中の男は突然、手にしていた携帯電話を川へと投げ捨ててしまった。


「!!!!!」

真澄は思わず息を呑む。

(な、な、なっ・・・!!!)



「タケシ!!」

「愛しているんだ・・・!」

男の言葉に、ポロポロと涙を流し、すがりつく女。

「私だって・・・!あなたを忘れたことなんてなかった!いつか迎えに来てくれるのを待っていたの!」


(おいおいおいっ!ヨシコ〜〜〜〜〜ッ!!!!この裏切り者っ!!!)


真澄がそう心で叫んでいる間にも、二人は固く抱き合い口付けを交わす・・・。


なんということだろう・・・。

(とんでもない女だ!!こんなことが許されると思っているのか!!!!!?)




重なり合った影・・・。

そして、川には、無残にも浮んでいる携帯電話・・・・。


・・・・そこでエンディングの曲が流れ始めていく。



(なんっ!なんっ!!なんっっっ!!!)

真澄は非常に不愉快な気分でいっぱいであった。

たかがドラマなのに、見知らぬはずの、この女の彼氏が不憫(ふびん)でならない。


(ヨシコめ〜〜〜!! 冗談はヨシコさんだっ!)

・・・古いギャグを心の中で叫びながら、真澄はブチッとテレビの電源をオフにしたものの、怒りは治まらない。


「くだらんっ!くだらんっ!実にくだらん内容のドラマだっ!!こんなもん、製作を許可したのは誰だッッッッ!!!」

ゼーハーゼーハーゼーハー・・・・

暗闇で自分の声が響き渡ると、真澄はその質問の答えを把握する。

(あ・・・・・俺だった・・・・・・・・)

「・・・・・・・・・」


なんだか知らないうちに一人突っ込みをしながらも更にブルーになり、フラリと椅子から身を下ろす真澄。

こんな時にこんな内容のドラマをたまたま見てしまうという、自分の運のなさにも白目になっていた。

気を落ち着かせるためにつけたテレビのはずなのに・・・落ち着くどころか、不安やら苛立ちが、まるでねぶた祭りでも

始めてしまったかのようにエンドレス状態である(もはや意味不明)。


(俺は何をしているんだ・・・・)

・・・一人ぼっちの夜は、ますます虚しさを加速させていく・・・・。


(このドラマと同じような展開になったらどうするんだ・・・・!?)

・・・また、嫌なことを思いついてしまった。







窓辺に足を運び、夜空を見上げると、大きな月が自分を見下ろしているように浮かんでいた。

今日は満月らしい・・・。

眩い月の光が広がっている。

しかし・・・それを見ても気分は晴れるどころか寂しくて泣きそうになっていくのが分かる。 


(こんな事なら、いっそ嫌われたままでいたほうがよかったとでも言うのか・・・?)

まるで自分自身に問いながら、歯軋りを繰り返す真澄。


そして、ゆっくりと首を振り、肩を落とした・・・。

(そんなわけがない・・・・)


こんな気分でいるせいか、月の表面の影の形ですら、ウサギの模様ではなく、里美とマヤのツーショットにしか見え

ない・・・・。



里美とマヤ・・・・。


久しぶりに会った二人は、一体どんなことを話していたのだろうか。

お互いに好きでいたのに、離れ離れにさせられてしまった、あの二人は・・・。


(マヤは後悔しているのかもしれない。俺と付き合い始めてしまったことに・・・。久しぶりにアイツと会って、あの頃

の恋心を取り戻してしまったのだろうか・・・)

真澄はブンブンと首を振りながら大きく肩で息をつく。


ズキン、ズキン、ズキン、ズキン・・・

心臓まで痛い気がした・・・。



魅力いっぱいの容姿に爽やかな笑顔の里美茂・・・。

(体型だって昔の俺のようにスマートだし、どう考えても俺よりも若くて髪もサラサラで・・・それに比べて俺なんて、

・・マヤよりも11歳も年上で・・・最近はアゴの長さだって・・・)

マヤに出逢ってから気付かされた事は数え切れないほどあるものの、自分の体の中にこんなイジケた感情が埋まって

いたとは知らずに生きてきたように思う。


真澄の心の中は穴だらけになり、マイナス100度の寒気が一気に流れ込んだ。


(俺は人を不幸にした分だけ不幸になるんだ・・・だから一生、自分は幸せにはなれないんだ・・・)

今までの人生を振り返り、次々とマイナス思考になっていく。


(もしかしたら・・・もうすでに携帯のアドレス交換なんぞもして、
ヽ(* ̄・ ̄)ノ^☆チュッ♪とか顔文字まで飛ばしあい

をしていたりして・・・!! お、俺なんて、顔文字なんて使いたくてもキャラ的に似合わないから使わないようにして

いるのに! でも・・・あいつなら・・・里美なら許されるよな・・・)


「う・・・・・・」

・・・つまらないことを想像しただけで怒りが湧き、同時に寂しさに襲われていた。


(とうとう俺は狂ってしまったのかもしれない・・・)

マヤを想う気持ちと嫉妬深さだけが基準であれば、それは確実と言える。



彼は窓辺に背を向けるようにして歩き出すと、備え付けの戸棚を開け放ち、ブランデーの瓶を強く掴んでいた。

酒に逃げ場を求めるなんて、自分でも情けないと分かっていても、他に気を紛らわす方法など思いつかなかったのだ。


ゴキュゴキュゴキュ・・・・

嫌な思考を消し去りたいと願い、浴びるようにして喉に流し始める真澄。

こんなに一気飲みをするなんて初めてのことだ。

あまり胃にものが入っていないせいか、酔いが回るのも早い・・・。


真澄は、酔いつぶれたサラリーマンのようにヒックヒックと声を出し始めていた。


(俺は・・・マヤだけは手放したくない!やっと手に入れた幸せなんだ!・・・・里美!頼むからマヤだけは諦めてくれ!

ポップコーン100年分進呈するから消えてくれっ!!ご希望なら、鷹宮会長の孫娘との縁談もまとめてやるよっ!)



ほんとうにバカバカしい発想である。

やはりすでに狂ってしまったのかもしれない。

いや、単に酔っ払っているだけなのだろうか・・・。







問題の携帯は、日付が変わっても鳴る気配はなかった。







結局、悶々とした気持ちを抱えたまま、朝がやってきていた。


鏡を見ると、目の下にびっしりと隈ができ、ひどくやつれた姿が目に入る。

そういえば、昨日からまともに食事も喉を通らず、タバコの本数と酒の量だけはすごかったのだ。

おまけに浅い眠りを繰り返し、睡眠不足・・・。


(これじゃ、とても爽やかフェイスの里美茂には敵わない・・・どうせ俺なんて・・・・)

そんなズタズタの状態になりながらも、未練たらしく携帯電話をチェックしてしまう真澄。

画面に変化はない。

二人を繋ぐアイテムとして、あれほど大切に感じていた携帯のはずなのに、今では溜息の原因にしかなっていない。



「もうダメだ・・・・」

真澄はガックリとうなだれながら、ポツリと呟いた。

今日は、とても会社には行きたくない。

こんな風に後ろ向きの思考になってしまったのは、あの誘拐された日以来かもしれない。

仮病ではなく、本当に頭の芯からズキズキと痛みが発生し、どうしようもないくらいに心も体もボロボロになっている

のだ(単なる二日酔いという噂もある)。


大都芸能の社長なのに、なんという情けない姿であろう・・・。

それは自分でも良く分かっている・・・。


(マヤ!!君を失ってしまったら、俺は毎日こんなになってしまう・・・・)

やはり”病は気から”なのだ・・・。


真澄は役立たずの携帯のボタンを押し、どうにか水城に連絡を入れていた。

そして、急病で休むと一方的に告げると、ドサリとベットに倒れ込む。

水城が何を言っていたのかも記憶にない・・・。




「くそーーーーっ!里美さえいなければっ!!」


ガンッッ・・・・・

真澄はイライラをぶつけるようにして、テレビのリモコンを壁に投げつけていた。


ブツンッッ・・・・

・・・すると、なんということであろう・・・・・まるで嫌がらせをするかのように電源が入ってしまった。




「昨日の里美さん、久しぶりに素敵なお姿を見せてくれましたね〜!」


「!!!!」

よりによってワイドショーがやっていて、昨日と同じVTRが流れている・・・。

真澄はただでさえ気分が悪いのに、里美のエメラルドのような爽やかな笑顔に体調が悪化していくように感じ、もはや

メチャメチャの思考を抱え、心の中で叫ぶ。


(さ、里美〜〜!!! だいたい、こいつばっかり白目にならずにカッコイイのはなぜなんだっ!お前なんて、親衛隊

の洋子とくっついてしまえっ!それが一番お似合いだっ!!洋子のナイトはお前しかいないんだっ!!)

どう考えても、あまりお似合いのようには見えないが・・・。




そして、そんな風にかなり病んでいる真澄の耳に、さらに火に油を注ぐようなコメンテーターの言葉が伝えられていく。


「その里美さんなんですが、実は、さっそくマヤちゃんに積極的にアプローチしているなんていう秘密の情報が入って

きています。昨日、なんとマヤちゃんの舞台稽古を見に行った彼が、”また海に行きたいね”と誘っていたという目撃

情報があるんですよ〜。今後のお二人の関係、ますます気になるところですね〜」




「なにィィィィィィィィ!!!!!!!!!」

屋敷中に響く絶叫だった。

真澄は衝撃的な情報を耳にし、とうとう、ゴジラが火を噴くようにして吠えてしまっていたのだ。


具合が悪いといって朝食もとらずに部屋にこもり、突然大声を出したりしている彼を、使用人達はさぞかし怪しんでいる

ことであろう・・・。


真澄は奇怪な声を出してしまったことに気付くと頭から布団をかぶり、握りこぶしを何度もマットに叩きつけた。

「くそっ!くそっ!!くそおおお!!!!」



――海でデート――


・・・真澄は以前、あの二人が海でデートしたことを知っている。 

心配だったので、聖に発泡スチロールで出来た岩の着ぐるみを渡し、頭にはワカメを被らせて変装させ、密かに調査

させていたのだ。


・・・だから・・・・二人がイチャイチャと海辺を駆け回り、釣りをしたり夕日を見た事だって知っているんだ・・・。

(手を繋いだ事だって!!!!!)


・・・マヤは本当に楽しそうにしていたらしい。 

あの報告だけでも本当に辛かったのを覚えている。

そんな楽しい思い出を引っ張り出して復縁を迫ろうだなんてとんだプレイボーイだ!里美茂!

(あいつめっ!!!!)



しかし・・・・マヤはどう思ったのだろうか・・・。

そんな事を囁かれた彼女はクラクラと気持ちが彼に向いてしまい、揺れ動いているのではないだろうか・・・。



(まさか、ヨシコと同じように!!!!)


「・・・・・・」

真澄は体中の震えが止まらなくなっていた。


嫉妬するあまり、とうとう熱が出てしまったようだった。


こんなことで熱が出るなんて、人生で初めてである・・・。というより、嫉妬が原因で発熱するなんぞ、本当に前代未聞

かもしれない。



「マヤ・・・・・・!!!俺を助けてくれ・・・・!!どこにも行かないでくれ!!」


真澄はガタガタを震えながら そのまま布団にくるまり、泣きそうな思いを抱えて祈り続けた。



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