素顔をみせて 後編

written by こぶた座〜









朝、里美からの電話でマヤは起こされた。


「おはよう、マヤちゃん今日は緊張してる?ってよく寝られたみたいだからその心配はなさそうだね」


「あっ、里美さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「それよりマヤちゃん、テレビ見て」


「わぁ、何これ、ホントに私たちなの?事実じゃないのに困っちゃうよねぇ」


「マヤちゃん、ちょっと相談したいことがあるから大都へ行く前に会えないかな。うん、あの地下劇場だね、

人目につかないしちょうどいい。うん、それじゃあお昼に」





―― ・ 地下劇場 ・ ――


「マヤちゃんごめんね、こんな騒ぎになっちゃって」


「ねえ、里美さん。アメリカのミクさん大丈夫かな、こんな報道もし耳にしたら絶対に誤解しちゃうよ」


「ああ、ミクの事なら心配ないよ。僕が日本に来る前に、もしかしたらこんな報道がされるかもしれないからっ

て言ってあるからね」


「えっ?なんで、どういう事?」


「マヤちゃんさあ、僕に隠してる事あるでしょ。大事なこと」


「・・・それって紫のバラの人のこと?」


「紫のバラの人ってさあ、速水社長でしょ。ああ、もう答えなくて言いよ。聞いてるんじゃなくて確認しただけ

だから。マヤちゃんのメールの内容や速水さんの行動でもうバレバレって感じだよ。マヤちゃん速水さんの

こと好きなんでしょ、このままでホントにいいの?後悔しない?」


「だってもうすぐ結婚するんだよ。紫のバラの人が幸せになるんだよ。私なんかが好きですなんて言ったら

速水さん絶対に困るに決まってるよ」


「まあ、困るは困るだろうけどね」(嬉しくて嬉しくて困るんじゃないか・・)


「ほら、里美さんだってそう思ってるじゃない」


「マヤちゃん、僕さ、マヤちゃんの事を大事に思う気持ちは今も変わらないんだ。でも今は純粋に妹の幸せ

を願う兄貴ってとこだな。マヤちゃん、今日はこれから僕の言う通りにして欲しいんだ。 これから行く大都

芸能の前にはたぶん今日の契約の事を聞きつけてマスコミが大勢来てると思うんだ。僕たちのことはもち

ろんそうだけどマヤちゃんの大都嫌いは有名だったからね、そこのとこも聞かれるよね。 僕さ、今日マヤ

ちゃんのこと恋人のようにして振舞うからマヤちゃんマイク向けられたら後で話すってそれだけ言って通し

てね。もちろん速水さんの前でもだよ。余計な事言っちゃダメだからね」


「言ってることがよくわからないんだけど・・」


「大丈夫、全てまかせてよ」













大都芸能前にはマヤのコメントを一言もらおうと大勢のマスコミが待機していた。そこへマヤだけでなく一緒

に話題の里美茂が現れた。フラッシュがたかれ眩しがるマヤをしっかりと守るように支える里美、我先にと

マイクを突き出しコメントを求めるワイドショーのリポーターたち。足早にビルに駆け込むと思っていた彼らだっ

たが、予想に反して里美が足を止めてインタビューに応じる。



「ええ、マヤちゃんの事は今でも大事に思っています。僕も案外一途なんで驚いてますよ」

「できるなら僕も一真役のオーディション受けたかったですね」

「僕もマヤちゃんも大人になりましたからね、いつまでも子供のような付き合いはしていませんよ」

「これから女優北島マヤが演じる紅天女に世の中の数多の男性が恋い慕っても、彼女の心は一人の人しか

いませんよ」

「ええ、アメリカに来てもらう予定がありますよ。できることならすぐにでも連れて行きたいんですけどね」



里美は誰が聞いてもマヤが恋人であるかのような発言をマスコミから華奢な体を庇いながら続けていた。


(速水社長・・ちゃんと見ててくれよ)



「一体いつまで人の会社の前で馬鹿騒ぎを続けるんだ。マスコミの皆さんも後日きちんとした席を設けるの

で今日はお引取り願おう」

有無を言わせぬ冷ややかな声が開かれた扉の前から聞こえた。ワイドショーが報じていた玄関前の様子を

見ていた真澄だったが、ついに我慢ならなくなって飛び出してきたのだ。


「さあ、チビちゃんたち早くこっちへ来なさい」

真澄がマヤの腕を掴もうとしたとき里美がその手を払いのけマヤの傍らに寄り添った。真澄は行き場を失っ

た手をギュッと握り唇を噛んだ。


「朝から君たちのことでマスコミは大騒ぎだな。それにしても今日、里美君が一緒に来るとは聞いてなかった

んだが」


「あの、私が一緒に同席してくれるようにお願いしたんです」


「ええ、マヤとは身内みたいな付き合いですから。それに契約には慣れてますから。まさか今回の騒動で

大都があれほど望む上演権を持つマヤと契約しないってのは考えられませんからね。相手が僕なら悪い

イメージもつかないでしょう。むしろあの頃から相手をいたわり合っていたとでも言えばマヤにしても恋に

一途な好印象を与えることになると思いますよ」


真澄の脳裏には里美を好きだと言ったあの時のマヤが鮮明に甦ってきた。タイミング良く水城がコーヒーと

ミルクティーを運んできたとき里美が声を掛けた。


「ああ、やっぱり水城さんだ。ご無沙汰してます。マヤがまたこちらでお世話になりますのでよろしくお願い

します。それにしても水城さんって速水社長の懐刀でしょう、あの当時新人女優のマネージャーなんてよく

やってましたよね」

里美は嫌味のない笑顔を水城に向けた。

先に書類の写しを貰っていたので2・3里美からの質問があったが契約は滞りなく終った。


「そうだ、マヤ、今からあのこと頼んでおきなよ」

「あっ、ああそうね。速水さん、私本公演が終ったらアメリカに行ってきます。スケジュール開けといてください」


「アメリカ?」

速水が眉間にしわを寄せて難しそうな顔をして何かしら考えてるのをよそにマヤが続けた。


「そう、里美さんの大切な人に会わせてもらうの」


「マーヤ、その話はまだダメだろ」


「そうだった。ごめんなさい」

一瞬で理解した。(そうか・・里美の両親に会うんだな)


「マヤ、少し速水社長と話があるから秘書室で待っててくれないか」

里美はそういうとマヤを社長室から遠ざけた。


「里美君、君とマヤはつまり報道通りの関係なのか?」

先に口に出したのは真澄だった。


「そうですね、僕もマヤもあの頃のように事務所の言うがままの子供ではないっていうのが本音ですね。

第一嫌いになって別れたわけではないですしね」


「今日のようにマスコミが先行すると事務所としての対応が後手後手になるのはまずいんだ。あの子と何か

あるときには俺に報告してくれないか」


「マヤは特別って訳ですか。こんなある意味大都に不利になるような契約を交わすぐらいですからね」


「紅天女は特別だからな」


「本当に紅天女のためですか?マヤが大事だからじゃないですか」


「君はおもしろい事を言い出すね」


「そうでしょう、あの有能な水城さんでさえ惜しげもなくマヤのマネージャーにする。頻繁に視察に来る。白い

ジャングルの時にマヤが僕を好きだと言った、あの時の嫉妬に歪んだあなたの顔、遠目からでもはっきり

解りましたよ。当時の僕の親衛隊がマヤを襲ったときのあなたの行動。彼女が好きで大切な存在だとした

ら全てつじつまが合う。マヤのことをずっと愛してるんでしょう、違いますか速水さん。そうそう、報告って言っ

てましたよね。じゃあ、こんな報告はどうですか?マヤがベッドで僕にどう応えるか、あの真っ白な体がどう

上気していくか、僕に抱きついて思わず口にする喘ぎ声、昇りつめたときの淫らな―――」


<バッキーン!>

真澄の拳が里美の頬をとらえた。


「あーあ、速水さんとうとうやっちゃいましたね。役者の顔を本気で殴るなんて大都芸能の社長なら絶対に

しませんよ。速水真澄という一人の男がとうとう正体を現しましたね。だから、素人が役者の真似事をしちゃ

ダメだっていうんですよ」

ハンカチで切れた唇を抑えながら里美が続けた。


「速水さん、あなたは判り易すぎる。どうせ誰にも気付かれてはいけない気持ちだなんて思ってるのかもしれ

ないけど、ポロポロと素顔が覗くんですよ。秘書の水城さんは間違いなく知ってますよね。それになぜか先日

のパーティーを欠席していたあなたの婚約者もあなたの気持ちに気付いてるんじゃないですか?プライドが

あるから婚約は解消できないとかまあそんなところでしょう」


「・・・君に何がわかる」

真澄は苦悶に歪んだ表情からやっと一言発した。


「別に、理解しようとも思いませんけどね。これだけは解りますよ、あなたが自分の手で幸せにしてあげようと

してるのはマヤじゃないってことはね」


「・・俺だってあの子を守ってあげたい、幸せにしてあげたい」


「それで満足ならまた紫のバラでも贈ってやったらいいじゃないですか、そうじゃないから苦しいんでしょ」


「なっ・・何で君が知ってるんだ・・」


「だから、素人が役者の真似事はダメだって何回も言ってるでしょう。随分前からマヤに気付かれてることさえ

も知らなかったでしょう。あなたが名乗り出るまでは知らないふりをしてるんですよ。可哀想にそれがかえって

どんなに自分自身を苦しめていてもです。速水さん、もういい加減に気付いて下さいよ。 あなたがどんなに

マヤを守りたくても表に出てきてくれなければ、舞台に上がらなければ何も変わらないんですよ。 あなたは

ただ逃げてるだけだ」


「・・俺はまだ間に合うのか・・」


「舞台の幕はまだおりてませんから。 それにマヤちゃんと僕はマスコミが騒いでいるような関係じゃなし、

さっきはちょっとイジワル言いましたけどね。このパンチでちゃらにしてくださいよ」



コンコン、とドアを少し開けてマヤが顔を出した。


「わあっ!!里美さんどうしたの?」

里美の血の滲んだ口元にマヤが心配そうに寄ってきた。里美がマヤにだけに聞こえるように言った。


「マヤちゃん、今日は恋人役って言ったけどやっぱり僕の役はピエロだったよ。これから速水さんがマヤちゃ

んが困ることをたくさん言うからマヤちゃんもたくさん困らせてあげるといいよ」


「それじゃあ、速水さん、主演女優がきましたから僕は帰ります」

鮮やかな笑顔を見せて里美が部屋を出て行った。


(何年経っても爽やかな好青年なんだな)


里美がマヤを好きだと言った時の何の躊躇いもない清清しさが眩しく思い出された。


(俺も負けてはいられないな)



「さてと・・チビちゃん何から話そうか」












―― ・ 成田空港送迎ゲート ・ ――


ひと月ほど滞在して日本での仕事も済ませて里美がアメリカへ出発する日が訪れた。


「それじゃあ里美さん、元気でね。公演は絶対に観にきてよ。それからミクさんによろしくね。うん、結婚式

には必ず出席しますから」


「公演の成功祈ってるよ。マヤちゃんのおかげでミクにいいお土産も買えたしね。何かあったらまたメール

してよ。でも、お惚気メールは勘弁して欲しいけどね。速水さん、大根役者扱いしてすいませんでした。でも、

僕の描いたシナリオ通りにあなたが動いてくれて、大根どころかとても優秀な役者でしたよ」


(マヤと所属の契約を――心の通い合った日、真澄は鷹宮へ出向きビジネスの顔ではなく速水真澄という

個人の顔で紫織と向かい合った。紫織は試演を見た日から遅かれ早かれこの日が来るのを悟っていたか

のように婚約解消に応じた)


「仕方ないな、それじゃあ俺は社長業を廃業して俳優になるか・・・って誰か突っ込んでくれよ。それよりも

里美君には色々と世話になったな。本当に感謝してる」


「僕だってマヤちゃんの幸せを願う者の一人ですからね」


「ああ、このチビちゃんにはうちの秘書といい強力な味方がたくさんいるからな。うっかり泣かせるような事も

できないよ」


「それなら大丈夫、速水さんの事でならマヤちゃんもう、嬉し泣きしかできないよ。ねえマヤちゃん」


「もう、里美さんのイジワル。そっちこそお惚気メールでうちのパソコンに熱出させて壊さないでよね」


「アハハハ、じゃあ僕そろそろ行くよ。マヤちゃん機会があったら本当に共演しようね」


相変わらず爽やかな笑顔を残して里美は出発した。

 







――― その後の会話 ―――


「なあ、チビちゃん。俺にはパソのアドレス教えてくれないのか?」


「絶対にイヤです。だって、速水さんから渡された携帯、私が機械音痴なのをいい事に人に教えられない

ようなアドレスを登録したでしょう。これ変更できるまで誰ともメールできないんですよ」


「だったら俺とだけすればいいじゃないか」


「ダメですよ、速水さんとメールなんて・・・だってちゃんと顔見たくなっちゃって会わなきゃ我慢できなくなっ

ちゃうじゃないですか。もうこれ以上我儘言ったら嫌われちゃう」


「そんな可愛い我儘なら幾つでも聞いてあげるよ。君を甘やかすのが俺の生きがいになりそうでコワイよ」


「そんな事言って、後悔したって知りませんよ」


「後悔なら数え切れないほどしたからな、それに今、君にキスをしなければきっと後悔するだろうしな」


「もう、速水さん何言ってるんですか。ちょっ、あっ・・・」








――― Fin ―――






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