素顔を見せて 
前編

written by こぶた座〜







試演が終って紅天女を手にしたのは当初のマスコミの大方の予想を裏切って北島マヤに決まった。

しかし試演を見た協会関係者はマヤの天才たる所以を改めて思い知らされたに過ぎなかった。

日を改めてキャスト等の発表のレセプションパーティーが開かれマヤの傍らには一真役に決まった桜小路が

ピッタリと寄り添っていた。会場の熱気でのぼせたマヤがふらついた瞬間も腰に手を廻し誇らしげにサポート

していた。


そんな桜小路の姿を嫉妬にかられ凍て付くような眼で見ている真澄がいた。


(俺は一生あの子をただ見守るだけしかできないんだな・・・それでいいと望んだのは自分なのに今更何を

躊躇っている?)


そんな真澄の姿をじっと見ている長身の瞳があった。


「速水社長、ご無沙汰してます」


「ああ、里美君か、暫くぶりだね。君の評判はかねがね聞いているよ。出演した映画はヒット続きであちら

でも演技力に高い評価をしてもらってるそうじゃないか」


「いえ、語学も含めてまだまだ勉強中ですよ、制作の方もやってみたいですしね。今日は知り合いの協会

関係者に無理をいって入れてもらったんです。マヤちゃんの晴れ舞台ですからね。試演は見られなかった

けど本公演は必ず見たいですね。それにしても一真役のオーディション知らなかったとはいえ受けてみた

かったですね。マヤちゃん随分大人っぽく綺麗になってるから是非共演したかったなあ」


「そうか、あちらのグラマーな女優あたりから比べたらあの子はまだまだ発展途上のお子様ってとこじゃな

いか?」


(よく言うよ、この狸社長が・・)

真澄に一礼すると里美はマヤの方へ向かった。


「やあ、マヤちゃん。暫くだね。紅天女おめでとう。本公演も今から楽しみにしてるよ、桜小路君だっけ?君

の一真も期待してるよ」


「わあ、里美さんだ。来てくれたんですね。どうもありがとう」


「マヤちゃんちょっと話せるかな」

里美はそう言うとマヤをバルコニーへ連れ出した。




「今日は来られるってメールもらったから会えるの楽しみにしてたんですよ。やっぱり直接話したいから」

久々の再会を喜びマヤは無防備な笑顔を里美に向けた。


マヤと里美は一年ほど前に再会を果たしていた。マヤが出演していた“真夏の夜の夢”の公演場所になっ

た野外劇場を里美が訪ねるという形で・・・。里美はマヤが母を失うことから始まった不幸の時に自分が何

もできずに事務所の言うがままになって如何に情けなかったかを素直に詫びた。マヤにしても苦しい記憶

ではあるが今は乗り越えて頑張ってるから自分を責めないで欲しいなどどいう事を言った。様々なことを話

すうちに二人とも自分たちが役者として、質が似ていることに気付いた。今は演技力を磨きたい自分たち。

男と女というより同士というか良き理解者そんな言い方が合う・・お互いにそう感じていた。

帰り際に里美から機会があったら送ってほしいとパソコンのアドレスを渡された。マヤの不器用ぶりは里美

も良く知っていたのでたぶん忘れられるだろうなと思っていたらそれは案外早いうちに送られてきた。同居

の麗が公演のポスターやチラシを作る際に使っていたパソコンがネットやメールができる環境にあったという

だけなのだが。さすがに不器用のマヤも何回となくメールの交換をするうちに麗が驚くほどの上達をみせた。

マヤにしてみたら芝居のことはもちろん、身近なことまでなんでも話せる年の近いお兄さんのような存在に

いつしか里美はなっていた。


「マヤちゃん、本当に良かった。でもマヤちゃんなら絶対にやると信じてたよ」


「そうだよね、試演前はボロボロで愚痴だけメールになっちゃってたしね。ホント、里美さんにはご迷惑をお掛

けしました」


「いいんだよ、何でも話してよ。人に言うとすっきりするとか、考えがまとまったりするでしょ。聞くぐらいお安い

御用さ」


「フフフ、そんな事言うと益々甘えちゃうじゃないですか」


「ところでさ、本公演っていつぐらいにやる予定になってるの?」


「私もまだ良く解らないんですけど、これでどこで上演するか決めて、それから稽古に入ってでしょ、早くても

3ヶ月は向こうかなぁ」


「それってさ、マヤちゃんが上演権あるから劇場とか決めるって事になるの」


「そうみたい。でも協会の人や助言してくれる人も多いから大丈夫」


「ふ〜ん、色々面倒なんだね。でもマヤちゃんもう決めてるんでしょ」


「うん、実はね。でも他のプロダクションの手前自分からは動けそうもないんで向こうからアプローチしてくる

まで待ってるって感じかな」


「ねえ、もし契約のときとか、よかったら僕も同席させてよ、あっちの契約なんか凄くてさ、服装や髪型まで

こと細かに決めてくんだよ。映画の度だからすっかり慣れちゃったけどね。素人同然のマヤちゃんに不利が

あるといけないからやっぱり絶対に付いていくよ」


「ホントに?ありがとう、ヘヘヘやっぱりちょっと心細かったんだ。あっ、でも里美さんいつまで日本にいられる

の」


「今回は休暇もかねて来たんだけど、日本のメディアに顔出したりテレビのゲスト出演とかもあったり、まあ

次の映画のクランクインが3ヶ月位先だからマネージャー次第だよ。それに今度の映画、日本ロケがある

んだ。だから紅天女の舞台は絶対に見に来るからね」


「何だか、その言い方だと紅天女はついでみたいで感じ悪いわよ」


「ええ、そんな事ないよ、マヤちゃんごめんごめん」



バルコニーから二人の笑い声はいつまでも絶えなかった。その笑い声を冷ややかな声が押し黙らせた。


「盛り上がってるところ悪いが、天女様がいつまでも消えてしまっていては皆心配する」


「あっ、速水さん。すいません今戻ります。それじゃ、里美さんまた明日ね」


「ああ、待ってるよマヤちゃん。遅刻すんなよ」

そこには明らかに不機嫌な顔をした真澄がそれを隠そうともせず里美に視線を向けていた。


「マヤちゃんとも会えたし、速水さん僕これで失礼します。ああそうだ、速水さん。 この諺知ってますよね

“餅は餅屋”いえ、何の意味もないんですけどついね。それに婚約のお祝いを言い忘れるとこだった。この

度はご婚約おめでとうございます。お相手は鷹通グループのお嬢さんだそうですね。さすがに天下の大都

の社長だ、お相手も抜かりないって訳ですね。僕ら一介の役者には一生縁のない世界の話ですけどね」

里美の皮肉をこめた言葉に真澄は言い返すこともできず、苦々しく里美の後姿を見やった。











翌日、里美の土産を受け取るために夕飯を一緒にしようと約束した待ち合わせの場所へマヤが現れた。


「マヤちゃん、時間ピッタリだよ。昨日のパーティー疲れなかった?」


「ううん、平気。お料理を前にしておなか一杯食べられないのは辛いんだけどね・・・それよりも里美さんこそ

時差で参ってるんじゃない?」


「あれから馴染みの店行って結構遅くまで頑張って起きてたから今日は若干寝坊したくらいで済んだよ。

まだまだ若いしね」


「フフフ、自分から若いって言ってる〜。それ言い出したらもうヤバイんだって」


「マヤちゃんには参ったな。それより早くお勧めのお店連れてってよ」


「はいはい、解りましたよ。今日はねお鍋の美味しいお店なの、久しぶりでしょ?」


「それ聞いたらお腹がすっかり鍋腹になってきたよ。楽しみだな」

二人連れ立って歩く姿はまるで恋人同士のようだった。






・・・Puru・・Puru・・Puru・・・  


「もしもし、里美さん? 昨日連絡あったの。そうそう、大都芸能。話だけでも聞いて欲しいって。ううん社長

じゃなくて何ていったかな、そういうの専門にやってる人みたい・・」


「うん、マヤちゃん解った。じゃあさ、その人に連絡とって今日中に契約の概要をまとめた書類貰っといてよ。

それから会おう」


「社長、北島マヤの件ですが、先ほど本人から今日中に契約書類のコピーを見せてほしいと言われまして、

先ほど届けてきました」


「ああ解った。今度連絡が入ったら俺が直接会うから。他社にだけは出し抜かれるなよ」

真澄はマヤが上演権を手にした日から世間知らずのあの子が胡散臭い芸能社にいいようにされないか心配

して聖へマヤの行動を見守るよう手配した。ここ数日のマヤの様子は聖の連絡があって知ってはいた。


(また里美と会ってる。一体どういう事なんだろう?しかも人目も憚らずって場所ばかりじゃないか。あの子

の考えてる事はさっぱり解らない。二人とも嫌いになってダメになった訳じゃないし、寄りが戻っても仕方ない

のか?まあ俺にはそんな事を考える権利もないか・・)


確かに毎日マヤと里美は顔を合わせていた。


「うん、さすがに大都芸能だね、扱いも一流だし、上演権に関しても何の問題もないね。それにこの契約金

すごいよポンと出せる金額じゃないよ。マヤちゃんきっと大事にされるよ」


「えっ?そうなの。私良く解らなくて。やっぱり里美さんに見てもらって良かった」

「だってさ、ここ見てごらんよ、“仕事の選択は最終的に契約者の意思に任せて被契約者の一切の関与を

許さない”ってあるよ。やりたくない仕事はしなくていいんだよ、こんな契約があるなんて聞いたこともないよ」


「大都が紅天女をそれだけ上演したいってことなんじゃない」


(マヤちゃんも本当に鈍いな・・・)里美の苦笑いにマヤもつられて笑った。


「それじゃあ、マヤちゃん。お願いしていた場所、一緒に頼むね」


「私なんか行ってもセンスなくて役に立たないのになあ。でも私一人じゃ絶対入れそうもない店だからついで

に眼の保養してこようっと」


二人が向かったのは日本でも最大手のジュエリーショップだった。

その日は朝から社長室の外までその部屋の主の不機嫌極まりないオーラが漂っていた。その部屋をなんの

躊躇いもなく入っていく秘書の姿があった。


「社長、おはようございます。今日は午後3時にマヤちゃんと契約がありますわね。いよいよ大都で紅天女を

上演できるわけですね。長年の夢でしたから本当におめでとうございます」


この不機嫌の訳は朝からワイドショーを賑わしているあの子の話題に他ならぬ事を社長の一番近くにいる

水城は何度も経験していた。そしてまた、自分の心に嘘をつき鷹宮紫織と書類上の契約をしようとしている

この上司の不甲斐なさに呆れてもいた。


(最近の真澄さまは本当にかっこ悪いったらないわ・・・)


【“紅天女 北島マヤ・国際的スター 里美茂”熱愛再燃!婚約も間近か!】


真澄が握り締めたのだろうと一目でわかる皺だらけのスポーツ紙をデスクの上に見つけながら水城が、

「まあ、マヤちゃんったら。でもまあアイドルではないし契約上何の問題もないですわね、相手も人気俳優の

里美茂ですし相乗効果も期待できますわ。ねえ社長」


「あっ、ああそうだな」


「紅天女の公演の日程が決まれば、いよいよ紫織様との御結婚ですわね」


「あっああ・・覚悟はできてるよ」


「真澄さま、どの覚悟ができてるですって?鷹宮の名の下に御自分の感情を押し殺して生きる覚悟ですか、

それともマヤちゃんが誰か他の男のモノになっても笑って紫のバラを贈ってあげる覚悟ですか?こんな新聞

記事ひとつで動揺してみっともなくうろたえているのに。マヤちゃんだってもう立派な女性なんですからこの

先結婚も出産もあるんですよ。それとも愛人になってくれるよう得意の契約でもしてみますか」


「なっ、水城君!!」


「失礼しました。言葉が過ぎましたわ」


水城がバタンと扉を強く閉めてを出て行くと真澄はデスクに手をつき(それにしても強烈なパンチだったな)と

本当に殴られたかのように頬を押さえてみた。それでもズキズキしているのは心の方だった。

朝からワイドショーで報じられていたのはジュエリーショップで仲良く指輪を選んでいるマヤと里美の姿だっ

た。その後視聴者からいつどこで二人を見かけましたという内容のFAXが番組宛てに何通も送られてきた。

その多くがいかに仲良く喋っていたかとか婚約という言葉を頻繁に口にしていたかとか二人の熱愛ぶりを

知らしめるような内容のものであった。








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