ストローを伝う愛
〜written by cocco〜
「じゃ、2月20日の19時に『FUWA☆FUWA』に集合。全員強制参加。以上!」
― 2月20日は、マヤの誕生日。
劇団のみんなが、誕生パーティーを開いてくれることになった。
麗がマヤのほうへと近寄り、小声で
「大丈夫なのか?みんな誕生日、なんていって理由つけて飲みたいだけなんだから、断っても大丈夫だぞ?」
と聞いてきた。
その言葉の意味が分からず、マヤは麗の耳元で聞き返す。
「なんで断るの?」
本当になんで?といった顔をして首をかしげているマヤに、麗は困ったような顔をして頭をぽりぽりと掻いた後
「いや、誕生日、一緒に祝う人がいるんじゃないのか?」
と溜息をついた。
あぁ、そういうことか、と手を小さく叩くと
「大丈夫、だと思う…ほら、だって忙しい人だし、なんにも言われてないし…。」
そう自分で言いながら、なんだか妙に寂しくなった。
普通の恋人同士だったら、誕生日とかってやっぱり二人で過ごすものなのかな?
でも、きっと忙しいから一緒になんていられないだろうし、だからって誕生日に一人で家にいるのも寂しいし、
みんながお祝いしてくれるって言ってるし…。 でも、一応話だけはしておいたほうがいいのかなぁ?
「お疲れ様。稽古は順調か?」
「うん!おかげさまで。初日は見に来てくれるの?」
「…もちろん、キミの舞台を見に行かないわけがないだろう。プレゼントの花は何がいい?」
「わかってるくせにぃ〜。もちろん、紫の薔薇、でね!!」
そう言ってほっぺたを膨らました助手席に座っている私の頭を、くしゃくしゃっと撫でてくれた大好きな人…速水さんは、優しく微笑んだ。
― 二人が付き合い始めたのはちょうど一年程前。
真澄と鷹宮紫織との結婚までもう、1ヶ月というところでマヤとの想いが通じ、土壇場になって紫織との婚約解消をした。
そんなわけで、二人の付き合いは公に出来ないまま今に至っているが、
マヤが今のマンションに引っ越すまで一緒に住んでいた麗だけは、そんな二人を知っていた。
マヤのマンションの前につき、真澄は車を止めマヤのほうへと顔を向けると
「なぁ、マヤ。もうすぐ誕生日だろ?」
その言葉に、マヤはびくっと肩を上げると俯き、次の言葉を待たず
「あ、そ、そうなの、うん。誕生日近いよね。それでね、劇団のみんなが誕生日にお祝いしてくれる…って。」
と一気に話すと、ふぅっ、と小さく息をつき、顔を上げずに目だけ動かして真澄を見る。
真澄は少し、不機嫌そうな顔をちらりとしたが
「そうか、みんながお祝いしてくれるのならしょうがないな。」
と、俯いたままのマヤの顔の額に人差し指をあて、顔を上げさせると
「もちろん、オレも参加していいんだろう?」
悪戯っぽく、微笑んだ。
マヤは、瞳をパッと輝かせて一瞬喜ぶが、次の瞬間そんなことができるわけがないと瞳を曇らせる。
「え?速水さんは、いいよ、忙しいだろうし…。」
その答えに真澄はオーバーなくらいに傷ついたといった顔をして
「なんだ、オレは行っちゃいけないのか?」
などと言うものだから、マヤは慌てて首を振り
「ち、ちがうの!そりゃ、速水さんが来てくれたらすっごく嬉しいけど、けど…みんないるんだよ?付き合ってるのが、バレちゃう…」
と言ってみるが口に出すと、公に出来ない自分たちの付き合いが目の前に突きつけられたようで、また自分の膝を見つめてしまう。
そんなマヤを見て、真澄は堂々と外に連れ出してやることが出来ない自分に、少なからずとも彼女が傷ついていることを思い、心が痛む。
助手席で下を向いたままのマヤを自分の方へと抱き寄せると、そっと耳元へ囁く。
「恋人なんだから、彼女の誕生日を一緒に祝うのは当然だろ?…それに、彼女がお世話になっている友達にも、まだ挨拶していないし、な。」
その言葉に慌てて顔を上げたマヤに、真澄は額を合わせ
「だから、行ってもいいか?」
と小さな声で尋ねる。
目の前のマヤの顔がいきなり日が射したかのように、眩しい笑顔へとなり何度も何度も頷いた。
「今日は、マヤちゃん誕生日だよね!!おめでとう!」
今日は、マヤの誕生日を祝うということで稽古を早めに切り上げみんなで、『FUWA☆FUWA』へ行こうと稽古場を出たとき
駐車場のところに小さな花束とともに、桜小路優が待ち構えていた。
「うわー、ありがとう、桜小路君!」
その花束をマヤが嬉しそうに受け取ると、それを見ていたさやかが
「桜小路君も、もし良かったら来ない?これからマヤの誕生日会するの。」
と誘う。桜小路はその誘いにパッと顔を輝かせ、さわやかな笑顔で
「え?行っていいんですか!?もちろん、行きます!!」
と答えた。
―2月20日 『FUWA☆FUWA』
「よーし、じゃ、みんなそろったな!!…それじゃあ、と。マヤ、誕生日オメデトーッッッ!!」
「オメデトーぉ!!」
19時を少し回った、店内では賑やかな乾杯の音頭とともに、マヤの誕生日会が始まった。
…速水さん、やっぱり時間には間に合わないよね。
でも、あんなこといってたけど本当にこれるのかな?
そればかりが気になってしまって、何度も何度も店の出入口へと目を動かしてしまう。
そんなマヤの様子を見ていた、堀田は
「なんだ、北島。そんなに入り口ばっかりみて、誰か他にくんのか?」
と聞いてくる。
「え、ううん、違う、違うの!!」
と、慌てて否定するものの、その顔はまだ一口しかビールを口にしていないのにもかかわらず見る見るうちに茹蛸のように赤くなっていく。
そんな様子を、まわりのみんながほっておくはずがない。
顔を見合わせたあと、意味深ににやりと笑うと
「あー、図星だー。誰がくるんだよ、もしかして彼氏とか?」
マヤは落ち着かせるためにと、一口飲んでいたビールをブっと噴きだすとさらに、頭を大きく左右に振り否定するが
その行動自体、肯定していること、ということもわからずさらに頭を振りつづける。
「えええええっっ?ウソー、マヤ、いつの間に彼氏なんて出来たのー?全然おしえてくれなかったじゃーん、水臭いなぁ。
で、で、どんな人?私たちも知ってる人?ほらー、もったいぶらないで教えなさいよー!」
この手の話は、年頃の女性が集まっていると一番盛り上がる。
まんまと標的になってしまったマヤは、もう言い逃れできないと観念し、ぽつりぽつりと質問に答えはじめた。
「えーっと、お付き合いしはじめたのは…一年ぐらい前かな?
…きっと、というよりみんな、知ってる人かなぁ…、あぁ、もういいでしょ?!これで、おしまい!!」
ぼそぼそと、答えるマヤに対して、まわりはヒューヒューとはやしたてながらも口々に
「よかったじゃん!彼氏できて。で、その彼氏が今日来るんだぁー、楽しみだねぇ♪誰なんだろうね?!」
などといっているが、一人、隅の方でビールグラスを今にも割れんばかりの勢いで握っている、人物…桜小路だ。
…マヤちゃん、いつの間に彼氏なんて作ったんだい?
僕がこんなに、君のこと好きなのを知らないのかい?
でも、そういえば、思い当たる節もある。
ここ一年ぐらい、ハンバーガ―を食べに行こうと誘っても、いつも断られていたからな…。
僕は君に二度目の失恋、ってワケか。
そんな、ポエムを呟いている桜小路の異変には誰も気付かず、時間が進むにつれ、ただの酔っ払いが多くなってきたこの席で誰かがおもむろに
「よぉーし!じゃぁ、帰りのラーメン賭けて勝負しようじゃないか!!」
と叫びだす。
その掛け声に、おおーっと、賛同する酔っ払いたち。
一人、入り口を見つめるマヤに気付かないまま…。
そんなマヤにふと麗が気付き、優しく微笑みかけ目の前のグラスにビールを注ぐ。
「ほら、マヤ。忙しい人なんだから遅れてくるのはしょうがないだろ?
それより今日はあんたのお祝いなんだからさ、そんなしけた顔しないで飲もう、ね?」
自分のグラスにも、ビールを注ぎ手元で小さくマヤにグラスを差し出し
「乾杯!」
と片目をつぶった。
そんな麗の優しさに、落ち込んでいる自分がバカみたいに思えてきて、注がれたグラスを一気にあける。
「よし!その調子だ!じゃんじゃん飲もう!!」
そう言いながら、さらに麗はマヤのコップにビールを次ぐ。
「ふわふわさーん!生中5つ!!」
そういって、運ばれてきたビールのジョッキに誰が用意してきたのかストローをさした。
「よし、準備はOKだな。それでは、帰りのホープ軒のラーメンをかけて…スタート!」
【ビールストロー一気のみ対決】
やった事がある人はお分かりかもしれないが、普通に飲むよりかーなーり酔いが急激にまわるこの競技。
飲んだ頭に、必死になってアルコールを吸い込むものだから異様に酒のまわりが早くなり、頭も酸欠状態で非常に危険な競技となっている。
なので…この競技大会を催すことは、あまりお勧めできません。
「ぶはーーーっ!!よっしゃーー!オレ、一番〜♪」
そういって、空になったジョッキをバンとテーブルへ置きぴょんぴょん飛び回っている田部はじめは、まわりからの祝福の拍手にこたえている。
ゲームの敗者が悔しがり、
「よっしゃぁー!じゃ、二回戦だ!!ふわふわさーん、生中もう5つ!二回戦、参加者はいるかぁー?」
「あたひぃ〜…。あたひもやるぅ〜!!」
先ほどまで、真澄が来るからと酒を控えていたマヤだったが、あのあと麗の言葉どおりじゃんじゃん酒を飲み、既に泥酔状態になっていた。
それを見た麗は慌てて、マヤの腕を掴みとめるが酔っ払ったマヤは、もう恐いものなしだ。その手を振りほどき勢いよく立ち上がった。
― マヤちゃんが参加…となれば僕も参加するしかないだろう。
妙な使命感に目を燃やした桜小路も、元気よく手を上げる。
そうこうしているうちに、ビールのセッティングが完了した。
「よーし!!じゃぁ、二回戦、ヨーイスタートッ!!!」
参加者が一斉に、ジョッキをとりストローでビールを飲みはじめた。
そこへ店の入り口にマヤの待ち焦がれていた一人の男が現れる。
「チビちゃん…すまない、遅くなった…」
急いで走ってきたのだろう、真澄は肩で息をしながらマヤたちのいる座敷へと向かったが、そこで見た光景は…。
顔をムンクの叫びのようにへこませながら、必死でジョッキの中のビールをストローで啜る5人組。
「な、何がおこっているんだ?」
その5人組の真ん中では…マヤがいるではないか!?
座敷に上がることも忘れ、呆然とその光景を見つめていた真澄だが、ストローを啜ることに必死になっているマヤは
真澄がきたことにも全く気がついていない。
「やったぁ〜、あたひ、勝った、ぴょ〜…」
一番にジョッキを空にしたマヤはにかーっと笑い、誇らしげにふらふらとそのジョッキを片手で上に掲げると、
そのまま後ろへ、バタンっ派手な音を立て倒れた。
「マヤちゃん!!」
「マヤ!!」
二人の男がマヤの元へとかけよるが、マヤを抱きかかえたのは一緒に一気のみをしていた桜小路。
「マヤちゃん、大丈夫かい?…って、速水社長!?なんでこんなところに!?」
桜小路の声に、まわりもざわつきはじめる。
それはそうだ。なぜこんな席にあの、速水真澄がいるのだ?
その場にいる誰もが、不思議に思うが誰一人として直接聞くことができずにいた。
「おい!マヤ!!起きるんだ!」
桜小路の腕の中で安心しきったようにすやすやと寝息を立て一向に起きる気配のないマヤに対して、真澄は声を張り上げる。
その声に、ふわっと目を開け自分を抱えている桜小路をしばらくぼーっと見ると、ん?と首を傾げ、大きな声がしたほうを見る。
そこには真澄が少々不機嫌な面持ちでマヤを見ている。
マヤは無言のまましばらく桜小路と真澄を交互に見ていたが、突然。
「ちがーーーう、こっちじゃなーい!」
と桜小路の腕を押しのけ、床をころころと転がりながら真澄の胸へと飛び込む。
くんくんと犬のように匂いをかぎ、何を考えたのか顔を近づけると思いっきりキスをして、
えへへ、と笑うと安心した顔でまた、寝息を立て始めた。
突然のマヤの行動に、真澄はもちろん、何よりまわりの人間の空いた口が塞がらない。
しばらく、それまで騒がしかった席が沈黙につつまれるが、我にかえった真澄が
「マヤ!おい!!寝るんじゃない!」
と腕の中のマヤをゆすってみるものの…熟睡中だ。
大きく一つ溜息をつくと、マヤを抱きかかえたまま立ち上がり
「マヤは…起きそうもないのでオレが送っていく。今日はみんな、ありがとう。」
と一礼し、店から出て行った。
残された人間は、まだ何がなんだかわからないといった感じで呆然としている。
思いついたように堀田が呟く。
「…なぁ?今日、彼氏がくるって、アイツ言ってたよな?」
皆ウンウンと頷き、酔って思考回路が回らない頭で考える。
そんな中、唯一二人の中を知っている麗は…こめかみを両手で押さえている。
桜小路といえば、先ほどマヤに押しのけられたのがショックで店から飛び出してしまった。
しばらく全員の無言のあと
「…ってことは、マヤの彼氏っていうのは速水社長?!」
誰かの言葉に、思わず麗は大きな溜息をついた。
その溜息に、その場の人間は顔を見合わせにやりと笑うと
「おい!麗!!おまえ、知ってんだろ〜?詳しいこと教えろよ〜。」
その後の席では、マヤのかわりに麗が質問攻撃を受けたことは…言うまでもない。
― マヤのマンション。
「ん?あれ…あったまいたーい…アタシどうしたんだろう?」
額にあてられたタオルを外しながら、体を起こす。
「…酔っ払いのお姫様。お目覚めですか?」
真澄は、呆れ顔でベッドサイドへと腰をおろす。
「な、なんで?!どうして、速水さんがここにいるのぉ?」
ずきずきと疼くこめかみを押さえながらマヤは、ベッドから出ようとしたが、足元がおぼつかない。
そんなマヤを苦笑しながら、真澄は抱きかかえ再度ベッドへと横たえ
「どうして?とはひどいな。店に行ったら、ビールをストローで必死に飲んでるキミがいて、倒れていたからこうして送ってきたのに。
大体、普通するか?酒の弱いキミが男にまじってビールの一気のみなど…」
とお得意のお説教をはじめた。
マヤも…言われてみれば、そんなことをしたような気もするが…記憶が定かではない。
でも、そんな風に酒を飲む羽目になったのは…なかなか来なかった真澄のせいではないか?
「だって、速水さん全然来てくれないんだもん…」
そういって、真澄とは反対側に顔を向け布団を頭まで被るマヤに対して
「今日は、遅くなって悪かった。明日、休みを取ろうと仕事を片付けていたから…」
とその背中を布団ごと後ろから抱きしめる。
マヤは布団からひょいと顔を出し、真澄のほうをくるりと見ると
「なんで、明日休むの?」
と首をかしげる。
「ほら、今日は友達と誕生日を祝うっていっていただろう?でも、やはり誕生日は二人で祝わないと、な。
今日の夜から明日にかけて二人きりで誕生パーティーだ。」
その言葉に、マヤは真澄の首に抱きつき
「ホントに?ウレシイ!!」
と布団の中の足をバタバタとさせる。
「おいおい、そんなに暴れるとまた酒がまわるぞ?」
そう言って、マヤの頬を両手で挟み自分の方へと顔を向けさせると
「マヤ…誕生日おめでとう。」
と呟き、その唇へ熱い、誕生日プレゼントを贈った―。
「それと…マヤ。キミは当分飲み会は禁止だ。」
唇を離して、そのちいさな額を小突く。
「え?なんで?」
先ほどの酒と、キスでボーッとした顔のマヤが尋ねる。
「キミが…キス魔だとは知らなかったよ。危なっかしくて、飲みになど出せんな。」
そう、意地悪く言うと、クックックと笑い始めた。
堪えきれず、腹を抱えて笑う真澄を隣に、一生懸命、記憶を思い出そうとするも、全く思い出せない。
「え?えええーーっっっ!?アタシ一体何してたの?ねぇねぇ、速水さん、教えてよぉ。」
「…内緒だ。自分で考えろ。」
― あんなふうに、積極的に抱きついてキスしてきたマヤなんて初めてだったな。
二人でいるときは、たまにあのストローでビールを一気のみをさせるのもいいかもしれないな。
先ほどとは違う笑い方に気が付いたマヤは、首をかしげながらもない記憶を考えていた。
<おわり>
|