それは、紫織が真澄の変態っぷりに愛想がつきたのか、それとも自分のやらかした罪を消すためなのかは、分からない。 どちらにしても、真澄にはどうでもよいことであった。
何度オークションを探しても、時計は見つからない。 さすがに当選者の名前だけから持ち主を探すのも不可能だと 思われる・・・。
「真澄さま! 例の目覚まし時計ですが・・・これをご覧下さい!」 聖から手渡された雑誌のページを見ると、ヘラリとした顔で桜小路優が写っていた。 「なんだ?これがどうかしたのか?」
赤い時計は、例の時計ではありませんか?」 聖にそう言われ、じっくりと目を凝らしてみると・・・間違いなく、あの時計が置かれているではないか! 本当に隅のほうに小さくであるが・・・間違いない!
「真澄さま・・・おそらく、彼も懸賞で手に入れたのだと思われます!」 真澄は、ワナワナと手を震わせていた。 『桜小路め・・・マヤの声で朝の目覚めを楽しむなど・・・お前には1000年早い!!!!』 怒り狂う真澄。 ・・・きっと桜小路のことだ・・・くだらん妄想をして時計を抱きしめたりしているに違いない!! 「あの変態ヤロー!!」 思わず小さく叫んでいた真澄。それを聞いた聖は心の中で 『アンタも充分、変態だよ・・・』 と思っていたが、当然、言えなかった。 影の存在とは、辛いものである・・・。
真澄は、桜小路の名前を見落とすはずはなく、記憶を辿る。 「おそらく・・・彼は、他の名前を語ってハガキを出したのではないでしょうか?」
真澄は画面に釘付けになった。 うっかり見過ごしていた、女性の当選者の名前の中に、『桜小路 優実子』 という文字があった。 「桜小路め・・・偽名でハガキを出すとは、いい度胸をしていやがる!!しかも、まんまと当選しやがったな!」 真澄は再びワナワナと震えだした。 何もかもが許せない。応募したことも、ちゃっかり当選したことも、その時計を 使っていることも!!!
真澄は社長室でそう吠えると、鋭い目つきで窓の外を睨んでいた。
もちろん、聖がメインで参加するハメになったのは言うまでもない。
《目覚まし時計に不良品の可能性が出てきて、全品回収しております》 という大嘘の告知をし、無理やり回収にこぎ付け、その後は 《残念ながら修理不可能》 という通知と共に、『北島マヤのサイン色紙』とロゴ入りのTシャツを送っておいた。 当然、マヤのサインはニセモノで、聖が書いた。 ロゴ入りTシャツもアイロンプリントペーパーで作成した。これも聖のお手製である。
真澄は、再び手に入れることのできた時計を手に、そう呟いた。
限らない。 本物のマヤの代わりの、この目覚まし時計もその一つであった。 真澄は、今日も目覚まし時計に癒されながら、どこか物足りなさを感じ、窓の外を眺めては溜息をついた・・・。 「俺は、やはり孤独なのか・・・」
『マヤちゃんグッズ懸賞第二弾! マヤちゃん等身大抱き枕プレゼント』 と書かれていた。 真澄の目がキラリと光る。 ・・・これは何としてでも手に入れなければ!!
またこの企画を実施してしまえば、他の当選者も現われるということだ。 ・・・これではいかん・・・。
「とりあえず試作品を一つだけ作り、数日中に持ってくること」 という条件を出した。 『フフフ・・・我ながらナイスアイデアだ!! 試作品だけはまんまと手に入れ、その後に企画をボツにしてやる!』 大都芸能の社長というだけあり、頭の回転はさすがである。
マヤの等身大サイズということもあり、すぐにでも抱きしめたくなるほどにリアルにできている。 プリントされたマヤは、輝くような眩しい瞳でこちらを見ている・・・早くこの胸の中に・・・・・
アドバイスをもらっておこう!」 真澄はかなり強引に理由をこじつけ、試作品を受け取った。
・・・自分でも気付かないうちにソワソワと体を揺らしてしまう。
「社長、私は用事がありますので、少し出てきます。本日は、もうお帰りになられても大丈夫ですが。」 「ああ・・・ありがとう。」 なるべく冷静にそう答え、水城が出て行くのを確認する真澄。
「なんとかバレないように運ぶにはどうすればいいのか・・・」 真澄は知恵を絞り、ふとゴルフクラブのバッグに視線を移した。
ばかりの物が社長室に置いてあった。 「これも運のうちだ・・・」 真澄はそう呟くと、中からゴルフクラブを抜き出し、抱き枕を無理やり詰め込み、爽やかな顔で社長室を出た。
「あ・・速水社長だ・・・!ゴルフクラブを持ってる・・・ああ・・・私も一緒にゴルフしたいわあ♪」 「ステキよね・・・社長にレッスンしてもらいた〜い♪」 影から、熱い視線が注がれている。
「社長・・・ゴルフですか?」 「速水社長のことだ・・・素晴らしいクラブをお持ちなんでしょうね」 などと・・・。 まさか、この中に『マヤちゃん抱き枕』が入っていることなど、口が裂けても言えない、と真澄は冷や汗をかいていた。
到着したエレベーターに大急ぎで乗り込もうとすると、すごい勢いで飛び出してきた人物と衝突してしまった。 慌てて倒れた主の腕を掴み、体を立たせると・・・・・なんと、愛しいマヤが視界に飛び込んできた! 「チビちゃん!!」 「わ・・・は、速水さん!!」 マヤは、ぶつけた拍子に赤くなった鼻を手で押さえ、ボサボサの髪をもう片方の手で直しながら、もじもじと下を向いた。
真澄が手にしているゴルフバックを見て、マヤはそう静かに尋ねた。 「あ・・・ああ・・・今日は、少し早く仕事を片付けたから・・・な。 どうしたんだ?何か用事でもあったのか?」 真澄がいつも通りにクールにそう言うと、マヤは躊躇したように黙っていたが、ようやく口を開いた。 「あの・・・お話したいことがあって。・・・今から、少しいいですか?」
「ああ・・・構わないが。」 2人はエレベーターに乗り、地下の駐車場へと向かった。
それは、マヤと2人の時間を過ごしているという喜びだけではなく、ゴルフクラブの中身に対する罪悪感もあってのことだ。 もしもマヤにこの事がバレたら、間違いなく変態扱いされ、ますます嫌われてしまうであろう・・・。
あれほど愛しいと思っていた抱き枕も、今はとにかくトランクで眠っていてもらわないと困る。 真澄は乱暴にゴルフバックを詰め込むと、マヤを助手席へと乗せた。
「は・・・はい・・・」 2人を乗せた車は、夜の街へと向かった。
もうデザートが運ばれてきている段階にも関わらず、マヤは先ほどの『話したいこと』を避けているように思えた。
何度話題を振っても、そう答える彼女。 ・・・一体、話というのは何なのか・・・ 真澄は全く予想もつかず、時が過ぎていくのを見守る・・・。 「そろそろ出るか。」 真澄が声をかけ、店を出た2人はゆっくりと歩き出し、散歩がてらにフラフラと道を進む。
「速水さん・・・・あの・・・どうして・・・紫織さんと婚約解消したんですか・・・・?」 少し後ろを歩いていたマヤが突然口を開いた。
・・・真澄は、言葉に詰まってしまった。 まさか 『懸賞で当てた君の目覚まし時計を持っていたのが紫織にバレたのが原因なんだ』 などとは言えない・・・。 「あ・・・ああ・・・それは・・・大人の難しい事情というやつだ。」 本当はかなり子供染みた、くだらない事情なのだが。
「は、速水さん!」 マヤの立ち止まった気配を感じ、振り返る真澄。
真澄は言葉を失い、口にしようとしていたタバコを落としてしまう。・・・・そんな・・・まさか・・・・。
泣きそうな顔で精一杯の告白をしたマヤは、唇を噛み締めてたたずんでいた。 「チビちゃん!」 真澄はそう叫んで彼女に駆け寄り、力いっぱい抱きしめる。 「君を愛している・・・・!!」 自然に言葉が出いていた・・・。
・・・これは、あの時計と抱き枕が見せた夢なのか? ふと気付いたら朝で・・・あの目覚まし時計の声で目を覚ますのではないか?? 真澄は自分で自分を疑ってみた。 そして、夢でないことを確かめるように強く強く、マヤを抱きしめていく。
そう、本当に何もいらないのだ。 懸賞の時計も、抱き枕もどうでもよい。 本物のマヤに勝るものは一つもないのだから。
昨日まであれほど大切に思っていた時計も、使う気がしない。 何度も何度も、マヤの表情や彼女の告白の言葉を思い出す・・・。
<おかえり!寂しかったわ・・・・> マヤの声が響いた。 「・・・・・・。」 ・・・なんという、機械的な声であろう。感情というものが全く入っていない。
真澄は昨日までの自分を棚にあげ、そう叫んでいた。
・・・もしかしたら、早ければ明日にでもマヤがここへ来るかもしれない・・・ これが見つかってしまったら 何もかもが水の泡だ!!
そして、抱き枕と共に処分することを決意し、ある男を呼びつけることにした。・・・・・そう、聖唐人だ!! 真澄はすぐに彼に連絡を取り、いつもの場所で会うことに決めた。
それが彼の仕事なので、仕方がない。
「聖!!すまんが、この2つを預かってくれ!」 聖は、時計とゴルフバックを無理やり押し付けられ、困惑していた。 「はあ・・・時計はともかく、このゴルフバックは・・・・」 「その中には、『マヤの等身大抱き枕』が入っている。」 真澄がそう言うと、聖の顔色が変わった。
聖が白目になりながらそう思っていると、真澄は言葉を続けた。 「実は、マヤと心が通じ合い、付き合うことになったんだ! もう、俺にはそんなモノは必要ない。」
聖はそう言ったものの、内心は複雑であった。 ・・・あんなに苦労した懸賞も、必死でサインの練習をした事も、オリジナルTシャツを作るハメになったことも・・・ ・・・何もかもが楽しい、いや、悲しい思い出になるのだ。
真澄の命令を断ることなどできる訳がない・・・。 「はい、かしこまりました・・・」 それを聞いた真澄はホッと息をつき、真面目な顔で言葉を続けた。
真澄はそこまで言うと言葉を切り・・・聖の顔をまじまじと見つめながらキッパリと言った。 「聖・・・お前、使うなよ。」 「・・・・・!!!!!」
翌日からは、真澄は人生で一番ハッピーなオーラをふりまき、会社でもオヤジギャグが絶好調らしい。 「まさにバラ色の人生とはこの事だ! 俺のバラは紫色だけどな・・・ハッハッハ!!」 社員も怪しむほどの浮かれモードである。
日が経つにつれ、またしても悶々とする日々が復活の兆しを見せていた。
「情けない・・・・」 と、影からポツリと呟き、白目で様子を窺っていた。
また仕事をサボりながら、窓の外を見ながら溜息をついている真澄。
・・・それどころか、マンションに彼女を入れる事すらできないままだった・・・。
・・・あの抱き枕と時計・・・やっぱりまだ必要だったかも・・・と。
聖はせっかく彼女ができたにも関わらず、例の時計と抱き枕を発見され、彼女に不審に思われてしまい、さんざんな 日々を送っていた。
「そろそろまた、くだらん用事で真澄さまに呼び出されそうだ・・・・」 と。
プリントされたマヤの顔の目元は黒く塗りつぶされ、犯罪を犯した「少女A」状態。更に、鼻の下には『ちょびヒゲ』が 書かれてしまっている・・・。 「・・・これは何とかしなければ!!」 聖は、必死で2人が急接近できるようなシナリオを考え、あたふたとしながら頭をかきむしっていた。 ほんとうにとんでもない事の連続である。
そんな彼の気持ちも知らない真澄は電話を切った後・・・・ 「聖のやつ・・・やけに慌てていたな・・・まさか、ちゃっかり時計と抱き枕、使ってんじゃないだろうな・・・」 などと考えていた・・・。
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||