社長の特権  (後)




あれから、紫織とはきっぱり婚約解消する運びとなった。

それは、紫織が真澄の変態っぷりに愛想がつきたのか、それとも自分のやらかした罪を消すためなのかは、分からない。

どちらにしても、真澄にはどうでもよいことであった。


それよりも、苦労して手に入れた目覚まし時計を壊されてしまったショックのほうが大きかった。

何度オークションを探しても、時計は見つからない。 さすがに当選者の名前だけから持ち主を探すのも不可能だと

思われる・・・。


真澄が悶々とした日々を送っていると、聖からの呼び出しがあった。



いつものように、古びたビルの駐車場で聖と落ち合う。

「真澄さま! 例の目覚まし時計ですが・・・これをご覧下さい!」

聖から手渡された雑誌のページを見ると、ヘラリとした顔で桜小路優が写っていた。

「なんだ?これがどうかしたのか?」


「よく見てくださいませ。 これは、『桜小路くんのお部屋チェック☆』という企画です。この、ベッドのサイドテーブルの

赤い時計は、例の時計ではありませんか?」

聖にそう言われ、じっくりと目を凝らしてみると・・・間違いなく、あの時計が置かれているではないか!

本当に隅のほうに小さくであるが・・・間違いない!


「こ、これは・・・どういうことだ?」

「真澄さま・・・おそらく、彼も懸賞で手に入れたのだと思われます!」

真澄は、ワナワナと手を震わせていた。

『桜小路め・・・マヤの声で朝の目覚めを楽しむなど・・・お前には1000年早い!!!!』

怒り狂う真澄。 ・・・きっと桜小路のことだ・・・くだらん妄想をして時計を抱きしめたりしているに違いない!!

「あの変態ヤロー!!」

思わず小さく叫んでいた真澄。それを聞いた聖は心の中で

『アンタも充分、変態だよ・・・』

と思っていたが、当然、言えなかった。 影の存在とは、辛いものである・・・。


「しかし、懸賞の当選者の中には桜小路の名前はなかったはずだが・・・」

真澄は、桜小路の名前を見落とすはずはなく、記憶を辿る。

「おそらく・・・彼は、他の名前を語ってハガキを出したのではないでしょうか?」


・・・なるほど・・・それはあり得る。


「いいか、聖・・・どんな手を使っても構わん!金はいくらでも出す!桜小路から時計を奪うのだ!」


真澄は聖にそう命令すると急いで社長室に戻り、パソコンのデータを再度チェックすることにした。


「くっ・・・・これか!! 」

真澄は画面に釘付けになった。

うっかり見過ごしていた、女性の当選者の名前の中に、『桜小路 優実子』 という文字があった。

「桜小路め・・・偽名でハガキを出すとは、いい度胸をしていやがる!!しかも、まんまと当選しやがったな!」

真澄は再びワナワナと震えだした。 何もかもが許せない。応募したことも、ちゃっかり当選したことも、その時計を

使っていることも!!!


「俺を誰だと思っていやがる!大都芸能の社長、速水真澄だ!俺に不可能という文字はないのだ!!」

真澄は社長室でそう吠えると、鋭い目つきで窓の外を睨んでいた。



・・・翌日、真澄は桜小路から時計を奪う作戦を実行した。

もちろん、聖がメインで参加するハメになったのは言うまでもない。


桜小路には、

《目覚まし時計に不良品の可能性が出てきて、全品回収しております》

という大嘘の告知をし、無理やり回収にこぎ付け、その後は 《残念ながら修理不可能》

という通知と共に、『北島マヤのサイン色紙』とロゴ入りのTシャツを送っておいた。

当然、マヤのサインはニセモノで、聖が書いた。

ロゴ入りTシャツもアイロンプリントペーパーで作成した。これも聖のお手製である。


「フン・・・桜小路め! あいつは自宅でロゴ入りのシャツでも着て、聖の書いたサインを抱きしめて寝てろ!」

真澄は、再び手に入れることのできた時計を手に、そう呟いた。


桜小路のお古・・・というのは少し気になったが、この際、贅沢はできないので仕方ないと思った。



・・・真澄にとって幸せな日々が続いた。


いや、厳密には、そんな気がしただけで、虚しさも背中合わせであることは自分でも気付いていた。


世の中には、どれだけ金を積んでも手に入れられないものがあり、その代わりを手に入れたとしても、幸せだとは

限らない。 本物のマヤの代わりの、この目覚まし時計もその一つであった。

真澄は、今日も目覚まし時計に癒されながら、どこか物足りなさを感じ、窓の外を眺めては溜息をついた・・・。

「俺は、やはり孤独なのか・・・」




そんな寂しい心を埋め合わせしてくれるような、夢のような企画書が回ってきたのは、ある日の午後のことだった。


企画書には、

『マヤちゃんグッズ懸賞第二弾! マヤちゃん等身大抱き枕プレゼント』

と書かれていた。

真澄の目がキラリと光る。  ・・・これは何としてでも手に入れなければ!!


しかし、ふと気付く・・・。

またこの企画を実施してしまえば、他の当選者も現われるということだ。

・・・これではいかん・・・。


真澄は、またまた社長の特権を生かし、

「とりあえず試作品を一つだけ作り、数日中に持ってくること」

という条件を出した。

『フフフ・・・我ながらナイスアイデアだ!! 試作品だけはまんまと手に入れ、その後に企画をボツにしてやる!』

大都芸能の社長というだけあり、頭の回転はさすがである。



数日後、真澄の手元に届けられた試作品は、思わず喉を鳴らすほどの出来栄えであった。

マヤの等身大サイズということもあり、すぐにでも抱きしめたくなるほどにリアルにできている。

プリントされたマヤは、輝くような眩しい瞳でこちらを見ている・・・早くこの胸の中に・・・・・


「ふむ・・・これならファンも喜ぶかもしれないな・・・。今日はちょうど、北島マヤのファンである知り合いが来るので、

アドバイスをもらっておこう!」

真澄はかなり強引に理由をこじつけ、試作品を受け取った。


水城は、とっくに真澄の思考を読み、呆れてものが言えないほどであったが、知らぬふりを続けていた。



・・・長い長い1日。 真澄は、帰宅する事しか頭にない。

・・・自分でも気付かないうちにソワソワと体を揺らしてしまう。


とうとう水城は、仕事が手につかない真澄に愛想がつき、席を外すことにした。

「社長、私は用事がありますので、少し出てきます。本日は、もうお帰りになられても大丈夫ですが。」

「ああ・・・ありがとう。」

なるべく冷静にそう答え、水城が出て行くのを確認する真澄。


そして、少し様子を窺いながら、そっとビニールで覆われた『マヤちゃん抱き枕』を胸におさめた。


「うう・・・マヤ!君を今日から、マンションに連れて行くからな!」


そう叫んでみたものの、これを地下の駐車場まで運ばなければならないという現実の壁にぶち当たる・・・。

「なんとかバレないように運ぶにはどうすればいいのか・・・」

真澄は知恵を絞り、ふとゴルフクラブのバッグに視線を移した。


ナイスなことに、先日、紫織がマンションで騒ぎを起こしズタボロになったゴルフクラブを処分し、新しく買い揃えた

ばかりの物が社長室に置いてあった。

「これも運のうちだ・・・」

真澄はそう呟くと、中からゴルフクラブを抜き出し、抱き枕を無理やり詰め込み、爽やかな顔で社長室を出た。


婚約を解消したばかりの真澄は、密かに女子社員達からの人気が急上昇していた。

「あ・・速水社長だ・・・!ゴルフクラブを持ってる・・・ああ・・・私も一緒にゴルフしたいわあ♪」

「ステキよね・・・社長にレッスンしてもらいた〜い♪」

影から、熱い視線が注がれている。


通り過ぎる男性社員たちも気を使い、口々に声をかけてくる。

「社長・・・ゴルフですか?」

「速水社長のことだ・・・素晴らしいクラブをお持ちなんでしょうね」

などと・・・。

まさか、この中に『マヤちゃん抱き枕』が入っていることなど、口が裂けても言えない、と真澄は冷や汗をかいていた。


そしてかなり焦りながらも、冷静に対応し、ようやくエレベーター前に到着した。


ドンッ・・・!!

到着したエレベーターに大急ぎで乗り込もうとすると、すごい勢いで飛び出してきた人物と衝突してしまった。

慌てて倒れた主の腕を掴み、体を立たせると・・・・・なんと、愛しいマヤが視界に飛び込んできた!

「チビちゃん!!」

「わ・・・は、速水さん!!」

マヤは、ぶつけた拍子に赤くなった鼻を手で押さえ、ボサボサの髪をもう片方の手で直しながら、もじもじと下を向いた。


「あの・・・もうお帰りですか?」

真澄が手にしているゴルフバックを見て、マヤはそう静かに尋ねた。

「あ・・・ああ・・・今日は、少し早く仕事を片付けたから・・・な。 どうしたんだ?何か用事でもあったのか?」

真澄がいつも通りにクールにそう言うと、マヤは躊躇したように黙っていたが、ようやく口を開いた。

「あの・・・お話したいことがあって。・・・今から、少しいいですか?」


マヤにそう言われたら、ダメなどという理由はない。

「ああ・・・構わないが。」

2人はエレベーターに乗り、地下の駐車場へと向かった。


・・・年甲斐もなくドキドキしている真澄。

それは、マヤと2人の時間を過ごしているという喜びだけではなく、ゴルフクラブの中身に対する罪悪感もあってのことだ。

もしもマヤにこの事がバレたら、間違いなく変態扱いされ、ますます嫌われてしまうであろう・・・。


2人は沈黙のまま、地下の駐車場へ到着した。

あれほど愛しいと思っていた抱き枕も、今はとにかくトランクで眠っていてもらわないと困る。

真澄は乱暴にゴルフバックを詰め込むと、マヤを助手席へと乗せた。


「どこかに食事にでも行くか?」

「は・・・はい・・・」

2人を乗せた車は、夜の街へと向かった。



真澄の行きつけのレストランで食事をする二人。

もうデザートが運ばれてきている段階にも関わらず、マヤは先ほどの『話したいこと』を避けているように思えた。


「後で・・・いいです」

何度話題を振っても、そう答える彼女。

・・・一体、話というのは何なのか・・・

真澄は全く予想もつかず、時が過ぎていくのを見守る・・・。

「そろそろ出るか。」

真澄が声をかけ、店を出た2人はゆっくりと歩き出し、散歩がてらにフラフラと道を進む。


「速水さん・・・・あの・・・どうして・・・紫織さんと婚約解消したんですか・・・・?」

少し後ろを歩いていたマヤが突然口を開いた。


「・・・・・」

・・・真澄は、言葉に詰まってしまった。

まさか 『懸賞で当てた君の目覚まし時計を持っていたのが紫織にバレたのが原因なんだ』 などとは言えない・・・。

「あ・・・ああ・・・それは・・・大人の難しい事情というやつだ。」

本当はかなり子供染みた、くだらない事情なのだが。


真澄がタバコを取り出しながらそう言うと、マヤは突然立ち止まり、再び真澄に声をかけた。

「は、速水さん!」

マヤの立ち止まった気配を感じ、振り返る真澄。


「あの・・・もしも今・・・付き合っている人がいないなら・・・あの・・・あたしと・・・」

真澄は言葉を失い、口にしようとしていたタバコを落としてしまう。・・・・そんな・・・まさか・・・・。


「あたしでもよければ・・・恋人にしてもらえませんか・・・」

泣きそうな顔で精一杯の告白をしたマヤは、唇を噛み締めてたたずんでいた。

「チビちゃん!」

真澄はそう叫んで彼女に駆け寄り、力いっぱい抱きしめる。

「君を愛している・・・・!!」

自然に言葉が出いていた・・・。


・・・これは、あの時計と抱き枕が見せた夢なのか?

ふと気付いたら朝で・・・あの目覚まし時計の声で目を覚ますのではないか??

真澄は自分で自分を疑ってみた。

そして、夢でないことを確かめるように強く強く、マヤを抱きしめていく。


「君さえいれば・・・他に何もいらない・・・」

そう、本当に何もいらないのだ。 懸賞の時計も、抱き枕もどうでもよい。 本物のマヤに勝るものは一つもないのだから。


2人はしばらく、通り過ぎる人の目を気にすることもなく、抱きしめあったままだった。




その夜、マヤと別れた真澄は、トランクから抱き枕を取り出すことも忘れ、部屋に入った。

昨日まであれほど大切に思っていた時計も、使う気がしない。 

何度も何度も、マヤの表情や彼女の告白の言葉を思い出す・・・。


「ああ・・・マヤ!!」


勢い余り、真澄の手が時計のボタンに触れてしまった。

<おかえり!寂しかったわ・・・・>

マヤの声が響いた。

「・・・・・・。」

・・・なんという、機械的な声であろう。感情というものが全く入っていない。


「こんな物で満足するようではダメだ!しょせん、機械だ!オモチャだ!ニセモノだ!!」

真澄は昨日までの自分を棚にあげ、そう叫んでいた。


そして、マヤと心が通じ合った以上、こんな物が部屋にあることは大変まずい、と思った。

・・・もしかしたら、早ければ明日にでもマヤがここへ来るかもしれない・・・ これが見つかってしまったら

何もかもが水の泡だ!!


真澄は時計を掴み、急いで車へと戻った。

そして、抱き枕と共に処分することを決意し、ある男を呼びつけることにした。・・・・・そう、聖唐人だ!!

真澄はすぐに彼に連絡を取り、いつもの場所で会うことに決めた。



真澄の勝手な行動に振り回されている聖であるが、嫌な顔もせずに待ち合わせ場所に現われる。

それが彼の仕事なので、仕方がない。


「真澄さま・・・急な用事とは一体・・・」

「聖!!すまんが、この2つを預かってくれ!」

聖は、時計とゴルフバックを無理やり押し付けられ、困惑していた。

「はあ・・・時計はともかく、このゴルフバックは・・・・」

「その中には、『マヤの等身大抱き枕』が入っている。」

真澄がそう言うと、聖の顔色が変わった。


『ま、真澄さま・・・またバカなものを!!』

聖が白目になりながらそう思っていると、真澄は言葉を続けた。

「実は、マヤと心が通じ合い、付き合うことになったんだ! もう、俺にはそんなモノは必要ない。」


「そ、それは!!おめでとうございます!」

聖はそう言ったものの、内心は複雑であった。

・・・あんなに苦労した懸賞も、必死でサインの練習をした事も、オリジナルTシャツを作るハメになったことも・・・

・・・何もかもが楽しい、いや、悲しい思い出になるのだ。


「頼む! 捨てるのももったいないからな・・・」

真澄の命令を断ることなどできる訳がない・・・。

「はい、かしこまりました・・・」

それを聞いた真澄はホッと息をつき、真面目な顔で言葉を続けた。


「まあ、俺とマヤが結婚でもすることになれば、永遠に返してもらうことはないと思うが・・・・」

真澄はそこまで言うと言葉を切り・・・聖の顔をまじまじと見つめながらキッパリと言った。

「聖・・・お前、使うなよ。」

「・・・・・!!!!!」


聖は、『頼まれても使いませんよ!!!!!』と言いたい気分であったが、当然言えなかった。



こうして、聖の苦労が実を結び(?) 2人は付き合うことになった。

翌日からは、真澄は人生で一番ハッピーなオーラをふりまき、会社でもオヤジギャグが絶好調らしい。

「まさにバラ色の人生とはこの事だ! 俺のバラは紫色だけどな・・・ハッハッハ!!」

社員も怪しむほどの浮かれモードである。





・・・ところが・・・・

日が経つにつれ、またしても悶々とする日々が復活の兆しを見せていた。


一体、どうしたというのか?  水城は、これまた真澄の思考はお見通しで、

「情けない・・・・」

と、影からポツリと呟き、白目で様子を窺っていた。


「ああ・・・マヤ・・・・」

また仕事をサボりながら、窓の外を見ながら溜息をついている真澄。


実は・・・・やっと2人は付き合いだしたものの・・・・どうしてもまだまだ深い関係にはなれなかったのだ。

・・・それどころか、マンションに彼女を入れる事すらできないままだった・・・。


「・・・大都芸能社長のこの俺が・・・11も年下のあの子に手が出せないなんて!!」


真澄は激しく後悔していた。

・・・あの抱き枕と時計・・・やっぱりまだ必要だったかも・・・と。






・・・その頃・・・

聖はせっかく彼女ができたにも関わらず、例の時計と抱き枕を発見され、彼女に不審に思われてしまい、さんざんな

日々を送っていた。



・・・そしてまた、悪寒が走る。

「そろそろまた、くだらん用事で真澄さまに呼び出されそうだ・・・・」 と。


予感は的中し、真澄から時計と抱き枕の一時返却を求める電話がかかってきた。


・・・まずい・・・非常にまずい・・・・。


実は、マヤちゃんグッズを見て怒った彼女が、抱き枕に油性ペンで落書きをしてしまったのだ。

プリントされたマヤの顔の目元は黒く塗りつぶされ、犯罪を犯した「少女A」状態。更に、鼻の下には『ちょびヒゲ』が

書かれてしまっている・・・。

「・・・これは何とかしなければ!!」

聖は、必死で2人が急接近できるようなシナリオを考え、あたふたとしながら頭をかきむしっていた。

ほんとうにとんでもない事の連続である。





そんな彼の気持ちも知らない真澄は電話を切った後・・・・

「聖のやつ・・・やけに慌てていたな・・・まさか、ちゃっかり時計と抱き枕、使ってんじゃないだろうな・・・」

などと考えていた・・・。




この後も、聖の努力と苦悩の日々は、果てしなく続く・・・・。





もしかしたら彼の運は、懸賞を当てた時点で使い果たしてしまったのかもしれない。





おしまい

 

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