社長の特権 (前)




大都芸能の社長室・・・。

真澄は、水城が留守なのをいいことに、仕事をサボりながらぼんやりと窓の外を眺めていた・・・。

そして、タバコを片手に、ポツリと呟く・・・。

「なんとか手に入らないだろうか・・・」


紫織との結婚まであと数ヶ月と迫り、現実から逃れるように仕事に没頭している毎日だった。

婚約パーティーでマヤと鉢合わせし、彼女が慌てて会場から逃げ去ってから、気まずい日々が続いている。  

紅天女の上演権はマヤが手に入れることになり、今後の芸能活動に関しても、大都芸能との契約が成立していて、

それに関しては問題なかったが・・・。


もともと嫌われているのは百も承知であったはずなのに、以前よりももっとよそよそしいマヤの態度。

避けられているのは明らかであった。


・・・何もかもがおもしろくない・・・・


真澄はがむしゃらに働き、ますます仕事の鬼になっていた。


そして、だいぶ前に判を押した企画書・・・。 ここに、大きな落とし穴がった・・・。




それは、マヤがCMしている菓子メーカーとの協賛の懸賞企画。

赤い目覚まし時計が100名に、残念賞として1000名にボールペンが当たるというのだ。

その賞品には、「MAYA」というロゴが入れられていて、小学生レベルのファンを喜ばせるへタレなものである。


いくら真澄とはいえ、「MAYA」などとロゴの入った商品を手にして喜ぶようなバカではない。

ロゴ入りのシャツを愛用している桜小路はともかくとして・・・。


真澄は、この企画に関して特に興味も持たず、時は過ぎていったのだった。


・・・真澄はあの時の自分のチェックの甘さを痛感する。


実は、真澄が手に入れたい物とは、その赤い目覚まし時計であった。

これは、ただの目覚まし時計ではない・・・。マヤの声が録音されているというではないか!!

賞品の細かい説明まで、真澄の元には報告されていなかったのだ。


『欲しい・・・喉から手が出るほど欲しい・・・。』


あいにく、すでに応募が始まっていて数日後には抽選、発送というところまできている。

・・・なんとか試作品のような物を手に入れられないだろうか、と努力したものの、無駄であった。

コストの関係もあり、目覚まし時計はキッチリと100個しか生産されていないという・・・。


「本当に何もかもがうまくいかない・・・」

真澄は、思いきり息を吐き出して溜息をつき、俯いたまま首を振り続けていた・・・。



翌日から、真澄は応募シールを集める為、キャンペーン対象の菓子をまとめ買いした。

「こうなったら自力で当ててやる!!」

・・・そして、必死でハガキを書く日々が始まった。

いかにして当選させるか・・・それだけに意識を集中させる。


『懸賞マニア!』だの『当てるコツ!懸賞の達人』などという雑誌まで購入した真澄。

占いを見ては運のよい日にポストに投函し、祈る日々・・・。

『紫のペンでハガキを書いたら当選率がアップ!』という情報があれば、紫のペンでハガキを書いた。

当然、「速水真澄」という差出人ではまずいので、勝手に住み込みの使用人の名前や、朝倉の名前で

応募をする事も忘れなかった。


そして、それだけでは自信がなかった為、とうとう聖にも無理やりハガキを書かせることになった・・・。

『真澄さま・・・そんなくだらない目覚まし時計の為に・・・』

聖は白目でハガキを書くハメになり、心の中で何度そう思ったことであろう。


「マヤさまの声が聞きたければ、いつでも雑誌のレポーターになりきって声を録音して参りますが・・・」

さり気なく、真澄に提案する聖。


しかし、真澄はどうしても懸賞品の目覚まし時計が欲しかった為、意見は却下された。



真澄と聖は、腱鞘炎になるかと思うほどのハガキを書いては投函し、時が過ぎていった・・・。



いったい、どれだけのハガキと菓子を買い込んだのか、見当もつかなかった。

「大丈夫だ・・・懸賞というものは、ギリギリに応募したほうが当たるらしいからな・・・」

悶々として独り言を言う日々が続き、やたらと溜息が増えていく。



そして数日後・・・聖から喜ばしい連絡が入った・・・。

「真澄様!!当選いたしました!今、賞品が手元にございます!!」

・・・真澄は仕事中にも関わらず、あまりの嬉しさにガッツポーズで喜んでいた。


「マヤ!!! 今日からは君と一緒だ!!!」


・・・真澄は、鼻歌を歌いながら大都芸能を後にし、聖から賞品を受け取ると、大急ぎで帰宅した。

当然、屋敷に持ち帰る訳にはいかず、しばらくは自分のプライベートマンションに泊まることも決めていた。

どうやら、自分の書いたハガキは当選しなかった模様だが・・・1つ当たれば十分である。


『さすが聖だ・・・親愛なる俺の部下よ!!』

真澄は心から彼に感謝していた。


ちなみに今日は紫織との食事の約束が入っていたが、キャンセルした。

彼女と食事をするよりも、この目覚まし時計と共に過ごす時間のほうが大事に決まっている。

逸る気持ちを抑え、猛スピードで部屋にダッシュする真澄。


「ここなら誰にも邪魔されない・・・」

真澄はそう呟くと、まずは時計の時間をセットし、次に目覚ましの時間を合わせることにした・・・。


セットが終わると、マヤの声が響く。

<6時にセットされました!寝坊しないでね!おやすみなさい!>

真澄の心に衝撃が走る。

・・・・・な、なんというカワイイ声であろうか・・・。

緊張したであろう、マヤのセリフは初々しく、それがまた、真澄の心をくすぐるのだ。


真澄は、いろんなパターンのセリフを聞いてみることにした。

<いつも頑張っているのね!大好きよ!チュッ>

・・・マヤの投げキッスの効果音付き・・・失神するかと思うほどの衝撃であった。


『マヤ!!俺のマヤ!!!』

・・・真澄はそっと布団に入って目を閉じ、カチリと再生する。

<おつかれさま!もう寝るの?あたしも寝ようかな〜?>

『・・・・ううう・・・まるでマヤが隣にいるようだ・・・』


真澄は、ささやかな幸せを堪能していた。 何度も何度も、マヤの声を聞いて、溜息をついた。

「本物のマヤが隣にいれば・・・」

思わず呟いていた。


・・・そして、ふとあることに気付く・・・

俺以外に、こんな風にマヤの声を聞きながら夜を過ごしているヤツが、他に99人もいるんじゃないか、と。

『いや、半分は女性に当たったかもしれんし、男でも子供ならまだ許せるが・・・』

心の中が、つまらない嫉妬で埋め尽くされていく・・・。


・・・真澄は、とある決心をし、この夜は眠りについた。



翌日、真澄は目覚まし時計のマヤの声で爽やかな朝を迎えた。

<おはよう♪ちゃんと起きれたかな?お寝坊さん♪>

「ああ・・・君のお陰で快適な朝だよ・・・。」


真澄は目覚まし時計に名残惜しい別れを告げ、出社することになった。


「おはようございます。社長・・・」

「おはよう」

すでに出社していた水城にすがすがしい挨拶をすると、真澄はすぐに行動を起こした。

「水城くん、すまないが・・・先日のマヤの懸賞の件だが・・・どれくらいの年齢層の応募があったのか調べるので

大至急、資料を用意したいんだ。」

「・・・・・は??」

水城が怪訝そうな顔をしているので、真澄は必死で説明を始める。


「マヤは、これから売り出していく大事な時だ。どんな年齢層に一番人気があるのか把握し、芝居の傾向も

考えていかなくてはいかんからな。」

「・・・はあ・・・分かりました。では、調べておきます。」

「いや・・・直接、俺のパソコンにデータを送るように指示してくれ。」

「・・・・・はい、かしこまりました。」

完全に水城は怪しんでいる様子であるが、そんなことは気にしていられない。



やがて、頼んでいた応募者の年齢データが真澄の元に届けられた。

そこには、応募のあった数だけの年齢別グラフ。そして、当選者の名前と年齢の載ったリストが入っていた。

「フフフ・・・これこそ、大都芸能の社長としての特権というやつだな・・・」


真澄はそう呟き、ふと20代後半の男性や年寄りの応募も多いことに気付き、苦笑する。

これは多分、自分が聖と書きまくったハガキの影響だと思われるのだ・・・。


『まあいい、問題は、当選者の年齢と性別だ!』

真澄は、女性とかかれたデータを一気に飛ばし、男の分を次々とピックアップする。

・・・・その中に、『聖唐汰』という名前を発見した。


「フッ・・・聖め・・・勝手に名前を作りやがったな・・・」

自分こそ、朝倉の名前などを勝手に使用したくせに、そんなことを思った。

ついつい、懸賞を出すときはいろんな名前で試してしまうものである。


真澄は、当選者の若い男性の数をチェックし、嫉妬心がメラメラと燃え出していた。

「うむ・・・やはり若い男が多いな・・・。これはいかん・・・。」

そして、次なる作戦へと走り出すことになった。


その作戦とは・・・・


〔北島マヤの懸賞目覚まし時計求む!☆逆オークション☆高値で買い取ります〕

というタイトルで、オークションで時計の買取りを企画したのだ。


「これで、日本中の時計を回収だ!!!金はいくらかかっても構わん!ハッハッハッ!」

誰もいない社長室で、真澄の高笑いが響いていた。


・・・この計画をも手伝わされていた聖は、心の中で思った。

『真澄さま・・・最初から応募などせず、オークションで手に入れればよかったのに・・・』

・・・しかし、影の立場である以上、そんな事は言えないのが現実だ。






結果、オークションで多くの時計を回収することに成功した。

真澄は、満足気に笑い、集めた時計をマンションへと届けさせた。

「まあ、すべて回収とはいかなかったものの、仕方がないだろう・・・」



真澄は屋敷に帰らない日々が続き、溢れるほどの目覚まし時計と共にマンションで暮らす日々が続いていた。



・・・そんなある日のこと・・・


真澄のよそよそしい行動に不信感を抱いた紫織が、とうとうマンションに乗り込んでくる、という事態が起きた。


紫織はマンションの管理人に「婚約者」という証拠の写真を見せ、まんまと合鍵を手に入れると、鼻の穴を

膨らませるように勢いをつけ、エレベーターに乗り込む。


『真澄さま・・・紫織から離れて何をコソコソしていらっしゃるのかしら? まさか、他の女などを連れ込んでいる

のではないかしら?ううん・・・まさか、まさか・・・ね・・・』

ドキドキしながら、真澄が不在の部屋のドアを開けた。

ガチャリ・・・・

ゆっくりと暗い部屋に侵入する・・・。

そっと電気のスイッチをつけると・・・寝室に溢れそうな数の赤い目覚まし時計を発見した。


「な・・・な・・・何コレ??」

紫織は震える指先で、適当に選んだ目覚まし時計のボタンに触れてみた。

<もうすぐ寝る時間かな?寂しいな・・・・>

北島マヤの声が響いた・・・。よく見ると、『MAYA』というロゴがあるではないか!!

紫織はショックすぎて、言葉にならなかった。


『ま、真澄様・・・ワタクシよりも、北島マヤの目覚まし時計と過ごしているなんて!ゆ、許せないわ!!』

興奮した紫織は、部屋中にある目覚まし時計を叩きつけ、壊し始めた。

「こんなもの!こんなもの!」

たまたま近くにあったゴルフクラブで、ガツンガツンと破壊していく。


・・・あまりに騒音が響き、不信に思った管理人は真澄に連絡をつけた。


目覚まし時計のピンチを悟った真澄は、ゴキブリのような速さでマンションに駆けつけたが、時はすでに遅し・・・。

紫織により、すべての時計がこっぱみじんに壊されていた。


「紫織さん!!なんという事をしているのですか!!?」

真澄が追い詰めると、逆ギレした紫織は叫んでいた。


「ま、真澄様!!ひどい・・・。こんな、こんなのって、ひどすぎますわ! これじゃあ、まるで変態です!

こんな時計に囲まれて・・・アタクシと過ごすよりも楽しいと思っておられるのですか?」

泣きながらそう言った紫織に対し、真澄は冷静に答えた。


「申し訳ありませんが、その通りです・・・。紫織さん、あなたは勝手に人の部屋に侵入し、大切なものを

破壊した・・・。これは犯罪ではありませんか?」

「・・・・真澄様のせいです!!」


「しかし、犯罪は犯罪です。・・・この事は僕の胸にしまっておきますが・・・婚約は解消させて頂きたいと思います。」

真澄は、2度とないチャンスを生かそうと、無理やり紫織に条件をつきつけていた。

「ゆ、許さないわ!!」

逃げるように部屋を飛び出していった紫織。


真澄はホッと息をついたものの・・・壊されてしまったすべての時計を見つめ、途方に暮れていた・・・。

「なんということだ・・・」

目覚まし時計は、すべて修復が不可能な状態で部屋中に散乱していた。


 

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