星空と紅天女がくれた恋 3

written by あお〜








マヤが水城と会ってから2週間後。水城の采配により、真澄とマヤは再び夕食を共にしていた。

マヤが紅天女の稽古の様子を話す。ときおり真澄の押し殺した笑いと、マヤの怒り声が混じる。2人の食事

はいたって順調に進んだが、マヤは水城と約束した話を切り出せないでいた。


レストランから、いつものように真澄の車で家までおくってもらう。


「水城くんが、君が紅天女の稽古のことで相談したいことがある、というから心配していたんだが、あの食べ

っぷりを見る限り、元気そうで安心したよ」

もちろんマヤの事は水城が適当に作った口実である。真澄も嘘ではないかと薄々わかっていたが、マヤと

一緒に過ごせる時間をみすみす見逃すはずもなく、まんまとだまされたふりをした。


「ふんっ。もっとたくさん食べて速水さんのお財布をすっからかんにしちゃえば良かった!」


「くっくっくっ。俺の財布にあまり現金は入ってないからな。ちびちゃんなら簡単だろうな」

とたんにあの威勢の良かったマヤの態度が変わる。


「えっ?そうなの?おごってもらっちゃって大丈夫だったんですか?あの・・・私、少しならありますよ・・?」


「クレジットカードって知ってるか?」


「は?」


「クレジットカードがあると、現金がなくても払えるんだよ」


「そ・・・そんなの、知ってますっ。ちょっと心配してみただけですよーだ」

マヤは顔を真っ赤にして反撃する。真澄はハンドルを握りながら、笑いが止まらない。

やはりマヤといるのは楽しく、心が安らぐ。もしマヤと出会っていなかったら、なんて考えたくもない。俺の

立場がどうとか、誰がなにを言おうが、必需な存在なのだ。


「ちびちゃん、ちょっと寄り道していいか?」


「・・・? はい」



真澄が車を止める。

ドアを開けて外に出ると、以前、真澄と話をした河原だった。


「俺と一緒に星を見てくれ」

そう言うと、マヤの手を取った。マヤは真澄に導かれるままに歩き、河原の真ん中で2人並んで腰を下ろす。


「クチュン!」

マヤがくしゃみをした。真澄が急いでトレンチコートを脱ぎ、マヤにかける。おしゃれをしてきたマヤは今日も

薄着だ。


「大丈夫か」


「はい・・・」


「今夜は冷えるな」


見れば、真澄も寒そうにしている。マヤは自分にかけられたコートの片側を掴むと、腕を回して真澄の肩に

かけ、真澄の方へちょっぴり寄った。一枚の布に2人は包まれる。

思いがけない嬉しいマヤの行動に、真澄の動機が早まる。


「あの、速水さんも寒いでしょ・・。こうして2人でいたら暖かいかなって」

恥ずかしそうに俯くマヤがたまらなく愛しい。思い切りやさしい声で

「ありがとう」

と囁くと、いいえ・・という返事がかすかに聞こえた。

マヤはもじもじしたまま下を向いて、ドレスのすそをいじくっている。


「今夜はめずらしく星がよく見えるな」

真澄にそう言われてマヤは空を見た。


「わぁ・・・きれい」


「やっと顔をあげたか」

マヤが見上げた先には、嬉しそうに微笑む真澄の顔があった。自然にマヤの顔もほころぶ。えへへ、と照れ

隠しに笑ってみる。

真澄のその笑顔に釣られるように、マヤは思い切って質問する。


「あのー、前に、ここでお話ししたことがあったでしょ?速水さんにとって結婚はビジネスなんだって。 紫織

さんのこと・・・・好きじゃないんですか?」




--------20秒の沈黙。




(もしかして、聞いちゃいけないことだったのかもしれない・・・)


マヤの心臓は今にも飛び出しそうなくらい高鳴っている。


真澄が静かに口を開く。


「紫織さんに恋愛感情は全くない。・・・・・だが、君はそれを聞いてどうする」


「速水さんはそれでいいんですか?好きじゃない人と結婚するんですよ?」


「良くなくたって、会社のためだ」


「だって、この前の速水さん、とっても寂しそうな顔をしてた。わ、私・・・・そんな顔の速水さんを見たくないん

です!」


「マヤ・・・」

堰を切ったようにマヤから言葉が飛び出す。


「今日の夕食をセッティングしてくれたのも水城さんなんです。稽古のこととか、ウソで・・・。水城さんに・・言わ

れたんです、速水さんを救ってあげられるのは、私だけだって。 速水さんが優しいから、私はいつも甘えてま

す。だから、今度は私が・・・・速水さんがつらい時に少しでも役に立ちたいの!楽にしてあげた・・・」

真澄の顔が近づいてきた・・・・と思ったら、唇に温かいものが触れた。


何度も柔らかく唇同士が触れ合う。

真澄に抱きしめられた。

耳元で低い声がする。


「マヤ・・・俺は君に励ましてもらってる。元気をもらってる。やさしさをもらってる。いっぱいもらってるよ。ありが

とう」

マヤを閉じ込めた腕がやや緩む。真澄はマヤの目を見つめ、ゆっくりはっきり告げる。


「君が好きだ。ずっと、前から。こんな気持ちは迷惑だと思う。ただ・・伝えたかった。愛している」


みるみるうちに、マヤの瞳に涙が溜まる。それを見た真澄は自分の早急すぎた行動を悔やみ、マヤを抱きし

めていた腕を離す。


「マヤ、すまない・・・忘れてくれ」

立ち上がりかけた真澄を、今度は、マヤが両腕で閉じ込めた。


「私も・・ずっと好きでした」

真澄は今聞いた言葉が信じられない。


「マヤ、本気か?俺は、君にひどい事ばかりしてきたんだぞ。憎まれて当然の男だぞ・・」


「それでも、好き・・・。速水さんを愛してます」


二人の顔が近づき、真澄は再びマヤに口付ける。


今度は先ほどの様な遠慮がちのキスではなく、真澄の思いのたけを込めた、長く熱く深いものだった。













次の日、水城は社長室に呼ばれ、極秘に鷹宮グループとの合併解消に向け対策を練り始める、と告げられ

た。

即座に水城は二人の間が上手くいったことを知る。


「真澄様、おめでとうございます。わたくしはこの日をずっと待っていましたわ」


真澄は多少照れながら、

「君がマヤに助言してくれたそうだな。ありがとう」

と、素直に礼を述べた。


「これから、鷹宮グループとの合併がなくなり、紫織さんのこともある。表立って行動できない以上、君に多大

な負担をかけることになるだろうが、どうかよろしく頼む」


大きく水城は頷いて社長室を後にした。


(これからまた残業が増えそうだわ。きっちりお給料に反映していただきましょ)















それからの真澄のスケジュールはとてつもないものとなった。

3週間後、合併解消の対策がほぼまとまった。


だが、ひとつ、真澄の予定通りにいかないことがあった。紫織との話し合いだ。きちきちのスケジュールの中、

こまめに時間を取り、紫織の元へ通った。しかし、紫織はかたくなに真澄と会うのを拒み続けていた。



夜の10時を過ぎ、水城と一緒に対策の細かいところを煮詰めていたところ、真澄のデスクの電話が鳴る。

水城が立ち上がり、受話器を取る。


「はい、社長室です。---------まあ。少々お待ちくださいませ」

通話口を手でふさぐと真澄へ、紫織様です、と告げた。真澄が電話をかわる。


「紫織さん、どうしました。ええ、構いませんが・・。わかりました。お待ちしています」

受話器を置き、ふーっと長いため息をつく。後ろを向くと、水城と目が合った。


「紫織さんが来る。今日はもう帰っていい」






15分後、真澄と紫織は向き合って座っていた。


「真澄様。わたくしと婚約を解消したいと聞きましたが、それはなぜですか」

髪をきっちり整え、寸分なくスーツを着こなし、しゃんと背筋を伸ばして手を膝の上で組み、真澄の目をまっ

すぐに見て語りかける。その落ち着き払った堂々とした紫織の仕草に、真澄は一種の恐怖を覚えた。


「他に愛する人がいます。僕の一生をかけて守ってゆきたい人です。あなたの気持ちをいたずらに振り回し

たことをお詫びします」


「梅の里で月影千草様がおっしゃってましたわね。この世には、自分の魂のかたわれがあると・・・・わたくし

は、あなたの魂のかたわれにはなれませんか?」


「すいません・・・・あなたの期待に答えられません」




トントン。




扉を開けて入ってきたのは、マヤだった。おずおずと歩みを進めると、


「紫織さんに呼ばれて・・・・」


真澄はびっくりして紫織を見る。


「マヤさん、遅くにごめんなさいね。わたくし、今、真澄様に婚約解消を迫られているんですの」

その言葉にマヤがさっと青ざめる。


「ごめんなさい・・そんなつもりじゃ・・・」


「勘違いなさらないで。わたくしはあなたを責めるために、ここにお呼びしたんじゃありませんわ。お願いがある

んです」


真澄がやや声を荒げて、

「紫織さん、マヤは関係ない。僕に言ってください!」

と遮る。紫織はちらりと真澄に目をやる。


「マヤさん。わたくし、ぜひ、紅天女を間近で見たいの。真澄様を一真だと思って、ここで演じて下さらないか

しら」



マヤと真澄が視線を交わす。



-----やります-----


マヤは目で真澄に伝えた。




目をつぶり、呼吸を整える。


すうっと息を吸うと、目の前には紅く染まった梅の谷が見える。


紅天女の感覚が全身にみなぎる。



“おまえさま・・・・”   



その様子を紫織はただ、じっと見つめる。膝に置かれた手は固く握られ、細く震えていた。やがて、その瞳は

潤み、透明なしずくがスッと頬を伝ってゆく。


その様子にマヤが気付く。


「紫織さん・・・!」

紫織は濡れた頬を素早くハンカチでぬぐうと、毅然と言い放った。


「マヤさん。試演も拝見しましたが、更にすばらしい紅天女になりましたわね。・・・やはり真澄様がいらっしゃ

るからかしら」

ふわりと笑う。


「わたくしもお二人のような魂のかたわれを見つけますわ。お互いを狂おしいほどに求め合う方を。今日は私

の我がままに付き合ってくださってありがとう」


ソファから立ち上がり、

「最後にやっとビジネス用でない真澄様のお顔を見られて嬉しかったですわ。婚約破棄の件、わたくしから

おじいさまへお話します。しばらくお会いすることもないでしょう。ごきげんよう」

と、告げると、真澄とマヤを社長室に残し、スルリと扉の向こうに消えた。


扉が閉まる寸前、真澄が「紫織さん、ありがとう・・・!」と叫ぶ。

ガクッとマヤの体が崩れる。


「ど、どうしよう、速水さん・・。私、とんでもないことしちゃったのかも・・・早く紫織さんを追いかけないと!」

真澄がマヤの肩を抱いてソファに座らせ、自身もその横にそっと腰掛ける。両手でマヤの頬を挟み、慌てる

彼女を落ち着かせる。


「マヤ・・。紫織さんは俺たちのことを認めてくれたんだ。潔く去ってゆく姿は高貴そのものだった。さすがだと

思ったよ・・」


「速水さん・・・!」

マヤが真澄の胸に顔をうずめる。


「でも、お仕事は?婚約破棄をしたらいろいろ困るんでしょう?」

真澄がマヤの頭をくしゃりとなでる。


「心配するな。この大都はそんなやわじゃないんだ。なんたって、このゲジゲジが社長だからな」

冗談めかした真澄の言葉で、マヤの顔に笑みが浮かぶ。


「・・・そうですね。いじわるで冷血漢で仕事虫の速水さんですもんね」


「そういうことだ」

プッと同時に吹き出す。


カラカラとした笑いの後、どちらからともなく二人の顔が近づく。


「マヤ・・・愛してる」


「大好き・・・速水さん」


愛の言葉を囁きあった唇が出会う。

お互いをいたわりあうように、気持ちを伝えるように、ぶつかっては離れる。



その行為は何度も繰り返された・・・。








2ヵ月後、大都と鷹宮グループの合併解消が発表された。

だが、同時期に幻の舞台とされた紅天女が封切られたこともあり、大した話題にはならなかった。


その3ヶ月後、何度もの追加公演を経て、マヤの紅天女は大盛況のうちに千秋楽を迎えた。



マスメディアの間では、マヤの演技力もさることながら、毎回ロビーに飾られていた、めずらしい紫のバラの

花輪の話題で持ちきりになったという--------



おわり






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