ある夜の出来事 〜とまどい〜

〜written by ともとも〜



―――大都芸能 社長室―――



マヤは 水城の横でチョコンとソファに座っていた。

どうにも落ち着かない、、。

(なんで あたしがこんなところにいなきゃいけないの!?先生、いったいどうして、、)

マヤは月影の命令で あのにっくき大都芸能に所属することになってしまったのである。

(先生は どうしてあたしを、、)

月影の口から一応 理由は聞いたものの やはりマヤは納得できないでいた。



「どうだ チビちゃん、新しいマンションの住み心地は?」

速水は マヤの前に腰をおろすとタバコに火をつけた。

応接セットのテーブル越しにタバコの煙がただよってくる。

マヤは思わず顔をそむけた。 タバコの匂いは苦手なのだ。


「あぁ 失礼、」

マヤの様子に気づいた速水はおもむろに灰皿にタバコを押し付けた。

(あらまあ、、) 

それを見ていた水城は、少し目を見開いた。

(この社長室で 真澄様が誰かに気を遣われるなんて、、)

そう、ここではもちろん社長である速水がトップなわけで 誰に気兼ねする必要もないはずなのだが。 

それに 速水が直々に所属のタレントをこの部屋に呼びつけるという事も 水城の知る限り初めてのこと

だった。

(フフッ、、真澄さま やはりこの少女は特別ですのね、、)

「じゃあ マヤちゃん、何か飲み物を持ってくるわね。」 

そう言うと水城は笑みを浮かべながら社長室を出て行った。


「やっぱり チビちゃんに一人暮らしは さみしかったかな?」

ふと 速水の顔に視線を戻したマヤは 思いもよらぬ優しい笑顔に出会い、ドキッとしてしまう。

(だっ だめよマヤっ!こいつに気を許しちゃっ!こんな顔しといておなかの中じゃナニを企んでるか 

わかんないんだからっ!) 

あわてて自分に言い聞かせると 敵意のこもった態度ながらも

「お気使い ありがとーございますっ、どうぞ ご心配なくっ!!」

と答えた。

以前に速水から “この世界では礼儀が大事” と厳しく教えられたので、これでも彼女なりに精一杯

取り繕っているつもりなのだ。

(そうよ、こいつに弱みを見せてたまるもんですかっ!)

そんな強がるマヤの様子がなんともおかしくて 速水はついついからかいたくなる。

「そうか それは頼もしいな。まぁ 何か出てもきみのその大声で逃げ出すだろうさ。」

「? な なにかってなんですか?」

「ん? あぁ まあ気にするな。」 

思わせぶりに笑う速水。

そこへ 水城がコーヒーとミルクティーを運んでやってきた。

「マヤちゃん ごめんなさい、ちょっと緊急の仕事がはいっちゃって。もう少し待っててくれる?」

今日のスケジュールをすべてこなしたマヤをマンションまで送っていく事になっていた水城は申し訳なさそうに

口にした。

「あっ あたしだったらぜんぜん平気です。今日もらった台本に目を通してますから水城さんは気にせず

お仕事してください。」

そのやりとりを聞いていた速水は

「よし じゃあチビちゃんは俺が送っていってやろう。」

そういいながらスーツの上着を手にとった。

「なっ なんであたしがあなたなんかと、、」

驚いて目をまるくしているマヤを尻目に

「水城くん、悪いが今日はこのままあがらせてもらうよ。」

と こちらはまったくマイペースの速水。

「え、えぇ それはかまいませんが、、」

今度という今度は さすがの水城もあいた口がふさがらない。 

まだ午後八時を過ぎたばかりで いつもの速水なら今からが身が入る頃とばかりに精力的に仕事を

こなすのが日常だからだ。


「ちょ ちょっとお、、」

半ば引きずられるようにマヤは社長室を後にした。

(フフッ 真澄さまったら、、) 

笑いをかみ殺しながら水城はふたりを見送った。




(まったく、、ほんとになんて強引なんだろ。) 

もうほとんどあきれ状態のマヤ。

「そうだ チビちゃん、腹が減ってるんじゃないか?」

「いいえ、別に、、」 

グゥ、キュルルル、、

(きゃっ もお)


「プーックックッ、よしよし なにかうまいものでも食っていこうな。」

そう言うと 速水は車を発進させた。


「あぁ そうだ、これを渡しておこうと思っていたんだ。」 

しばらく車を走らせていた速水が 片手でハンドルを握りながら何かを差し出してきた。

なんだろうと思いながら受け取ると それは携帯電話だった。

「? なんですか これ?」

「なにって きみ 携帯電話も知らないのか?」

「そーじゃなくて! なんであたしがケータイ持たなきゃいけないんですかっ!?」

「今時 常識だろう? いくら水城くんがマネージャーとしてついてくれているとはいえ大事な時に連絡が

とれなきゃ困るだろう。、、きみが迷子になった時とかな。」


ぐっ、、

慣れないTVスタジオで水城とはぐれて迷子になり スタッフの人たちを慌てさせたのは つい先日のこと

だった。

「わっ わかりました、ご親切にどーもっ!」

「使い方はわかるか? メールはともかく電話のかけ方や受け方ぐらいはできなくちゃな。」

「使い方って、、たかが電話でしょ!?それくらい、、」

そう言いながらも内心おそるおそる携帯を手にとりながら いじりまわしてみる。

(ん?ん?えーっとぉ、、)


「どれ 貸してごらん。」

速水は路肩に車を止めると マヤの手から携帯を受け取った。

「ほら かける時はここをこうして、、」

思わずシートベルトをはずし、身を乗り出して覗き込むマヤ。

ドキッ  

かすかな甘い髪の香りに一瞬とまどう速水。


「あっ わかった!ちょっと貸してください。」

速水の手から奪い取るように携帯を受け取る。

僅かに触れた指先に またしても鼓動をあげる速水。

(いったい なんだって言うんだ?)

自分の心臓の奇妙な反応におもわず眉をひそめる。


一方 マヤは新しいおもちゃを手にした子供のように携帯をもて遊んでいる。

(ふ〜ん ここをこうして、、アレ?)

「ねえ 速水さん、これは、、?」

はっと我に返った速水が マヤの手の中の携帯に目をやる。

「あぁ、一応 水城くんと俺の番号を登録しておいた。」

「はぁ、、」

なんとなく間の抜けた声でマヤは答えたが

(水城さんのはともかく、なんでこいつのまで入ってるのよ)

と不思議に思う。

(帰ったら速攻で抹消してやるぅ!、、、、でも どうやるんだろ???)

マヤがそんなことを企んでいることなど知るはずもない速水は

「さぁ なにを食べようか?」

と 楽しそうにいうと再び車を発進させた。




「、、、ついたぞ、チビちゃん。」

結局、おなかいっぱい食べて ついウトウトしかけていたマヤは はっとして背中をシートからおこした。

「あぁ、、はい ありがとうございましたぁ。」

まだちょっと寝ぼけまなこで速水の方を見やると、

ふっと 速水が視線をそらした。

(ん? なんか速水さん変な顔してる、、。ま まさかあたしイビキとかかいてたんじゃあ、、もしかしてよだれ

とか、、)

思わず手をやって口もとを隠した。

「、、、ずいぶん疲れているようだな、はやく休むんだぞ。」

「あ はい、 おやすみなさい。」 

そう言ってマヤは車から降りるとペコリと頭を下げた。




(俺もどうかしてる、、)

食事を済ませ 車に乗ったマヤは程なく眠ってしまったようだった。


マヤのマンションまでそう時間のかかる距離ではなかったが 少しでも休ませてやろうとそっとしておいた

のだが、マンションの前についたので 彼女を起こそうと助手席に目をやると なんともあどけない寝顔が

飛び込んできた。

薄桃色の頬、うっすらと開いた唇からは微かにおだやかな吐息がもれている、、、。

どきん どきん 

次第に騒がしくなる自分の鼓動をうとましく思いながらも 彼女から視線を外すことができない。

知らず知らずのうちに そのやわらかそうな頬に長い指をのばした、、

「う〜ん、、、」

マヤが身じろぎをして瞼を揺らした。

はっと 我に返った速水は

「ついたぞ、チビちゃん」と声をかけたのだが 彼女と目があった瞬間 軽い罪悪感のようなものを感じて

思わず視線をそらしてしまった。



(俺もどうかしている、、、)

マヤを送った帰り道、どうにもそのまま自宅に帰る気にならなかった。

(帰りは タクシーでも拾うか、、、)
 
速水はマヤのマンションの近くのラウンジバーでブランデーをかたむけながらも自分の感情を持て余す。


・・・・と その時 携帯が鳴った。


表示には “北島マヤ”、、、






速水にマンションの前まで送ってもらったマヤは 部屋のソファに座ってぼんやりとしていた。

(なんか 調子くるっちゃう)

いつも人を子供扱いしてからかってばかりなのに、時折驚くほど優しい笑顔や 真剣な表情をみせる速水。

そのたびにいつもドキドキと落ち着かなくなる自分、、。

マヤはペチペチと頬を軽く叩くと自分に言い聞かせた。

(ダメダメ! あいつがあたしにかまうのは 金の卵だと思っているからよ!仕事のためなら なんだってする、

そういうヤツなんだから!)

そう思うそばから なんだか少しさみしい気もしてくる。

(商品 か、、)

彼の周りの人は言う。

彼にとって 女優もタレントもすべて商品だと、、。

自分もそうなんだと思うと なんだか腹が立ってきた。

「人をモノみたいにしか思えないなんて サイテーよっ!」

ドンッと思わず拳でテーブルを叩いた。

(あーやだやだ!もおシャワーでもあびて寝よっと。)

マヤは浴室へと行きかけた。


その時、


“ガタッ”


なにかが 倒れるような音がした。

(ん?なんだろ)

軽く辺りを見回したが 特に変わった様子もない。

マヤは首をかしげながらも そのまま浴室へと向かい、シャワーを浴びだした。


“ゴトッ”


またしても 何かぶつかるような音。

今度こそ聞き間違いではない。


(ちょ ちょっとお なにぃ、、)

泡だらけの頭に勢いよくシャワーをあびると手早く体の水気を拭き、パジャマを身に着ける。

(今の音 どこから聞こえてきたんだろ、、)

浴室にいたので いまひとつ音の出所が把握できない。

“何かでても、、、”

ふいに 先ほどの速水の意味深な言葉がよみがえる。

(これって まさか、、、)

そんなはずはないと思いつつも 変なことばかり想像してしまう。

マヤは脱衣場で 息をひそめてじっとしていた。


“ガタガタッ”


「きゃーっいやーっ!!」

もうマヤは半泣き状態で無意識にあちこち手でさぐっていると、さっき脱いだ服のポケットから飛び出した

携帯に触れた。

(で でんわ、、)


震える指でボタンを押す。


プルプルッ カチャ

「あ、み 水城さんあの、、」

“こちらは留守番電話サービス、、”

「えーっえーっどーしよ どーしよ あっ」


マヤはとっさに速水の番号を呼び出していた、、。




「もしもし ちびちゃ、、」

「速水さんっ速水さんっ あ あの 何かが、、 」

マヤの声が震えている。

「!!どうしたんだっ マヤッ 今どこだっ!」

「どこって、、」


プッ ツーツーツー


ガタンッ

速水は勢いよく立ち上がると 一万円札を無造作にテーブルの上に置いて外へ飛び出した。

しかし、駐車してあった車のドアに手をかけたところで自分が酒を飲んでいることを思い出す。

「チッ」

速水は 舌打ちすると上着をひっつかんだまま走り出した。

幸い、マヤのマンションからたいして離れていない。



(マヤに いったい何が、、)




ガンガンガンッ


玄関のドアを激しく叩く音がした。

「きゃーっ」

ビクッとしてマヤは頭を両腕で抱え込んだ。

「マヤッ マヤッ」

かすかに自分を呼ぶ声がする。

(!!、、速水さん!?)

マヤは恐る恐る立ち上がり 玄関へと向かった。

「マヤッ いるのかっ、返事をしろっ!」

「はっ はいっ」

「マヤッ 大丈夫かっ!?早く開けるんだ!」

マヤは微かに震える指先で カチャンと鍵をはずした。


バタンッ!


勢いよくドアが開いたと思うと 速水が飛び込んできた。

「きゃっ」

「マヤっ大丈夫かっ 怪我はないかっ?」

「え・・・だ、大丈夫ですけど あ あの、、」

マヤの無事な姿を見て安心した速水は 思わずマヤを抱きしめた。

(えっ、、)

「、、よかった、、きみが、、、無事で、、、」

全力で走ってきたため はぁはぁと肩で息をしながらもよりいっそうマヤを抱く腕に力をこめた、、。


マヤは一瞬さっきまでの恐怖も忘れてしまった。

速水さん、、に 抱きしめられてる、、?

あれ、、この感じ、、たしか どこかで、、

「あ、、、あの 速水  さん、?」

マヤの声に我に返った速水はあわてて体を離した。

「あっ あぁ すまない、、。ところで いったいどうしたんだ? さっきの電話は、、」

「あ あの ですね、なんかいるみたいで、」

(?)

速水はゆっくりと部屋の中を見渡した。


・・・が 誰かいるような気配はない。


その時


“ガタガタ”


「ほっほらあっ!!」

マヤはぎゅっと速水のシャツを握りしめた。

ドキンッ

「あ、、あぁ 、、、よし 俺が様子を見てくるから きみはここで待ってろ。」

「えっ ヤダッ置いてかないでくださいよぉ。」

結局 ふたりでソロソロとリビングへと向かった、、、、。


“ガタッゴトッ”


どうやら リビングのソファの後ろあたりから その音は聞こえるようだ。

そっとのぞくと そこには、、、、、

リボンのかかった箱や 紙袋が数個積まれている。


「? なんだ これは?」


“ガタッゴトッ”


その中の少し大きめの箱がわずかに揺れて音を発しているらしい。

(これって、、、もしかして)

「そういえば 水城さんが ファンの方からプレゼントが届いてるとか言ってたような、、、」

そうつぶやきながら おそるおそるその箱のリボンをほどいて蓋をあけてみる。


すると・・・・


中からでてきたのは 今話題の犬型ロボット!

積まれていた箱の上からずれ落ちたはずみでスイッチが入ってしまったのだろう、箱の中でシッポや

足をジタバタさせている。


「、、あ あれ、、はははは、、、」

「、、、、はははって、、きみなぁ、、」

ふたりはしばし無言でそのロボットを見つめていた、、、、、。




「どーも お騒がせしてすみませんでしたっ!」

マヤはペコリと頭をさげた。

どうにもかっこうがつかない。

なんとかその場をごまかそうと そそくさと缶コーヒーを差し出すマヤ。

「まったく 人騒がせな子だな、まぁ きみのおかげでいい運動になったがな。」

見ると、速水のシャツは汗にぬれ、さらにはマヤにしがみつかれたせいでしわくちゃになっていた。

「ほんとーに ゴメンナサイ、」

マヤは小さくなって俯いた。


速水は速水で 落ち着いてくると、湯上りでパジャマ姿のマヤとこうしているのがなんとも気恥ずかしくなり、

そんな気持ちを悟られまいとつい憎まれ口をきいてしまう。

「それにしても きみ、案外こわがりなんだな。

ふだん 勢いよく俺につっかかってくるから てっきりこわいもの知らずだと思ってたんだがな。」

「そ そうじゃないけど さっき 速水さんがヘンなこというから、、そーよ! これは半分は速水さんのせい

なんですからねっ。」

と 急にマヤが反撃に転じる。


「ん?俺がなにか言ったか?」

「だって さもなにか出るようなこといってたじゃないですか!」

「そうだったか? しかし随分想像力が豊かなんだな きみは。」

「ふんっ ばかにしてっ!女優は想像力も大事なんですよーだ!」

「プッ ちがいない。」

そういうと速水は 楽しそうに笑った。



「じゃあ 俺はこれで失礼するよ。」

「、、、え、もう帰っちゃうんですか?」

「ん?なんだ まだこわいのか?」

もじもじとうつむくマヤはなんともいじらしい。


「フッ、、いくらチビちゃんでも ここに泊めてもらうわけにもいかんだろう。」

「だっだれも そんな事いってないじゃないですかっ!ただ、、」

自分でもわからない。

でもなぜだか まだ離れがたい気持ちが自分の中にある。

なぜだろう、、、

そう、さっき抱きしめられたときに感じた、懐かしさも気にかかっていた。


「そ そういえば速水さん お車はどうしたんですか?」

なにかしゃべらなくては とマヤは口を開いた。

「あぁ この近くで飲んでたものでね、そこへ置いてきた。」

「えっ 大丈夫なんですか?」

「まぁ 今夜はタクシーでも呼んで 明日 誰かに取りに行ってもらうさ。」

「あたしのせいで、、いろいろホントにすみませんでした、、、、」

「ほんとに きみには振り回されっぱなしだよ。」

速水はクックッと笑いをもらした。

(、、へんなの、、いつもなら速水さんにからかわれたらイライラするのに 今夜はなんだか速水さんと

こうしているのも 悪くないなぁ なんてね、、)


「ちょっと 失礼するよ。」

と言うと 速水はベランダへと向かった。

「? どうしたんですか?」

「あぁ ちょっと一服させてもらおうと思ってね。」

「あ どうぞここで吸ってくれていいですよ!」

「、、だが、、」

「いえ ほんとに!それに外はまだ寒いから、、、速水さん、汗かいちゃってるから体を冷やすとカゼひいちゃい

ます。」

「フッ、、それでカゼをひいたら きみは“鬼の霍乱”なんて言うんだろうな。」

「もー 人がせっかく心配してあげてるのにっ!じゃ どうぞご勝手に!」

「ははは すまんすまん、じゃあ お言葉に甘えて、、」

そう言うと速水は リビングに腰掛けてタバコを取り出すとカチッとライターで火をつけた。


その一連の姿に 思わず見とれてしまう。

(ほんと 速水さんて かっこいいんだ、、)

「ん?なんだ チビちゃん、 やっぱりタバコはまずかったか?」

速水に声をかけられ ハッとわれに返ったマヤはブンブンと首を左右にふった。

「え いえ ぜんぜん平気ですから、速水さん 気にしないでください!あ そうだ 灰皿、、っていってもうちに

あるわけないか、、、」

「あぁ いいよ、これで。」

そう言うと 速水は飲み終わった缶コーヒーの缶に 灰をおとした。

そんな なんでもない仕草まで様になる速水に マヤはどうにも胸が騒ぐのを止められない。

(ちょっと アタシったらどうしたのよ、相手はアノ速水さんなのよっ!?いつもあたしのこと からかって 

ばかにして、、)

そう思いながらも 速水から視線をはずすことができない。

(そういえばさっき抱きしめられた時、どうして懐かしいように感じたんだろ?どこかで似たような、、、アッ!)


・・・マヤはあることを思い出し、呆然とする。

そして、おそるおそる口を開いた。


「あの、、速水さん。」

「ん なんだ?」

「あの  あたし さっき 速水さんに抱きしめられた時、あれって思ったんですけど、、、」

「あ あぁ さっきはすまなかった、驚かせて、、」

「いえ そうじゃなくて なんていうか、以前にも似たようなことがあったような、、」

「え?」

マヤは 意を決して続けた。


「前に あたし 軽井沢の別荘で、、、」

(!!マヤ、、、、 まさか)

「紫の薔薇の人に 同じように抱きしめられたことがあって、、、っていうかその時あたし目隠ししてたから 

お顔はわからないんですけど、、」

マヤは ぽつぽつと言葉をつなげる。

「なんだか あの時の感覚とさっきの、、」


突然 速水は大声で笑い出した。

「はっはっはっ、、それはおもしろい! きみの大事なファンに俺が似ているとは光栄だな。」

「速水さ、、、」

「もっとも 俺はこう見えても結構忙しい身だからな、その人のようにチビちゃんのことばかり 構っては

いられんがね。」

そういうと 笑いながら吸いかけのタバコを缶にねじこんだ。

「そ そりゃ そうでしょうよ!なんてったって冷血仕事虫ですものねっ!!」

「そういうことだ、、、。」

そうつぶやいた速水の横顔はどこか寂しげだった。


(そうよ  ね、そんなはずないわよね。あたしったらばかなこと いっちゃった、、、、、。)

マヤはほっとしたような がっかりしたような なんとも複雑な心境だったが、速水が 何事もなかったかの

ように他愛ない話を続けてくるので 結局、彼につられて今日の撮影所での出来事などをしゃべり、少し

気まずくなっていた雰囲気はいつのまにか消えていくのだった。



「、、、?チビちゃん?」

急にマヤが静かになったので不思議に思い、顔をのぞくとなんとマヤはテーブルにヒジをついたまま、今にも

夢の入り口にさしかかろうとしていた。

・・・と 見ているうちにぐらっとテーブルにつっぷし、スースーと寝息をたてだした。

(おやおや、、フッ、、ほんとにまだ子供だな、、。)

「チビちゃん、こんなところで寝ると風邪ひくぞ。」

速水はそっと声をかけたが マヤはまったく反応せず、あいかわらず気持ちよさそうな吐息をたてている。

「しょうがないな、、」

速水はそうつぶやくと マヤの体をそっと抱き上げた。

「う〜ん、、、」

マヤは 軽く身をよじると ぴったりと速水の胸に頬をよせた。

どきんっ

「チビちゃ、、」

速水は マヤの顔を覗き込み、 じっと見つめたが 彼女は目覚める気配もない。

どきん どきん

速水は高鳴る鼓動をつとめて意識しないようにしながらマヤを寝室まで運ぶと そっとベッドに横たわらせた。


どきん どきん

静かな寝室に マヤの吐息と自分の鼓動だけが響いている、、ふいに 数日前の社長室での水城の言葉が

速水の脳裏に蘇る。

“あの子を愛してらっしゃるのね。”“あの子を、、、”

(ばかなっ この俺が誰かを愛するなど、、、!しかもこの子はまだこんなにも子供じゃないか!)

そう言い聞かせるが、 今 この瞬間にも説明のつかない感情に支配されそうな自分がいるのを否定

しきれない。


(俺はいったいどうしてしまったんだ、、、)

早くこの訳のわからない感情から逃れたいと思いながらも 眠るマヤのそばを離れられないでいた、、、。





どのくらいそうしていただろう、気がつくとさっきまでの激しい鼓動はなりを潜め、代わりになんとも穏やかな

感情に包まれている自分がいた。

(不思議だな、、、彼女を見ているとなぜか心が安らぐ、、、、)


しかし いつまでもこうしているわけにもいかない。


速水は 静かに寝室を出ると、マンションを後にした。






「こんな時間に すまなかったな。」

後部座席に座りながら 速水は声をかけた。

結局、深夜近くになってしまったので 速水は聖を呼んだのだった。

「いえ、、」

「今日はまいった、そそっかしい女優にふり回されっぱなしだったよ。まったく 子供のおもりも楽じゃないな。」

クスッ、、思わず聖は笑みを漏らした。

「なんだ? なにか言いたげだな。」

「いえ、、ただ、、、」

「、、ただ?」

「真澄さまが このような行動をとられるのはめずらしいことですので 少々驚きました。」

それに あなたがいつも商品扱いする女優のことを そのように楽しげにお話になるのも、、と心の中で

付け加えた。

(その少女は あなたの心の枷を解くなにかを持っているのかもしれませんね、、、、)

そうであってほしいと 聖はまだ見ぬ少女を思う。

「あぁ、、、俺自身が一番驚いてるよ。」

と 速水は苦笑しながら タバコに火をつける。

携帯から聞こえたマヤのおびえたような声、それを聞いた瞬間、後先考えず一心にかけつけた自分。

普段、冷静沈着と自他ともに認める速水にはありえないことだといっていいだろう。

なにかが速水を突き動かした、それがなんなのか、、、

「ふっ くだらん、、、、」

「は、、」

聖はバックミラー越しにちらと速水を見る。


「いや、なんでもない。」

速水は タバコの先から立ち昇る煙を少しうとましそうに、軽く睨んだ。





おわり




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