*これは表にある「トラブルメーカー1」の続きになっています*








トラブルメーカー2
 〜地下編〜







赤々と光を差し込む夕日の存在が消えかかろうとしていた頃、スーツの胸元の携帯は密かに

着信を知らせていた。


真澄は慌しく手にしていた書類をサイドに追い遣り、すぐさま それを取り出す。



…画面を見れば、それが聖からであることはすぐに分かった。


(何か情報を得たのであろうか…)


真澄は逸る気持ちを抑えつつ、一呼吸を置いてから冷静な面持ちで通話ボタンに手をかけた…。



「俺だ…」


「真澄さま・・・わたくしです。遅くなって申し訳ありません!」


「…例の件の続報だな。…何か分かったことはあったか・・・?」

聖の声色を確認しながら静かに前髪をかきあげ、言葉を放つ真澄。



「はい…実は先ほど、店主の居場所を突き止めることができまして、話を伺って参りました」


受話器の向こうの彼の言葉を耳に入れた真澄は期待を高め、思わず身を乗り出していた。



「・・・そうか!それはご苦労だった。で・・・どうなんだ?早い話は・・・」


「はい、ご心配は無用です。服用してから24時間ほどで効果は切れ、徐々に元に戻るということ

でございます」


「…24時間で!?…それは確かか…?」


真澄は あからさまに腑に落ちないという表情をしながらも言葉を返す。24時間ということは、マヤの

証言からすると今夜には戻れるということになるが…。


「はい、さようでございます。多少の誤差はあるかもしれませんが、ほぼ一日で元通りの体に戻れる

とのことです」


真澄は自信のある聖の口調に ようやく胸を撫で下ろす。 それが確実とあれば、仕事にも支障は

なく、何事もなかったように事態を切り抜けることができるであろう。


「そうか…安心した。とにかく時間が解決するのを待つしかないということだな…」


「はい、そのようでございます…」



「それにしても、なぜ今まで問題にならなかったのだ?手にしたのはマヤだけではないのだろう?」

彼の言葉に頷きながらも真澄はふとした疑問を口にしていた。そんな不思議な効力を発揮する薬が

簡単に手に入るということは、噂のひとつでも広まるに違いないからだ…。


ところが聖はあらかじめ質問される出あろうことを予期していたのか、迷うことなく説明を加えていた。


「…はい…実はあの薬ですが…よほど純真な心をお持ちの方にしか効果がなく、また、服用した人の

年齢や体内のバランスとも複雑に関係があるようでして、いわば未完成品のようなものだとか…。

それに実際に口にする人もほとんど存在せず、ただ飾り物として買っていかれるだけのようです…」


「…要するにマヤは珍しいケースということだな…」


「さようでございます…」


真澄は額に手をあてがい、軽く目を伏せて頷いた。 

そう言われてみればそうであろう。雑貨屋で手に入れた怪しげなものを平気で飲み干すなど、普通に

考えたら滅多にやらない行為である。 マヤのような子以外は…。


「とにかく助かったよ。…ご苦労だった」

真澄はようやくすべてを納得し、聖にねぎらいの言葉をかけた。


「いいえ、真澄さま…こんな時間になってしまい申し訳ございませんでした。失礼致します…」


「ありがとう…」



真澄は電源をオフにするとチェアから身を降り立たせ、ゆっくりと窓辺に向かった。


ブラインドを軽く押し上げてビルの下の世界を覗き込むと、混雑した車のライトが作り出す光の

群れが目立ち始めていたが、それは彼にとっては見慣れたありきたりの風景であり、とくに印象にも

残りはしないものだった。


彼は ふいに大きな息を吐き出し、今までのしかかっていた岩が取り除かれたように気持ちが軽く

なっていることを実感した。

朝からずっとこの件で頭を悩ませ、仕事にも身が入らずにいたのだから当然ではある。


(それにしても、そんな薬が簡単に効いてしまうなど…いかにもあの子らしいな…)


真澄は今朝 抱きしめた幼い彼女を思い出し、複雑な感情を抱えながらフッと苦笑してみる。


(まるで昔のあの子のようだったな…。俺の事を大嫌いだと言い放っていた頃の…)

真澄は遠い目をしながらも忘れていた胸の痛みをチクリと感じ、首を振った。


今ではすっかり大人になり、そして自分のものになったマヤ。しかし、あの頃の彼女にしてみれば、

こんな未来などとても想像すらできなかったことであろう…。そしてそれは過去の自分にも…。


憎まれていると知りながら、気持ちを止めることができずに感情を押し殺していた過去の日々。

どうせ手の届かぬものであれば、恨まれ続けるのであるなら、欲望のままに奪ってしまいたいという

気持ちが全くなかったかと問われれば答えようがない…。

もしも他の男に取られてしまっていたら、自分は何をやらかすか分からないとさえ思っていた…。


真澄は苦い過去を握りつぶすかのようにして拳に力を込め、自分をまっすぐに見つめている彼女の

姿を思い浮かべる。



…なぜだか、無性にマヤに会いたい気持ちが溢れ出していた。


そして、それと同時に、今朝の不安そうな彼女の表情が思い出される。


(マヤ…)


次の瞬間、彼は再び携帯に手をかけていた。


さぞかし、張本人の彼女は自分以上に不安でいるに違いないであろう、と思った。

こんなときに一日中そばにいてやれなかった自分を悔やんでしまって仕方がない。

彼女にはできる限りの事はしてやりたいと思っているにも関わらず、どうしても仕事のせいで待たせて

しまったり、二人で長い時間を共にすることも難しい今日この頃…。


(…とにかく安心させてやらないとな…。…俺も今日は早く帰宅するか…)


彼女を思うだけで頬が緩まりそうに感じた…。




…ところが…




Trrrrrr…Trrrrrr…

Trrrrrr…Trrrrrr…


いくつものコールが同じ間隔で鳴り続けた為、真澄は眉を寄せながら顔をしかめてしまった。


(…何をしているんだ…?)


彼女が電話に出る気配は全く感じられない。

苛立ちを感じた真澄はプツリとオフボタンに指をかけ、軽く唇を噛む。


今朝、”なるべく外出は控えるように” と念を押してきたつもりであるから、どこかに外出しているとは

考えにくいのだが…。


真澄は首を傾げ、怪訝な表情を浮かべながらも今度はマンションへと電話をかけることにした。



Trrrrrr…Trrrrrr…

Trrrrrr…Trrrrrr…


……こちらも長いコールが鳴り続くばかりである。


しかも留守番電話に切り替わることすらなく、ただ延々と続くコールが真澄の苛立ちを加速させる。


彼はふと マヤがいつもフラリと出かける際、留守電をセットしないということが多々あることを思い出し

ていた。


(アイツ…やっぱりどこかに出かけたんじゃないだろうな…)


怒りを露にしながら携帯電話を乱暴に閉じ、仕事用の書類を手にしてみる。

しかし、それは全く頭に入ってこず、無意識にタバコを手にした真澄は動きを止めた。


…今度は、”彼女の身に新たに何かが起こったではないか”という不安が沸きはじめていたのだ。


(まさか…な…)

気を落ち着かせようと息を呑んだものの、彼の胸は大きくざわめいた。


最近は物騒な事件も多い…。ただでさえ危なっかしいマヤのことだから、余計に心配は膨らんで

しまう…。 

だいたい、携帯電話さえも繋がらないというのがおかしいではないか…。


「………」


真澄は次の瞬間、急ぎの書類だけをすべてブリーフケースに詰め込み始めていた。

この先、ここで彼女の心配をしたままであれば、とても仕事がはかどるとは思えないからだ…。



…と、そこにノックの音が響く。


コンコン…


「真澄さま、コーヒーをお持ちしましたが…」

ガチャリとドアが開かれ、水城が顔を出し、あら、という表情で真澄の手元を確認する。


「あら…真澄さま…お急ぎの用事でも?」


「ああ、すまないが急用だ…。必ずこの書類は明日まで目を通して回答する。後のことは頼む」


「え、ええ…かしこまりました…」

真澄はすでに上着を手にした状態であり、水城はとてもそれを阻止するのは不可能だと察知したらしい。


「では、失礼…」


真澄は怪訝そうに様子を窺う彼女を振り返ることもできず、ただそれだけ告げると大都芸能を後にする

ことになった。













「まったく!!どこに行ったんだ、あのバカ娘!!」


真澄は大急ぎでマンションの部屋に到着していたが、彼女の気配のない部屋で思わず声を上げて

しまった。



マヤはここにはいなかった。

鍵こそキッチリかけられていたものの、やはり室内にマヤの姿はなく、冷め切ったココアがカップに

半分ほど残されており、それは短時間の外出でないことを示していた。


辺りはガランと静まり返り、そこら中にあらゆるものが散らばっている。 それは片付けの苦手な彼女

にはよくある事なので見慣れた光景とも言えるのだが…。

ただ、クローゼットの扉は派手に開けっ放しになっており、マヤが着替えて外に出たということに間違い

はなさそうだった。


(どこにも行くなと言ってあったはずだ…!)


真澄は転がっているクッションをソファへと投げつけ、行き場所のない怒りを押し込めようとする。


…食料の調達にでも行ったのであろうか?

…自分の忠告を破ってまで出かけなければいけない用事でもあったのであろうか?


しかし、真澄にはそんな用事の見当すらつかない。 そもそも携帯電話すら繋がらないということが

頭にくる。…もう先ほどから何度も何度もコールをしているというのに。


真澄はマヤが散らかし放題にしたものを手早く片付けながら胸のむかつきを覚える。

季節のせいもあり、外の冷え込みと暗闇は不安をも煽っていくばかり…。


普段から彼女は真澄の忠告に耳を傾けず、思い立ったら後先のことを考えず行動するということが

余りにも多く、計画的に動く彼にしてみれば全く理解しがたいところであった。そして、何度同じ事を

怒られても分からないのだから本当に手がかかる。


しかも、今回ばかりはいつもの彼女よりも更に不安な要素を抱えているのだ…。

真澄は胃を痛めながら彼女の居場所をあれこれと想像し、頭を悩ませていく。


(とにかくもう一度携帯に電話してみるか…。それでもダメなら探しに行くしかないな…)


…真澄がそう決意し、携帯を取り出そうとした瞬間だった。


ガチャリ…


玄関で小さな金属音が響き渡った…。



(あいつ……)


彼はものすごい形相で玄関へと向かう。

そしてすぐさま、ドアを開けたマヤと鉢合わせする状況になった。


「マヤっ!!!!」


「うわぁぁっ!!は、速水さんっ!!!」



(!!!!!!!!)


「な、なにをしているんだ!君は!!」



真澄は目の前にいるマヤの姿に呆然として息を呑む。




彼女は・・・高校時代の制服を身にまとい、怯えたような表情でそこに立ち尽くしていたのだ…。




「は、速水さんっ!こんなに早く帰ってくるなんて思わなかった!…どうしたの…?」


「どうしたもこうしたも…携帯にも出ないし、ここにもいないようだから慌てて帰ってきたんだ。それなのに

そんな格好で一体君は何を考えているんだ…」

真澄はそれでも怒りの感情が湧き出るのを抑えつつ、言葉を返したつもりであった。


「あ、あの…ご、ごめんなさい!!あたし…せっかく体が高校生みたいになったし顔も若返ったから、

ちょっと制服に着替えてみたりなんかして…」


(なんだって!!!)


「バカッ!!それなら部屋の中だけでファッションショーでもしてればいいだろう!?わざわざ外に

行ったりして!!一体、何を考えているんだ!!」


「だって暇だったんだもん・・・。ほら、三つ編みも♪これは変装のつもり♪ でもね、映画館に行ったら

ちゃーんと高校生料金で入れたの!それどころか、隣の席のオバさんに”中学生じゃないの?”とか

言われちゃった!セーラー服だったら中学生で通しちゃったのになぁ〜。まあいいか〜エヘヘ…」


「なんっ!!!」


真澄はとうとう、沸きあがる怒りのピークを感じていた。自分がこれほどまで心配し、胃を痛めながら

仕事をしていたにも関わらず、当の本人は呑気に映画を見てくるなんて!!


…そして、彼は更に怒りに火が注がれるようなものを目にしてしまう。

マヤの手に大事そうに抱えられている映画のパンフレット…。

そこに映るのは、あの里美茂の姿…!


「その映画…」


「あっ…」


真澄の視線に気付いたのか、マヤは慌てて言葉を追加した。


「あ、これ…里美くんが出てるから見たわけじゃないの…ほんと…。たまたま上映時間をチェックしたら

始まる寸前だったから…。  けど…すごくいい映画だったわ…」


「……」


マヤは真澄の強張る表情にも気付かず、うっとりと目を閉じて映画の世界にトリップしてしまった。


「ラストシーンでね、彼が別れを告げるの。”次の世代で生まれ変わったら地球上のどこにいても

君を探し出してみせる…約束だよ” って…。泣いちゃったわ…あたし…。あんな悲しい映画だとは

思わなくて。終わったあともしばらく席でぼんやりとしてて。  あ、それでね、携帯…映画館に入る

前にマナーモードにしたままだぁ…忘れてた…」


「………」


マヤは映画や舞台の感想を語るとき、まるで目の前にいる人の存在を忘れているかのように、夢心地

でこんな表情をする。 さらに、悪気はないのかもしれないが、この里美という存在は真澄のムカつきを

高める要因でしかない。


…何も分かっていない、と真澄は拳を握り締めた。


自分がどれほどマヤの身を心配していたことか。

こんなに迷惑をかけておきながら、彼女はスクリーンに映る里美をじっと見つめ続けていたのであろうか。


まるで里美に恋をし、ヤツと恋人同士であった頃のマヤがここにいるような錯覚を覚えた。

遠い過去の傷が浮かび上がり、真澄の怒りに追い討ちをかけていく…。



(ふざけるな……)


真澄の中でプツリと何かが切れた瞬間だった。


「いい加減にしろ!どれだけ心配したと思っているんだ!」


真澄はもたれていた壁に向かって拳を強く殴りつけていた。

マヤはハッと驚いた顔つきで上目遣いをするように彼を見上げる。

普段なら、この甘えたような目つきをされたら、なんとなく許してしまうパターンが多い。…しかし、今日

ばかりはそうもいかない…。


「だ、だからその…ごめんなさい…」


真澄はマヤの腕をぐいっと強く掴みあげると、思いきり自分の方へと体を向けさせていた。


「痛いっ…」


「こっちへ来い…」


「……速水…さん…?」




「今夜中に君の体を元に戻してやる。少し荒治療だ…覚悟しろ…」


真澄の冷ややかな低い声だけがその場の空気を震わせていた。










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送