〜written by ひいらぎ〜
春特有のぼんやり霞んだ、だがよく晴れたうららかで暖かな空。 季節は寒かった冬から暖かな春にうつり、草木が芽吹くように、人の心も躍り始めるこの時期、 進級や入学、仕事納めのドタバタや年度末特有の転属・転勤・・・と、世間はウキウキ感とともに 賑わい慌ただしい・・・はずなのだが。 オフィス街のこの公園は、そんな喧噪からは置いてけぼりを食ったように人気がなく静かだった。 まるで俺のようだ。どんなに賑やかで華やかな場所にいても、一人だけポツンと取り残されたような 孤独感。本当の俺は、いつも独りぼっちで寂しい。世間は春へ向かっているというのに、自分だけ 真冬の中にいつまでも取り残されたまま・・・。
義父が鬱陶しかったり、婚約者である紫織さんからの受けたくもない電話が取り次がれるのを避けた かったから・・・。 けれど、ふと気がつくと、考えていたのは仕事のことではなくマヤのこと・・・。
迫ってくる。こんな気持ちのまま結婚など到底無理だ。破綻は目に見えている。俺の人生、どこで選択 を誤ったんだ・・・。)
来てみたが、普段なら静かでいいと思える状況も、今日はなんだか、寂しくて仕方がない・・・どうなって しまったのだろう、そして、どうなってしまうのだろう、俺は。
人生の選択を誤る前に戻っても(どこで誤ったかは定かでないが)、今の状況が変わるとはあまり思え ない(そんなことあり得ないからな、)が、ついそんな言葉が口をついて出た。
「ねえ、おじさんったらっ!」
ている。
・・・か?)
「あのぅ、ごめんなさい・・・・。」 と、小さな声で、いかにもすまなさそうにしょんぼりとした顔でその少女が言うから、 「いや、いいんだ。確かに君から見れば、おじさんだよな。」 と、つい認めてしまった。
いる本音の俺が反発した。
ならないことなんて、大人になってもいっぱいあるさ、むしろ増えるくらいだよ。」
俺は・・・もう決まった一本の道の上しか歩けない。それ以外の道はないんだ。」
事を押し通そうとした。 しかし、彼女も負けてはいなかった。
それは大人でも一緒なんじゃないの? 今の道が嫌なら、違う道、自分で切り開けばいいんだわ。」
ならないんだと、ついムッとした口調で言ってしまったが、 「私は、とにかく早く大人になりたい・・・弟と二人っきりだから。子どもだけじゃどうにも出来ないことが 多すぎるもん・・・。」 と、少し下を向いて沈み加減ではあるが真剣な顔をしてそう言う少女の顔を見たら、不愉快な思いは どこかへ吹き飛んで、少女の様子が気になった。
「あのねっ、・・・」 『二人っきりってどういう意味だ?』と聞こうとしたら、同時に話しかけられ、続きを言うのを遮られて しまった。
今度は優しく言葉を返すと、少女は嬉しそうにニコッと笑うと続きを話し始めた。
そう言ったかと思うと、目の前に小さな小瓶をつきだした。
そう言いながら、ちょっと強引に俺の手を取り、瓶の中身を少し掌の上にザラザラッと出した。
少女の勢いに押されて、言われるがままに受け取りながら尋ねた。
たくさん食べちゃダメ。それから、絶対独りでいるときに食べてね。」
怪訝な顔をして掌の上にある二色の小さなキャンディー見つめ、少女の方へもう一度顔を向けた時、 その少女は 「じゃあねっ。」 とにっこり微笑みながら、走り去っていった。
俺は、しばらく呆然と少女が走り去った方を見つめたままだった。
置き場に困ったあのキャンディーは、丁度ポケットの中にあった小さな胃薬の空き瓶(悩みの多い俺に 胃薬は必需品だ)の中へとりあえず入れて机の引き出しの中へ一旦しまいはしたが、あれから何度も 見つめ直した。 というよりも、気がつくと、無意識のうちに引き出しを開けて見つめていた。 仕事は一向に捗っていない。大丈夫か、俺は? 何も起こりはしないと解っているのに、何を悩んでいるのだろう。
どっちにしたって、そんなことがあるわけないじゃないか。)
なんて・・・。)
そして、本当だった時の事を怖れているのか? )
から。)
目をつぶった。 一瞬、体中の血がざわつき、脈が上がった・・・ような気がした。
どこも変わりはないように見えた。
悩んでいたのが、バカらしくなってきた。
椅子から立ち上がり、クローゼットからコートを取り出し、ふと鏡を見た。
ひげを剃ったり、などに鏡は覗いているが、しげしげと顔自体を見つめたりはしない。身だしなみ確認 程度だ。それでも毎日最低一度は見るのだから、ぼやっとした残像程度の姿は記憶に残っている。 でもその顔とは明らかに違って見える・・・気がした。
なんてどうかしてるぞ、いつもの俺だ・・・よな?)
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