年下 1

〜written by ひいらぎ〜







ある日、俺は公園のベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。

春特有のぼんやり霞んだ、だがよく晴れたうららかで暖かな空。

季節は寒かった冬から暖かな春にうつり、草木が芽吹くように、人の心も躍り始めるこの時期、

進級や入学、仕事納めのドタバタや年度末特有の転属・転勤・・・と、世間はウキウキ感とともに

賑わい慌ただしい・・・はずなのだが。

オフィス街のこの公園は、そんな喧噪からは置いてけぼりを食ったように人気がなく静かだった。

まるで俺のようだ。どんなに賑やかで華やかな場所にいても、一人だけポツンと取り残されたような

孤独感。本当の俺は、いつも独りぼっちで寂しい。世間は春へ向かっているというのに、自分だけ

真冬の中にいつまでも取り残されたまま・・・。


今日は日曜日・・・。なのに、会社へ来て急ぐ必要のない仕事をせっせとこなしていた。家にいても、

義父が鬱陶しかったり、婚約者である紫織さんからの受けたくもない電話が取り次がれるのを避けた

かったから・・・。

けれど、ふと気がつくと、考えていたのは仕事のことではなくマヤのこと・・・。


(もうすぐ試演の日だ。稽古は進んでいるだろうか、紅天女・・・。)


(叶わぬ恋、それは俺の秘めたる思い・・・。こうしているうちにも、紫織さんとの結婚式の日が刻々と

迫ってくる。こんな気持ちのまま結婚など到底無理だ。破綻は目に見えている。俺の人生、どこで選択

を誤ったんだ・・・。)


そんなことがぐるぐると頭の中を渦巻き、仕事は一向に捗らず、気分転換でもするより他ないと公園へ

来てみたが、普段なら静かでいいと思える状況も、今日はなんだか、寂しくて仕方がない・・・どうなって

しまったのだろう、そして、どうなってしまうのだろう、俺は。


(今ここへ、マヤが現れたら嬉しいんだがな、ふっ、そんなわけないか・・・。)


自嘲気味にため息をつくと、手を組んで大きく伸びをした。


「あ〜〜〜っ、ふうっ。子どもの頃に戻れたらなあ・・・。」

人生の選択を誤る前に戻っても(どこで誤ったかは定かでないが)、今の状況が変わるとはあまり思え

ない(そんなことあり得ないからな、)が、ついそんな言葉が口をついて出た。


「おじさん、子どもになりたいの?」

「ねえ、おじさんったらっ!」


声のした方を見ると、キラキラッと大きな目の、好奇心一杯の顔をした小さな少女がこっちを向いて立っ

ている。


「おじさんって、俺のことか?」


「他に誰がいるの?」


確かに、回りには俺の他におじさんと呼ばれそうな人どころか、少女と自分以外には誰もいない。


「おじさん・・・はないだろ?」


「じゃあ、なんて呼べばいいの? お兄さん?」


(お兄さん・・・この子から見たら、俺は『お兄さん』ではもはや無理があるのか?となるとやはりおじさん

・・・か?)


眉間に皺を寄せて、つい真剣に考え込んでいると、

「あのぅ、ごめんなさい・・・・。」

と、小さな声で、いかにもすまなさそうにしょんぼりとした顔でその少女が言うから、

「いや、いいんだ。確かに君から見れば、おじさんだよな。」

と、つい認めてしまった。


少し、気を取り直したのだろうか、少女はまた話しかけてくる。


「どうして子どもになりたいの? 大人なら、したいこと何でも出来るでしょ?」


『なんでもできる。』その言葉に、自分個人に関わる不本意な状況を、望み通りに変えられないで

いる本音の俺が反発した。


「君ぐらいの時にはそう思ってたこともあったかな。でも、実際はそうでもない。自分の思い通りに

ならないことなんて、大人になってもいっぱいあるさ、むしろ増えるくらいだよ。」


「そうかなぁ? 子どもじゃ出来ないことの方が多いと思うけどな〜。」


「でも、選択肢はたくさんあるだろ、君ならこれからの努力次第で、どんな大人にもなれるじゃないか。

俺は・・・もう決まった一本の道の上しか歩けない。それ以外の道はないんだ。」


彼女が『今現在』の話をしていることは判っていたが、最初の反発心からつい子供相手に言いたい

事を押し通そうとした。

しかし、彼女も負けてはいなかった。


「そんなの・・・分かんないよ、学校の先生はね、自分の道は自分で切り開くモノだって言ってたよ、

それは大人でも一緒なんじゃないの? 今の道が嫌なら、違う道、自分で切り開けばいいんだわ。」


「随分解ったようなこと言うんだな。確かにそうできれば、苦労しないよ。」


大人げないとは判っていても、痛いところを突かれて、なんでこんな小さな子にそんな事言われなきゃ

ならないんだと、ついムッとした口調で言ってしまったが、

「私は、とにかく早く大人になりたい・・・弟と二人っきりだから。子どもだけじゃどうにも出来ないことが

多すぎるもん・・・。」

と、少し下を向いて沈み加減ではあるが真剣な顔をしてそう言う少女の顔を見たら、不愉快な思いは

どこかへ吹き飛んで、少女の様子が気になった。


「どうして・・・」

「あのねっ、・・・」

『二人っきりってどういう意味だ?』と聞こうとしたら、同時に話しかけられ、続きを言うのを遮られて

しまった。


「ごめんなさい・・・。」


「いや、こちらこそ。なんだい、続きをどうぞ。」

今度は優しく言葉を返すと、少女は嬉しそうにニコッと笑うと続きを話し始めた。


「子どもになりたいんだよね、おじ、お兄さん・・・じゃあ、これあげる!!」

そう言ったかと思うと、目の前に小さな小瓶をつきだした。


「ほら、手を出して。大事に食べてね。」

そう言いながら、ちょっと強引に俺の手を取り、瓶の中身を少し掌の上にザラザラッと出した。


「・・・これは?」

少女の勢いに押されて、言われるがままに受け取りながら尋ねた。


「キャンディーよ、幸せのキャンディー。青い方は小さくなれるの、赤い方は大きく。だから、一度に

たくさん食べちゃダメ。それから、絶対独りでいるときに食べてね。」


「はぁ???」

怪訝な顔をして掌の上にある二色の小さなキャンディー見つめ、少女の方へもう一度顔を向けた時、

その少女は

「じゃあねっ。」

とにっこり微笑みながら、走り去っていった。


「ちょ、ちょっと待っ・・・・・。」


訳がわからない・・・。

俺は、しばらく呆然と少女が走り去った方を見つめたままだった。













その夜・・・


社長室で、少女に貰ったキャンディーを見つめて、俺は真剣に悩んでいた。

置き場に困ったあのキャンディーは、丁度ポケットの中にあった小さな胃薬の空き瓶(悩みの多い俺に

胃薬は必需品だ)の中へとりあえず入れて机の引き出しの中へ一旦しまいはしたが、あれから何度も

見つめ直した。

というよりも、気がつくと、無意識のうちに引き出しを開けて見つめていた。

仕事は一向に捗っていない。大丈夫か、俺は?

何も起こりはしないと解っているのに、何を悩んでいるのだろう。


(小さくなるって、若返るという事か? それとも、単にサイズが小さくなるのか?はっ、ばかばかしい、

どっちにしたって、そんなことがあるわけないじゃないか。)


(・・・何故だろう、あの少女の話がこんなに気になるのは。どうかしているぞ、あんな話を真に受ける

なんて・・・。)


(あり得ないと判っていると言いながら、もしかしたら本当かも知れないと心の底では思っているのか? 

そして、本当だった時の事を怖れているのか? )


(食べてみればいいんだ、そうすればスッキリするじゃないか、丁度ここには俺以外誰もいないんだ

から。)


真剣に悩んだ末、そんな結論に達した俺は、青いキャンディーを見つめ、一粒つまむと口へ放り込み、

目をつぶった。

一瞬、体中の血がざわつき、脈が上がった・・・ような気がした。


そっと目を開けてみる。自分の手のひらを見つめる。

どこも変わりはないように見えた。


「何ともなさそうだな。当然か、そうだよな、くっくっくっ・・・。」

悩んでいたのが、バカらしくなってきた。


時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。


「そろそろ帰るか・・・。」

椅子から立ち上がり、クローゼットからコートを取り出し、ふと鏡を見た。


(・・・。俺の顔、こんなだったか?)

ひげを剃ったり、などに鏡は覗いているが、しげしげと顔自体を見つめたりはしない。身だしなみ確認

程度だ。それでも毎日最低一度は見るのだから、ぼやっとした残像程度の姿は記憶に残っている。

でもその顔とは明らかに違って見える・・・気がした。


(気持ち、顔が丸いような・・・目つきも多少若い感じか?いや、あんな少女の言った事を真に受ける

なんてどうかしてるぞ、いつもの俺だ・・・よな?)


鏡の前で自分の顔を見つめること数分・・・。


(とにかく家へ帰ろう、続きはそれからだ。)



俺は、コートを手早く着込むと、社長室を後にした。










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