年下 2

〜written by ひいらぎ〜






「ただいま。」


「お帰りな・・さい・・ませ・・・。」


出迎えた爺の様子がおかしい。


(今、微かに首をかしげたぞ・・・。すぐに目を伏せたものの、俺を見た瞬間の目は、明らかに変な物を

見たと語っていた。やはり、俺が普段と違うと感じたのは気のせいじゃなかったのか?!)

にわかに動揺する気持ちを抑える為、気付かれないように深呼吸すると、普段通りに話した・・・・つもり

だった。


だが。


「食事はいい、(うっ!)へ、部屋へは誰も近づけないように。」

そう言った声までもが、もはや自分の普段の声とは違って聞こえた。

脈が上がってきた。とにかく、一人になりたい。


自分の部屋へ一目散に駆け込むと、中から鍵をかけ、やっと少し落ち着いて、フゥッとため息が漏れた。

まず、シャワーでも浴びて、それからゆっくり考えようと、シャワールームへ足を向けながら、服のボタン

に手をかける、そしてベルト・・・


(ウエスト回りが少しごそごそしてるじゃないか。朝はこんな事なかったぞ。・・・若い頃と比べたら−別に

今だって贅肉が付いている訳じゃないが−少し体型が変わっているのか・・・いや、そう言えば夕食を取っ

てなかったな、きっとそのせいだろ、はははっ、焦ったぞ・・・本当にそうか?)


何をしようとしても思考は一点に戻ってきてしまう。

とにかく、早々にシャワーを浴びて出てくると、あのキャンディーの入った小瓶を取り出し見つめながら、

ソファーにドサッと深く沈み込むように座った。


(やっぱり青いの・・・一粒食べたら変わった気がする・・・、若くなったような・・・この上もう一粒食べたら

どうなるんだ?)

もはや、思考はその一点に集中していた・・・。



小一時間も経っただろうか・・

結論は、簡単だった。


(食べてみれば判ることだ。きっともう少し若返る。)


容易に想像できた。でも、あくまでも想像だ。そんなことが実際に起きるとはとうてい考えられない。

こんな小さな青いキャンディー一つで、現代の科学ではそんなことは不可能だ!!

なのに、どうして、こんな結論に行き当たってしまうのだろう?


(今の自分を見れば当然だろ? 爺の様子も明らかに変だったじゃないか・・・。)


心の中に、俺の問いに答えるもう一人の自分がいた。

ああっ!!もう、気が変になりそうだ。この状況から脱するにはもう一度試すしかない。


(少女は確か『赤いキャンディーは大きく・・・』と言った。それは、加齢するということか?ならば、若返って

しまっても、赤いキャンディーを同量食べれば元に戻るんじゃないのか?あれ? どっかで聞いたような話

だぞ・・・・・・まるで『手○治虫のメ○モちゃん』じゃないか!!)


もう、眠気も手伝って思考はぐしゃぐしゃだった。


(どうにでもなれっ!!)


半ばやけくその想いで、青いキャンディーを一粒食べて目をつぶった・・・・。


「うっ!!」


体が・・・熱い・・・!!


心臓の鼓動が速く・・・




・・・・・・・治まったか?


そっと目を開けた。天井が見える。いつもと同じ・・・・・じゃない?!

がばっと起きあがろうにもソファーに体が沈んでしまって簡単に起きあがれない。足で反動をつけてよっと

立ち上がる。

天井が、いつもより高い!!

慌てて姿見の方へ走ろうとすると、膝下まできていたバスローブの裾が足にからみついてバランスを

失った。咄嗟に猫のように体を丸めてくるっと転がり、体を強打するのは避けられたが、自分の軽い身

のこなしに驚く。

ふらふらと立ち上がると、長いバスローブの下で下着がずりおちた。


(確認するまでもない、間違いなく、小さくなってる!)


そう頭で判っていても、鏡を覗かずにはいられない。

そして、やっとの思いで鏡の前に立つと、そこにはどう見ても小〜中学生頃の自分がこちらを見て立って

いた。











次の日・・・。


俺は、まず、秘書課へメールを打った。


『急に酷い風邪を引いたようだ。喉の痛みが酷く、話せない。発熱あり。すまないが今日は休む。』


有無を言わせぬ欠勤届だ。

次に、聖にメールを打った。


『緊急の用件だ。身長150cm前後、11〜12才男児用の洋服と下着等一揃えと、靴は23〜23.5cm

ぐらいのものを全て二人分買って家まで来てくれ。部屋へ来るときは使用人達を近づけないように。』


(・・・聖は何だと思うだろうな。)


そんなことを考えながら、送信ボタンを押した。


更に。紙を一枚取りだし、さらさらと書く。

『喉が酷く痛み、声が出ないので、欠勤する。会社には連絡済み。寝直すから起こすな。後で聖が

来るのでそのときはすぐに部屋へ通すように。食事の心配不要。部屋の周りでうるさくするな。』


そして、慎重に部屋の扉をちょっと開け、その隙間から周りに人気がないことを確認すると、素早く

扉へその紙を貼り付けた。


(これでよし。後は、聖が来るのを待つだけだ。)


俺は、いたずらっ子のようにニヤッと笑った。





11時頃、やっと聖はやって来た。

いや、正確にはもう少し早かったが、下で ばあやにでも捕まったようだ。なかなか上へ上がってこない。

誰かが、聖について部屋まで来るのではないかと心配になってくる。



コンコン・・・


「真澄様、聖です。」


「・・・」


「真澄様?」


俺は、扉の下から紙を一枚差し出した。


『一人だろうな?』

聖はすぐ、それに気付き答えた。


「はい、私だけでございます。」


カチッ・・・


扉の鍵を解き、部屋の中から扉を少し開くと聖は、要領を得たようにスッと入ってきた。そして、俺は、すぐ

に扉に鍵をかけた。


聖は部屋にはいると扉の前にいた俺の顔を見て、ぎょっとしたような顔を一瞬したが、すぐに顔から視線を

はずし、少し考える風な仕草をしながらポーカーフェイスを取り戻し

「真澄様、どちらですか?」

と、本来の俺の姿を探しはじめた。


見つかりっこない。目の前にいるのが俺なんだから。

俺は何も言わず聖の腕を掴むと、訝しげな眼差しを向ける聖の手を取ると奥の寝室へと引っ張っていった。


寝室へ入り扉を閉めると俺は聖の方へ向き直って言った。


「聖、俺が真澄だ。頼んだ子供服二人分はちゃんと持ってきたか?」

そう言った声が、まるっきり声変わり前の子どもの声で、そんな自分の声に改めて面食らい、思わず口へ

手をやったが、目の前にいる聖はただただ状況が飲み込めず固まったままだ。

当たり前か。

この、身の丈に全然合ってないバスローブをまとっただけの姿もかなり異様に見えるだろう。


「・・・真澄様に頼まれた品はここに。しかし、君は誰?『俺が真澄だ』って? そんな冗談どうやって信じろ

と?」

聖が冷静に話そうとしつつ、警戒し、かつ動揺しているのが判る。


俺は聖の手から、半ば強引に紙袋を取ると、中身がそろっているかを確認しながら、昨日からの出来事を

手短に要点をかいつまんで説明した。













「そんな事・・・・信じられない。君が、いや、貴方が真澄様だなんて。」

聖はまだ疑っている・・・当然だ。


「話を聞いただけで信じろと言うのも無理な話だとは思う。だから・・・」

俺はそう言いながら、例の小瓶をバスローブのポケットから取り出すと、青い方のキャンディーを二粒取り

出し、聖に差し出した。


「これを飲め。百聞は一見にしかず、だ。」


小学生風情の俺に命令されても、言うことを聞いてくれるか、かなり不安だったが、聖はいぶかしげに俺と

手のひらの上のキャンディーをしばらく見つめていたが、飲まぬ事には話が進まないと結論づけたのだろう、

俺の手から二粒のキャンディーを受け取ると口に入れ、続けて渡したグラスの水で一息に飲み込んだ。


「うっっ!!」


聖は目をつぶり左胸の辺りに手を当てるとその場にうずくまった。


一方俺は、聖が小さくなる一部始終を目の当たりにして、改めて息が止まる思いだった。

しばらくして、聖は立ち上がろうとしたが、早速大きくなった服(正確には聖が小さくなったのだが)に動作

を阻まれた上に驚きも手伝って、ふらっとよろめいた。


「しばらく座っていたほうがいいぞ。」

そう言いながら、俺は聖を支え、そばのソファーへ座らせた。


あまりの驚きに、目を見開いて呆然としている聖。


「聖、おいっ、しっかりしろ!」

俺は、頬を軽くペシペシッと叩きながら何度か呼びかけた。


しばらくして、聖はぼんやりと見つめ返してきた。そして、視線を下に向け、自分の手を見ようと、手を動かし

ていた。聖に見えたのは、長いカッターシャツとジャケットの袖にすっぽり覆われた、指先さえ見えていない

哀れな手だった。

袖をたぐって袖口から手を出すと、明らかに小さな子どもの手が出てきた。

聖はしばらくその手を見つめていたが、やがて大きくため息をつくと、

「夢・・じゃ・・ないんですね。では、あなたは・・・仰るとおり、真澄様なのですね?」

と、力無い声で言い、俺は黙ってうなずいた。












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