トラブルメーカー 3








「マヤ…まだ食べるつもりか?」


夕食の後片付けを終えるなり、マヤがリビングに例の新製品の菓子を持ち込んできた為、真澄は呆れ

ながらにそう問いかけた。


…さすがに1kgの松阪牛は食べきれなかったのだが、確実にマヤは真澄の3倍は平らげたはずである。


「だって…お菓子食べるために夕飯、控えめにしておいたんだもん…」


「………」

(あれだけ食べて控えめだったのか…)


真澄は返す言葉も見つからなかったが、それでもまあ、自分が調理した夕飯をしっかりと食べ、そして

彼女の為にと買ってきた菓子を喜んでもらえたのだからいいか、と自分に言い聞かせる事にした。



「あ、そうだ!今日は見たいドラマもあったんだ〜♪後でテレビ見ながら食べることにしよっと。今のうち

にお風呂に入ろっかなぁ…」


「…ああ、そうなのか…?」

真澄はソファにもたれ、足組みと同時に大きく伸びをしながら経済誌を手にする。


そしてマヤは風呂に入る準備をしつつスリッパの音をパタパタと響かせ、ふいに真澄の近くで足を止めた。



「ねえ、速水さん…」


「…なんだ?」



「一緒に入る…?お風呂…」


「!!!!!!!!!!」


真澄は雑誌を取り落としそうになり、息を呑んだ。


(一緒に風呂って…な、何を言うんだ?この子は!!)


真澄は焦る思考をかき消そうと必死で目を泳がせた。


…考えてみれば、確かに昨日までのマヤとなら問題のない行為である…。

しかし、今の状態のマヤが相手となると…それは…。


「マヤ……」


「やだァ…もしかして、照れてるの?背中流してあげようと思ったのに…お・と・う・さ・んっ!!」


「なっ!!!!!」


おどけた口調のマヤに対し、真澄はカッとして言葉を取り繕った。


「くだらんっ!!…俺は後でゆっくり一人で入る…!」


「はァーーい。じゃあ、お先にィ〜」


マヤがバタンと大きな音を立ててドアを閉め、バスルームへと消えていく姿を目で追う真澄。


(まったく!あの子は!!)


真澄は次々と雑誌のページを捲り、それが全く頭に入らないことに気付くと机の上に放り投げ、大きく

息をついた。


部屋は静まり返っており、時折マヤが使っているシャワーの音が微かに耳へと届く。

どうしたことか、胸の中のモヤモヤした思いの行き場所が見つからない。


(……)


…いつものマヤに会いたくてたまらない気持ちが湧き出してくる。


こんなことさえ起こらなければ…と思う自分がいて、当たり前のように彼女とベッドで肌を合わせた昨晩を

を恨めしくも思う…。

今のマヤは、自分にとって何もかもが中途半端すぎているようだ。

あの、少女と大人の中間を行き来するかのような表情が戸惑いを呼びおこすのだ。


前向きに考えてしまえば、一度は20歳を超えたマヤであることに違いないのだから、今までと変わり

なく接しても問題はないはず。

…そんなことは頭では分かっているのだが、どうしても出会った頃の彼女のイメージが重なってしまう。

まるで、タイムマシンに乗り、少女時代のマヤがやってきたかのような…。もしくは、未来の娘がふいに

やってきたかのような不思議な感覚…。


昨晩、自分の背中に強く手を回し、怪しげな腰つきで肌を合わせてきたマヤは、今はいないのだ。

それを自覚した瞬間…真澄は遠い眼をして首を振った。


(それにしても、”おとうさん”はないだろう…)


唇を軽く噛み、肩を落としながらそんなことぼんやりと思う。


しかし、もしもこの状況がしばらく続くことになるとしたら、マヤの冗談につきあい、割り切って娘だとでも思い

込んでしまったほうがまだ楽になれるかもしれない…。




真澄は苦い顔をして目を閉じる。


夜は長い…。











(聖からの連絡は…なかったか…)


真澄はシャワーを追え、スーツの上着のポケットから取り出した携帯をチェックし、それを閉じると静かに

リビングへと戻ってきた。


時計はまもなく十時。

彼はソファーに腰掛けると、真剣な表情でテレビを見ている彼女の横顔を目で追った。


いつもと同じように彼のパジャマの上だけを羽織っているのだが、その大きすぎるサイズは彼女の肩から

幾度も滑り落ちそうな状況になり、危なっかしい…。

しかし、当本人のマヤはドラマに夢中で全く気もつかず、気を抜いて素足をダラリと披露させるという

呑気ぶりだった…。

そして更に真澄は、時折露出する彼女の首筋の下部や太ももの一部に、昨夜自分が付けたと思われ

る紅色の痕がある事に気付き、思わず目を見張る…。

ふと、いつものマヤと抱き合った記憶を この幼い顔と重ね合わせてしまったのだ。


(だめだ…考えてはだめだ…)


まるで拷問としか思えない…。

いっそ、もっと小さな子供になってしまったのであれば、諦めもついて父親役でも何でもやってやれる

であろう。

けれど、今のこのマヤは、手が届きそうにも関わらず触れてはならないもののようである。


このままこの状況が続いたら、自分はどうなってしまうのか保証はない…。



真澄が額を押さえながら溜息をついた瞬間、マヤはハッとした表情で彼に視線を向けた。


「あたし眠くなっちゃった…」

マヤは いきなりあくびをするなり、ポツリと呟く。


「なんだ、もう眠いのか?今日はどこにも出かけていないから寝付けるかどうか心配だなんて言って

いなかったか?」


真澄は手にしていた雑誌を手前のテーブルにパサリと投げ捨てる。


「うん…でも、もう寝ちゃうことにする。…速水さんは?」


「ああ、俺は…まだ起きているよ…」


いくらなんでもまだ眠くはない。 と言うより、考えなければならない事も山ほどあるし、何よりもマヤと

一緒に寝室に向かうという状況はとてもまずいように思えてしまう。


真澄はマヤの顔を見ないようにして、からかう口調で告げた。


「おやすみ…子供は寝る時間だ…」


マヤの膨れっ面は目に浮かぶようだった…。


…ところが、何も言葉を返してこないのを真澄は不審に思う…。


(マヤ…?)


彼が何気に視線を向けた時、明らかに悲しい表情を浮かべたマヤは静かに言葉を放った。


「いつもなら一緒にベッドに入るのに…?」


「………」


真澄は心を見透かされているのかとドキリとしてしまう。


「マヤ、それは…」


「やっぱり、お子様体型になっちゃったあたしには、女の魅力もないもんね…胸もぺっちゃんこだしね」


「なっ…」


意外な彼女の発言に耳を疑う真澄。

そんなはずがないではないか…!逆に自分はこれほど欲望を抑えるのを必死になっているというのに。


「マヤ…!」


真澄が低い声を出したにも関わらず、マヤは涙をいっぱい溜めながら言葉を続けていく。


「ねえ、あたしがまた元の体に戻れるまで、速水さんは待っててくれる?何年かかってもまた、待ってて

くれる?」


…切羽詰ったマヤの声は真澄の顔つきを厳しいものへと変えた。


「何を言うんだ…?必ずなんとかするって言っただろう…」


「なんとかならなかったら、の話…。あたし、元に戻るまで普通に5年も6年もかかるかもしれないよ…」


「…それなら待つさ。俺にとって何も問題ない時間だ…」

マヤが捲くし立てるのと同じように真澄も勢いで言葉を返した。


「じゃあ、もしもこのままだったら?あたし、ずーーっとこのまま時が止まったみたいに成長しなかったら

どうする?ううん…それよりも…もっともっと、どんどん若返って子供になっちゃったら…」


「マヤ!」


…真澄は、目の前で小さな体を震わせている彼女を力いっぱいに抱きしめていた。 いつもマヤの愛用

しているシャンプーの香りがふわりと広がる。


「…それならそれで仕方がないだろう…?そんな事で俺が君を見捨てるとでも思うのか?」

真澄はマヤの黒髪をすくい上げ、なだめるように言葉をかける。 小さな体は胸の中にすっぽりと納まり、

とても頼りない存在のように思えてくる。

とても大切な、壊すことなどできない、ガラス細工のように…。


「…速水さん…あたしね、ずっと気にしていたの。…速水さんよりも11歳も年下だってこと。だから、

もしもこの薬で速水さんがちょっと若くなって、あたしが無理して大人っぽい服を着て…そうして歩いた

らお似合いのカップルに見えるかなぁ…って。そんな期待、してたの…」

マヤは震える唇から言葉を繋げていた。


真澄はマヤの精一杯の気持ちを胸に響かせ、目を閉じる。 

胸が痛んだ…。

自分も同じだから…。いつも彼女を子供扱いしつつも、本当は自分自身が一番年齢差を気にしていた

のだから…。


「マヤ。大丈夫だ。きっと何か解決法がある。それに…たとえどんな状況になったって、俺は構わない。

君が君である限り、気持ちは変わらない…約束する…」


「速水さん…」

マヤは真澄の胸元のパジャマを小さな手でギュッと掴み続けているようだ。


「まあ、最後の手段としては、俺も同じ薬を飲むだけさ。若い恋人のお陰で見違えるように若返ったって

マスコミも大騒ぎだ…そうすればプラスマイナスゼロだ…結局は年の差は縮まらないけどな…」


それを聞いたマヤは不安げな表情を一変させ、僅かな笑みをこぼした。


「やっぱり、俺ももう寝ることにする…だが…今日は、ゆっくりと眠ろう」


「ん…」


「明日は必ず、聖が何かを掴んで報告してくれる」


「うん…」





真澄はマヤを静かに誘導し、寝室へと向かった。

サイドテーブルに置かれたほのかなランプの光だけに包まれた部屋で、二人はゆっくりとベッドに潜り込み、

互いの顔を近づける。


いつもなら、キスを合図にすぐさま肌を重ねあっていた。

だからこそ、こんなふうにゆっくりと向き合い、微笑みあうことは久しぶりな気がしてならない。

逆に照れくさい気もして、真澄はマヤの黒髪をいじり、目を合わせないようにして自分の胸元へと強く引き

寄せていく。



「ねえ、速水さん」


「ん?」


「ごめんね…いつもトラブルばっかり持ち込んで…」

毛布を深くかぶったマヤは、ふいに申し訳なさそうに声をくぐもらせ、呟いた。


「全くだ…」

真澄が呆れた口調でため息をつくと、ガバリと毛布から顔を出すマヤ。


「ホントは怒ってる?」


「…クックックッ…怒ってないさ。呆れているだけとも言うかな…」


「もうっ!!」

マヤの膨らました頬を、真澄は親指と人差し指でそっと掴み、そしてすぐに離した。 こんな肌の感触は、

以前のマヤとまるで変わりはない。無意識のうちにそれを指で確認していたのだろうか。


真澄はゆっくりと唇を開く。


「退屈しない…君といると…。俺が幸せを実感する瞬間は、いつも君といるとき限定かな…」


「速水さん…」

真澄はおもむろにマヤの手をとり、自らの額を彼女の額に押し付ける。 上目遣いをしているマヤの大きな

目がキラキラと暗闇で輝いていて、真澄はそのガラス玉のような瞳に問いかけるように言葉を出す。


「今日は君が寝るまで責任持って見届けることにした。…君が早く寝てくれないと俺も寝れない。だから

早く寝てくれ…」


「…えっ…」


真澄の真剣な顔とセリフのギャップにぷっと軽く吹き出したマヤは、ゆっくりと目を閉じた。


「じゃあ、そうする。きっとすぐに眠れると思う…」


「おやすみ…マヤ…」


「おやすみなさい…」



真澄は体勢を壊さないように手を伸ばし、ランプの明かりを一段階落とした。





やがて小さな寝息は闇の中に規則正しく響き始めると、軽く体を動かして仰向けになり、幼い顔つきで硬く

目を閉じているマヤの顔に、しばし真澄の心は奪われてしまう。



(愛している…マヤ…)



彼は、マヤの長いまつげを見つめながら前髪を軽く掻き分けてやる。



そして、おもむろに顔を近づけると、そっと彼女の唇に自分の唇を寄せた。













「速水さん!速水さんっ!!起きて!!!!」


(……ここは……)


見覚えのある天井が目につき、マヤの声を遠い意識の中で感じた真澄は目を開き始める。


(マヤ……)



「ねえ、速水さん!!戻ったの!戻ってるの!体が!!」


「・・・・なんだって?」

真澄は彼女のその言葉を受け、昨日の記憶を猛スピードで思い起こし、勢い良く飛び上がった。


(マヤ!!!!)


…目の前には、いつものマヤの姿がアップで映し出されていた。


「よかったよおお!寝ている間に元に戻ってたみたいなの!」


(……なんてことだ……)


真澄は体中の気が抜けたような感覚を覚え、朝っぱらからため息をつき、マヤに対して上から下まで舐める

ようにジロジロと視線を向けてしまう。


たった一日ぶりなのに、なんだか懐かしさも感じてしまうのは何故であろう…。そして、それと同時に、あの

幼いマヤの姿がどこにもないという事実は心の隙間に寂しさを呼び起こしてしまうのだが…。


「とにかく…よかったじゃないか…」


「ごめんなさい!心配かけちゃって。あ、朝ごはん今作るねっ!パンと目玉焼きくらいしか出来ないけど!」


マヤは、昨夜あれほどシリアスな顔で悩みを抱えていたとは思えぬほどの笑顔を振りまき、キッチンへと

向かっていった。


「やれやれ…」

真澄は前髪をかき上げながら呟き、何だか意味もなく笑いが込み上げてしまうのを止められずにいた。

昨日、あれこれと振り回された経緯を一から思い出してしまったのだ。


確実に聖からの報告もあるであろうが、あの薬は多分、24時間ほどで切れる代物なのだろう。

だいたい、そんな不思議な効能のある薬がこの世にあるなどというほうが信じがたく、今考えると夢でも

見ていたかのように感じてしまう…。


(ひょっとしたら、マヤのように純真な子にしか効かないようにできているのかもしれないな…)

そんな結論が脳裏に浮かんでいた。


「速水さーん!早く顔を洗ってきてね!」


「ああ、今行く…」


何はともあれ、問題が解決してよかった…。

真澄は思いきり背伸びをすると、朝の新鮮な空気を吸い込み、肩の荷を降ろしたようなすがすがしい気持

ちになる。


(そうだ、聖に連絡をしておかないとな…)


真澄は携帯を手にし、ボタンに手をかけた。



「キャーーーーーー!!!」


…と、いきなりマヤの叫び声が響き渡り、真澄はビクッと体を動かした。



「マヤ!!どうした!?」


「冷蔵庫開けたらタマゴが降ってきた〜!!!!うわーーん、びっくりした〜〜〜」



(おいおいおい…朝っぱらから…俺が用意した方がやっぱり早そうだ…)


真澄は携帯を放り投げ、キッチンへと急ぐことになってしまった。



全く、落ち着く時間など皆無に近い。


(この子といる限り、俺の人生はトラブルだらけに違いない…)




心の中でそう呆れながらもフッと苦笑する真澄の顔は、この世の誰よりも幸せで満ち溢れていた。










 


―後日談―


問題解決を知らず、ヘトヘトになるまで走り回っていたのに真澄に「すまなかった」の一言ですべてを

終わらされた聖は思った。

(あの二人がいる限り、わたくしの人生はトラブルだらけに違いない…トホホホホ…)







おわり




××××

最後まで読んでくださってありがとうございました♪ 本当はもっと長くして、あれこれとエピソードを組み

込んでいく話にしてもいいかなあ、と思いつつ…どうもこういう中途半端なコメディ(お笑いではないもの)

は苦手らしく、早々と終わらせてしまいました(時間もなかったし)。単に、若返ったマヤちゃんにちょっと

タジタジしちゃう社長が書きたかっただけでして。。。


で、番外編として、こういう地味な展開はおもしろくない、と思う人の為に別の展開を用意しましてね。

…それはそれで問題アリかなあ、と思うのですが。。。どうでしょう?

許されると思われる方は、地下バージョンもお楽しみ下さい☆苦情は言わないでね。後日公開いた

します☆☆☆ ありがとうございました!





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