トラブルメーカー2






聖からの連絡はないまま、夕方を迎えようとしていた。



すっかりと日も落ちてしまい、そのせいか 置き去りにしてきたマヤの事が心配になり、真澄は仕事の

手を止めてしまう。



(大丈夫だろうか…)



重要な会議やら会食に追われていた一日だった。

”何か困ったことがあれば連絡をしてくるだろう”と自分に言い聞かせて仕事に没頭していたものの、

ふっとした瞬間に彼女の事が気がかりでたまらなくなってしまう。


普段なら、よほどの事情がない限り仕事先からマヤに連絡を取るようなことはしないつもりでいた。


けれど今日ばかりは…。


(仕方がない…)


…結局、真澄はあれこれと自分を言いくるめ、書類を脇に置くなり携帯電話を取り出した。



Trrrrrrr……Trrrrrrr……Trrrrrrr…… ピッ


コールが続く間 やたらとイライラとしていた真澄であったが、通話ボタンが押された気配に気付くと

軽く咳払いをした。


「速水さん…?」

着信画面で相手が分かったのであろう、すぐに彼女の甘い声が耳元へと届く。 真澄は緩んでしまい

そうな顔を引き締め、静かに問いかけた。


「マヤ…どうだ?何か変わりはないか…?」


「うん…変わりはないけど、元にも戻れてないよォ…」


「そうか…」


真澄は低い声を静かに吐き出した。

…案外あっさりと問題解決しているのではないか、という淡い期待がもろくも崩れた瞬間だった。


しかし、変わりのない状況ならまだマシである。例えば、時間差で若返りが繰り返され、気付いたら

赤子になっていた…などという可能性もあるという事を考えてもいたのだから。

真澄はバカバカしい心配を繰り返していた自分に呆れつつも現状に安堵の息をつく。


「何か困ったことはないか…?」


「あのね…速水さん…」

マヤが言いづらそうに声を出したので、真澄は一変して眉をひそめた。


「何だ…?」


「お腹すいた…」


「………」


真澄は、あまりにも呑気なマヤの呟きにガックリと肩を落とす。

…が、そう言われてみればマンションには、マヤが簡単に調理して食べれそうなものは置いてなかっ

たことを思い出し、彼は唇に指を押し当てて思考を巡らせた。


実は、マンションを降りて5分ほど歩いたところにコンビニはある。

…そうかと言って、あの状態のマヤを少しでも外出されるのは不安で仕方がない。


「分かった…何か買っていくから、待っていなさい…」


「うん。早く帰ってきてね…」


「ああ…」


真澄は携帯を切ると、今夜の仕事をすべて明日に回すことを決意した。

明日は地獄のような忙しさが続くであろうが、仕方がない…。


どこにも外出できず、マヤはさぞかし不安な一日を過ごしていたであろうと思うと、少しでも早く帰り、

安心させてやりたい気持ちが広がっていた。

今はそっちのほうを優先するべきなのだ…。



(やれやれ…)



…真澄は溜息を吐き出し、渋い顔をするであろう水城に対する言い訳を考えつつ、上着を羽織る。












――都内大手デパート――



(白菜とネギと…エノキ…豆腐もいるな…)


真澄は地下にある食品売り場に入り、カートを押しながらブツブツと呟いていた。



…食品館で買い物をするという行為。

それは別に真澄にとって初めてのことではなかった。

二人の関係が公認になってからマヤと買い物に出ては、食べることが大好きな彼女にねだられて山の

ように買い物をすることは多々あるのだから。


しかし、たった一人で…となると、実は初めてのことだった…。

彼女が一緒であれば何を買っても世間の目を気にすることはなかったはずなのに、いくらデパートとは

言え、大都芸能の速水真澄が一人で食品を調達するなど、あまりに不似合いではないか…。

真澄はそんな事に今更気付いてしまう。

本来ならば聖に頼むところであるが、彼は今回の事件で走り回っているであろう。従って、食料の

調達まで頼むことは諦めたのだ。


(なんてことだ…この俺が…)


真澄は下を向き、なるべく早足で黙々と買い物を続けていくことにした。


本来の予定としては、すぐに食べれるような物を数点だけ買っていくつもりであった。

が、なぜだかマヤと二人で鍋をつつくのもいい…と考え付いてしまい、彼の頭の中は今、スキヤキ

の材料を集めることに集中している。


真澄は高騰中の野菜の値段を気にすることもなく手にし、マツタケも迷わずにカゴに入れた。そして、

肉売り場では”松阪牛を1kg”と注文してみる。店員は驚いて何度も確認し、隣にいた客も驚いて

いるようだったが、真澄はマヤの為なら牛を一頭買っても悔いはないと思っている。

…次に真澄は、無意識のうちに、マヤがいつも食べているプリンもカゴの中へと入れていた。

ついでに彼女の好物のチョコレートも。

そして、思わず目にした新製品らしき菓子までも手にしてしまう始末…。


(喜ぶぞ…マヤのやつ…)


嬉しそうな笑顔で新製品のお菓子を手にする彼を見て、主婦たちが怪訝な顔をして通り過ぎていくが、

すでにそんなことはどうでも良くなっていく…。恋はこうして人を狂わせてしまうのであろうか。



結果的に、いつの間にか彼のカゴの中身は山のようになっていた。


真澄はレジに並び、更にジロジロと付近の主婦に注目されながらカード払いを済ませることになる。


(まあ、マヤの喜ぶ顔を見るためなら仕方がない…)



…真澄は言い訳をしつつも楽しそうな顔つきで そそくさとデパートを後にした。












ずっしりと重い荷物をぶら下げながら、オートロックを解除し、ようやく部屋の前までやってきた。


(…いくらなんでも買いすぎだ…)


自業自得と思いつつ、チャイムを押す真澄。



ピンポーン


普段ならチャイムなど鳴らしたりはしないが、今日は確実にマヤがいると分かっていたので、わざと

鳴らすことにしたのだ。

もちろん、ちゃんと彼女がモニターで確認してから出るかどうか、というチェックも兼ねていたりする。


”はい・・・”

マヤの弱々しい声が聞こえた。


「お届けものです…」


”えっ?宅配ですか?…あれっ?やだ、もう!速水さんじゃないの〜!!”


真澄の顔を確認するなり、マヤは大急ぎでドアを開け放った。


「速水さん!もうっ!イジワル〜!!!」


「ただいま…」


真澄はフッと顔を緩めがらも、しげしげと彼女に視線を送っていた。


いつもよく着ている横縞のセーターを身にまとっている彼女は、一瞬見ただけなら、それほど普段と

変わりなく思えた…。

しかし、やはりよく見ると胸元の膨らみのなさが目立つうえに、どこか体つきが幼く、違和感がある…。


(マヤ…)



「あっ買い物してきてくれたんだ!よかった〜」

真澄が戸惑いを感じている間に、マヤは鋭く彼の手元をチェックしていた。


「ああ、俺は約束を守る男だからな。美味しそうな牛肉もある。寒くなってきたから、スキヤキなんて

どうだ?」


「うわーーい!やった!!嬉しい!!」


自分の置かれた状況も忘れ、ぴょんぴょんと跳ね上がるマヤを見て真澄はため息をついた。


「まったく・・・能天気なヤツめ…」

真澄がマヤの額を軽くパチンと弾くと、彼女は舌を出しておどけ、真澄の手にしている袋の中を覗き

込み、更に飛び上がる。


「うわーー!プリンだ!チョコもあるーー!!速水さん、大好き!」


「大好きなのは俺じゃなくてプリンとチョコだろう…?」


「あーーバレたか。その通りっ!」

マヤはそう叫んだ後、スッと袋からチョコレートを盗んで逃げていった。


「こらこら、お菓子は後にするんだぞ…」



いつも通りにマヤをたしなめた真澄は息をつき、疲れた顔も見せずにキッチンへと向かった。













「いっただきまーーーーーす!!」


卓上の鍋でがグツグツと煮え始め、目を輝かせながら箸を動かすマヤを、真澄は愉快そうに見つめて

いた。


当然、たかがスキヤキとは言え、手際の悪いマヤはアシスタントのみを務め、大方の準備は真澄の

手で進められたのだが…。


「ほら、気をつけないとやけどをするぞ…」


「わふっっ!あ、熱いっ!!お豆腐が…」


「ほらみろ…全く君は…」


「えへへ…」


いつも通りのやり取りに違いなかった。

普段の彼女も何ら変わりないドジっぷりを毎日のように披露し、真澄をヒヤヒヤとさせているのだから。


しかし、マヤは まじまじと真澄を見つめた挙句、突然、意外な言葉を口にした。


「やだあ…なんか速水さん、お父さんみたい…」


「なんっ!!!!」


真澄はグラスにビールを注ぎながら言葉を詰まらせてしまった。



…言われてみればその通りである。30代の男と、中学生ほどにしか見えない女の子。父と娘でも

全くおかしくはない年齢差…。


「あたし、こんなふうに思ったの初めて!なんでだろう…やっぱり若返っちゃったからかなぁ…」


「……」


マヤが少し不安そうに箸を置いたので、真澄は彼女の取り皿にせっせと肉と野菜を運ぶ。


「大丈夫だ…俺が必ずなんとかする…」


真澄の力強い言葉に、マヤはニッコリと笑顔になる。 そして、すぐに置いたばかりの箸を掴み、

手を動かし始めた。


「うん。そうだよね。たくさん食べたら、一気に元に戻るかもしれないし!!このスキヤキ、本当におい

しい!…前に速水さんが連れてってくれた銀座のお店もすごくおいしかったけど、今日のほうがもっと

おいしいよ!」


「…そうか…よかったよ…」


嬉しいセリフを受けながら、真澄はなぜか不思議な気持ちになってしまう。 

なんと表現していいのだろうか…。

恋人のマヤに言われたというより、まるで娘に褒められたかのような感覚だ。


(いかん、俺まで…どうしてしまったんだ…)


真澄は無理やりビールを流し込み、喉を潤した。


そして、目の前の湯気を挟んだ向こう側にいるマヤに対し、いつの間にか何の違和感も持たず、

慣れつつある自分に気付き始める。 

明らかに、恋人としての愛情ではない、何か越えてはいけない壁の向こうにある愛情が芽生えている

ような…。


(いつか娘が生まれたら…こんな気持ちなのかもしれんな…)


ふっとそんな想像を浮かべてしまう真澄。


愛しいマヤと自分との間に生まれた子供なら、さぞかし可愛いに違いないであろう。


…けれどもし、もしも…

そのこんな可愛い娘が、桜小路のようなヘンなヤツに奪われたりでもしたら…。



グシャリ…

突然、真澄がビールの缶を強く握りつぶしたので、マヤは驚いたような目つきで顔を上げた。


「速水さん?どうしたの?」


「あ、いや、なんでもない…」






真澄は朝から使いすぎて疲れきった頭を大きく振り、嫌な思考を追い遣った。









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