バーチャル新婚生活

〜written by つきみ〜
 







「それは本当なのか? 聖」


「えぇ・・・どうもそのようです。」


「まさか・・・。くっ。どうしてそんな事にっ!」

聖からの意外な報告に真澄は大声を上げてしまった。

いつも聖からの報告を聞いている地下駐車場に、真澄の声が響く。


「マヤ様の住んでいらっしゃるアパートが、今回道路拡張に伴って、立ち退きの対象になってしまった

ようです。だいぶ突貫工事の用でして、立ち退きが決まってから2日後の工事開始だったとか。一緒

に住んでらっしゃる青木様はつきかげの地方公演中でして、マヤ様も相談する相手もなく・・・」


「そんな詳しい話はいいっ! マヤがどうして桜小路のマンションに住んでるんだっ!」

淡々と説明をする聖に向かって、真澄の苛立った声がそれをさえぎった。


「真澄様、とにかく落ち着いてください。まだ詳しい確認が取れていませんので、しばらくお待ちいただ

けませんか」


「・・・くそっ」




あまりにも突然の事だった。

桜小路が1人暮らしを始めたというのは聖から報告を受けていたが、なんとそこに3日前からマヤが出

入りしてるというのだ。

紫織との結婚の準備が順調に進んでいる今となっては、マヤの行動を聖に見張るように頼む事も躊躇

われ、ここ数ヶ月はマヤが何をしてるのかも知らないでいた。 

しかし聖は、そんな真澄の気持ちが理解できたので、あえて頼まれていなくてもマヤの行動を見張って

いたのだ。


「まさかとは思うが・・・2人は・・・一緒に住んでいるのか?」

努めて冷静になろうとしてみたものの、握り締めた手のひらにじっとりと汗が滲んでいるのが分かる。


「いえ・・。どうも、桜小路はマヤ様をマンションまで送りつけた後、実家の方に帰っているようです。」


「実家に・・?」


「ええ、真澄様。同棲しているわけでもないようですし・・・」


「当たり前だ! 同棲なんてあってたまるか! これがもしマスコミにばれてみろ。紅天女へも影響して

しまう。」


「いかがいたしましょう、真澄様」


「とりあえず、このまましばらく見張っていてくれ。何かあったらすぐ連絡を頼む。」


「かしこまりました。真澄様。では私はこれで。」


「ああ、頼んだぞ。 聖。」


聖が去った後、自分を落ち着かす為に、タバコに火をつけた。

以前見た、まるで新婚夫婦のようにおそろいのエプロンを着て一緒に台所に立っている2人の写真が

目に浮かぶ。


―――そんなこと、あってたまるか。


このまま桜小路のマンションの前で帰宅してくるマヤを待ちたかったが、今日はどうしてもはずせない

会議が控えている。 聖に見張りを頼んだので、最悪の事態にはならないだろうと自分を説得し、会社

に戻る事にした。










「お疲れさま。」

「お疲れ様でした〜。」


キッドスタジオでは、黒沼組の稽古が終わり、出演者達がそれぞれ帰宅していく。


「マヤちゃん!」


「あ、桜小路くん。 今日も・・・いいの? おうち、使わせてもらって・・・」


「構わないよ。だって帰る場所もないし、マヤちゃんだって不便だろう? 僕は実家もあるし、平気さ。」


「う・・・ん。でも、悪いわ。なんだか。」


「気にしないで。 さ、乗って。 送るよ。」

桜小路はマヤをオートバイの後ろに乗せて、マンションまで走らせた。


アパートが工事による立ち退きで住むところがないマヤは、とりあえず麗が地方公演から戻るまで

キッドスタジオの隅で寝泊りしようと考えていたのだが、桜小路に、「僕は実家に帰るから代わりに

…」と言われ、彼の1人暮らしのマンションを提供してもらっていた。

最初は悪いと思って何度も断わったマヤであるが、黒沼にも「役者は体が資本だ。ちゃんと寝るときは

布団の上のほうがいい」と言われ、桜小路の好意に甘える事になったのだ。



「さぁ、着いたよ。マヤちゃん。」


「あ、ありがとう。 桜小路くん。・・・じゃあ、また明日ね。」


「あぁ、じゃあ明日も迎えに来るよ。 おやすみ、マヤちゃん。」


「・・・うん。おやすみ。桜小路くん。」

桜小路のオートバイの後ろ姿が見えなくなるまでマヤは見送り、そのままマンションに入っていった。


(ふぅ・・・なんだか悪いなぁ。でも麗が帰ってくるまで、まだ1ヶ月近くもあるし・・)

着替えを済ませ、簡単な夕食を食べながら、マヤはこれからの事をどうしようか考えた。


(速水さんに、誤解されたら嫌だな・・・ あ、でもこんな所を見られたって、きっと速水さんはなんとも思

わないよね。 それにチビで子供な私なんて、桜小路くんと一緒に住んでいたとしても、誤解さえされな

いかも・・・)

そんな風に思うと、どんどん悲しくなっていく。


(もうこんな事考えていても仕方ないわ。とりあえず麗が帰ってくるまで、桜小路くんのお部屋を借りるっ

て決めたんだし!ありがたくお世話にならなきゃ。)






その頃、桜小路はオートバイを運転しながら、ラッキーな展開に1人ニヤニヤしていた。


(ふふふ、マヤちゃん。そのうち、なんだかこのままじゃ悪いし、一緒に住もうって言ってくれないかな☆)


(そうしたらあの葉子さんの別荘で過ごした時みたいに、同じエプロンをつけて、マヤちゃんと夕飯を作る

んだ♪ マヤちゃんのスープもいい味だよ・・・なんて言って、マヤちゃんを喜ばせて、そのあと・・・ふふ

ふふ♪) 

などと期待をしていた。ヘルメットで、にやけた顔が隠れていたから良かったものの、もしこれが電車だっ

たら明らかに変態扱いだろう。







聖から逐一報告を受けていた真澄は、マヤと桜小路に進展がないことに安堵する。

でもこのままでいいわけがない。なんとしてでも、マヤを桜小路のマンションから出さなくては・・・。

かといって、自分が住んでいる速水の屋敷に連れて行くわけにもいかない。 理由もないし、第一マヤ

がそれでは納得しないだろう。真澄は屋敷の他にプライベートマンションも持っていたが、そこにマヤを

呼ぶのにも、もっと無理がいる。


会議に出席していても、自宅に帰った時でも、マヤと桜小路が新婚夫婦の様に暮らす姿が浮かんでしま

う。 聖から送られた写真が目に焼きついて離れない。

その繰り返しで、真澄は悩み続けた。


その時ふと、ヘレンの稽古の時、マヤに軽井沢の別荘を提供したことを思い出した。


あの時は紫のバラの人として、マヤに別荘を提供したのだ。 マヤは抵抗なく来てくれた。

この際、理由は何でもよかった。 このまま桜小路のマンションにマヤが暮らしている事が耐えられない

真澄は、紫のバラの人として、自分のプライベートマンションにマヤに住んでもらう事を思いついた。


メッセージカードに 【あなたの住んでいるアパートが、立ち退きで不便な思いをしてらっしゃるとか。よろし

かったら、私のマンションを使ってください。 今は使ってないマンションなので、どうぞあなたの好きなよう

に使ってください】 そう書いて、紫のバラの花を1輪添えて聖に託し、マヤに届けさせた。




久しぶりに聖に呼び出されたマヤは、嬉しくて駆け足で待ち合わせ場所まで向かった。

そこで聖から貰ったカードを見たマヤは、

「いいんですか・・・? 本当に? 紫のバラの人は、本当にこのカードを書いてくださったんですか?」

と言葉を出す。


「えぇ。あの方はマヤさまがお困りになっている様子を知り、ご自分のマンションを使って頂きたいと申し

出ております。 遠慮は無用ですよ、マヤ様。」


「そうですか・・・。紫のバラの人が・・・。 分かりました。そうさせて頂きます。」


マヤは嬉しかった。 紫織に夢中になって忘れられていると思っていたし、今でも変わらず優しくしてくれ

る事が嬉しかった。

それに、何より、自分がまだ真澄と繋がっている事が嬉しかったのだ。


早速桜小路にマンションのお礼を言い、その日のうちに真澄のプライベートマンションに向かった。


桜小路はせめてマヤが住んでいた名残を大事にしたくて、慌ててマンションに帰ってみるが、マヤが使っ

たと思われるベッドのシーツやスリッパなどが、みんな新品と交換されていた。

それはすべて影の男・聖がこの数時間の間に、桜小路のマンションに忍び込んでマヤの使ったものをあっ

と言う間に片付けたのだ。 (もちろん、その品々は真澄のコレクションに加わる事になるのだが・・・。)


「は・・う」 


唖然とする桜小路だった。












聖から貰った住所を頼りに、マヤは真澄のマンションを訪ねた。

大通りから1本奥に入ったところにあるこのマンションは、15階建ての重厚なつくりだった。

観葉植物や応接セットが置かれた豪華なエントランスを抜けて、教えられた暗証番号のボタンを押す。

静かにマンションの自動ドアが解除された。


(ここ・・? 随分立派なマンション。 速水さん、こんな所に住んでるんだ・・・)


真澄の知らない私生活の部分を知り、マヤの胸は自然と高鳴った。

最上階の一番奥の部屋。 電子キーを入れて、部屋にそっと入る。

大理石の玄関の上でマヤは靴を脱ぎ、リビングへと向かった。

桜小路のマンションも、普段狭いアパート暮らしのマヤには広く感じたが、真澄のマンションは、リビング

だけで桜小路のマンションの2倍はありそうだ。

すっきりと片付いていて生活観を何も感じなかったが、それでもこれも真澄らしいような気がした。

真澄に守られているようで、マヤは嬉しくなる。







「そうか。分かった。聖、ありがとう」

聖からマヤが自分の所有するマンションに移った事を聞いて、安心する真澄。


(ふっ・・ちびちゃんが俺のマンションにいるのか。出来る事なら、一緒に暮らしたいものだ。お揃いのエプ

ロンを着けて料理したり、ソファで転寝してしまったマヤに毛布をそっと掛けてやったり・・・。あぁ、そうなっ

たらどんなにいいか・・・)


脳内でマヤと自分が同棲している生活を思い描き、今度は違う意味で仕事が手につかなくなる真澄だっ

た。


仕事の後、そっと自分のマンションの下まで様子を見に行き、部屋の明かりがついていることを確認する

と、まるでマヤが自分の帰りを待っていてくれるかのように嬉しくなった。


このまま、いっそのこと・・・。


(ただいま、マヤ・・・)

(お帰りなさい、速水さん。 あの・・・下手くそだけど、晩御飯作ってみたの・・。)

(食べられる物かな? ちびちゃん・・)

(もう! 嫌味虫なんだから!)

(晩御飯を食べたあとは、お風呂に一緒にどうだ?)

(もう! 速水さんのエッチ! ・・・でも、私も速水さんの背中、流してあげようかな。ちょっぴり恥かしい

けど。)



―――たまらんな。ふふふ。


(そうだ、紫のバラの人として、マヤに色々生活用品を用意しておこう。パジャマもいいな。俺が屋敷で使

っているパジャマと同じ柄だ。歯ブラシも俺と色違いで揃えるのもいいな。まるで、新婚夫婦のようだな)

などと、真澄の妄想は加熱する一方であった。・・・。







真澄はマヤとお揃いの物を屋敷で使用し、あれこれと妄想で楽しい日々が過ぎていくが、そうこうしている

うちに麗が地方公演から戻ってくることになった。

そして、麗はテキパキと新しいアパートを見つけ、マヤと一緒に住み始めた。



・・・マンションの鍵は、丁寧なお礼と共に、聖を通して真澄に返された。

・・・こうして妄想だけのマヤとの新婚ごっこは終わったのだ・・・。




鍵を受け取った後、しばらく喪失感が抜けなかった真澄だが、マヤが使用した布団、その他生活用品は

すべて真澄のコレクションとして保管され、抜き忘れた浴槽のお湯もガラス瓶に入れられ、大切に保管さ

れるのであった・・・。









おしまい







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