悪い虫
〜written by solo〜
「ねぇ・・・速水さん、こんな旅行もいいね・・・・」
「そうだな・・・君とのんびりこんなことが出来るチャンスもめったにないから・・・・」
「キャ!」
「フッ 悪くないだろ」・・・・・
あれから数週間が過ぎた。
呼び出された真澄は何ともいえない表情のマヤを見て愕然とする。
そこには ついこの間まで感じていた親密さのかけらもない・・・昔 ゲジゲジ扱いされていた頃に散々目にした 一つの事を確信し思いつめたマヤがいた。
つい現実をごまかしたくて軽く呼びかける
「チビちゃん 一体どうしたって言うんだ?」
「速水さん・・・・・・・事情は聞かないであたしと別れてください」
真澄の顔から血の気が引いた。
「な・・・・・!!!!どうしたんだ?何があったんだ?お互いに言いたい事はきちんと伝える約束だろう?」
「だから 事情は聞かないで別れてくださいってば・・・・・」
「イヤだ!俺は君と別れるつもりなんかない」
「速水さんにそのつもりはなくったって あたしにはあるんだから!!!!」
「別れる理由ぐらい説明しろ、でなければ断る」
「イヤだ・・・・あたしの事で苦しむ速水さんなんか見たくないんだから・・・どうしても見たくないんだから・・・・・絶対にイヤなんだから・・・・・」
オイオイと泣き崩れるマヤを前に真澄は呆然としながら ただただマヤを抱きしめて髪を撫で付けてやるしかなかった。
何がどうなったらこうなるのか 全く見当もつかない。
この間まであれほど上手く行っていたじゃないか・・・
しばらくするとヒステリックに泣き続けたマヤは憑き物が落ちたように落ち着きを取り戻した。
「マヤ 最初からきちんと説明してくれないか?一体どうして俺と別れるなんて言い出したんだ?」
「あの・・・・・その・・・・・・・・」
「好きな男でも出来たのか?」
「そんな人なんかいない!!!速水さん以外誰も好きになんてなれっこない!」
思いっきりブンブンと頭を振りながらこんなかわいいことを言ってのける姿を見て どこの誰がこれが別れ話の最中だなんて思うだろう?
「じゃぁ 一体なんで別れたいんだ?」
業を煮やした真澄がわめいた。
「だって・・・だって・・・あたしもうすぐ死んじゃうんだもん・・・・・あたし 速水さんが悲しむのなんて見たくないから・・・だから・・・」
マヤのあまりの言葉に真澄はパニックを起こしていた。
このマヤが・・・・・死ぬ?????
癌?脳腫瘍?骨肉腫?病名がぐるぐると頭の中を駆け巡る・・・そんな・・・マヤのいない世界なんか・・・・・
「い・・・・・医者は何て言っているんだ? セカンドオピニオンはとったのか?なんて名前の病院なんだ?????ともかく俺も行って・・・・」
震える声が返ってくる
「・・・・・・・病院はまだ行ってないの・・・・・」
まだ・・・病院にも行ってない???
真澄に すっと理性が戻ってきた
「でも 死にそうなくらい大変な病気なんだろ?」
「うん・・・・・・だってちょうが切れちゃうの・・・・・」
「・・・・・・・はぁあああ???????」
?????ちょうが切れた???ちょう・・・腸・・・???
「もう3回くらい切れちゃったの・・・腸が切れたらきっと・・・・・」
「マヤ・・・今日朝から何を食べたんだ?」
「何よ 速水さん人がやっとの思いで・・・」
「いいから言うんだ!何を食べたんだ?」
「えっと・・・・ご飯、お豆腐のお味噌汁と納豆、お漬物それから・・・」
脱力のあまりめまいがしそうな真澄はかろうじて身体を支える
「・・・・・マヤ 普通腸が切れて死にそうなやつは まず食べる事が出来ないと思うんだが、君はどう思う?」
「は??????」
この表情から察するに食べられなくなると言う発想はなかったのだろう
とぼけた声が返ってくる
「言われてみれば・・・そうですねぇ・・・・・」
「マヤ 君は病人にしてはずいぶん元気だとも思うんだが・・・何にしろ腸が切れていたら少なくともここでこんなことをしている元気はないだろう
・・・保険証あるか? すぐに病院に行こう」
近くにあった医院の門をくぐり診察をしてもらう
「すみません どうも・・・腸が切れたって・・・どういうことですか?」
問診表を見た医師があっけに取られてマヤの顔を見る
「あ・・・の・・・時々白い紐みたいなものが身体から・・・・でてきて・・・・」
「ひも・・・・・?」
「もう何回もちぎれちゃって・・・・・こんなところから出るのは腸しかないし・・・」
えもいえない顔をした医者はさりげなく ちょっと待っていてくださいね と言い残して奥へ消えた。
しばらくして 医者が 70を軽く超えた白衣の爺さんを連れて戻ってきた。
「あんた、白い腸みたいなものが身体から出てきたって言ったそうだが 茹でたきしめんみたいな・・・この絵みたいな感じのものかい?」
すさまじい年代モノの旧仮名遣いの医学書を見せながら楽しそうにじいさん先生は笑っている。
「なんとなく・・・似ている様な・・・なんですか?これ???」
「ホレ、そこにかいてあるじゃろうが 広節裂頭条虫(コウセツレットウジョウチュウ)、サナダ虫っていうもんじゃが・・・若いあんたじゃ聞いた事もないじゃろうな。
どうせ どっかでサケかマスの刺身か何か生で食ったんじゃろう」
「あ・・・・・たべました!」
確かに真澄と旅行に出たとき 美味しいと舌鼓を打ちながらバクバクガツガツ食べまくった。
でも・・・・たったそれだけじゃないの!あれ1回きりなのに・・・
「たま〜におるんじゃ、あんたみたいに『るいべ』か何か食べて寄生虫がついてしまう人が。
・・・この間来た人は社員旅行の宴会の料理を疑っていたが・・・こればっかりは運のようなもんじゃ。ところで 虫下しは町医者の仕事だったんじゃが
最近そんな事がほとんどなくてな・・・虫下しがないんだ・・・悪いが紹介状を書くから明日にでも大学病院へ行ってもらえるかのう?」
「そ・・・そんな・・・先生 こんな虫を抱えて・・・」
「あ、それは大丈夫!往年のハリウッド女優でスリムな体を維持するためにおなかにカイチュウを飼ってる人がいたくらいだから。
普通は生理的に気持ちが悪いくらいかな。まぁ 梅にだって虫はつくでしょう。」
マヤ色もなし・・・
意地汚く真澄と二人で5人前は平らげた刺身の皿を思い出す・・・
紅天女に虫がついた・・・まぁ 梅の木に虫ぐらいつくとは思うのだがなんとなくイメージが悪い。
「そうそう、言い忘れたが 同じものを食べた人の中には発病する人もいるから教えてあげるといいよ。
全く接点のない二人が実は付き合っていたとか わかったりするんだよなぁ寄生虫は。
ごひいきさんとの宴会だの色々忙しいだろうけどちゃんと虫下しを飲まなくちゃダメですよ
ま、ダイエットができるか試しにこのまま飼ってみようかなんて酔狂なことを考えたならば別ですがね、北島マヤさん!」
「あ・・・ハイ! わかりました」
しおしおと診察室から引き上げる
悪い虫がついたとマヤに報告された真澄が妙な誤解をしたのは言うまでもない。
翌日 マヤと真澄は大学病院に行って虫下しを飲み内視鏡で見てもらい・・・
3m近いサナダムシを出産した。
「こいつがマヤのおなかの中に居て 俺とマヤとの仲を壊そうとして・・・」
サナダムシを見つめる真澄の目には心なしか怨みが込められているようだ。
「おい、マヤ この間俺に言ったこともう一度言ってくれないか?」
「速水さんも病院行って虫下しを飲まなきゃだめって?」
「いや・・・もういい・・・あの時もっと聞いてテープに録音していれば・・・・」
「どうしたの?速水さん???」
あたしがいなくなるって悲しむ速水さんの姿なんて見たくないから・・・・・速水さん以外誰も好きになんてなれっこない
あの時のマヤの言葉を思い出す。
こんな事を次に言ってもらえる日は果たしていつのことだろうか?
駆除した虫を眺めていると こいつは俺よりも長い時間をマヤの中で過したのかと癪に障ってくる。
標本としてホルマリンの中で暮す事になったさなだ虫は真澄を笑うかのようにゆらりとビンの中でゆれていた。
おしまい
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