ずっと二人で・・・ 6




マヤは恐ろしくて彼の顔を見ることができず、視線を合わせないようにしていた。



――ドクン、ドクン、ドクン――

いつまでも心臓が落ち着かない。

首筋から彼の唇はとっくに離されていたのだが、そこはまるで別の命が宿っているのかと思うほどに熱くなっている。


そして今度は彼の浴衣から覗くたくましい胸元が目に映り、先ほどから疼(うず)いて止まない不思議な感覚が更に刺激されていくのだ。


――あたし・・・どうにかなってしまう――


実際、この数日というもの、彼と過ごす夜を脳裏に浮かべながら、こんな痛みがどこからか湧き出し、得体の知れない気持ちに恐怖を

感じることが何度かあった。

・・・体の芯から真っ二つに突き抜けるような、キュンとした痛みのようなもの・・・。


こんな気持ちが彼に知られてしまったらどうしよう・・・。

・・・恥ずかしくて消えてしまいたくなる。







「君が好きなのは、紫のバラの人か・・・」


――え?――


不意をつかれた質問だった。

今のマヤには、とても頭の回転が追いつく状況ではない。 ただでさえ、自分に覆いかぶさる彼が何を言い出すか、どんな行動を

取るのかと、そんな事ばかり意識していたのだから。


――何を言っているの?――



唖然としている彼女に対し、彼が言葉を追加する。


「紫のバラの人が俺じゃない他の誰かだとしたら・・・君はそいつの恋人になるつもりでいたのか?」

「・・・・・」

少し悲しげにも聞こえる言葉が響き、ようやくマヤにも彼の質問の意味を理解することができた。



・・・確かに、紫のバラの人の正体を知ってから彼に対する気持ちを意識したのは事実かもしれない。

ずっと見えない姿を探し続けていたのだから・・・。紫のバラの人は、大切な心の支えだったのだから・・・。

けれど・・・自分ではもう切り離して考えている。 そんな理由で彼を好きになったのではないはず。


じゃあどうして彼が好きなのかなんて分からないけれど・・・。 

今の気持ちはそれで精一杯であり、余計な事なんて考えられない。


「そんなことはないです・・・」

僅かな間の後、マヤは小さく声を出した。



「それなら何故、俺から顔を背けている?」

上から見下ろされ、まるで支配されているかのような状況で、真澄は冷ややかにそう言う。

そして彼は、頑(かたく)なに顔を横に向けているマヤの黒髪を指先ですくい上げた。


――あっ――

フワリと髪が宙を踊り、それが肩にサラサラと戻る瞬間、思わず声を漏らしそうになる。



「・・・俺から視線を外すな」


――速水さん――


・・・その強い口調に、恐怖とは違う、ゾクリとした色気を感じ取った。






マヤは、恐る恐る、顔を彼の方へと向き直す覚悟を決めた。


・・・・僅かに顔を上げると、自分とはまるで違う、男を感じさせる喉元が存在し、更にそこから繋がる美しい輪郭が目に入る・・・。


そして・・・

――ドクン――


自分の上に圧し掛かる彼の表情に息を呑んだ。


暗闇に潜むその鋭い目つきに吸い込まれそうな思いがしたのだ。

もう何年も前から知っている彼の顔なのに、まるで一目惚れでもしてしまったかのようにその瞳に釘付けになってしまう。


――好き・・・・――


どうにも止めることの出来ない、麻酔にかけられたような感覚がマヤを支配する。

こんな風に視線を合わせていたら、すべてを忘れ、されるがままになってしまう・・・。

だから、見るのが怖かったんだ、と気付いた。






「速水さん・・・」

「・・・なんだ?」

マヤは、どうにかなりそうな心を遮るように、本能的に言葉を滑らせていた。


「あの・・・・また・・・あたしに紫のバラをくれますか?・・・あたしだけに・・・・」

「急に何を言うんだ・・・・」

今度は、意表をついたマヤのセリフに真澄が少し困惑しているようだった。


「答えてください・・・」

マヤ本人も、無意識に口にしてしまっていた言葉。 


―おねがい・・・ちゃんと答えて――



「・・・もちろん・・・約束しただろう・・・君だけにだと・・・」

怪訝な表情を一変させた彼は、静かにそう告げた。



――”君だけ”――


まっすぐな瞳。 そう、この目であの日も約束してくれた・・・。


――それなのに――



「でも・・・あたしは今日・・・・速水さんを見た・・・」


「・・・・・?」


「紫のバラを持ってた・・・」


「マヤ・・・・」


「一緒にいた女の人がどうとかじゃなくて・・・紫のバラ・・・どうして・・・・どうして・・・・?」


「見ていたのか?」


彼の低い声と溜息を耳にしたマヤは、凍りつきそうなほど胸に痛みを抱えて言葉を失う。


”見ていたのか?”という彼の言葉は、まるですべてを認めた上での開き直りにしか聞こえなかった。


――もうおしまい・・・・――



・・・マヤは顔を伏せるようにして目を閉じた。






ほんの数秒が、何時間も経過したように感じられる。




彼も同じように、”もう終わり”だと思っているのだろうか。


いや、もしかしたら言い訳のような言葉を探しているのかもしれない。


頭の回転は鈍いのに、こんな時だけは目に見えない速さの不安が駆け巡っていくのが不思議で仕方がない。



フッ、と暗闇で小さな声が聞こえた。


それは、いつも彼が何気なく笑う時の声に似ている・・・。


――な・・・に?――


マヤは恐々と目を開いて顔を上げる。


すると、そこには口元を緩め、僅かに目を細めている彼の表情があった。





――速水さん・・・?――


どう受け止めればよいのだろう。






「紫のバラは君にしか贈らないと言ったはずだ・・・」

真澄は思考を巡らすように一呼吸置いてから言葉を出した。

――えっ?――


「マヤ・・・あのバラは、いつも君に贈るバラとは種類も違うし、色も紫じゃない」


――紫じゃない・・・?――


「う・・・そ・・・!紫に見えた。紫のバラだった!」


――ちゃんと見たもん・・・この目でちゃんと――


「まあ落ち着け。 そんなに気になるなら、購入した花屋がホテルの目の前にあるから、明日見に行けばいい。・・・店員にまかせて

作ってもらったから・・・俺が買った事も覚えているだろう」


――店員に・・・まかせて・・・?――

予想もしなかった彼の言葉に、マヤの心は焦り始める。 



「確かに・・・あれは紫に近い色だったな。俺も正直、そう思った。 どうも、耳の悪い店員らしくて、俺が”紫のバラ以外で花束を”

と頼んだら、何を勘違いしたのか、ご丁寧に紫に一番近い色のバラで花束が出来上がっていた。たぶん、紫色のバラがなかったんだな。

色も分類ではピンクのようだし、品種も花のサイズも君に贈るバラとは違うから妥協した。・・・・時間がなかったんだ」

「・・・・・・」



マヤは、遠目から見つけた彼が手にしていたバラの色をどうにか頭の中で再現させようと必死になる。 

・・・彼がバラを手にしているという時点で、紫だと思い込んでしまったようにも思えてくる。

・・・・しかも大通りの反対側からしか確認できなかった上に、天候が悪く、日も落ちていて・・・・・。


言葉を失ったままでいると、真澄は肩をすぼめるような動きをした。

「彼女にも”紫色ですか?”と言われた」


――彼女・・・・・――

その言葉にドキリと心が揺れ動いた。


「ああ、彼女というのは、今日会った社長の娘さんで・・・見ていたんだろう?俺を迎えに来てくれたんだ」


――でも・・・――

「・・・・・・この近くのお店で会食があるって言っていたのに・・・・・・」

マヤは震える声で言葉を出していた。


――あんな風に肩を並べてタクシーに乗ったりして・・・――



「・・・最初から話したほうが早そうだな・・・」

真澄は軽く息をつき、なるべく簡潔に話をまとめ始めた。




「まず、このホテルを出てから携帯に連絡が入った。 ちなみに今回は社長のご機嫌取りのつもりで来たんだが、いきなり予定変更

を食らって、自宅に来るように言われて俺も参った。 会社がここの近くだから店まで指定したのに・・・昔から俺を振りまわして楽しんで

いるところがあるんだ・・・あの社長は・・・」


そこまで話を進めると、彼は溜息をこぼした。


――そ、そんな――


「とりあえず社長の会社に勤める娘さんが約束していた店の前で待っていてくれるというから、このホテルの向かいで花屋を見つけて

飛び込んだ。急いでいたから、店員に任せ、その間に近くの店で手土産も買って・・・君が見たのはその後か?」


「・・・・・・・」

彼の説明を受けながら、マヤは自分の早とちりに気付き、顔から火が出そうな思いをしていた。


――・・・ウソウソウソ・・・・全部勘違い・・・?――


「ついでに言っておくが・・・あの花は彼女の為じゃなくて、花が好きな社長の奥さんに用意したつもりなんだが・・・傘を借りたら邪魔

になったから彼女に預けて・・・」

「・・・・・・・」


「・・・・ところで君はちゃんと傘は持って出たのか?」

放心状態のマヤは、その言葉にブンブンと首を振る。


「・・・・濡れたんじゃないのか?風邪をひいたらどうするんだ・・・」

「・・・・・」


そっと彼の手が額に当てられ、マヤは恥ずかしさでいっぱいになる。 

彼の優しさが心に突き刺さっていくようにも思える。


「で、でもっでもっ・・・すごい香水の匂いまでつけて帰って来たから・・・・あたしっ・・・」


――うわぁ・・・相当しつこいよっ・・・――


・・・どうしてこんなに往生際が悪いのだろう。

もう本当は分かっているのに。全部自分が勝手に勘違いし、あれこれと悪いことを考えて勝手に落ち込んで馬鹿みたいだったって。

・・・分かってるのに・・・。


「ああ・・・・・香水は、社長の奥さんの趣味のコレクションだ・・・」


――コレクション――

その言葉を聞いたマヤは、体中から張り詰めた気持ちがすべて抜けていくのを感じる。


「それであんな顔をして俺を出迎えたのか・・・」

彼は納得したように、そう言った。


「・・・・・・・・」


――あたしって・・・救いようのないバカかも――

自分でもよくまあ、あれほどの妄想ができたなあ、感心してしまう・・・。



「とにかく、大阪まで交渉に来たお陰で、かなり社長もご機嫌だったさ。これで難航しそうなプロジェクトにも快く顔を利かせてくれる事に

なった」

――速水さん・・・・――


「・・・義理の付き合いは日常茶飯事だが・・・今回は君を待たせていると思うと気が逸って・・・これほど苦痛に感じた時間はなかった

けどな・・・」

「・・・・・」


情けなくて言葉も出てこなかった。

どうして自分は、こんな彼を疑ってしまったのだろう、と・・・。





「あの香水のコレクション・・・社交辞令で誉めたら一つずつ丁寧に説明された上に匂いまで嗅がされたんだ・・・」

「・・・・え?」

ふいに彼が、今までに見たことがないような表情を浮べたので、マヤは首を傾げる。

目の前には、首を軽く捻り、本当にうんざりというように顔をしかめる彼の姿。


「思い出したら気分が悪くなった・・・」


――速水さん、こんな顔もするんだ――

・・・なんだかおかしな表現だけれど、その顔がすごく可愛くも見える。


「とにかく鼻が麻痺するかと思うほど強烈だった・・・」

「・・・・・・」


マヤは、その仕草の意外さに思わずプッと吹き出していた。

彼がホテルに戻ってきた時のずいぶん疲れきった顔も・・・・恋人じゃない頃には、知らない表情・・・。

ついでに自分の勘違いぶりにもほとほと呆れ、おかしくてたまらなくなっていた。





「やっと笑ったな」

「・・・え・・・?」

薄く広がる暗闇の中で、すっかりと目が慣れ始め、一段とハッキリ目に映る彼がそう言った。


「その顔が見たかった・・・」


――ドクン――


「俺は避けられていると思っていた。 安心したよ・・・」

「・・・・・・・」



胸が詰まる思いがする。

自分はずっと・・・彼に気を遣わせるほど不安そうな顔をしていたのだろう。

思い返してみれば、自分のことばかり考えていたような気がする。 


「あの・・・」


――あやまらなくちゃ――


そう思い言葉を続けようとした時、ふいに彼が寂しそうな顔つきをして視線を外すのに気付いた。


「速水さん・・・あの・・・」


「まあ、要するに・・・俺は疑われていたわけだ」


「・・・え?・・・あ・・・あの・・・その・・・」


今、一番突かれたくない部分を刺激され、マヤはギクリとしていた。


「君は・・・さぞかし俺のことを極悪人だと思っていたことだろう」


――図星っっ・・・――

別の意味でズキズキと心が痛んだ。本来なら、彼に合わす顔もない状態かもしれない。


「ご、ごめんなさい・・・」


「俺はよほど信用がないんだな・・・・よく分かったよ」


「あ・・・あの・・・だから・・・その・・・」


「俺の心の傷は深い。もう立ち直れん」


彼は冷ややかにそう告げると、勢い良く体の向きを変え、マヤの横に並ぶようにして寝転び、背を向ける。


――やだ・・・ウソ・・・怒らせちゃった・・・・――


「本当に・・・ごめんなさい・・・・」



彼からの言葉はない・・・。


浴衣姿の大きな背中が目に映る。


こんな風に背を向けられると、すべてを拒まれているようにさえ感じる。 先ほどまで、自分はこういう背中を彼に向けていたのだ。

・・・今まで張り詰めていた気持ちがほどけて安心してしまったからなのか・・・そして、彼を怒らせてしまったという、情けない気持ちの

行き場がないからなのか・・・涙が出てきそうだ。





――どうしよう――






「じゃあ、キスしてくれ」


――ドクン――


「え・・・・?」


――今、何て・・・?――

いきなり彼がこちらを向く。マヤは、数十センチの距離で彼と見詰め合うことになり、驚いて目を見開いてしまった。


「君からしてくれ」


――ええええっ?あたしからキスっっ?そんな・・・――


オロオロとしているうちに、目の前の彼は、さっさと瞳を閉じてマヤを待っている。


――ど、どうしたらいいの――


長いまつげと筋の通った綺麗な鼻。伸びかけの前髪を目にし、マヤは呆然と動きを止めていた。


何しろ、キスなんて、されるだけでも心がどこかに飛んでしまうほど緊張するというのに・・・。


それでも・・・彼に対する罪悪感はとりとめがないほど心に広がっているわけで・・・。



「・・早くしてくれ・・・」

「・・・・・・・・」


マヤはドキドキと鼓動を速めながら、彼の唇に視線を向け、小さく息を吐き出した。


――えっと・・・目を閉じて・・・――


・・・マヤは自分の唇をそっと彼の顔に近づけていく・・・。瞳を伏せ、ゆっくり、ゆっくりと・・・。




――あっ――


ほどなくして、弾力のある彼の唇にそっと自分の唇が重なると、マヤは顔から全身まで真っ赤になっているであろう自分に気がつく。


――・・・しちゃった・・・――


ほのかなタバコの匂いが、目を閉じていても彼を思わせて心をくすぐるのが分かる。



ところが・・・


「んんっ・・・?」

一瞬で離す予定でいたはずが、いつの間にか彼に頭を押さえ込まれ、マヤは身動きが取れなくなっていた。


――ヤダッ・・・えっえっ?――

角度を変えられ、激しく彼に求められてキスが続く。


「んっ・・・」

その間にも、彼の大きな手のひらが滑るように頬へと移動し、撫でられるように包まれていく。 

戸惑っているはずの心も、いつの間にか彼のペースに巻かれ、次第に甘いキスへと変化する。


――とろけそう――


・・・・気付くとマヤは、再び彼に組み敷かれる格好になっていた。





目の前に、優しさで満ち溢れた真澄がいる。

・・・静かに唇が離され、目を開けたらそんな状況だった。


「君からこんなに激しいキスをされるとは・・・」

「!!!」

またイジワルを言うような彼の言葉が闇に響き、マヤは正気に戻った。


「な、なっ、なに言ってるんですかっ!今のは速水さんが勝手にっ!!」


クックッと笑い出した彼に対し、マヤはからかわれてしまった悔しさを隠しきれない。


――騙されたっ・・・傷ついているなんてウソばっかりっ――


それでも彼はすぐに真顔になり、マヤの顔をそっと覗きこむ。


「本当に可愛いな、君は」

また子ども扱いをするように、ポンポンと頭を叩かれ、複雑な思いがグルグルと頭を駆け抜ける。


「君が俺のことで嫉妬してくれる日がくるとは夢みたいだ。光栄だな・・・」


その言葉は、またからかっているのか、それとも本気で言っているのか分からず、マヤは”そんなんじゃありません”とでも言い返そう

とした思い呑み込む。


悔しいけれど・・・今回の事で、いかに自分が彼に夢中になっているのかが分かってしまった・・・。





「君は・・・」

「・・・・?」

何かに気付いたように彼が言葉を出していた。


「恋人同士になっても君は敬語なんだな」


「え・・・あ・・・そ、それは・・・」

――そう言われてみれば・・・――


「どうしてだ?」


「だって・・・・だって速水さんは大都芸能の社長で・・・」


「それは誰もが知ってる事だ。君から見ても俺は大都芸能の社長でしかないのか?」



「・・・・違います・・・・・・けど」

――あっ・・・また敬語でしゃべってる――



「それに、”恋人同士に見えない”だの”似合わない”なんて事、二度と言うんじゃない。俺と君が良ければそれでいいと思わないか?」



――・・・それはそうだけど・・・――

「・・・・・」


・・・マヤは今、彼との間に壁を作っていたのは自分の方だったんだ、と自覚し始めていた。



さっきの”君が好きなのは紫のバラの人か”という言葉。 

あれは、”速水さんが好きなのは女優のあたしですか”という質問と同じこと・・・。 

彼も同じように不安を抱えていた・・・。

自分のことばかりで、そんな事を考えたこともなかった。



――”あたしも速水さんの事、嫌いなんて思っていません。同じ気持ちでいました”――



それは、・・・クリスマスに”愛している”と言われて返した言葉だった。


精一杯のつもりでいたけれど、そんな言葉で何を彼に伝えられただろう・・・。


きゅうん、と胸が痛んだ。 

ちゃんと答えなくちゃいけない。”あたしが好きなのは速水さんだけで、何があってもこれからもずっと一緒にいたい”って。


「速水さん・・・・あたし・・・・」

マヤは、自分をしっかりと見下ろしている彼に、上目遣いの視線を送る。


「・・・・なんだ?」


「クリスマスに・・・速水さんが告白してくれた言葉の返事・・・改めて言わせて欲しいの・・・」


「マヤ・・・」

驚いたような顔つきで、それでも真面目にまっすぐ目を見つめ返す真澄。


どれだけ好きで愛していると言われても、それが本当に永遠に繋がるのかどうか分からないという不安を抱え、好きになり過ぎないよう

にしていた・・・・そういう自分はもう、終わりにしたい。



「あの・・・紫のバラの人が速水さんだったからとか、大都芸能の社長だからとか、あたしにはあの・・そういう事は関係なくて・・・」

頭の中で気持ちをまとめているつもりが、うまく文章にならないのが悔しい。


「えっと・・・・」

マヤは、大きく息を吐き、心を決めたように言葉を出す。



「・・・速水さんが好き・・・。今・・・目の前にいる速水さんが大好き・・・です」


「マヤ・・・・」


本当は、言葉で表す以上に、彼が好きでたまらない。

100回 ”大好き”って言っても足りないくらいに。


「・・・・・・速水さんが大好き・・・」

真澄は、じっとマヤの言葉に耳を傾けている。


「今まで”大嫌い”って何度も言ってごめんなさい。・・・幻滅されちゃうかもしれないほど、あたしは速水さんを愛している・・・」


自分で言葉を告げながら、気付いたら涙が止まらなくなっていた。


今、目の前にいる、世界中で一番愛している彼に想いをぶつけることができて、抱えていたもどかしさが消えていくのを感じた。


――やっと言えた――




「・・・ありがとう」

透き通るほどに綺麗な瞳で、彼はそう言いながら親指でそっと涙をぬぐってくれる。 

それでも湧き出る涙は止まらず、彼は、マヤに覆いかぶさるように体を合わせ、強く強く抱きしめてきた。

すっぽりと自分の体が隠れてしまうほど、彼の大きな背中に手を回すと、彼はマヤの髪を何度も撫で上げる。

「マヤ・・・」

「・・・・?」




「俺は君を・・・ずいぶん前から知っている。どうやってここまで女優として成長してきたのか、どんな苦しい思いをしてきたのかもすべて

知っている」


――速水さん――


「そのすべてを愛している・・・」

彼の言葉が、抱きしめられている体に震えるようにして伝えられる。



「でも・・・もっと知りたい」

――ドクン――


「それは同時に・・・君も俺を知る事になる」

――ドクン、ドクン、ドクン――


「言っている意味が分かるか?」

マヤは、小さくコクンと頷いた。 


「俺を知るのは怖いか?」

ふいに彼が顔を覗きこむ。


マヤはその強い眼差しを潤んだ瞳でじっと見つめ返す。

怖いのかもしれないけれど・・・・・。


「誰もが知っている”大都の速水”ではなく、君の恋人である俺を・・・知って欲しい」


――速水さん――


マヤの心に、もう戸惑いは欠片もなかった。


・・・彼の左手が頬に触れる。

温かい、厚みのある手のひらに包まれる。 それだけで、先ほど愛撫を受けた首筋や彼の手が触れた胸元が熱を発するのが分かる。


――あたしの体は、もう速水さんに反応している――


「怖くない・・・速水さんを知りたい・・・」

まるで何かに導かれるように、マヤはそう答えていた。





その言葉を合図に、2人は惹かれあうようにして互いの手のひらを合わせた。


そして、大きさの違う指先を絡ませ、互いの温度を肌で感じながら・・・目を閉じて唇を触れ合わせる。


それは・・・・どちらが与えたキスでもなく、求めたキスでもない、2人の想いが重なり合った自然なキス・・・・。

「ずっと一緒だ・・・」

耳元で囁いた彼の言葉を、しっかりと胸に受け止める。


「ずっと・・・・?」


マヤが確かめるようにそう問いかけると、彼がハッキリと告げる。


「永遠にだ・・・」


――永遠・・・――


マヤは今、見えないはずの幸せが、形になって目の前にあるのを感じていた。





ずっと、ずっと、永遠に。




ずっと、ずっと2人で・・・・生きて行きたい。






マヤは、言葉にする代わりに、強く彼の手を握り締めた。









おわり





※もの足りない方は、地下室でも覗いてみて下さい・・・・(ボソリ)













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