鼓膜が震えるほど、セミの鳴き声が響いていた。 寒い冬には寂しかった木々も、今ではすっかり緑色の葉を生い茂らせ、ざわざわと音を立てて背伸びを している。
いた。
一人でいたら歩き疲れてしまいそうなほど・・・。
・・・こんな場所に彼と二人で来ることになるなど、絶対にないと思っていた・・・。
木々のざわめきに混じり真澄の言葉が風に響いた。
(うわーーーあたしって、ホントに色気がないなあ・・・) 自分で答えておきながら落ち込みそうになってしまいそうだ。
フッと笑いを漏らしながらの、真澄の言葉。 それは、また からかっているつもりなのだろうか・・・。
マヤはどう答えてよいのか分からず、無意識にそんな言葉をぶつけてしまう。
「・・・ほら・・・・し、紫織さん・・・・と・・・・」 「・・・・・・・」 思わず出してしまったその名前に、息も呑み込めないほどの苦しい何かに押しつぶされそうになる。
「そうかもしれないな・・・。しかし・・彼女は体も弱いから、あまり長く歩かせたりするのは良くない・・・」 真澄は軽く何かを思考した後、余りにも淡々と答えていた。
彼の横顔を見上げることもできず、ただ体に任せて足を進めるマヤ。 真澄の言葉の一つ一つが体に染み込んだ瞬間、まるで身を切り裂かれたかと思うような痛みに 襲われていくのが分かる。
いつか自分にハンカチを貸してくれた・・・・あの、優しくて美しい女性・・・。
たとえこの先、彼女に良く似た役柄を舞台で演じることはできたとしても・・・。 現実的に、この人の隣を歩くことをできるのは・・・・・・彼女なんだ・・・と。
陰になって映る自分の姿すら、惨めで情けなくて・・・通り過ぎる木々が、ぼんやりと滲んでいく・・・。
ふいに目の前の大きな木の下にあるベンチを指差し、真澄がそう提案していた。
黙り込んでいたマヤは真澄の言葉に素直に従い、そこにあったベンチの前で足を止めた。
夕暮れの押し寄せる公園には、いつも独特の寂しさが宿っているようだ。
映し出されていた。
マヤは おもむろに手をさし伸ばし、そこにあった雑草を数本、ポキンと折り、手にする。
一緒に手にしたのは、いくつかの三つ葉のクローバー・・・。 それは、懐かしい香りを漂わせ、マヤの手の中で風に揺れ動く・・・。
「・・・どうした・・・・」 ふいにマヤが声をあげ、真澄は大きく振り向いた。
「四つ葉・・・?」
「どれだ・・・?」 その手を覗き込むようにして真澄の顔がぐっと近づき、マヤの心臓は、途端にうるさく主張する。
こんなに近い距離に彼がいるから・・・。
真澄はスッと体の位置を引き戻す。
彼との距離が少し離れてしまっても、マヤは なお心臓をドキドキと鳴らしたままでいた。 すぐに体が遠ざかったことにホッとしたような、寂しく思うような自分がいる・・・。
意味を持つのだという説もあるが、四つ目の葉そのものを幸運の葉と呼ぶこともあるとか・・・それから・・・ ”幸運” ではなく、”真実の愛” と解釈するなんて説も聞いたことがあるな・・・」
決まってますよね!真実の愛は手にしているんだし!・・・」 マヤは手の中の四つ葉を震わせながら、無理やりに言葉をまくし立ててしまう。
けれど、もっともっと、決定的に彼の口から、現実の幸せを語って欲しい気持ちがあったのかもしれない。 ・・・自分の立ち入る隙間は一ミリもないのだ、と諦めがつくほどの・・・。
「・・・え?・・・・」 ふいに寂しそうな表情を見せた真澄に気づき、マヤは息を呑む。
(速水・・・さん?)
花々たちに視線を移し始めていた。
マヤは、ぎこちないようにも感じる彼の行動に、そんな言葉をかけていた。
真澄は、マヤの言葉を引き出すかのように突っかかった物言いをする。
見つけたのがうらやましくて、日が暮れるまで探したことがあったんです。・・・でも、見つからなかったし・・・」
本当は・・・本当は、ちゃんと伝えたい言葉が自分の心の引き出しにたくさん眠らせてあるのに・・・。
真澄は静かに呟き、ふいにマヤに視線を合わせた。
マヤは、動揺している気持ちを悟られないように、彼に質問を投げかけた。
「はい・・・・速水さんなら・・・・」 「・・・願い・・・か・・・」
「・・・君ならどうなんだ?・・・やはり紅天女か?それとも山ほどのご馳走かな・・・」
「・・・・・・・」 マヤが少し怒ったようにしてそう言葉を出すと、ほんの冗談を言ったつもりであったのだろう・・・真澄は 驚いた顔つきで見つめていた。
「・・・俺は・・・俺の願いは・・・・」
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