CLOVER

〜想いを風に乗せて〜B








鼓膜が震えるほど、セミの鳴き声が響いていた。

寒い冬には寂しかった木々も、今ではすっかり緑色の葉を生い茂らせ、ざわざわと音を立てて背伸びを

している。


二人は今、色とりどりの花が植えられている公園の入り口をくぐり、並木道のような通路を歩き始めて

いた。


遥か先までレンガを敷き詰めてあるのが見える。

一人でいたら歩き疲れてしまいそうなほど・・・。


けれど今は心のどこかで、ずっと続く道を願う自分がいる。

・・・こんな場所に彼と二人で来ることになるなど、絶対にないと思っていた・・・。



「よく来る公園なのか?」

木々のざわめきに混じり真澄の言葉が風に響いた。


「え、ええ・・はい・・・。発声練習で来たりとか・・・たまに走ったりしてます・・・けど・・・」

(うわーーーあたしって、ホントに色気がないなあ・・・)

自分で答えておきながら落ち込みそうになってしまいそうだ。


「そうか・・・。俺は君と一緒でもない限り・・・公園などに立ち寄ることはないからな・・・」

フッと笑いを漏らしながらの、真澄の言葉。

それは、また からかっているつもりなのだろうか・・・。


「そ、そうなんですかっ?公園なんて、立派なデートコースじゃないですかっ・・!お勧めですよっ!」

マヤはどう答えてよいのか分からず、無意識にそんな言葉をぶつけてしまう。


「・・デートコース・・・か・・・・」

「・・・ほら・・・・し、紫織さん・・・・と・・・・」

「・・・・・・・」

思わず出してしまったその名前に、息も呑み込めないほどの苦しい何かに押しつぶされそうになる。



(・・・・・何言ってんの・・・あたし・・・)



「そうかもしれないな・・・。しかし・・彼女は体も弱いから、あまり長く歩かせたりするのは良くない・・・」

真澄は軽く何かを思考した後、余りにも淡々と答えていた。


「・・・・・」

彼の横顔を見上げることもできず、ただ体に任せて足を進めるマヤ。

真澄の言葉の一つ一つが体に染み込んだ瞬間、まるで身を切り裂かれたかと思うような痛みに

襲われていくのが分かる。


(・・・・・速水さんは、あの人を・・・紫織さんを気遣っているんだ・・・あの素敵な婚約者を・・・)


脳裏にはっきりと浮かんでいるのは、あの気品のある、紫織の笑顔だった。

いつか自分にハンカチを貸してくれた・・・・あの、優しくて美しい女性・・・。


どれだけ願っても、彼女に摩り替わることなど不可能なことだと分かっていた。

たとえこの先、彼女に良く似た役柄を舞台で演じることはできたとしても・・・。

現実的に、この人の隣を歩くことをできるのは・・・・・・彼女なんだ・・・と。


「・・・・・・」



・・・何も言葉が見つからなかった。

陰になって映る自分の姿すら、惨めで情けなくて・・・通り過ぎる木々が、ぼんやりと滲んでいく・・・。





「少し座らないか?」

ふいに目の前の大きな木の下にあるベンチを指差し、真澄がそう提案していた。



「はい・・・」

黙り込んでいたマヤは真澄の言葉に素直に従い、そこにあったベンチの前で足を止めた。











少し先にある広場からは時折、子供のにぎやかな声が混じる。

夕暮れの押し寄せる公園には、いつも独特の寂しさが宿っているようだ。



二人が静かに腰を下ろすと、その木の脇に、さまざまに色分けされた草花たちが咲き誇っている姿が

映し出されていた。


「ずいぶんと花の手入れが行き届いた公園だな・・・」


「そうですね・・・特に、春から秋にかけては、ずっといろんなお花が楽しめるみたいです・・・」

マヤは おもむろに手をさし伸ばし、そこにあった雑草を数本、ポキンと折り、手にする。




・・・シロツメクサの花だった。

一緒に手にしたのは、いくつかの三つ葉のクローバー・・・。

それは、懐かしい香りを漂わせ、マヤの手の中で風に揺れ動く・・・。





「あ・・・・・・!!」

「・・・どうした・・・・」

ふいにマヤが声をあげ、真澄は大きく振り向いた。


「これ・・・四つ葉?・・・・」

「四つ葉・・・?」



・・・マヤの手の中からは、三つ葉に混じり、一つだけ四つ葉のクローバーが顔を出していた。

「どれだ・・・?」

その手を覗き込むようにして真澄の顔がぐっと近づき、マヤの心臓は、途端にうるさく主張する。


――ドキン、ドキン、ドキン――


この胸の高鳴りは、四つ葉を見つけたという興奮ではない。

こんなに近い距離に彼がいるから・・・。



「・・・珍しいな・・・すごいじゃないか・・・幸運のしるしだ。さすが、未来の紅天女さまだな・・・」

真澄はスッと体の位置を引き戻す。


「幸運・・・」

彼との距離が少し離れてしまっても、マヤは なお心臓をドキドキと鳴らしたままでいた。

すぐに体が遠ざかったことにホッとしたような、寂しく思うような自分がいる・・・。


「・・・・・・確か、葉のそれぞれにひとつずつの意味があるらしい。四つ目が揃って初めて”幸運”という

意味を持つのだという説もあるが、四つ目の葉そのものを幸運の葉と呼ぶこともあるとか・・・それから・・・

 ”幸運” ではなく、”真実の愛” と解釈するなんて説も聞いたことがあるな・・・」


「真実の・・・愛・・・・」


「なんだ・・・チビちゃんは幸運よりもそっちの方が興味あるのかな?」


――ドキッ――


「べ、べつに・・・あたしは・・・!そうだ・・・速水さんならどっちがいいんですか?・・・あ、やっぱり幸運に

決まってますよね!真実の愛は手にしているんだし!・・・」

マヤは手の中の四つ葉を震わせながら、無理やりに言葉をまくし立ててしまう。


・・・どうしてだろう。自分で自分が理解できない・・・。

けれど、もっともっと、決定的に彼の口から、現実の幸せを語って欲しい気持ちがあったのかもしれない。

・・・自分の立ち入る隙間は一ミリもないのだ、と諦めがつくほどの・・・。





「君は・・・俺が真実の愛を手にしている・・・と言いたいのか・・・・」

「・・・え?・・・・」

ふいに寂しそうな表情を見せた真澄に気づき、マヤは息を呑む。


「だって・・・あの・・・・・」

(速水・・・さん?)



「・・・それは・・・どうかな・・・・」


彼は意味深にそれだけ告げると、静かにベンチから立ち上がり、先ほどマヤが手にしたシロツメクサの

花々たちに視線を移し始めていた。


「・・・四つ葉・・・探してるんですか?・・・そんなにたくさんあるわけ、ないですよ・・・?」

マヤは、ぎこちないようにも感じる彼の行動に、そんな言葉をかけていた。


「クククッ・・・それもそうだな。俺のような腹黒い人間が探しても見つけられる訳がないとでも・・・?」

真澄は、マヤの言葉を引き出すかのように突っかかった物言いをする。


「そ、そうじゃなくて・・・探そうとすると見つからないものなのかなあ、って。あたし小さい頃、友達が四つ葉を

見つけたのがうらやましくて、日が暮れるまで探したことがあったんです。・・・でも、見つからなかったし・・・」


自分でも何を話しているのか分からなくなっていた・・・。

本当は・・・本当は、ちゃんと伝えたい言葉が自分の心の引き出しにたくさん眠らせてあるのに・・・。


「・・・そういうものかもしれんな・・・」

真澄は静かに呟き、ふいにマヤに視線を合わせた。


――ドキン――


時間の経過と共に暑さが緩み、心地よい風は彼の柔らかな髪を揺らしている・・・。


(どうしてそんなに優しい目であたしを見るの・・・・)



「あの・・・・もしも速水さんなら・・・四つ葉にどんな願いを託しますか・・・?」

マヤは、動揺している気持ちを悟られないように、彼に質問を投げかけた。


「・・・俺なら・・・?」

「はい・・・・速水さんなら・・・・」

「・・・願い・・・か・・・」


マヤの言葉に、真澄は一瞬、真剣な表情を見せ、それでもすぐにからかうような口調で告げた。

「・・・君ならどうなんだ?・・・やはり紅天女か?それとも山ほどのご馳走かな・・・」


「は、はぐらかさないで下さい!あたしは速水さんに聞いているんです!」

「・・・・・・・」

マヤが少し怒ったようにしてそう言葉を出すと、ほんの冗談を言ったつもりであったのだろう・・・真澄は

驚いた顔つきで見つめていた。



(あたしは・・・速水さんの心が少しでも知りたい・・・)


「・・・・・」


「何を願いますか・・・?速水さんなら・・・」


(だから・・・お願い・・・聞かせてください・・・・)




真剣なマヤの表情に、真澄は言葉を捜しているようだった。



・・・そして・・・彼の唇がゆっくりと動き出す。


「・・・俺は・・・俺の願いは・・・・」








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送