CLOVER

〜想いを風に乗せて〜A






キッドスタジオから続く細い道。

・・・その先を行けば、右手に大きな公園がある。


日没までには、まだ少し時間がありそうだ。

なんとなく今日はまっすぐにアパートに戻る気になれず、自然にそこに向かって足が動いてしまった。



(みんな、もうとっくに帰っちゃったんだろうなぁ・・・)




マヤは、ふと足元にあった石を蹴り、それを目で追った。

足が石に追いつくと再びそれを蹴り、先へと進めていく。



響いているのは、砂利の入り混じったアスファルトの上を石が滑る鈍い音。

マヤは無意識に夢中になってしまう。


・・・しかし・・・

幾度か繰り返した末、その石は思いきり道から外れてしまい・・・脇の草むらへと消えていた。


(あーーあ・・・・)


そんな所に追い遣ろうとした訳ではなかったはずであった。

マヤは自分のコントロールの悪さに呆れ、肩を落とす。


そっと覗き込んでみても、もう先ほどの石がどれなのかも分からなくなっていた。


・・・脇に逸れてしまえば もうどこに行ってしまったのかも分からない。

同じような石などありふれているのだから当たり前のこと・・・。



・・・でも・・・

それは・・・まるで自分が今、生きている世界に似ている・・・。



マヤは手元のバッグを抱えなおし、ため息をこぼした。






(あたし、またちゃんと演技に集中できるのかな・・・)

その疑問は気を張っている隙間に入り込むようにして湧き上がり、幾度も自らを脅かすものだった。

”頑張る”という言葉を自分に言い聞かせて忘れようとしていた、一番の不安の種。


「・・・・・」

・・・正直、全く自信が持てないというのが、今の本当の気持ち。



でも・・・・

自分には演劇しかないと分かっているのに、それすら失ってしまったら、何が残るというのだろうか。


過去にも経験した、あの絶望感が目の前によぎる。 

まるっきり演技ができなくなってしまった、あの日々が・・・。


もしも自分がまた、どこかに消えてしまったとしたら・・彼は探し出して迎えに来てくれるのだろうか。

脇道に逸れて見えなくなってしまった石を、彼なら探し出し、再び拾い上げてくれるのだろうか・・・。


当然、そんな行動を起こすつもりははいけれど・・・。


こんな時でさえ、彼を結び付けてしまう自分がひどく小さな存在に思えてくる。



やり遂げたいという思いの中に、”どこかに逃げ出したい”と願う自分の姿があるのが分かる。

・・・でも、自分には逃げ場所すら、ない・・・・。


マヤは大きく首を振り、足を止めていた。


(演技の才能なんて欠片も持たなくていい・・・だから・・・速水さんが対等の目線で見てくれるような、

美しくて魅力のある女性に生まれ変われたら・・・・?そしたらあたしは・・・)


どこか虚しく、そして限りなく無謀な夢を抱え、息を吐く。

演技以外のことで、これほど自分が羨むことが過去にあっただろうか・・・。


マヤはその見えない大きな欲望に突き動かされている自分が恐ろしくも思う。

そして、そのどうにもならない現実の壁を感じ、また溜息に支配されて歩き続けるしかなかった・・・・。









ふいに背後で車が止まる音が聞こえた。


「チビちゃん!」


――ドキン――

(この声は!!)


――ドキン、ドキン、ドキン――


自分の事を”チビちゃん”と呼ぶ人は、絶対にあの人。

そう、世界で一人だけ・・・。


マヤが心臓を鳴らしながら大きく振り返ると、見覚えのある外車がハザードランプを点滅させているのが見え

た。




彼はそこにいた。




「速水・・・さん」

マヤがようやく震えるような声を出すと、目線の先にいる真澄は一歩一歩、着実に近くへと歩み寄る。


「順調に稽古が進んでいるのか見に来たつもりだったんだが・・・入り口で黒沼先生に会った。・・・今日は

もう稽古は終了したそうじゃないか・・・」


(稽古の進み具合を・・・見に来てくれたの・・・・?)

マヤは、怒鳴られっぱなしの自分の演技を彼に見られることがなくてよかったと、心の隅で安堵の息をつく。


「こんなところで君に遭遇するとはな・・・」

真澄の革靴が砂利の音を立てると、マヤは僅かにビクリと体を奮わせた。


意識を逸らそうとしていても、彼が近づいてくるのが分かる。


「・・・歩いて帰るつもりか・・・?・・・俺が・・・送ろう」


――ドキンッ――

心臓が壊れてしまうかと思うほど高鳴っていた。

しっかり抱えていたはずのバックを持つ手も緩んでしまうほど・・・。


(・・・速水さんが・・・送ってくれる・・・・)



しかし、マヤは沸き起こりそうな笑顔を、まるで空気を押し戻すようにして、ぎゅうっと抑え込む。


単純に喜んでいる場合ではないと分かっていたから。

叶わぬ恋だと知っている自分にとって、今は少しでも辛い思い出を作るより、忘れる努力をしなければ

いけないのだから。


「い、いいえ・・・結構です!あたし・・その・・・用事がありますから・・・し、失礼します!!」

マヤは愛想笑いを浮かべ、どうにかそう告げて立ち去るつもりでいた。


しかし・・・・くるりと背を向けた彼女に対し、真澄はすぐさま言葉をかけていた。


「用事・・・か・・・。それはどんな用事だ?その割りにずいぶんとのんびり歩いていたように見えたが・・・」


(う・・・・・)

鋭い真澄の突っ込みに言葉を失ってしまう。


「・・・えっと・・・・その・・・」


「・・・用事なんてないんだろう?早く乗りたまえ」


「い、いいんです!あたし、ちょっと公園にでも寄って帰ろうかと思ったんです!ご親切にどうもでしたっ!」

マヤがそう言いながら駆け出そうとすると、真澄はすばやく腕を掴んだ。


――ドキンッ――


掴まれた部分がひどく熱く熱を持ち、全身を猛スピードで血液が回るのが分かる・・・。

(この力強さの中にある優しさを、自分は知っている・・・)


「・・・離してくださいっ・・・」

心とは裏腹な言葉は僅かに震えていた。



「分かった・・・。じゃあ俺もちょっと公園とやらに立ち寄ることにしよう」


「ええええっ???」

腕を開放された途端、思いも寄らぬ真澄の言葉が耳に届き、マヤは声を張り上げた。

(ウソ・・・・・)



「君、帰りは適当に車を手配するから屋敷に戻っていてくれ」

「はい、かしこまりました」



マヤが たじろいでいるうちに、すでに真澄は車にいる運転手にそこを立ち去るように命じていた。



(ちょ、ちょっと・・・・!!)


ブロロロロ・・・・・


車が目の前を過ぎ去っていく。


こんな寂しい通りの道端に二人きり・・・。


(相変わらず・・・強引!自分勝手!!!!)

そんなふうに心の中で文句を言いながらも、この状況にドキドキと胸を躍らせている自分が潜んでいるのが

悔しくて、もどかしくて・・・。


・・・そして・・・こんなに苦しい・・・。




「早くしないと日が暮れてしまうぞ。・・・それとも君は、薄暗くて怪しい雰囲気の公園がお好みか?」

マヤの複雑な思いを知る由もないのか、真澄は余裕の顔つきで声をかけていた。


(もうっ!・・・やっぱりあたし、からかわれている!?)


「なっ!!!!なんて人っ!!わかりましたよっ!明るくて人がうじゃうじゃいるうちに行きましょうっ!」

マヤは真澄に背を向けると早足で歩みだす。


「おい、待ってくれよ・・・チビちゃん」

クスクスと笑いながらそう言う真澄。


「・・・・・・」


たとえ冗談でも、そんな言葉を平気で出してしまう彼は、ズルイと思う・・・。




マヤは返事も返さず、精一杯の速さで足を進めていた。


追いつかれてしまうのは悔しいけど、早く追いついて欲しい・・・そう心のどこかで期待しながら・・・。










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送