そもそもこんな無茶な事をする羽目なったのはこの春開局する「メトロポリタンテレビ」の開局記念ドラマスペシャルで
「視聴率の取れるドラマ」の制作を依頼されたことが発端であった。
製作ミーティングの席で、「北島マヤと桜小路優のラブストーリーなんかはどうか」という声が上がってきた。
(おい!ちょっと待て。オレがそんな企画許可すると思うか・・・・)
こんな提案、何が何でも潰しにかからなければならない。
「おお・・・なかなかいいキャスティングですな・・・。若い二人が新たに出来るテレビ局に息吹を与えてくれたら最高じゃないか・・・・」
メトロポリタンテレビの重役はかなり乗り気である。
「確かに相応しいキャスティングとは思いますが、何分忙しい二人なのでスケジュールが合うかどうか確認しまして・・・・・」
オレは遠まわしに「無理だ」という事を重役に伝えようとする。
しかし重役に痛い一言を言われてしまう。
「そこを何とかするのが君の役目だろう・・・・。それとも大都芸能の速水真澄でも
この二人のスケジュールを合わせるのは無理かな・・・・?」
(このクソじじい・・・・。人の気も知らないで・・・・・)
わかりました。何とかしてみましょう・・・・・・」
オレは地団駄を踏みながらメトロポリタンテレビを後にした。
もうこの企画を潰す事は不可能であった。この状況でキャスティングを変えようものなら何を言われるかわからない。
オレは真剣に考えた。どんな逆境にも負けずあえてその困難を利用してきた男だ。
オレに「不可能」という文字はないはずだ。
3日間、暇さえあれば何か良いアイデアが無いものかと必死になって考えた。
そしてオレはついにはひらめいた。
何気に入ったカフェで一気に構想が固まり、思わず高笑いしたものだから
周囲の視線がとても冷たく痛かった。
そんなことはどうでもよかった。それくらいこのプランはオレにとっては完璧なプランであったのだ。
オレはまずこのプランでは絶対に欠かす事の出来ない2人のキーパーソンを呼び出すことにする。
その二人とは黒沼龍三と姫川亜弓。
当然演出は黒沼にやってもらうが、なぜ姫川亜弓がキーパーソンなのか・・・
それは以前「脚本にも興味があり、チャンスがあれば一度書いてみたい」とオレに話したことがあったからだ。
マヤが主演するドラマで脚本家デビューしてもらおうという目論みもあった。
オレは早速二人にアポイントを取り、二人を迎えにいった。
社長室に入るなり、オレは二人に本題を切り出した。
「この度マヤと桜小路が主役のドラマ制作が決まり、お二人には脚本と演出をお願いしたい。
そこでお願いが・・・・実はこれからオレが話す内容をドラマにしてもらい演出をお願いしたいのですが・・・・・」
黒沼と亜弓は思わず身を乗り出してオレの話に食いついてきた。
「実家が旧家の30過ぎの独身男が11歳年下の女の子に恋をする。しかし、さまざまな障害がありなかなか二人の思いは通じない。
紆余曲折がありながら最後は二人が結ばれるというストーリーを書いて欲しいのだか・・・」
オレは自分の事とは悟られないように一生懸命言葉を選びながら二人に話す。
「速水社長・・・・やはりマヤさんが主演と言う事はあまり濃厚なラブストーリーは避けた方が宜しい訳ですよね・・・・。
相手も桜小路さんですし・・・・・。」
(さすが亜弓くんだ・・・・)
オレはホッと胸を撫で下ろした瞬間、黒沼のツッコミに合うことになる。
「おいおい、どこかにそんなヤツいたよな・・・・。煮え切らない独身男がよぉ・・・」
(ちょっと待て!黒沼のオッサンはオレのマヤへの気持ち知ってるのか・・・・)
オレは一瞬焦る。
「黒沼先生・・・マヤさんにぴったりな役じゃありませんこと?
彼女の素直な気持ちを表現してもらえれば、きっといいドラマできますわよ・・・ご期待に添えるよう頑張らせていただきますわ」
「そうだな・・・・オレも演技指導が楽でいいよ・・・。要はあいつが抱いている悶々とした思いを発散させればいいわけだからな・・・・」
黒沼と亜弓は快くオレの依頼を受けてくれた。
しかしここからが、オレのプランにはない恐ろしい展開が待ち受けていたのである。
ある程度こうなる事は予想がついていた。しかし速水真澄を持っても回避する事が出来なかったのである。
「単刀直入にお聞きいたしますが、この独身30男はもしかして速水社長では・・・」
亜弓は鋭く切り込んでくる。
「そして11歳年下の女の子って北島のことだろ・・・・」
黒沼も間髪いれずに痛い所を突いてくる。
オレは必死に冷静を装うが、この二人には勝てなかった。
「速水社長・・・・このお二人のこと詳しくお聞きした方が、よりよい作品が出来るかと思うのですが・・・・・」
(亜弓くん・・・誘導尋問が上手すぎる・・・・)
「そうだな・・・演出する参考になるしな・・・悪いが話してもらえないだろうか・・・」
オレは考えた。この二人にここで逃げられたら、どんなストーリーのドラマになるか分からない。
ましてや、桜小路の思うツボのようなドラマになっては元も子もない。
そしてオレは決心した。このプロジェクトを成功させる為に・・・・・。
「分かりました正直に話しましょう・・・・。その代わりこの話は他言無用ですよ・・・」
オレは二人に切ない胸の内を明かしたのである。
「若ダンナ・・・よく話してくれた。男に二言はない。俺に任せろ・・・・」
「速水社長・・・よく分かりました。必ずいい脚本書いてきますわ。ただ、少々耳の痛いセリフがあるかもしれませんが、それは目をつぶって下さいね。」
この二人にすべてを告白するのは予定外であったが、なんとか交渉が成立した事が何よりの収穫であった。
(しかし、何でこの二人、オレの気持ちを知っていたのだろう・・・・・・)
オレは不思議で不思議で仕方なかった。
一週間後・・・・・・
亜弓から脚本が完成したと連絡があり、早速打ち合わせをする事になった。
ドラマのタイトルは「めぐり逢い」
昭和初期を設定にした切ないストーリー展開であるが、最後には結ばれるという最高の結末を迎えるドラマである。
オレは事前に亜弓から原稿を送ってもらい何度も何度も読み返した。確かに耳の痛いセリフもあるが、それを帳消しするくらい感動的な
内容であった。
「速水社長・・・いかがですか」
亜弓は少し不安そうな顔をしながら尋ねてきた。
「すばらしい・・・・ホントいい脚本だ。デビュー作とは思えないよ」
オレの言葉を聞いて亜弓は一瞬にして満面の笑みを湛える。
「速水の若ダンナ・・・あんたには演技指導という名のもと、北島とのからみをやってもらう。
このドラマが上手く行くのも行かないものもすべてあんた次第だ。心して台本を読んでくるように・・・・。」
黒沼にはある考えがあった。
それは後から分かる事であるが、マヤに「感覚の再現」を体感させる事で自分の正直な気持ちに気付いてもらうというものであった。
「私も最大限お手伝い致しますわ。ですから・・・・しっかりとお読みになって下さいね。」
二人の計り知れない愛情を感じる。
オレのわがままの為に、日本で一番売れている演出家と天才女優を巻き込むなんて・・・思わず苦笑いしてしまう。
(もしかしてこのわがままって日本一のわがまま?)
そんな余裕をかましているのも今日までだった。
その晩から、学芸会以来の芝居の稽古をすることになった。自分を殺し演技に没頭する。
素人のオレにそんなことが出来るのか一瞬不安になる。しかし、これが出来なければマヤに気持ちを伝える事なんて到底出来ない。
全部覚える事が難しいと思った黒沼のオッサンはオレの為に3つのシーンを用意してくれた。
まずマヤを抱きしめる。そしてキスをする。最後に自分の本当の気持ちを語る。
ホップ・ステップ・ジャンプという言葉があるがその言葉がぴったりなくらいのセッティングだった。
撮影まであと1週間と迫った日からは毎日のように黒沼と亜弓との特訓の毎日であった。
実はこの二人の特訓は生半可な・・・というより想像を越えていた。
当然のことながら妥協は許さない。しかも、自分の気持ちを押し隠すような演技をしようものなら容赦ない怒号が飛んでくる。
「そんなんじゃ、北島に思いなんか伝わんないぞ!!」と。
亜弓も適所適所でアドバイスを出してくれる。
「ご自分の気持ちを正直に表現するのが一番ですわよ・・・・」
それは今迄オレが一番苦手としてきたことである。
黒沼の怒号と亜弓のささやきが一週間で素人のオレをメキメキと上達させてくれた。
オレは気が付けば一週間仕事もほとんどせず、特訓に明け暮れたのであった。
そしてドラマ撮影が始まり、オレは黒沼と亜弓の演技指導の成果がバッチリと実を結び思惑通り事が進んだ事は言うまでもない。
そして・・・・・・・・。
黒沼と亜弓は成功したご褒美を要求する為に意気揚揚と大都芸能に乗り込んで来た。
「ご褒美の件だが・・・・・。今ブロードウェイで人気を博しているミュージカルがあるんだけど、上演権が高くてオレには手が出せんのだ。
そこでおまえさんの力でこの上演権を買って来てくれんか・・・・当然演出はオレで主演は亜弓くんだ。
紅天女の春の定期公演の代替でぜひやりたいのだが・・・・・」
オレは一瞬戸惑ってしまう。まあミュージカルの上演件は何とでもなるとして、なぜ春の定期公演の代替なのか・・・・・。
その答えは亜弓が出してくれた。
「ほら・・・来年の春・・・結婚式あるでしょ。何かと準備で忙しいだろうし、新婚旅行にも行かないといけないし・・・。
紅天女の舞台があったら大変だから・・・・」
そう、黒沼と亜弓はオレとマヤの新婚生活のことまで配慮した上でご褒美を要求してきたのである。
何とありがたい事なんだろうと素直に思う。しかしこれで一生頭が上がらなくなることも事実である。
まあ、こんなワガママに付き合ってくれた事を思えばどってことはなかった。
そして亜弓がご褒美について口を開いた。
「私は・・・・3ヶ月間のオフを下さい。海外に行って見たいお芝居を沢山見て自己研鑽に励みたいんです。
ここ1年近くお休みが殆どなかったものですから・・・・。お願いします・・・・」
なんとも亜弓らしいお願いである。
オレはこの二人にどんな無理難題を言われるのか戦々恐々としていたが、取り越し苦労で済みそうだと安心した。
しかしオレはこの二人を少々甘く見ていた。
突然何を言い出すかと思えば、「めぐり逢い」を舞台化すると言い出し、3日間限定でオレに淳一郎をやれと言ったのである。
黒沼はオレの演技力に惚れたと言って口説いてくる。
まあ・・・相手がマヤなら・・・・ついでに脚本にないような濃密なラブシーンだってやってやる。
最後にこれだけを聞いてこのプロジェクトにピリオドを打ちたいと思う。
それはどうしてオレとマヤの気持ちを知っていたのか・・・・ということである。
オレは桜小路みたいに、「マヤが好きだ!!」って言う看板を背負って歩いていたわけではないのに・・・・。
「そうねぇ、速水社長とマヤさんを見ていればそんなことすぐ分かるわよ・・・。私や黒沼先生にしか見えないところに、
「オレはマヤが好きだ!」とか「私・・・速水さんのことが好き・・・・・」って書いてありましたもの。どんなにクールを装ってもむりでしたわよ」
ああ・・・・オレはニヒルでクールを装っていたつもりだったのに・・・・・・。
マヤを前にするとオレのポーカーフェイス神話も脆くも崩れ去っていたのである。
ショックに打ちしひがれるオレに更なるプレッシャーをかけられる。
「まあ、何はともあれお互い自分の気持ちを伝えられたわけだからいいじゃないか。これでマヤも一皮向けていい女優になるぞ・・・。
マヤが一流になるか超一流になるかはおまえさん次第だという事をはっきりと申し上げておこう・・・・」
黒沼もイタズラっぽく笑いながら言う。
結局オレはこの二人の手のひらでいいように転がされていた事を改めて知ったのである。
「でも桜小路さん・・・最後まで受難でしたわね・・・・」
亜弓が桜小路を哀れむように呟く。
それは撮影最終日・・・・桜小路の遅刻の一件である。
あれはオレがわざと桜小路が遅刻するように仕向けたのだ。
それは・・・・オレのマヤにちょっかいを出すとこのような目に遭うということを身をもって知ってもらおうという、オレなりの親心である・・・・・。
ああ・・・こんなプロジェクト・・・もう二度と立ち上げるもんかとオレは固く心に誓った事はいうまでもない。
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