ステキなたくらみ
〜written by 花音〜
北島マヤ・・・・・。
オレの心を虜にした最初で最後の女。
そんなマヤがあの桜小路と激しい恋をし結婚するというドラマを撮影するとことになった。
そんなこと、絶対に許せない。桜小路ごときがオレのマヤにキスしたり抱き合ったりする事は絶対に阻止しなければならない。
あからさまに手出しをすると「職権乱用」とあらぬ事を言われかねない。
オレはどうするのがいいのか真剣に考えた。
そしてオレはある一つのプロジェクトを立ち上げる事にした。
これは速水真澄がなりふり構わず取り組む最初で最後のプロジェクトである。
まず裏で手を廻し製作スタッフとおもなキャストをこちらで指名する事を製作サイドにネゴする事から始まった。
演出は黒沼に依頼する。
彼はオレがどんなにマヤの事を好きでいるかよく分かっている人物で、恐らくオレの計画には間違いなく乗ってくるはずである。
そして脚本は姫川亜弓・・・・・。
彼女は演じるだけなく、シナリオを書かせても類まれな才能をもっている。
マヤのライバルであり一番の親友である彼女にしかお願い出来ないテーマで脚本を書いてもらう事をすでに了解を得ている。
そしてマヤの相手役・・・・。
オレはあえてここで桜小路優を起用する。
少しぐらいはいい思いをさせてやろうという親心と、きれいさっぱり諦めてもらうという魂胆がある。
そして脚本が上がってきた。
ドラマのタイトルは「めぐり逢い」
昭和初期、画家の家に下宿しながら音楽の道を志す雪季とその家の息子淳一郎がお互いに思いを寄せながらも、
家柄の違いで引き裂かれる二人。 激動の時代を生き抜いてやっと二人の思いが届くという、ストーリーである。
(なかなかいい出来だ・・・・。さすが亜弓くんだ)
オレは上機嫌で黒沼との打ち合わせに出かけた。
「よう、速水の若ダンナ。いい作品だなぁ・・・。こりゃいいもん出来上がるぞ・・・・」
「そうですね・・・・。亜弓くんも上手く書いたものですよ・・・・」
「オレも演技指導が楽でいいわ・・・。お互い自分の感情を表現すればいいだけだからな。」
(おっさん・・・よく知ってるじゃないか。それでこそ黒沼龍三だ・・・・)
そして着実に計画は実行に移されていった。
オレは仕事の合間を見て撮影現場の見学に出かけた。
「よう。速水の若ダンナ。今日は見学かい?」
「ええ。進行状況をチェックしに・・・・」
オレは必死になってポーカーフェイスを崩さない様にする。
「まあゆっくり見学していってくれや。」
「それでは遠慮なく」
黒沼は怪しい笑みを残しながらその場を立ち去った。
淳一郎と雪季の別れのシーン。
それは桜の花びらが舞い散る中での抱擁シーンであるが、どうしてもお互い上手く出来ない。
そんな中黒沼の怒号が飛ぶ。
「桜小路。お前自分の感情剥き出しなんだよ。ここはな、抑えた演技の中で感情表現しなきゃダメなんだよ。
大人の男の色香を出さんかい!」
オレは桜小路ごときに「大人の男の色香」なんてまだまだ十年早いと思いながら見ていた。
そして黒沼はあの計画を実行に移し始めた。
「速水の若ダンナ、悪いが手本を示してやってくれ。おまえさんなら「大人の男の色香」がどんなもんか教えてやれるだろうしな。頼むわ・・・」
「黒沼先生 私はどのようにすればよろしいですか?」
オレはあえて平静を装いながら聞いてみる。
「ああ、もしかしたらこれが最後の抱擁かもしれないという哀愁を込めてくれたらそれでいいんだか・・・難しいか?」
「いえ、とりあえずやってみます」
マヤはすでに真っ赤に頬を染めている。
(よし。いいぞ・・・・。)
オレは心の中で大喜びしていた。
「よし、北島。速水の若ダンナを淳一郎だと思って演じてみれ。いいか分かったか!」
「はい・・・・」
マヤは今にも消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。
そして抱擁のシーンをオレは演じ始めた。
しっかりとシナリオを読んでいたせいか、セリフがすらすら出てくる。
「さようなら・・・雪季・・・。」
「雪季はさようならなんて言いません・・・」
「雪季・・・僕はずっと君のこと好きだった」
「私もずっと好きでした・・・。」
そしてオレはマヤを固く抱きしめた。
「おお、いいぞ速水の若ダンナ。いい表情だ。桜小路よく見ておけ。この感じだよ。
北島ぁ!もう二度と会えないかも知れない相手と抱き合ってるんだ。もっと強く抱きしめんかい!」
マヤはもう首筋まで真っ赤になっている。
オレはオレで「もっと、煽ってくれ・・・」と心の中で呟いている。
マヤは躊躇いながらも、しっかりとオレを抱きしめている。
「雪季はずっとお待ちしてます・・・・」
マヤはそう呟くと自分の身をオレに預けてきた。
パパン!
ようやく演技が終った。
「若ダンナ・・・。いい演技だった。演技とは思えないくらいの迫真の演技だった。」
黒沼はオレの演技を誉めてくれた。
オレの正直な気持ちを表現するまでのことだと思いながらも
「お褒めにあずかり恐縮です。」
いつものオレらしく冷静な表情で答えた。
桜小路は嫉妬メラメラの視線でオレを睨み付けている。
本番が始まり、桜小路はオレに触発されたのか黒沼が要求する男の色香を上手く表現しながらマヤを抱きしめている。
オレはキリキリしながら抱き合う二人を見ていた。
(桜小路・・・・。今だけだ。そんなにいい思いが出来るのは・・・・・)
オレは次なる計画を練って撮影現場を後にした。
次の日オレは亜弓とともに撮影現場に訪れた。
唯一ラブシーンといえる場面の撮影があるからだ。
ポプラの並木道がきれいに色づき、ほのかに夕日が差している。
そこで雪季は自分の切ない気持ちを告白する。そして初めての接吻をする。
これはチェックせずして、いつチェックするのかという場面である。
今日の撮影ではマヤが黒沼の集中砲火を浴びていた。
桜小路はルンルンで撮影に臨んでいる。
(桜小路。お前がマヤにキスするなんて100万年早いぞ・・・・)
オレが思わず桜小路をにらみつけた瞬間、黒沼に見つかってしまった。
「おお、速水の若ダンナ。今日もいいところに来てくれた。悪いがマヤの相手をしてやってくれないか・・・」
「えっ」
オレは一瞬戸惑った振りをする。
(よし。よく分かってるじゃないか・・・。黒沼のオッサン・・・・)
「この間みたいに、イメージを伝えてやって欲しいんだ。悪いが頼むよ。この通りだ・・・・」
「わかりました。ご期待に添えるように頑張ります。ところで、ホントにキスしちゃっていいんですかねぇ?」
オレは一応黒沼に確認をする。
「えっ!!!それは絶対ダメです!!」
マヤは叫んでいた。
そこで亜弓が絶妙のタイミングで援護射撃してくれる。
「マヤさん。あなた全然このシーンできてないじゃない。私の思い描くシーンじゃないわ。
これじゃこのドラマ、失敗って言われるわよ。それでもいいの?
あなた「感覚の再現」って得意よね。ここでちゃんと出来れば、後は再現するだけでしょ。」
「えっ・・・・。でも・・・・・」
「マヤさん・・・・。あなたなら出来るわ・・・。だから勇気出して・・・・」
亜弓はマヤを必死になって説得している。
(さすが亜弓さんだ。何も言わなくてもちゃんと分かってるじゃないか・・・)
桜小路は一連のやり取りを聞いていて憮然としている。まるで「どうしてオレじゃダメなんだ・・・」と言わんばかりに。
そして桜小路の代わりとして、マヤの演技指導に付き合った。
「淳一郎さん・・・・。雪季はずっとあなたの事をお慕いしておりました・・・・。叶わぬ想いという事は分かっております・・・。
でもこの想いは誰にも止められません・・・・」
マヤは瞳を潤ませながらオレを見つめている。
一瞬マヤが言っているように思える。しかしこのセリフを言っているのはマヤが演じる雪季だ。それでもオレの心臓は激しく鼓動した。
「雪季・・・・。」
オレはしっかりマヤを抱きしめた。
「私も雪季のことが好きでたまらない。しかし、私にはこの気持ちを貫くだけの力が無い・・・・。本当に情けない。こんな私を許して欲しい・・・」
オレは自分でこのセリフを言いながら、改めて自分のダメさ加減を思い知らされる。
「いいんです・・・。いいんです淳一郎さん。雪季はその淳一郎さんのお気持ちだけで充分です。」
オレは人差し指でマヤの顔を上に向けた。
そして万感の想いをこめて接吻をした・・・・。
どれくらい時間が過ぎたのだろう・・・・。
オレはマヤの「速水さん・・・苦しい・・・」という声で我に返った。
「いやあ、速水の若ダンナ。あんた天才だよ。オレさぁ、芝居だって事忘れて見入ってしまったよ。」
黒沼は必死になって笑いを堪えている。
「マヤさん・・・・。その演技よ。私がここであなたにして欲しい演技だわ。
自分で書いたセリフなのに、思わず涙が溢れそうになったわ・・・・」
亜弓は亜弓でマヤに語りかけている。
マヤは放心していた。
まるで、一体何が自分の身に起きた事が理解出来ないようだった。
放心する中で、マヤはやっと自分の素直な気持ちに気が付いた。
(私・・・やっぱり速水さんのこと好き・・・・)
束の間の休憩の間も、マヤの心臓はドキドキしていた。
そしてその日のシーンも無事取り終わることが出来た。
しかし桜小路は面白くなかった。
それはマヤとキスできると思いルンルンで撮影に臨んだのに、速水とマヤのキスシーンをまざまざと見せ付けられた挙句、
いざ自分の時には寸止めを食らってしまったのだ。
「やっぱりマヤちゃん・・・。速水さんのこと好きだったんだね・・・」
そう呟く桜小路の背中は淋しそうだった。
オレはそんな桜小路の後姿を見て、少しだけ良心の呵責を感じた。
そして撮影最後の日がやってきた。クライマックスのシーンを撮るとの事で、オレは早々と撮影現場に出かけた。
すでにマヤはスタンバイしている。
時折オレの方を見ている。でもオレが視線を投げかけると恥ずかしそうに俯いたりする。
一足遅れて亜弓がやってきた。
「いよいよ最後ですわね・・・・」
「ああ・・・。君のお蔭でオレの計画、何とか上手くいきそうだよ」
「そう言って頂けると何よりですわ。それよりも、今日のシーン・・・・・ちゃんとお読みになって?」
「ああ、君との約束だ。オレは約束を守る男だからな・・・」
「そうですわね・・・・・。あと一息ですわ・・・・」
オレは亜弓とともにマヤを見つめていた。
最後のシーンのリハーサルが始まろうとしている。
桜小路がまだ現場に到着していなかった。
「速水の若ダンナ・・・。最後まで申し訳ない。桜小路のバカタレがまだ着てないんだ。
悪いがリハーサルに付き合ってくれ。どうせお前さんのことだ、台本はちゃんと読んできているだろう?」
「ええ・・・・。分かりました。」
「北島ぁ、今日が最後だ。気合入れて行けよ!」
黒沼は笑いながらオレに目配せをしていた。
そしてリハーサルが始まった。
激動の時代を乗り越えて雪季と淳一郎が再会するという最後のクライマックスであり、
少ないセリフで自分の感情を表現しなければならない難しいシーンであった。
「淳一郎さん・・・・・・・」
「雪季・・・・雪季か・・・・」
「嬉しゅうございます。もう逢えないと思っておりました・・・・」
「私もだ・・・・。雪季・・・・私も、もう二度と逢えないと思っていた」
「もう君を離さない。マヤ・・。オレは君のことが好きだ。もう離さない。」
(えっ・・・・?)
マヤの思考は一瞬止まった。
「速水さん・・・・。セリフ違うよ・・・・」
「間違ってなんかいないさ。今のセリフは淳一郎のセリフじゃない。速水真澄の本当の気持ちだ・・・・」
オレはやっとマヤに正直な気持ちを打ち明けた。
マヤは瞳をウルウルさせている。
絶妙のタイミングで黒沼がマヤに指示を出す。
「北島ぁ!ちゃんと続けんかい。お前さんの正直な気持ちでやってみろや。」
マヤは目を閉じて大きく深呼吸した。
「淳一郎さん・・・・。ううん、速水さん・・・。私ずっと好きだった。貴方の事忘れようとしたけれど、忘れられない・・・・。
これは雪季のセリフじゃない。いつもドンくさい何のとりえの無い北島マヤの正直な気持ちです・・・・」
「マヤ・・・・・」
オレは思わずマヤを抱きしめた。
もうオレにはマヤしか見えなかった。
「オレはもう二度と君を離さない・・・。いいな・・・。」
「はい・・・・」
黒沼と亜弓が満面の笑みでオレ達を見つめながら成功の握手をしている。
「速水の若ダンナ。思う存分北島に想い伝えられたな。
それにしても役者としてのセンスあるんじゃないか?今度オレの舞台に出る事を真剣に考えないか?」
「ホントそうですわね。でも黒沼先生。速水社長の感覚の再現のエチュードは最高でしたわ。
私、一生懸命シナリオ書いた甲斐がありましたわ・・・」
マヤは唖然としている。
そして遅刻した桜小路はこの一部始終を見てしまったため、真っ青な顔をして立ちすくんでいた。
「私・・・。まんまとみんなの企みにはまってしまったのね・・・・」
「ああ、そうだ。何てたってこのプロジェクトのテーマは『ステキな企み』だからな・・・・」
「でもそのお蔭で私、やっと自分の想い伝えられました・・・・。ありがとう。もう思い残す事ないわ・・・・・」
「おいおい、ちょっと待て。あれはセリフなんかじゃないぞ。俺の気持ちだぞ・・・。」
「えっ・・・?」
「おいおい・・・いい加減気付いてくれよぉ・・・」
オレは思わず本音を漏らしてしまった。
今回のプロジェクト。
それはオレがマヤに告白をする一世一代の大芝居をする為に企画されたものであり、
もともと本格志向のあるオレはついつい手の込んだ事を思いついてしまったのだ。
我ながら恐るべし発想である。
そして・・・・・・・。
オレは成功した暁には、どんな事でもすると約束していた。
当然二人はその言葉を忘れてはいない。
どんな要望がでるか今から戦々恐々しているオレである。
忘れてはならないのは、桜小路のその後である。
失意のどん底からいい意味で開き直る事が出来た彼は新境地を開拓し、
昼メロには桜小路優と言われるくらいのセクシー派として活躍・・・・していると風の便りで聞いた。
そしてマヤとは・・・・・。
相変わらず憎まれ口を叩きながら来年の春に向けた結婚式の準備をしている。
そして事あるごとにこのプロジェクトのことを触れ、オレを困らすマヤである。
しかしオレはそんなマヤが愛しくてたまらない。
実はここまでは上手くいっていたはずなのに・・・・・。
一つだけ落とし穴があった。
このプロジェクトのレポート作成が全く持って出来ていない。
そろそろ水城くんの矢のような催促が来るはずである。
おしまい
*「ステキなたくらみ〜速水真澄 本心を語る〜」←メーキングバージョンもあります*
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