※ 「JUST SHAKE」 それは、コミックス34巻にて、桜小路が紅天女の配役オーディションの時に着ていた服…。  
あまりにインパクトが強かったのでタイトルとして使わせてもらっただけであり、特に意味はありません。。。







JUST SHAKE! 1








都会でも雪のちらつく日々が続いている。

冷たい北風は容赦なく吹き荒れ、誰もが身を震わす日々。


…季節は冬の真っ只中。




ところが、そんなことは無問題とばかりに、はらりとトレンチコートを翻(ひるがえ)す男が約一名…。

彼は大きなビルに背を向け、どうしようもなく嬉しくてたまらないという顔つきをしながら、いそいそと

高級外車の後部座席に身を任せ、都会の中心で愛をさけんでいた。


(さあ今日も仕事は終わった〜!楽しい我が家にレッツゴー!!!)




…彼の名前は、速水真澄。

誰もが知っている、あの大都芸能の社長である。

彼が今、全身から振りまくハッピーオーラは、過去に ”卑劣でクールで手厳しい鬼社長” と恐れられ

た男とはまるで別人28号…。






まあ、それもそのはずだった。


彼は、長年想い続けた女性…北島マヤを妻として迎え入れてまだ半年足らず。 

そう、彼らは正真正銘、アツアツ&ラブラブの新婚さんなのだ…!


(俺たちほどラブラブな二人はこの世には他にいないであろう…)

真澄は満足そうに髪をかきあげた。



まさに ”新婚ホヤホヤ” という言葉がぴったりの日々。

それは、本当に頭から湯気がでているのではないか、とバカバカしい心配をしてしまうほどに…。


マヤと離れ離れの場所に仕事に行かなくてはならぬ朝などは、特に別れがたくて仕方がなかった。

なにしろ、自分と彼女は互いに引かれ合う磁石のようなもの。

彼女との出会いをプレゼントしてくれた神には、アルディス姫以上の微笑みを返したい気分だ。


(俺は一生、幸せを約束されたのだ!俺達は誰にも引き裂くことのできぬ魂の片割れ同士♪)


あまりに甘すぎる日々は知らぬうちに彼の顔つきまで変えてしまった。

そしてとうとう、鼻の下どころかアゴまで伸びきって、ますますだらしのない顔になる。


なんなら本気で”新婚さんいらっしゃい”に出演してもいいと思う…。今までは他人の色恋沙汰だの、

くだらない下ネタ&ラブラブバカッぷり全開の番組など、全く興味の欠片もなかった人生であるが、自分

が出演するとなれば話は別だ。どうせ出るのなら、桂三枝がソファーから転げ落ちるほどノロけてやり、

世間を赤面させてみたい。


真澄は大事な書類の詰まったブリーフケースを適当にあしらうと、駆け抜ける甘い妄想に包まれ、幸せ

いっぱいな気持ちを更に満たそうと深呼吸をする。


(だいたい、真面目に生きてりゃいい事があるのが世の中というものなんだ…♪♪♪)






・・・さて、彼の浮かれっぷりを加速させる理由が、更にもう一つあった。


それは、真澄にとって目の上のタンコブとも言える桜小路優が、数ヶ月前に突然、芸能界を引退した

ということ。

これはまさに意外な展開であり…真澄はほんのちょっぴり、僅か0.1mmほどであるが胸を痛めた。


確かに…マヤに失恋してボロボロの桜小路の心情を知りながらも、追い討ちをかけるように結婚式の

招待状を届けることを決めたのは他ならぬ自分であり、矛盾していると言えばそうなのだが。


真澄は車外の景色をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと瞳を閉じる。


…それにしても、マヤと二人でラブラブ&イチャイチャしながら桜小路に結婚式の招待状を書くなんて、

過去に数多く妄想した中でも確実に 『叶わぬ夢 ベスト10』 に入るものであり、それが現実となった

瞬間は、夢なのではないか、と、思わずペンを握る手が震えてしまったのをよく覚えている。

…そして、「俺が投函しておこう」と封筒を預かり、出す直前に”真澄&マヤ”とラメ入りのピンクのペン

でサインを加え、更にわざわざ文具店で山ほどハートのシールを購入してベタベタと貼り付けたという、

地味ながらも効果抜群の嫌がらせも、思い出すだけで笑いが止まらなかった。


(あいつが ”ガビーン” なんて効果音つきでショックを受けた顔が目に浮かぶようだ…フフッ)

まあ、文具店に足を運んでくれた、頼りになる部下も共犯者というところであろう。



(…しかし…)


突然真澄は目を見開くと、チッと小さく舌打ちをした。

なぜなら、そのようなイジワルな追い討ちが裏目に出てしまい残念な結果を招いた、という事実を思い

出したからだ…。

真澄は悔しそうにフッと表情を曇らせつつ、唇を噛み締める。



(アイツめ…)



マヤに完全にハートブレイクした桜小路は…結婚式当日、とうとう姿を現すことはなかった。


…式にヤツが来たら、ここぞとばかりに目の前でディープキスを見せ付けてやるつもりだったのに…。

そしてヤツのテーブルはウェディングケーキの入刀の際に最もよく見えるように配置済みだったし、その

後のパーティーではマヤとお揃いの高級プラチナ&ダイヤ入りペンダントをさり気なく(わざとらしく)装着

し、特注のライトアップにより眩しいほどの輝きを演出させてやるつもりだった!!!!


それなのに!

ちきしょう…!


(くうううっ〜!!せっかく呼んでやったのに!!!!)

・・・”呼んでやった”というより、呼びたくて仕方がなかったというのが本音ではあるが。




桜小路が芸能界を出て行ったのは、二人が結婚式を終えてしばらくしてことだった。

もしかしたら、最後の手段として彼に送りつけてやった結婚式のDVDを見たことが原因となり、ショック

の余りに引退を決意したのかもしれない。 もしくは、新婚旅行先のヨーロッパでのラブラブツーショット

写真をわざわざ拡大して彼の家に投函させておいたことがキッカケになったのかもしれない…。


まあ、しょせんそんな失恋なんてモノが原因で演劇をやめてしまう者など、大都芸能には用なしと言え

る。別に紅天女の一真役など彼でなくても間に合うし、なんなら自分がやってもいいのだ。

真澄は腕組みをし、自分をとことん正当化するなり、満足そうにウンウンと頷く。


結局あれから…父親の仕事が上手くいかず、桜小路が一人暮らしのマンションを出て実家に戻り、家族

と共に姿を消した…という情報がどこからか聞こえてきてはいたが、真澄にとってそんなことは知ったこっ

ちゃない出来事だと聞き流した。


その時点で真澄の脳内にある ”マヤ付近の要注意人物リスト” から、彼の名は排除されたのだ。

もはや凡人になった桜小路など、どうでもいい…。

愛しのマヤにベタベタとまとわり付き、共演をきっかけに接近しようとするウザイ男が消えたなんて、これ

以上に清々しいことはなかった。


それでもまあ、いつか 『あの人は今!』 などという特番を組む時には居所を掴み、声をかけてやっても

いいかな、と真澄は思う。


(俺ってイイ奴だな・・・)

自分の優しい感情に驚きつつ、胸が熱くなってきた。

いつからこんなに他人に優しくなれるようになったのだろう。 

そうだ、こんなに清い心の理由はマヤだ。すべてがマヤのお陰なのだ!


(あいつがウロウロしていない人生は、やっぱり最高だな♪ マヤ〜マヤマヤマヤ〜♪)




ご機嫌の真澄を乗せた車は、静かに屋敷へと向かう…。














「ただいま・・・」


「おかえりなさ〜い」


屋敷に到着すると、愛しのマヤがパタパタと足音をたて、玄関に出迎えてくれた。

真っ白なセーターに淡いピンク色のミニスカート。黒髪をなびかせながらキラキラとした瞳は眩しすぎて

たまらない。まるで野うさぎのように軽やかで可愛らしい・・・。


(なんという幸せな俺・・・!!)


真澄は、まるで暗い過去が夢だったのではないかと錯覚した。

それほどに今、幸せに満ち溢れているからだ。

” 幸せは歩いてこない・・だから歩いていくんだね・・・ ”という言葉が身に沁みる。

人生いろいろ…山あれば谷あり!今現在、人生に絶望を感じ落ち込んでいる人がいるのなら、力強く

肩を叩いて励ましてやりたい…!

真澄は心の底からそんなことを思う。


「やあ・・・相変わらず元気だな、君は。 ところで今日は何をしていたんだ?」

彼はさまざまな思考を押し殺し、ウキウキした心を悟られないようにクールな表情を取り繕いながら、

ようやくマヤに声をかけた。

実際には、マヤが ”アナタのことばかりを考えていたの♪…寂しかったわ” などと言いながらキスを

ねだったりするシチュが猛スピードで脳裏を駆け巡ったりもしているのだが、そんなことを悟られるわけ

にはいかないし、使用人が溢れている屋敷では不可能であろう。



・・・しかし・・・・彼女の口から飛び出した言葉は、そんな甘いモノではなかった。


「・・・あのね・・・今日、桜小路くんに会ったの!」




「!!!!!!!!!!!」




(なっっっっ!!!なにィィィィーーーーーーー!!!!!)




一瞬にして、春の野山に突然、雪崩が発生したかのような衝撃が走った。

それどころか彼の心にある平穏な浮かれた野山は消え去り、突然出没した大きな火山が噴火寸前

である。


(桜小路!桜小路!桜小路!サクラコーーーーーーージッッッ!!)

まるでエコーのように彼の頭の中はグルグルとその名前で埋め尽くされる。 


真澄は、今までの笑みが嘘のようにブルーな顔立ちでフリーズしてしまった。

…それでも、バカげた心をマヤに晒すわけにはいかない…。

は…う…。



「ほ・・・ほう・・・そうか・・・芸能界を出た彼が一体どこに?」


真澄はなるべく気を落ち着かせようとしたつもりだった。

しかし、かなり動揺していたのだろうか…使用人が用意してくれたムートンの高級スリッパに気付かず、

おもむろにサイドのラックにあったマヤのスリッパを手にし、足を突っ込んでしまっていた。

ちなみにそれはマヤが日替わりで愛用している動物スリッパシリーズであり、彼が足を通してしまった

のは怪獣の足型をしたカラフルな緑色のモノである。


「あ、真澄さん、ソレ、あたしのスリッパ・・・」


「あ、ああ・・・すまん・・・うっかり・・・」


(お、俺としたことが、くだらないスリッパに足を!!!!(白目))


桜小路に対するショックに加え、ささいな事にもブルーになる真澄。


しかし、どうにか心の動揺を誤魔化していると、マヤが会話を進めてきた。


「うん、あのね・・・桜小路くんったら、レストランをオープンさせたの!知ってた?」


(なんだって!?)

真澄は首をひねる。 そんな話は聞いたことがない。 …というより、もう芸能界を出てしまった桜小路

に対しては危機感もなく、彼がどうしているなどという調査もさせていなかったのだ。

なんということだ!!…このところ、聖のヤツも気が緩んでいたに違いない!


「いや、俺は…知らなかったが…」

真澄は呆然としながらもそう答える。


「ふーん・・・やっぱり誰も知らないわよね。それでね、今日チラシを持ってきてくれたの。プレオープンが

明日なんだって。あたし、明日お休みだから行こうかな、って」



(なにっ!!!!!!)

真澄の目がキラリと鋭い光を放った。


冗談じゃない・・・あいつの運営するレストランにマヤがヒョコヒョコと行くなんて危険すぎる!

もしかしたら怪しげなモノ (研究に研究を重ねた惚れ薬?) などが入っているかもしれない!! 


(あいつめェェェーーーーー!!俺の幸せを壊すつもりか〜!?!?!?)

・・・そこまで考えてしまう彼は相当にヤバイ。



「マヤ・・・俺も明日は偶然、休みなんだ・・・2人で行こうじゃないか」

真澄は咄嗟に、そう口をついていた。


「え・・・?ほんと?」

マヤが嬉しそうな笑顔で飛び上がるのを見て、可愛くてたまらない気持ちになる。

僅かなことでこんな幸せを与えてくれるのはマヤしかいないであろう・・・。



でも…実際には仕事が休みなんて嘘だったりする…。

今日も山積みの書類を社長室に置き、残業をほったらかしにして定時ダッシュで帰宅したのだ。

しかし、彼女のこんな顔を見たら、今さら嘘だなんて言えない・・・・(言う気もないが)。


(まあいい・・・適当に水城くんにやってもらおう…)

真澄は有能な秘書に感謝していた。


(仕事なんて今は二の次だ。それよりも重大な事がこの世にはたくさんあるのだ!!)

・・・どう考えても重大どころかくだらない用事に間違いないのだが。



それにしても、例え自分の家のレストランだろうが、マヤを誘うなどとは…!本当に桜小路のずうずうしさ

は天下一だと思う。 

実際にはそこまで怒り狂う真澄の嫉妬深さのほうが天下一とも言えるが。


(とにかく、あいつの名前を聞いただけで、嫌な思い出ばかりがよみがえってきてしまう…!)

真澄は遠い目をしながら唇を噛み締めた。


――紅天女の里では、俺が近くにいると知りながら、わざとマヤに無理やり汚らしい上着を羽織らせ、

背後から抱きついたりもしていた――

あの時、余りのショックで、心臓に穴が空くかと思うほどの衝撃がズキーーーンと突き刺さったのをよく

覚えている。


(おかげで、どれだけ俺の白目シーンが増えたと思っているんだ…)

…あれは、あいつがわざと嫌がらせをしたんだ!間違いない。


ついでに、あのペアのイルカのペンダント&バイクの二人乗り!そしてそして、俺より先に海にダイブした

あの日のことだって!!!!!!!!!!


(桜小路め〜!!あんにゃろ〜! 覚えてろよ!)

真澄は自分の弱さを棚に置き、過去にまで執着してワナワナと握りこぶしを震わせる。


(よーーーし!こうなったら・・・・・マヤと2人でラブラブディナーを見せ付けてやる!)


彼の頭の中は、あっという間にシナリオが出来上がっていた。




「真澄さん、これ食べてみて!はい、あ〜ん」

「こらこら、君は相変わらず子供なんだから・・・」

(と言いながらも口を開けて食べさせてもらう俺)


「おいしい?」

「ああ・・・君と食べればどんなものでもおいしいけどな♪ 俺は幸せだよ」

ぐっと顔を近づけ、囁くように声を掛ける俺。


「あたしも幸せ♪ 真澄さん大好き♪」

「俺も大好きだよ♪今夜のデザートも君自身かな…?隅々までたっぷり味わうとするか…」

「やあだっ☆もう、真澄さんのバカバカッ〜〜♪いや〜ん!!!」




イチャイチャしながら食事をするシーンは、次々と真澄の脳裏を飛び交っていく。

もちろん、こんなバカなこと、とても屋敷内では不可能だ。明日は、ここぞとばかりに発散してやるのだ!

・・・しかも桜小路の目の前で、だ!!

悔しそうにメニュー表などを抱えているヤツの姿が目に浮ぶと、もうそれだけで嫌なことすべてが吹っ飛

ぶ気がしてくる。


(ふははははは!!!桜小路っ!今のうちに目薬でも差して、俺とマヤの超ラブラブシーンを堪能する

準備でもしておきやがれっ)


先ほどまでの青ざめた顔が嘘のように、一気に生気がみなぎる真澄。 まるで信号が青から赤に変わ

ったかのようである。

まさに歩く信号男、速水真澄! しかし、彼の信号は変わりやすいので、あまり当てにならない。




「ところで場所はどこなんだ?」

ようやく心を落ち着かせた真澄は、爽やかな笑顔でネクタイを緩めながらマヤに問いかけた。


「うん。あたしのレッスン場からも近いのよ・・・ほら・・・」

マヤがそう言いながらチラシを差し出すと、真澄は眉をひそめてしまった。


なんだかアメリカンなカラフルなチラシだ。

デカデカとした文字で『JUST SHAKE! いよいよオープン☆☆』と書かれている…。

何やら洋食料理メインのレストランらしいが…右下のほうには桜小路一家の写真が載り、ヤツの妹で

ある玉美が不細工な笑みを浮かべているのがなぜか目を惹く。 そして更に桜小路の写真の横には

”レストラン界のプリンス”などと書かれている上に、「今夜も…JUST SHAKE☆」という言葉まで。


(な〜にがジャストシェイクだよ・・・)

真澄は心の底からバカにしていた。


ところが、

「なんだかオシャレな感じよね〜。楽しみだわ」

と、ワクワクしているマヤの姿が目に飛び込み、ピキッとこめかみ辺りに怒りマークが現れる。


(!!ムムッ!!)


マヤが自分以外のことに興味を持つのが許せない。

しかも、それが桜小路の店だと思うと怒りは倍増どころか100000000000倍だ。


(くっそおおおおっ・・・)


・・・しかし、こんなに熱い思いを抱えるのも久しぶりだナ、などと、どこか熱くなる思いが懐かしくも思える

のは不思議だ。ライバルがいなくなったという現実は嬉しい反面、何かが足りないような寂しさがあった

のかもしれない。 

しかし、彼の場合、それは ”自分とマヤが相思相愛である” というのが大前提ではあるが。


真澄は大きく深呼吸をすると、まるで競馬がスタートする直前の馬のように鼻息を荒くした。


(さあ、かかってきやがれ!桜小路っっっ!!)




…彼のバカバカしいライバル心にも気付かず、マヤは翌日の彼とのデートを楽しみに微笑んでいた。











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