とは言っても、そんな予定を全く聞かされていなかった水城は電話越しで何やらピーチクパーチク叫んで いたのが…。
真澄は レストランに向かうためにハンドルを握りながら、会社のことはスッパリと思考から切り落とすこと に決め、今朝からの楽しい出来事を思い起こしていく。
ワンシーンのこと。 マヤは寝すぎて空腹だったのか、あっと言う間に5枚も平らげ、真澄の目を丸くさせ た。 その後は部屋でイチャつきながらビデオを鑑賞♪…まさにラブラブな時間だった。マヤは画面に食 い入るように集中していたが、それを良いことにすっぽりと背後から彼女を抱きしめ、軽く2時間は過ぎ 去ったのだ。 更に庭でのんびり池などを眺めて過ごした昼下がりのひとときを思い出しかけた時…真澄はハッと真面目 な顔つきをし、眉をひそめた。 …それは、マヤがオヤジの大切にしている錦鯉のゴンタにエサをやり過ぎたことにより彼の動きが鈍り、 白目青筋で冷や汗をかいてしまったことを思い出したからだ…。 (う…む…) まあ、とりあえず無事だと思われるが、万が一のことを考えゴンタの画像を聖に送っておいたからよい。 彼ならゴンタそっくりの鯉を探し出し、入れ替える事も可能であろう。それが無理なら”クローン・ゴンタ” を作り出せばよいだけのこと…。 大丈夫だ…。
毎日こんなふうに暮らせたらどんなに…と、思う…。
そう、それこそが僅かな幸せなのだと思い込むようにしていた…。
…今ではもう、マヤと過ごす時間以上に幸せなものなどこの世にない、と断言できる。
過去の自分を棚に上げてニンマリとする真澄。
思わず溜息がこぼれてしまいそうになる。 今の自分と明日の自分では、まるで天国と地獄のような違いだ…。
ついでに、水城のカリカリした表情も3D映像のようにリアルに浮かび上がってくる。 ブルーマウンテンも入れてもらえるかどうか…。
てお休みの日は楽しいね♪毎日こうだったらいいのに…ね!!」
それはまるで、自分の今の正直な気持ちを代弁するかのようなセリフだったから…。
そしてその彼女の素直な言葉が羨ましいとすら思う…。 本当に…彼女と一緒であれば、どんなに不自由な無人島でさえも生きていけるに違いない。 紅天女なんてどうでもいい。手がけているプロジェクトの成功も失敗もどうでもいい…。 誰もいない場所でマヤを独り占めしてしまいたい…。
仕事だって前向きにやっていかなければならないんだ…」
マヤは舌をペロリと出しながらそう呟く。
ゴクリ。。。 せることにした…。
に叫んだ。
運転に集中していた真澄の視界にも、”JUST SHAKE” と書かれている看板が目に飛び込んできた。 チラシの通り、アメリカンな雰囲気の店のようだ。 …が…
店が近づくにつれ、真澄は思わず心の中でウッとうめいてしまった。
それともわざとそういう雰囲気にしたのか…。 ついでに、レトロなコーラの看板などもいくつか立てかけてあるようだ。 ヘボい…。あまりにもヘボすぎる…。なんというセンスの悪さ…。
真澄はマヤにとって何が「すごい」と感じたのか相当気になり、ピキッと額に怒りマークを浮かべて絶句 した。
なら、三日ほどかけて屋敷をリフォームするか?)
やはり、マヤとのツーショットを見せ付けてショックを与えるには、突然のほうが効果があるに決まって いるからだ。
ポッと顔を赤らめたマヤがゆっくりと腕に掴まる。
まずは作戦成功だ。 これは、しょっぱなから桜小路を白目にさせてやるための作戦なのだ!!
二人が赤色の派手なドアを開けると、桜小路の妹である玉美が底意地の悪そうなスマイルで出迎えて くれた。
まるで品のないホステスのような玉美に引き気味になる真澄。しかし、彼女の背後でフリーズした状態 の桜小路を見つけるなり、目をキラリと輝かせた。 ヤツは死に損ないの金魚のように、口をパクパクとさせ立ち尽くしている。
とマヤのラブラブツーショットを!!)
明らかに動揺しているのであろう。ようやく発せられた桜小路の声は明らかに震えていた。無理やり笑顔 を作っていることも一目瞭然である。 世にも愉快な光景だ。 高ぶる気持ちを胸の中に充満させ、優越感たっぷりの真澄は満足そうに口を開く。
とは…おめでとう…」 彼は店内をぐるりと見渡す素振りをし、思ってもいない言葉を台本どおりに並べ立てていく。
の前で熱いキッスなんかを見せ付けてやってもいい。 いや、それよりも、この店を貸切にして再び結婚 式の二次会のようなものをするというのはどうであろうか…。
桜小路は真澄に視線を合わせようとはせず、ぼそりと声を出す。 そして忙しそうな素振りを見せつつ、あっさりと背を向け、そそくさと厨房に消えてしまった。
真澄はちょっぴり物足りなくも思いつつ、フンッと鼻を鳴らして下唇を噛んだ。
ホステス玉美に席を案内され、真澄とマヤはゾロゾロとボックス席へ向かっていった。
マヤがそっと呟く。
いた。
だいたい、真澄が普段から通う店はどこも一流のアーティストがデザインを手がけたりして、和みの空間 を上手く演出させている。 …なのに、このヘンテコリンな店は…インド風のゾウの置物やらヨーロピアンなロウソク台、レトロな昭和 初期を思わせる雑貨、アメリカンな横文字の看板などゴチャゴチャと意味不明なものが入り乱れていて、 どうにもこうにもセンスがなさすぎるのだ…。
そのドアにはペンギンのイラストが描かれていて、小さく ”Yoko” というサインが確認できる。 イラストレーターである、いとこの葉子に頼んで描いてもらったのであろうか…。
ルにやってきた。
らせして下さいね〜」
ーン店で導入しているようなシステムを扱うなんて…。そんな予算があるならもう少し内装を考えろよ!と 説教のひとつでもしてやりたいところだ…。
そんな彼とは対照的に、さっそくマヤは嬉しそうな顔をしてメニューを広げ始めている…。
ほどなく、目の前にいる彼女が顔を上げて叫んでいた。
ポトリとタバコを取り落とし、言葉を失った。
◎メルヘンなサラダ◎ 君の瞳にスマッシュ☆サラダ 君に胸キュン☆サラダ 〜レモン味〜 ドッキドキ☆恋心サラダ〜乙女風〜
丘の上の呑気な狩人風ハンバーグ ハートを盗まれた王子のパスタ ハイ、チーズッ!ピザ 夢みる天使の微笑みグラタン イジワル小悪魔の気まぐれグラタン いたずらワンコのおねだりシチュー 怯えた小ウサギのドッキリ♪サンド 愉快な小リスのワクワク☆オムライス 迷える子羊のソテー 〜セレナーデと共に〜
ベーコンのカルボナーラ シーフードのスパゲッティ あの日のスープ カレーライス ソース味 おでん(がんも・ちくわ) コーラ付き パエリア(二人前) 〜ベイサイド風〜 ハンバーガー&ポテト 〜ネコドナルド風〜 ・ ・ ・ その辺りまで目を通したところで、あまりに個人的趣味に走った内容に息を呑んだ。
メルヘン料理って…メルヘンなのは料理じゃなくて、オマエのアタマの中だろォ〜がっ!!) 心の底から叫びたい気持ちを抑え、肩を震わす真澄。
ついでに ”迷える子羊のソテー” なんて…食べる気も起こらん…そんでもってセレナーデ風…) もはやどこから突っ込んでいいのか分からない状態だ。 真澄はブツブツブツと呟きつつ、今度は ”シェフの思い出料理” に目を向けて、拳を握り締める。
マヤの昔のバイト先の……!!桜小路ッ〜〜!あの日のスープ、って!!?あの日って!?!?)
マヤに急かされ、真澄は大慌てで怒りを抑え、冷静さを取り戻した。
のものを注文しないといけないのか???この俺が?フッ…冗談じゃない…。こうなったら、できるだけ まともな名前のメニューを注文するか…しかし…どれもまともじゃないし…) グルグルと頭の中をメルヘンな言葉達が飛び交っていく…。 どうにも気が狂いそうだ…。
なんだか何もかもがどうでもよくなり、真澄は決断した。
スパゲティとか頼むと思った。 じゃあ、あたしは、”君の瞳にスマッシュ☆サラダ”と、 ”夢みる天使の 微笑みグラタン” にする」
真澄は改めて恥ずかしいネーミングに溜息をついた。できればマヤに注文を頼んでもらいたい…。しかし レストランではスムーズに男の方がオーダーするものだ、と思うし…。
彼はそのことに気付くとホッと息をつき、軽やかな気持ちでサイドにあるボタンを押した。
真澄は一気に全身がフリーズし、嫌な汗を背中に感じる。
いシステムだったのだ!
ライス。あとは… ”夢見る…」
名前は消し去ってしまいたい…。
天使の微笑みグラタン” 以上ですね!!」
それなのにこんな大声でハッキリと注文を繰り返すなんて…。 これは桜小路の陰謀か…?
…真澄は思った。
まだ店に来て10分ほどしか経過していないのにこの落ち着かない気持ちとムカつきは何なんだ。 今、吸おうとしているタバコよりも100万倍も健康に害がありそうなストレスだ…。
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