心の底からそう実感し、暴走する彼女への想いはどうにも止まりそうになかった。
やはり彼女は天女のような存在なのだ…。 24時間見つめていても飽きることなどあり得ない。 …いや、365日見つめ続けていたって…。
彼がそんな熱い思いを かれこれ10分ほど堪能していた時のことだった。
夢心地でいた真澄は我に返った。
あろうか…。 なんとも人をバカにしているように見えて仕方がない。 先ほどまで近辺に溢れていた幸せなオーラが、みるみるうちに汚れていくのが分かる…。
速水社長でよろしいですかァ〜?」
真澄は力なく呟く。 (そうだった…俺は”狩人バーグ”を注文したのだ…)
が脳裏いっぱいに広がり、途端に激しい頭痛が沸き起こる。
という表情は非常に純真で可愛らしく、真澄の心を溶かしていく。
の意識を奪った。
に強く存在感を残した。 それはまるでダンディ坂野を意識したようなポーズで全くキマってない上にシラけムードが全開である。 こんなことなら雪村みちるの歌う失恋レストランのほうがよっぽどノリが良いと思えるほど…。 しかし、彼女は満足そうな足取りでワゴンを押しながら去っていった。 この激しい勘違いっぷりは、やはり桜小路の妹以外に有り得ない。
…が… なんと今度は、彼女が着ているスタッフTシャツにビッシリと”JUST☆SHAKE”という文字が埋め尽くされ ていることに気付いてしまう。
真澄は思わず目をゴシゴシと擦った。
先ほどの玉美の決めポーズと共にJUST☆SHAKEの文字に脳が支配されていく…。
マヤの言葉にハッとした真澄は、その愛しい存在のお陰でようやく厳しい表情を一変させ、正気に戻る 事ができた。
彼は至近距離にいるマヤの存在を心から神に感謝しつつ、気を取り直して運ばれてきた料理に視線を 移した。
メニュー表に写真がなかった為にうっかり注文してしまったが、なんとハンバーグ部分にはカラフルな 国旗が二本も刺さっていた…。今の今まで気付かなかった自分に白目になる。まるでお子様ランチの ようで顔から火が出そうな恥ずかしさだ。 真澄は無言でそれを摘んで灰皿にでも追い遣ろうかとしたがマヤが目をキラリとさせて声を出した。
すると、顔を上げたマヤな頬を緩ませる。
どんな時でもピンチをチャンスにする男、それが速水真澄なのだ。
ちなみにハンバーグの横にはインゲンとニンジンのグラッセとポテトが乗っていたが、特に狩人を思わ せるものは全くなさそうである。 これはきっと桜小路のヤツがなんとなくメルヘンチックになるように付けたネーミングだと結論付けるし かないのか。 (ふん、上っ面だけのネーミングだな。オマエの人生にぴったりだ…)
意味不明である。 …が…。 あまりサラダには使われない、大量のマッシュルームの存在が気になるところだ。
ネーミングのせいで頭がイカれてしまったのかもしれない。
のも悪くないしな…」 真澄はマヤに気を遣わせないよう、即座にそう答える。
おいしいよ!…真澄さんも一口、食べてみる?」
真澄はバクンバクンと心臓を鳴らし、思わず速攻で口を開けてしまった。
マヤが緊張して冷ますのを忘れたのであろう。
と思う気持ちまであるから余計に嬉しくてたまらない。どうせなら、わざとらしく呼び出しボタンを押してこの 会話を厨房にまで届けてやりたいくらいだ!!
マヤのほうも楽しそうにそんな言葉をかけてきた為、真澄は口を突き出し彼女がフォークに刺してくれた マッシュルームを口にする。
彼女が口に運んでくれたというだけで、極上の味が口の中に広がっていた。 それはまさにネーミング通り、スマッシュな気分!!!
真澄はマッシュルームを喉に通すなり、すぐさま自分のハンバーグを食べやすいサイズにカットした。 そして、それを軽くフォークで突き刺すとマヤの口元へと運ぶ。
真澄は紙ナプキンを手にするとマヤの口元をそっと拭ってやる。
マヤは不二家ペコちゃんのように舌を出して唇を拭う。
みる。もしかしたら、ヤツはこんなやりとりを見て、まるで月影先生のように心臓発作を起こし、胸を痛めて いるかもしれないのだ…。 まあ、その時は救急車を呼びつけて病院の特別室の一つや二つくらい借りてやってもいいかな、とも思 う。 そんな親切な自分に酔いしれそうだ…。
突然、店内のBGMがストップしたかと思うと、照明が暗くなり始めていく。
突然響いた玉美の声に反応する真澄。
そして、そこにはギターを手にした桜小路の姿…!!
いつの間にか満席の座席からはポツポツと黄色い声援も飛び交い始めている。
気が付く真澄。
彼女は桜小路の姿を切なそうに見つめている。これから始まる彼のステージ姿を撮影するつもりなのだ ろうか…。 ついでに、なんとなく目を移した彼女のテーブルの上にはグラタン皿がひとつ乗っていた。 しかし、マヤの頼んだものとは微妙に皿も違い、舞の食べかけのグラタンの色はナゼか黒いようだ…。 真澄は首を捻りつつも、先ほどのメルヘンメニューを思い出し、それが”イジワル小悪魔の気まぐれグラ タン” なのかもしれないと気付き、またしてもメルヘンメニューに頭をヤラレている自分にショックを受け る。
からは歌って踊れるステキな料理人を目指していきたいんだ♪ 今日は想いを込めて歌うからヨロシク! …じゃあ、聴いてくれるかナ? …曲名は、”LOVEIN YOU”… 」
客席から声援と共に拍手が届く。 真澄は目の前のマヤの存在すら一瞬忘れ、ステージ上の桜小路に意識を持っていかれた…。
どこを見てるの キミの瞳 すれ違った二人の心… もう戻らない甘いひととき この胸に宿る水晶の片割れ その輝きが今はただせつなくて ウォ〜ウォ〜ウォ〜ォォ〜 ル・ラ・ラ… 遠い君 連れ去られた心を 僕が取り戻せたなら い・ま・は… 会えない君 一途なこの想い どうか受け止めて〜
愛をあげる〜LOVEIN YOU〜 過ちに気付いたら ボクの胸に戻っておいで…
湧き出すのを感じていた。
マヤに対してのラブソングじゃないか!…それがオマエの本心…か…!?)
かとさえ思ったが…マヤがいるので仕方なく我慢した。
「アンコール!!!!」
舞も目を輝かせながら何枚も写真を撮影し、それと同時にアンコールの声援を送っている…。
真澄の握り締めているナイフとフォークは鋭く光り、ワナワナと震えだす。
真澄の心の叫びも虚しく、桜小路の歌は再び繰り返された。
(まだ分からないのか!?マヤの瞳は俺だけを見つめ続けているんだよ!!)
(最初からすれ違ったままだ!!交通標識で言ったら一方通行ってヤツだ!!)
(もともと甘いひとときなんてなかったんだよ!全部オマエの妄想だ!)
(それはあの安物のイルカペンダントのことか!?)
(残念だがオマエのイルカの片割れは俺が処分済みだ!)
(”連れ去られた心”だと???思い込みの強いヤローだ!!どちみちオマエには不可能だよ!!)
(今だけじゃなくて永遠に会えなくしてやるから覚えておけ!そしてそういう想いは一途じゃなくてなあ、 しつこいって言うんだよ!!!このス●ーカー野郎!!)
(”愛をあげる”って何だよっ!マヤの心は受信拒否設定しておくからそのつもりでいろ!)
(マヤがオマエと知り合いだという点が過ちだ…!さっさと引っ込め、タコ野郎!!!!)
できることなら、持っているこのナイフとフォークを投げつけてやりたい!! 今なら怒りのパワーでダッタン人の矢よりも早く飛ばすことが可能かもしれない。そうなったら、ギネス ブックに申請だ!
来月くらいには披露できるといいな♪ タイトルは「脳天ブチ抜き☆熱視線」って言うんだ。夏らしいポップ な感じに仕上げれたらいいなあ〜。じゃあまた!…JUST SHAKE!!!」 桜小路はキラリとした笑顔を振りまき、ステージを去った。
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