JUST SHAKE! 3










少しずつ賑わいを見せる JUST SHAKE 店内。


そして真澄は……ただひたすら目の前にいるマヤを見つめ、至福の時を過ごす。


(…俺は幸せ者だな…)

心の底からそう実感し、暴走する彼女への想いはどうにも止まりそうになかった。


どんな落ち着かない空間でもマヤと一緒ならパラダイスの早変わり。

やはり彼女は天女のような存在なのだ…。

24時間見つめていても飽きることなどあり得ない。 …いや、365日見つめ続けていたって…。


真澄はグラスの水を口にし、コロコロ変わるマヤの表情を楽しみながら彼女と微笑みを交わした。


(ああ、愛しいマヤ…!!永遠の俺の小さな恋人…!!)




…ところが…

彼がそんな熱い思いを かれこれ10分ほど堪能していた時のことだった。


…すべての空気をぶち壊すかのように、突然、鈍い音が響き始める。



ガラガラガラガラ…ガラガラガラガラ…



(…はっ!!!思い出した!!俺達はサクラコーージの店に来ていたのだっ)

夢心地でいた真澄は我に返った。


間もなく、甲高い玉美の声がキンキンと突き抜ける。


「お〜ま〜た〜せ〜しました〜ァ☆」



…彼女の言動にいちいち苛立ちを覚えてしまうのは、やはり桜小路と血縁関係にあるという点からで

あろうか…。 なんとも人をバカにしているように見えて仕方がない。

先ほどまで近辺に溢れていた幸せなオーラが、みるみるうちに汚れていくのが分かる…。


(くそっ、なんということだ!!!)



「こちら、”君の瞳にスマッシュ☆サラダ” になりまァ〜す。”丘の上の呑気な狩人風ハンバーグ” は

速水社長でよろしいですかァ〜?」


「…ああ…」

真澄は力なく呟く。

(そうだった…俺は”狩人バーグ”を注文したのだ…)


せっかく気を取り直してマヤと二人きりのトークタイムを堪能していたというのに、一気にメルヘンの世界

が脳裏いっぱいに広がり、途端に激しい頭痛が沸き起こる。


真澄は額を押さえるフリをして、ジロリと玉美を睨みつけてやった。


「マヤお姉さまには ”夢みる天使の微笑みグラタン” ですネ!?以上でお揃いですか?」


「はいっ!おそろいで〜す♪いい匂い〜♪」


マヤは料理に目を奪われたまま、上機嫌で返事を返した。すでにフォークを持ち上げ、待ちきれない

という表情は非常に純真で可愛らしく、真澄の心を溶かしていく。


(可愛いなぁ…マヤ…)



…ところが…


真澄の脳内から無理やり抹殺寸前と思われた玉美であったが、彼女は突然くるりと身を一回転させ、彼

の意識を奪った。


(…ん…?)


辺りを小さな風が舞う…。


(…なんだ?)


やがてクルクルと不安定な回転を終えた玉美は一呼吸置いて声をあげた。


「そ〜れ〜で〜は〜どうぞごゆっくり〜♪ JUST☆SHAKEッ!!」


(!!!)


調子外れな口調でVサインを額に当て、出来損ないのウインクでポーズをとる彼女の姿は真澄の記憶

に強く存在感を残した。

それはまるでダンディ坂野を意識したようなポーズで全くキマってない上にシラけムードが全開である。

こんなことなら雪村みちるの歌う失恋レストランのほうがよっぽどノリが良いと思えるほど…。

しかし、彼女は満足そうな足取りでワゴンを押しながら去っていった。 

この激しい勘違いっぷりは、やはり桜小路の妹以外に有り得ない。


真澄は再び睨みつけるようにして彼女の背中を追う。

…が…

なんと今度は、彼女が着ているスタッフTシャツにビッシリと”JUST☆SHAKE”という文字が埋め尽くされ

ていることに気付いてしまう。



JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE
JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE
JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE JUST☆SHAKE



(うううっ…目がチカチカする…)

真澄は思わず目をゴシゴシと擦った。


これはサブリミナル効果を狙った作戦なのか…?

先ほどの玉美の決めポーズと共にJUST☆SHAKEの文字に脳が支配されていく…。


なんということだ…。



「わあ、おいしそう♪…ねえ、サラダ、よかったら真澄さんも一緒に食べようよ!」

マヤの言葉にハッとした真澄は、その愛しい存在のお陰でようやく厳しい表情を一変させ、正気に戻る

事ができた。


「ああ、それはありがとう…」


(いかんいかん…俺としたことが桜小路一族の趣味に洗脳されるなんて…)


背筋を伸ばし、軽く体勢を整えて息をつく真澄。

彼は至近距離にいるマヤの存在を心から神に感謝しつつ、気を取り直して運ばれてきた料理に視線を

移した。





まず最初に目を向けた先にあったのは…目下にある狩人バーグ。

メニュー表に写真がなかった為にうっかり注文してしまったが、なんとハンバーグ部分にはカラフルな

国旗が二本も刺さっていた…。今の今まで気付かなかった自分に白目になる。まるでお子様ランチの

ようで顔から火が出そうな恥ずかしさだ。

真澄は無言でそれを摘んで灰皿にでも追い遣ろうかとしたがマヤが目をキラリとさせて声を出した。


「いいなあ〜それ…あたしもハンバーグにすれがよかった…」


どうやらマヤは国旗が羨ましいのであろう。 真澄は咄嗟にその国旗を彼女のグラタンに刺してやった。

すると、顔を上げたマヤな頬を緩ませる。


「わあ、ありがとう!真澄さん!」


「マヤ、この国旗はボリビアとパプアニューギニアだよ」


「へえ…すごいわ、物知りね、真澄さんステキ…」


「これくらいは常識さ…」


真澄は思わぬ事でマヤに尊敬され、くだらない桜小路のセンスに感謝する。

どんな時でもピンチをチャンスにする男、それが速水真澄なのだ。


彼はシンプルになった狩人バーグを改めて見つめてホッと息をついた。

ちなみにハンバーグの横にはインゲンとニンジンのグラッセとポテトが乗っていたが、特に狩人を思わ

せるものは全くなさそうである。

これはきっと桜小路のヤツがなんとなくメルヘンチックになるように付けたネーミングだと結論付けるし

かないのか。

(ふん、上っ面だけのネーミングだな。オマエの人生にぴったりだ…)


真澄はそう思いながら今度はマヤの頼んだサラダに視線を移した。


こちらは木製の器にありきたりなレタスやキュウリなどが盛られていて、何がどうスマッシュなのかは

意味不明である。

…が…。

あまりサラダには使われない、大量のマッシュルームの存在が気になるところだ。


(マッシュルーム…か…)


ハッ!!!


(…まさか、 ”スマッシュ” と ”マッシュ” をかけたダジャレなんじゃ…)


…こんなつまらない事を思いついてしまった自分がイヤになる。繰り返し聞かされたメルヘン料理の

ネーミングのせいで頭がイカれてしまったのかもしれない。


(ううっ…)


プチ白目になった真澄がムスッとした顔で料理を口に運んでいると、マヤが心配そうに言葉を出した。


「ねえ、真澄さん…あんまりこういう雰囲気のお店、慣れてないし…落ち着かない?」


「…いや、そんなことはないさ。たまには気分転換でいいよ…こんな至近距離で二人だけで食事をする

のも悪くないしな…」

真澄はマヤに気を遣わせないよう、即座にそう答える。


「え?そう?…実は、あたしも同じこと思ってたの!うふふ…嬉しいな。 ねえ、このグラタン、すっごく

おいしいよ!…真澄さんも一口、食べてみる?」


「!!!!!!」


(キタッ―――ッ!!妄想通りの展開だっっ!!)


「ほう…どれどれ…食べさせてくれ…」

真澄はバクンバクンと心臓を鳴らし、思わず速攻で口を開けてしまった。


「え?やあだ…真澄さんっ!!た、食べさせるの?あたしが?え、じゃあ…はい…どうぞ…」


パクッ…


(熱っっっ!!!!)



マヤが口に入れてくれたグラタンは…あまりにもアツアツで真澄は思わず涙がでそうになった。

マヤが緊張して冷ますのを忘れたのであろう。


しかし、例え舌を大やけどしていたとしても真澄は幸せだった。どこかで桜小路が見ているかもしれない

と思う気持ちまであるから余計に嬉しくてたまらない。どうせなら、わざとらしく呼び出しボタンを押してこの

会話を厨房にまで届けてやりたいくらいだ!!


「はい、今度はサラダも…あーーん、して…♪」

マヤのほうも楽しそうにそんな言葉をかけてきた為、真澄は口を突き出し彼女がフォークに刺してくれた

マッシュルームを口にする。


モグモグモグ…

彼女が口に運んでくれたというだけで、極上の味が口の中に広がっていた。

それはまさにネーミング通り、スマッシュな気分!!!


「じゃあ、今度はお礼にこっちの料理を食べさせてやろう…」

真澄はマッシュルームを喉に通すなり、すぐさま自分のハンバーグを食べやすいサイズにカットした。

そして、それを軽くフォークで突き刺すとマヤの口元へと運ぶ。


「ほら、熱いから気をつけるんだぞ…」


「うん…」


あ〜ん…♪


口を開けて頬張るマヤの姿は、もう今この場所で抱きしめたいほどに可愛らしかった。


「あ、おいしい…♪」


「こらこら、ソースが口についているぞ…仕方ない子だな…」

真澄は紙ナプキンを手にするとマヤの口元をそっと拭ってやる。


「あ、ありがと…真澄さん…」

マヤは不二家ペコちゃんのように舌を出して唇を拭う。


(マヤ♪マヤ♪なんて可愛いんだ、俺のマヤ♪)


真澄は鳥肌が立つほどマヤを愛しく思い、それと同時に桜小路の姿をキョロキョロと横目で探したりもして

みる。もしかしたら、ヤツはこんなやりとりを見て、まるで月影先生のように心臓発作を起こし、胸を痛めて

いるかもしれないのだ…。

まあ、その時は救急車を呼びつけて病院の特別室の一つや二つくらい借りてやってもいいかな、とも思

う。 そんな親切な自分に酔いしれそうだ…。


(ざまあみろ、桜小路ッッ!!)




しかし…!!


真澄が満足そうに幸福を噛み締めている、その時だった…。

突然、店内のBGMがストップしたかと思うと、照明が暗くなり始めていく。


「あら?何かしら…」


「…???」


マヤの呟きに真澄も眉をひそめた。


…何か嫌な予感がする…。



「はあ〜い!みなさん、お待たせしました!今からスペシャルショータイムの時間でえ〜す!」


(なにっ???)

突然響いた玉美の声に反応する真澄。


…よく見ると、一部分明るくなった店の片隅には小さな小さなステージが存在していた。 

そして、そこにはギターを手にした桜小路の姿…!!


「待ってました〜!桜小路くゥ〜ん♪」

いつの間にか満席の座席からはポツポツと黄色い声援も飛び交い始めている。


(なんということだ…。これから桜小路のショーなのか…?ギター侍にでもなりきるつもりか!?)


…ふと先のテーブルを見ると、見覚えのある、そばかすの少女が携帯を手にしながら座っていることに

気が付く真澄。


(…あれは確か、舞という子だ…)

彼女は桜小路の姿を切なそうに見つめている。これから始まる彼のステージ姿を撮影するつもりなのだ

ろうか…。

ついでに、なんとなく目を移した彼女のテーブルの上にはグラタン皿がひとつ乗っていた。

しかし、マヤの頼んだものとは微妙に皿も違い、舞の食べかけのグラタンの色はナゼか黒いようだ…。

真澄は首を捻りつつも、先ほどのメルヘンメニューを思い出し、それが”イジワル小悪魔の気まぐれグラ

タン” なのかもしれないと気付き、またしてもメルヘンメニューに頭をヤラレている自分にショックを受け

る。



やがて、動揺した真澄が白目になって呆然としている中…桜小路のトークは始まっていった。


「みんな今日は来てくれてどうもありがとう。…ボクは…いろいろあって演劇は辞めてしまったけど、これ

からは歌って踊れるステキな料理人を目指していきたいんだ♪ 今日は想いを込めて歌うからヨロシク!

…じゃあ、聴いてくれるかナ? …曲名は、”LOVEIN YOU”… 」


〜パチパチパチ〜

客席から声援と共に拍手が届く。

真澄は目の前のマヤの存在すら一瞬忘れ、ステージ上の桜小路に意識を持っていかれた…。






どこを見てるの キミの瞳

すれ違った二人の心…

もう戻らない甘いひととき

この胸に宿る水晶の片割れ

その輝きが今はただせつなくて 

ウォ〜ウォ〜ウォ〜ォォ〜

ル・ラ・ラ… 遠い君 

連れ去られた心を 僕が取り戻せたなら

い・ま・は… 会えない君

一途なこの想い どうか受け止めて〜


いつまでも 君だけに〜FOR ☆ YOU〜

愛をあげる〜LOVEIN YOU〜

過ちに気付いたら

ボクの胸に戻っておいで…
 






(!!!!!!!!!!!!)



真澄は先ほど胃に押し込んだ ”丘の上の呑気な狩人風ハンバーグ” が逆流するかと思うほどの怒りが

湧き出すのを感じていた。


(ふ、ふざけんなよ〜桜小路ッッッ!一体、何なんだ!この歌詞は何なんだよ!?どう考えたって

マヤに対してのラブソングじゃないか!…それがオマエの本心…か…!?)


真澄のムカつき度は一気に上昇し、今なら星一徹のようにテーブルをひっくり返しても許されるのではない

かとさえ思ったが…マヤがいるので仕方なく我慢した。



「キャア〜ッ!!桜小路く〜ん!!ステキ!!アンコール!!アンコール!お願いっ!!!」

「アンコール!!!!」


真澄の心とは裏腹に、ファンらしき女性達がアンコールをねだり始めた。

舞も目を輝かせながら何枚も写真を撮影し、それと同時にアンコールの声援を送っている…。


…冗談じゃない…。

真澄の握り締めているナイフとフォークは鋭く光り、ワナワナと震えだす。


一方、桜小路は照れくさそうにマイクに言葉を放った。


「ええ?アンコール?困ったナ…。まだこの一曲しかないんだけど…。じゃあ、もう一度、歌うね!」


「キャーーー♪白い歯、ステキ〜桜小路クン!!」


(歌わなくて結構だ!さっさと厨房に戻ってパスタでも茹でていやがれ!麺は固めだ!!)

真澄の心の叫びも虚しく、桜小路の歌は再び繰り返された。




どこを見てるの…キミの瞳〜♪

(まだ分からないのか!?マヤの瞳は俺だけを見つめ続けているんだよ!!)


すれ違った二人の心…♪

(最初からすれ違ったままだ!!交通標識で言ったら一方通行ってヤツだ!!)


もう戻らない甘いひととき〜♪

(もともと甘いひとときなんてなかったんだよ!全部オマエの妄想だ!)


この胸に宿る水晶の片割れ〜♪

(それはあの安物のイルカペンダントのことか!?)


その輝きが今はただせつなくて ウォ〜ウォ〜ウォ〜ォォ〜♪

(残念だがオマエのイルカの片割れは俺が処分済みだ!)


ル・ラ・ラ… 遠い君 連れ去られた心を 僕が取り戻せたなら〜♪

(”連れ去られた心”だと???思い込みの強いヤローだ!!どちみちオマエには不可能だよ!!)


い・ま・は… 会えない君 一途なこの想い どうか受け止めて〜♪

(今だけじゃなくて永遠に会えなくしてやるから覚えておけ!そしてそういう想いは一途じゃなくてなあ、

しつこいって言うんだよ!!!このス●ーカー野郎!!)


いつまでも 君だけに〜FOR ☆ YOU〜 愛をあげる〜LOVEIN YOU〜♪

(”愛をあげる”って何だよっ!マヤの心は受信拒否設定しておくからそのつもりでいろ!)


過ちに気付いたら  ボクの胸に戻っておいで…〜♪

マヤがオマエと知り合いだという点が過ちだ…!さっさと引っ込め、タコ野郎!!!!)




真澄は嫌な歌詞を二回も聴くハメになり、先ほどよりも怒りが倍増していた。

できることなら、持っているこのナイフとフォークを投げつけてやりたい!!

今なら怒りのパワーでダッタン人の矢よりも早く飛ばすことが可能かもしれない。そうなったら、ギネス

ブックに申請だ!



「みんなどうもありがとう〜!!そろそろ料理人に戻るよ。 実はまた新しい曲も作っている最中なんだ♪

来月くらいには披露できるといいな♪ タイトルは「脳天ブチ抜き☆熱視線」って言うんだ。夏らしいポップ

な感じに仕上げれたらいいなあ〜。じゃあまた!…JUST SHAKE!!!」

桜小路はキラリとした笑顔を振りまき、ステージを去った。








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